露・土・印 旅日記
・9月10日(木) オリンポス → アンタルヤ トルコ・ポップの女王のライヴ!
*****BG:セゼン・アクスのライヴの模様*****
よく寝たけども、体調は予断を許さない。相変わらずリンパ腺が腫れ気味で頭痛もする。やはり、ここは去ろう。ビーチなんて行けやしないし。リゾートはいやだけど、アンタルヤで、フツーの宿に泊まって休息を取ることにしよう。そこで体調が回復したら、パムッカレに向うことに。また、大きい町なら通信環境もいいだろうということで。ニフティのローミング問題に早く対処しないと、ライフラインが閉ざされる恐れもあるからだ。
朝食で、昨日のカナダ人新婚カップルと一緒になる。彼らも今日発つそうだ。その後で僕の席へやってきた青年、何時の間にか隣で寝ていた同室者だった。彼はアンカラから休暇で来ているトルコ人。電子工学関係の仕事についているらしく、マジメな様子の人。東南アジアでは、例えば、タイ人がタイを旅行しているのにはまず巡り合わないが、さすがにトルコでは旅行中のトルコ人に時々会う。ここの人達も、そう豊かではないのだろうけど、さすがにヨーロッパが入ってる感じ。しかし、彼も国の現状を嘆く一人。失業問題は日本同様、深刻という。しかし、どうもこの国では“僕は失業中なので旅をしている(厳密に言えば、旅をするために失業中のつもりなのだけど)”などというと、あまりいい顔をされない。状況によっては、ビジネスマンで通した方がいいのかも。その際は、申し訳無いけど、前の会社の勤務内容を言わせていただこう。
急いで荷物をまとめてチェックアウト。11時のドルムシュに、カナダ人夫妻と共に乗り込んだ。再び昨日の小さな食堂前へ。待つこと1時間位。やっとアンタルヤ行きバスに乗りこむも、お立ち見。その状態で2時間弱。後で気づいたけど、この時のバス代払うの忘れた。無賃乗車してしもた。とまれ、アンタルヤのオトガルはきれいでビッグ。まずはオトガルの食堂で腹ごしらえ。でも、ウエイターが“ウエルカム”なぞと言ってくる店は、値段が高いと相場が決まっている。とまれ、バスに乗って市内へ。ここは無難に、「歩き方」宿を目指す。さすがに日本人宿は避け、もう少し近くて安いところを。アトジュという宿、マネージャーらしき人は、オウナーである従兄弟に請われ、5日前にアンカラから来たばかりだそうだが、ジェントルで良い人。ダブルの部屋ながら7ミリオンで朝食つき。ロケーションも申し分無し。休息を取るには適当なところだ。
しかし、バスに乗っていた時から気になっていたことが。あちこちにデカデカと張られたポスター(右画像)によると、今晩、この町のどこかで、セゼン・アクスのコンサートがあるらしいのだ。セゼン・アクスはトルコ・ポップの女王と言われている人で、名前だけは聞いたことがあった。今をときめくタルカンも、彼女の歌を歌ってスターになったという。そんな大スターなら、当日券入手は難しそうだけど、可能ならトライはしてみたい。とにかく、会場名らしいのをメモって、宿のマネージャーに場所を聞く。来たばかりで地理に詳しくないマネージャーながら、おそらく会場はトランバイのミュゼ(博物館)駅近くであろうとのこと。体調不良ながらも、とにもかくにも、トランバイに乗り終点へ。
この地のトランバイは、イスタンブールの半額の料金だが、如何せん本数が少なく、路線も短く終電も9時と早い。トランバイを降りると左手にビーチ、右手に公園あり。露店でCDを売っていた兄ちゃんに聞くと、会場は公園内にあるようだ。しかし、この公園、実に質素で何も無い。延々1km位歩いたとこで会場らしい建物がいくつかあり。一つの方へ行くが、そこは明日、ブルース・ブラザース・バンド(なぜかトルコ西部を巡業中)の公園のある会場だった。目指す場所コンヤルティ・アチクハヴァ・チヤトルスは更に先、どうやら屋外劇場らしかった。入口前にチケット売りらしき露店あり。券種は25、20、15ミリオンの3種。トルコの物価水準からすれば結構高いが、ここは思いきって一番高い25ミリオンの切符を。アレ?大スターの公演のはずなのに、当日券をアッサリ、しかもこんないい席買えちゃっていいわけ?よくわかんなけど、ついに彼の地において、初ライヴ体験が出来る!その嬉しさに、帰りの足等の心配もさておき。喜び勇んで公園を後にする。
一旦宿へ戻り、寝床へ。寝ても寝ても眠いというのは、明らかな風邪の症状。今日は久々にビールもお休みか。首にタオル巻いて2時間程寝た後、8時に出る。近くにミディエ・ドルマス(ムール貝のピラフ詰め)がある店があったので、そこへ。とにかくケバブにはウンザリの今日この頃なので、少し違ったものが食べたい。このアンタルヤというとこはリゾートながら、クシャダスのようなケバさはなく、フツーの都会っぽいとこがいい。便利そうだし、食のバラエティもありそう。例えるなら横浜か。で、あまり食欲もないのでドルマスに、久々見つけたイシュケンベジを頼む。ここのイシュケンベジはアッサリ味。不調時にはありがたい。しかし、お代はコーラも併せ、5ミリオン!ときた。あのですねえ、イスタンブールならともかく、こっちは既にトルコに2週間いる身でありまして、物価なんか当にご存知なんでっせ。大体、トルコでアンタルヤに最初に来る客なんかいやしないんだから、ここに来る頃には余程のバカか真性オノボリさんで無ければ、いい加減、物の値段なんかわかってるはず。そういう客相手にぼろうとするのは、自分の首をしめるだけでっせみたいなことを説教してやろうと思ったけど、“高えじゃねえか!”と文句を言うと、2ミリオン釣りが戻ってきたから、まあよしとする。でももう寄らないよ、隣の店にもミディエ・ドルマスあったし。通る度に“カズックチュ!(ボル奴)”と罵ってやるかんな。日本人旅行者が入りそうにしてたら止めてやるから。“行ってはいけない”寸前!自業自得じゃ。
さて、なかなか来ないトランバイやっと来て、ミュゼ駅へ。真っ暗な公園内を歩いて会場へ行くと、さすがの人だかり。年齢層はやや高いかも知れないが、カップルや家族連れで大賑わい。2、3千は収容かという大野外劇場はほぼ満席。録音するためのテレコ、デジカメを持参するも、荷物チェックはあってなしも同様。僕の席は前から15列目位。視界良好。9時半位に開演。ステージ上のバンドは20人超。トルコの民俗楽器サズ奏者を始め、バイオリンが5、6人、ホーン3人、コーラスが2人、パーカッションも3人位。ちょっとラテンっぽい編成。まずはバンド演奏から始まり、2曲位演ったところで、大歓声の中、セゼン・アクス登場。黒のドレスに身を包んだ女王は、割と地味で小柄。女王というだけあって、もう中年の域の人か。ラテンとギリシャが混じったようなサウンドをバックに、ハスキーな味のある声を聴かせる。
“ポップの女王”ということで、もっとイケイケなのを想像していたが、ダンサブルな曲は勿論あれど、どちらかと言えば、哀愁のメロディを朗々と歌い上げる感じだ。曲のイントロが始まると、観客から“あ〜(あの曲だわ)”という感嘆がもれ、女性客を中心に合唱が始まる。セゼンも時折、マイクを離れ、観客合唱タイムをもうけること、しばしば。その位、彼女の曲がポピュラーであるということだろう。時折、MCが入る他、バックヴォーカル陣をフィーチャーして歌わせたりもあり。観客をステージに上がらせて歌わせる趣向も。
公演そのものも勿論だが、観客の反応にも多いに興味あり。ま、トルコのオーディエンスは日本並というか、アメリカ人のようなバカ乗りはしない。でも、合唱や手拍子はさかんだし、終盤には席を立って踊り出す人もチラホラ。開始から1時間ちょいのとこで、セゼンが一旦引っ込んで、赤のドレスにお召し替えして登場。リズムマシーンを使ったダンサブルな曲が増える。と言っても、踊りはバックの若手陣にまかせる感じで、セゼン自身は、そう派手な動きはしない。声量がそうあるわけではないものの、やはり歌で聴かせる人という印象だ。次第に踊り出す人も増えるが、やはり若い女性。中東ならではのクネクネ系の踊りは、何となく沖縄のカチャーシーをも想起させる。男連中は、さすがに酒は飲んでないみたいだけど、あちこちでタバコはスパスパ。チュルクは喫煙好きっす。ものものしいセキュリティがいるんだけど、観客は写真撮り放題。通路に立つのもお構いなし。では何を警備しているのかと言うと、ステージに近寄ってくる人間だけは警戒していたようだ。というわけで僕もパチリ(左画像、左端の赤い人がセゼン)。しっかり録音も。
約2時間半程でステージ終了。最後は意外とアッサリだった。最後に至って総立ちというのも、日本っぽい。アンコールに応えて、全員がアカペラで1曲歌う。その中で、セゼンが一人悠然と去って行く。女王ならではの貫禄タップリの、でも親しみの持てるステージだった。さて、既にトランバイは終了。どう帰ったものか。とにかく、ゾロゾロ行く人達の後をついて歩いていくと、どうやらドルムシュは走っているらしい。カレイチ行きを確認して乗り込む。こんな時間(12時半)まで走ってるんだから、ここはホント便利な国っす。宿へ帰り着いたのは1時。ここでも、周りは静かながら宿の人が喋っている(苦笑)という欠点はあるも、とにもかくにも、目的のものが見られて満足のうちに床に就く。
本日の出費:宿代+ビール825万L ドルムシュ125万L チャイ20万L 昼食525L 町行きドルムシュ40万L トランバイx3 75万L
アイス80万L トイレ25万L コンサート・チケット2500万L 夕食300万L 帰りのドルムシュ40万 計4555万L

・9月11日(火) アンタルヤ 2日目 衝撃!テロの影響や如何に?
何か寝つきのよくない今日この頃。9時頃起き出して朝食に行くと、僕一人。宿のマネージャーとしばし話す。軍をリタイアしたばかりで、放送局関係の仕事もしていて、数日後にはまたアンカラへ戻るとか。その前にブルサ近くの何とかという町に寄るけど、もし日が合うなら招待してくれるという。親切な人だなあ。話ぶりにも誠実さが感じられる人だ。さて、朝食後は2日ぶりにPCに向う。2日分の日記やら画像処理やら、午前中で終わらせるつもりだったが2時になってしまい、腹が減ったので昼食へ出る。昨日ぼられかけた店の隣で、ミディエ・ドルマスとジャー・ケバブのサンド。同じケバブでも、横にまわってる分、新鮮に思えたから?安くはなかったな、ここも。どうも、食事は3ミリオン位の値が正常って感覚ができてしまって、5ミリオンかかると、高い!って感じがしてしまう。でも、日本円に換算すると440円位なんだけどもね。
思ったより風邪の症状が進まないようなので、少し宿周辺を歩く。散策にはよいエリアだけど、ちと道に迷いそう。ハマムやせこい映画館を見つける。やっぱビーチにも行ってみたい気がしてきた。何だかんだもう2日はここにいることでせう。再び宿に戻りPC。4時頃一段落して、部屋の電話で繋いでみようかと試すが、この電話はホテル内専用とのことでありました。やっぱネットカフェか。近所で24時間の店を見つけたから、後でそこへ。とりあえず、シャワーを浴びて顔を洗って、寝る(笑)。風邪には睡眠が一番。2時間弱ウトウト。
篭もってばかりのせいか、8時になっても、あまり腹空かない。先にネットカフェへ。トルコへ来て以来、もっとも通信速度良好の店。日本語ソフト・ダウンロードも早かったし、グローバルIMEのインストールもさせてくれた。環境はバッチリ。サイトを更新し、メールの返事を出し、掲示板にカキコ。問題のニフティのグローミング問題は、ロシアからのグローミングが出来なくなるということらしく、とりあえず、大きな影響はなさそう。しかし、ロシアからのハッキングとかは増えているそうだ。あそこは、そーゆーつまんないとこばっか進んでるんだから、肝心なとこは疎いクセに。ま、やっぱりロシア恐ろしやであります。
以上の作業だけで1時間半かかってしまったが、最近ニュース等も見てなかったので、ちと除いてみるとMJ、NBAに復帰はともかくとして、何!イスラム過激派(?)による、NY他への大規模テロ!?メールに書いてあった大変な事ってこれだったのか。ヒエ〜。映像とかを見てないだけに、何か絵空事のように思えるなあ。テレビ見たいなあ。ワタクシがノー天気な旅をしてる間に、こんな大事件が起こっておったのですな。まずは日本の株価も急落か?の記述が気になったが・・・
いや、それにとどまんないっす。ただ、ハッキリ言ってトルコでは、ほとんど影響は無いでせう。それはわかりやす。しかし問題は・・・ネットカフェの後、セゼン・アクスのテープを捜しにCD屋に寄る。店の兄ちゃんが、僕を日本人と知ると徐に聞いてきた。“ニュース見たか?どう思う?日本も軍隊派遣すんのか?”等々。僕、“日本のは正式には軍隊じゃないから、そう簡単に派兵には至らないと思うけど、ただ日本はアメリカの属国みたいなもんだからなあ・・・”、兄ちゃん“そうか、オレはな、ざまみろと思ってんだ。これで少しやアメリカも黙るだろ。日本だって昔、ヒロシマとかでひでえ目に遭ってんだろ?これはな、まさに神が下した罰だぜ!”。僕“ウ〜ン、トルコの人はやっぱアメリカ嫌いなの?”、兄ちゃん“イヤ、他はともかくオレは嫌いだ”・・・ま、彼はあくまで自分の意見を述べているだけであるし、彼がとりわけ変な人だとかは思わない。こういう考えの人もやはりイスラム圏にはいるのだろう。
宿へ戻ると、みんながフットボール見て盛りあがっている。僕もお茶をご馳走になり、しばし鑑賞。しかし、やはり話題はあの事件に。宿のマネージャーに意見を聞かれ、“メールでも心配してくれる人がいたけど、知らない人はますますイスラムへの悪い印象を強くしそうで、それが心配ですねえ”と言うと、マネージャー“確かに。イスラムにも色々あるのは知っての通り。ただアメリカはレッド・アーミーの犯行だと言っているが、それはあり得ない。連中にはそんな力は最早無い。もっと別の国際的組織の犯行だろう”。そう、イスラムだって一枚岩じゃないし、国により様々だ。マネージャー氏も軍隊時代にイランに行き、半袖のユニフォームに文句をつけられ閉口したと語っていた程。今回の旅は、そういう違いを自分の目で確かめたいと思ったためでもある。トルコに関しては、こういったテロに、まず関係ないだろうことは、旅した経験がある人なら誰でもわかるはずだ。でも、イスラム圏の国にいるというだけで、アブナイんじゃないかと思う人だっているだろう。冷静に考えると、影響が出そうで怖いのはヴィザ絡みの件だ。
2週間程前、イスタンブールでアッサリ申請できたイラン・ヴィザだが、今後は簡単にはいかなくなったりする可能性もある。気候とラマダンの関係で、キャンセルしようと思ってるのだが、キャンセルしたら二度と申請出来なくなったりするかも知れない。或いは、シリア、ヨルダン等の国のヴィザにも・・・まいるなあ。アメリカは犯人をデッチあげてでも、面子をかけて報復するだろうから、その時に属国状態の日本がどう出るか、そしてイスラム圏の国々にどう見られるか。“アメリカの手先”と見なされるとなると、イランの入国とかに影響も出るやも。まあ、テロに関係してるとすると、アフガンとかイラクとかそっちの国なんだろうけど、アメリカはイランもテロ国家と決め付けてるからなあ。ただまあ、いくら最近、やや反米に傾いている?自分とはいえ、テロはよくないわなあ。ハッキリわかんないけど、今回の事件はムチャムチャ死傷者が出てるみたいだし。いやあ、ホント大変なことになってきたですなあ。でも、階下では、イタリアとの一戦に大いに盛りあがってるみたいなんだけども・・・
本日の出費:昼食225万L 水25万L アイス120万L ネットカフェ222.5万L 夕食325万L 茶75万L 計992.5万L

・9月12日(水) アンタルヤ 3日目 今日も1日観光せず・・・
蚊のせいでよく眠れず。4時頃起きて2匹殺すが、まだいた。どうにか9時に朝食。少し寝ようかとも思ったが、10時半頃出る。宿は日本人女性二人が加わったみたい。メイン通りをひたすら歩き、市内の見所であるハドリアヌス門やジャミイに寄る。フォーク・ミュージックを聴かせるバーなんかを捜しつつ歩くうち、とうとう博物館のとこまで出る。3,4km歩いているな。せっかくだから博物館見物。近郊の遺跡ペルゲからの出土品が豊富。ここにこれだけあるってことは、ペルゲの方には何も残ってなさそうだから、やはり見なくてもいい?明日滞在するなら遺跡見物だが、高いツアー費用を払ってまで見る気は今イチ無いんだよな。
ビーチが近いので寄ってみる。しかし、ビーチと言っても砂浜ではなく、小石がゴロゴロ。海も同様だし深そう。海水浴場として、あまりいい環境ではなさそうなので、眺めるだけにする。浜でアイスティとハンバーガー。ちょうど来たトランバイに乗って戻る。ドルムシュ・ガラジュをチェックしようと思うが、さんざ歩けど見つからない。メイン通りは一通で、オトガル行きのバスをどこで捕まえればいいのかがわかりにくい。あのクソ荷物を持って歩きたくはないからなあ。明日も滞在のつもりだったけど、段々、今日限りの方に傾きつつある。
何かやたらに歩いているだけで、寝不足も相俟って疲れる。収穫?は、メイン通りと交差する通りの筋に、エッチ系専門映画館を発見したことくらいか?入ってはみなかったけど、イスラムの国にもこういうのありなの?宿へ帰って、しばし休息。1時間半位寝た後、再びカレイチをウロウロ。疲れを癒すためにハマムへ。トルコでの期待はずれといえば、食事も少々そうだけど、このハマムも然り。サウナのように汗をかかないし、アカスリも韓国程ではない。何か中と半端で、過去2回は、正直言って満足とは言い難かった。しかし、ここのハマムはグッド。アカスリは勿論、マッサージをしっかりやる。これに較べると、過去の2つはかなり手抜き。これはそれなりに効いたのではないか。湯上りのエルマ・チャユもお代わりあり。お代は10ミリオンなり。これ位やってくんなきゃ1ミリオンのチップはやれないね。
満足したところで2日ぶりのビールを。食事は、上海というカレイチの安い中華レストランで。ハマムに行く前に通った時いた日本人がまだ居座っていた。因みに、僕が食べ終わった後も。ま、いいんだけど。冷房が効いてなくて妙に暑かったが、ビール、春巻、チャーハンで5ミリオン以下は確かに安い。日本人宿が近いから溜まり場っぽいのが、ちと難点かな。昨日のCD屋に寄り、セゼン・アクスとサズもののテープを買う。どっかフォーク・ミュージックの聴けるいい店はないか?と聴くが、店の若い兄ちゃんでは無理そうだった。ネットカフェへ行くも、昨日のPCは白人が占拠。後で再トライ。やっぱ明日出発かな。
本日の出費:宿代3日分 2250万L アイスティ75万L 博物館500万L 昼食150L トランバイ25万L
トイレ25万L ハマム1100万L 夕食495万L テープx2 1000万L ネット150万L 計5770万L
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