| 滞在日数 | 2002年4月27日〜5月16日(20日) |
| 滞在都市 | ダハブ4 カイロ11 アスワン2 ルクソール3 *数字は滞在日数 |
| 国境(港)で一ヶ月のツーリスト・ヴィザを取得。15ドル | |
| 使った金 | 現金EP(エジプトポンド) 計1,642.95EP(46,003円 *1EP=28円) |
| 主な内訳 | 宿泊費116EP 移動費137EP 食費447EP 観光費365EP 交通費(市バス等)53EP 通信費(スペイン等のガイドブック代含む)364EP 娯楽費(コンサート、映画等)55EP 雑費7.05EP 土産代100EP 1日平均2,116円 |
| シリアやインドに近い安さではある。しかし、ボリが目立つので、結局あまり安いとか得した気分にはなれない。何より観光してなんぼの国なので、観光費が嵩み、結局1日15ドル位のペースになってしまう。遺跡の入場料は10〜40EP、宿代は安宿で5〜10EP、食事はちゃんと食べたら10EP位だが、そもそもちゃんと食べられるところがあまりなく、なら1.5EPのコシャリでいいやってことになる。他に2Lの水、缶ジュースが1.5EP、缶ビール3.5EP、店で飲んだら6EP、シャイ1杯0.5EP。交通費はカイロの地下鉄が0.55EP、バスは0.25〜0.5EP、10時間の夜行列車のチケット(2等)が13EP等。映画は10EP、音楽テープは7〜12EP、インターネット1時間6EP等。 | |
| 中東3国同様治安は悪くない。問題はイスラム原理主義者のテロだが、要所や観光地には、警官がウジャウジャ配置されており、どこもかしこも荷物チェック等が大変厳しい。この状況ではスリやかっぱらいさえ、あまりなさそう。ただ、やはり騙そうとする輩はいるようだし、何よりも細かい値段のボリが最大の障害 | |
| ステラ(ビール)Tシャツ、パピルスしおりx3、音楽テープx3、雑誌x2 |
ヨルダンのアカバ港よりスピードボートでヌエバの港へ。シナイ半島に位置し紅海に面したダハブはいい感じのリゾート地。モーゼの十戒ゆかりのシナイ山に登ったり、紅海でのシュノーケリング、そしてシーフードに舌鼓を打ち、とまずまず好調。しかし、本格的なエジプトの始まりは、やはりカイロから。行きのバスで既に目に付いた、エジプシャンの暑苦しさうざったさは最後までついてまわる。ともあれ、とりあえずはギザ、サッカーラのピラミッド、ツタンカーメン王の秘宝の眠る博物館等の名所を訪ねる。しかし、ここの日本人宿の住環境には全く馴染めず。一気に上エジプト、アスワンへと赴き、南端のアブ・シンベル宮殿を見物。ツアーでのトラブルもなんだけど、とにかく、その殺人的な暑さに辟易。次のルクソールでも、ルクソール&カルナック神殿、アビドス、デンデラ、王家の谷等をツアーで回るも、印象に残ったのは、とにかく暑さばかり。その暑気に加え、更に暑くさせるエジプシャンのパーソナリティ、食の乏しさ等々で、エジプト徹底周遊の意欲は早くも喪失。アレクサンドリアにも砂漠のオアシスにも寄らず、再びカイロに舞い戻る。見逃していたイスラミック・カイロ、ダフシュールのピラミッド等を見るが、クライマックスは何と言ってもスーフィー・ダンスだった。まあ見るものも見たってことで、今イチ馴染めない中東最後の国を後にする。2ヶ月に及んだ中東旅行、これをもって完結。
“エジプトはアラブの吹き溜まり”ってなことをどっかで聞いて、え〜?それはないんじゃない、アラブを代表する国なんじゃないの?と思ったが、後にした今では、むしろその通りではないかと思える。レバノンは勿論、シリアでもヨルダンでも感じなかった類のストレスを、この国には感じた。それ程キレたわけでもないし、そうそうイヤなことがあったわけでもない。しかし、この国の僕の印象は、今まで行った国々の中でも最低の部類だ。あの、インドよりもロシアよりも下だ。我ながら、本文でもここまでケチョンケチョンに書いた国は珍しいと思う。それは一体なぜなのか?
やっぱり人の問題が大きいのだと思う。だが、エジプシャンは、他のアラブ人と同様、インド人程ルードではないし、人懐こく、まあ親切ではある。しかし、その人懐こさは時にフレンドリーさを超えて暑苦しくさえ感じられる程のものである。当人たちに悪気はないのであろう。つまらないギャグや下手な日本語を延々と繰り返すのも、偏に相手に喜んでもらいたいためであることはわかる。わかっちゃいるけど、でもやっぱりウザイのだ。本当は現地の人間とコミュニケーションをとってこそ、その国を旅する意味がある。しかし、この国では、極力、現地人とのコミュニケーションは避けようとした。何だか時間の無駄にしか思えなかったからだ。
時間といえば、度々比較してしまうインドは、誰かが“時の流れが違う”なぞと言っていたのに反論したのは、国別まとめインド篇の通り。だが、この国こそは、まさに“時の流れが違う”国だ。それは単純に、エジプシャンの要領の悪さにより、つまらない簡単なことに不必要な時間を要することを意味する。東南アジアの国にしろインドにしろ、走り出したバスが意味不明の停車を重ねて一向にスムーズに走り出さないというようなことは、ままあった。しかし、この国ほどそれが目立ったところもない。宿や様々な場所でも、肝心な客の要求に応えるよりも、彼らはエジプシャン、またはアラブ人同士のコミュニケーションを取ることの方があくまで優先事項である。まあ、ある意味で非常に人間的ではあるのだけど。アラビア語のシュワイヤ(ちょっと待て)は、ここエジプトでは1分どころか、5分、下手すれば1時間以上さえ意味する。
なぜこうなのか?ハッキリ言ってしまうと教育レベルが低いのだと思う。シリアやヨルダン等に較べてもダントツで低いんではないか?インドには結構いたインテリのような人に、この国では滅多にお目にかかれないし、子供達の躾もなっちゃない。貧困の度合いは、他の国と比較してもそう目立つものではないが、貧困なのは、とにかく知能の方なんではないか?この国が好きになれない、もう一つの理由に、やはりイスラム国特有の“富者は貧者に喜捨をする”の観念が一段と強い点、簡単に言えば値段のボリがやたらに目立つことがある。それもシリア以上にせこいボリが目立ち、インド程ではないがバクシーシ・マンも多い。それにしてもツーリスト・ポリスがバクシーシをねだってくる国というのは初めてだ。ルクソールでの一件以来、やたらめったら警官を増やしたために、質は下がるはまともな給料は払えないわという結果がこれではないか。でも、警戒ばかり厳しくても、警官の質がそんなもんだから、スキは至るところにある。再びルクソールのような事件が起こっても全く不思議はない。
確かにインドという国は色々腹が立った。でも憎めない点というか、例えば映画が面白い、カレーがうまい音楽がいいといったプラスの魅力も多かった。だから、憎さもあれば愛しさもある。しかし、エジプトにはそんなプラスの魅力が決定的に欠けていた。アラブ芸能の中心地と言われるも、その映画や音楽に、言語や国境を超える程の圧倒的な魅力は感じられなかった。食の乏しさは何度も書いた通り。女性にも惹かれず。エジプトでよかったものを問われたら、遺跡群を除いて挙げられるのはステラ(ビール)とスーフィー・ダンス位。コシャリも終いには飽きたし。中心都市カイロも都会としての魅力が極めて希薄。このつまらない町に住み続けるサファリ・ホテル住人の心境は、心の底から本当に全く理解できない。
この国の遺跡群は偉大だ。今まで中東で見てきたローマ系の遺跡が全て吹っ飛ぶようなスケール、そして歴史がある。世界一と言っても過言ではない見事な人類の遺産を有する国。しかし、最終的に印象に残ったのは、過去の遺産の偉大さよりも、現在の国のセコさばかりだった。4000年位前には世界の最先端を走っていた国が、いまなぜこうなってしまったのか?偉大だった国が、その偉大さを永遠に保ち続けられる訳ではないのだ。ラムセス2世も自分の国が、いずれこの体たらくに陥るとは予想し得なかったろう。オアシスにも行かなかった僕のこの国への印象は、一言で“砂漠と遺跡だけの国”。偉大過ぎる過去を持つ国の未来は、決して明るいものではない。