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東南アジア旅日記
旅の印象記・まとめ 1
てなわけで、2ヶ月半という、個人的には過去最長の期間、旅をしたわけだけど、終わってみれば、短いという印象だ。むしろ、ちと中途半端と言うべきか。勤め人感覚で言えば長いが、パッカー的に言えば、まだまだ序の口。日本帰国後、終わってホッとしたという印象もあれ、やっぱり、またすぐにでも旅に出たいというのが本音だ。
今回のプランニングそのものは正解だったと思う。つまり、シンガポール・インで、東京に似た環境のところから入り、段々と英語が通じない国になり、一方、物価は安くなっていくという流れだ。僕の様なビギナーは、いきなりバンコクだと、結構、辛いものがあったと思う。ラオスでのんびりした後は、中国、ヴェトナムでキリキリ。ミャンマーで少し落ちついた後、シメは再びシンガポールで、帰国後に備えると。ただ、アンコール・ワットとバガンという2大遺跡をクライマックスに持ってきた故に、割と、フツーの旅になってしまったという気はしないでもない。
出発当初、とりわけて、今回の旅のテーマに掲げたことは2つ。@各国での旅先通信と、Aその国の芸能(伝統、大衆を問わず)を見聞する、ということだけど、果たして、それが充分に達成しえたか。通信については別項にまとめるとして、Aについては、不充分に終わったと言わざるを得ない。観光客向け伝統芸能ショウはともかく、その国の大衆芸能、例えば、ポップ歌手のコンサート等といったものは、やはり、ある一定の期間、そこに滞在しない限り、情報を得るのは難しい。たまたま、ペナン島やノーン・カイのように当たったり、チェンマイで祭に遭遇はしたものの、欧米のように頻繁に行われているわけではなく、偶然に当たる可能性は低い。そういう意味では、テーマを追求するには、期間が短い過ぎた。とりわけ、帰国日がバッチリと決まっていたために、旅の後半になるとマキが入り、ヴェトナムあたりは、結構駆け足だった印象が自分でもある。
そもそも、2ヶ月半あまりで8カ国を廻るというのは、かなり急ぎの旅ともいえ、事実、そういう指摘はいくつか受けた。だけど、これは、スケジュール上の問題だけでなく、実は、僕自身の性分に依るところも大きい。つまり、一ヶ所に長居出来ない質なのだ。ラオスの町でさえ、3日もいると、もうここはいいなと思えてきて、別のところに移動したくなる。移動から移動の旅というのは疲れるはずなのだが、不思議とそれを感じなかったのは、自分の欲求に応じてやってたからだろう。もっとも、通り過ぎるだけの場所ということで、着いた早々移動手段を手配した町が、意外やいいところで、ちと後悔したというところも何カ所か(ヴェトナムのホイアン等)あり、やはり、帰りの決まった旅、日程に余裕の無い旅というのは、あまりよくないなあというのが結論だ。次回は、帰国日について多少変動の余地があり、一カ所につき、一週間程度の滞在も可能という程度のプランで臨みたい。
つくづく思ったのは、日本はアジアのようでアジアではない、ということ。勿論、欧米圏に媚びた感じの作りの町やエリアというのは色々あったが、それは、あくまでも観光客を取り込むための、強かな戦略故という感じで、日本のように、価値観からして欧米的なものに囚われきっている国は他にない。というのは、僕自身へ向けての反省でもある。
例えば、今回の旅は、欧米へ行った際に感じた、ある種の“ロマン”のようなものが感じられなかった。今まで訪れたアメリカや、アイルランドといった国は、いずれも、映画や音楽で勝手知ったるイメージの国で、その国へ入る前に、既に、その国用のBGMが頭の中で流れていた。しかし、今回の旅はそれがない。タイやマレーシアで、浮かんでくる音楽、映像というものがないのだ。強いていえば、ヴェトナム、ことに、ホーチミンなんかは、ドアーズの“ジ・エンド”だったりする。映画「地獄の黙示録」の印象故だ。
こういった点に、自分が、如何に欧米的価値観に支配されきっている、或いは、毒されきっていることを実感せざるを得なかった。数十年来の生活を通じて、それは、最早、取り返しのつかないところまで来ていることを知って、愕然とした程だ。旅の間は、その国のローカル・フードを食すのと同様、音楽もその国のローカルなものしか聞かないようにつとめた。しかし、日本に帰れば、また欧米音楽のライヴに足を運び、CDを買い続けるのだ。アジアの音楽は、余程マニアックに追わなければ情報が入って来ないし、入手が困難だ。そういう状況は日本だけに限らないかも知れないが、アメリカやヨーロッパの情報は、当の本人たち以上に詳しいクセに、一方で、アジアのものを知らな過ぎる、という偏りが問題だ。今回、都合10本程買ってきた現地音楽のカセットだけど、今となっては、どれもタイトルや歌手の名が読めないし、発音できない。これらの分野を、今後も継続してフォローしていくのは難しいだろう。しかし、タイのポップ・ミュージックは、ワールド・ミュージック的観点から聞いても、なかなかユニークなもので、注目に値すると思う。
また、毎度の事ではあるけど、やはり痛感したのは、言葉の大切さだ。まず英語。インターネット上の共通語が英語であるように、旅の共通語も英語だ。ヨーロピアンは須く英語を話し、韓国人やインド人だって話す。アジア人の中でも、やっぱり、日本人は英語が話せない方だと思う(勿論、自分も含めて)。日本人が、旅先で妙に日本人ばかりで固まるのは、このためだろう。顔は同じでも、日本人は中国人とも韓国人とも会話出来ず、英語を話すタイ人やヴェトナム人とさえ話せなかったりする。勿論、白人ともだ(黒人トラヴェラーというのは、旅を通じて4、5人も会わなかったので、敢えて、白人という呼び方をする)。一見、冷たい印象のある白人連中だが、彼らとて、英語さえ話せれば日本人ともコミュニケーションを取ろうとする。彼らが、日本人を避けているような印象がするのは、やはり、英語が話せない人間と意志を疎通させるのが面倒くさいからだ。“言葉はわからなくても心は通う”なんてのは幻想に過ぎない。いくら、君が、オアシスのリアムのファンで、仮に旅先で彼に出会ったとしても、君が英語が話せなければ、リアムは君の事など、ハナもひっかけてくれないのですぞ。英語を日本の第二言語にと提唱したのは、故オブチケイゾーだったか忘れたが、それは、案外正しいのではないか。少なくともシンガポールやマレーシアの方向性は正しいと思う。
また、例えば、アンコール・ワットのしつこい物売りから逃れるのには、“ノー”というより、クメール語で“テー”といった方が、遥かに効果的だったように、やはり、その国の言葉を使うにこしたことはない。そんなほんの少しの言葉でも、観光客から発せられると、ジモティたちは、“この国の言葉を話せるのか!?”と嬉しそうな表情を見せる。勿論、あちこちの国へ行く場合、全ての国の言葉を話せるようになるなんてのは不可能だが、せめて、こんにちわ、ありがとうレベルの言葉は、最低限マスターしたい。カンボジアやミャンマーは、英語は当たり前で、その上で日本語もと、かなり、熱心に勉強している人が大勢いる。それは、勿論、日本語の習得が、自身の生活や収入に反映されるからではあるが、日本人も、日本語しか話せないという状態からは、そろそろ脱すべき時ではないか。これは僕自身も大いに反省し、せめて英語だけでも、きちんと身につける努力をしていきたい。
帰国後、アジアの国々のIT化等の推進状況の調査結果が新聞に掲載されていたが、その順位は、まさに見てきた印象通り。シンガポールが抜きんでていて、マレーシアがそこそこ。中国は延びているが地方格差が激しく、タイがインドネシアと並んで足踏み状態というもの。生憎、ヴェトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーは蚊帳の外ではあったが。ともあれ、やっぱり、その国を実際に訪れてみるということは、何より重要なことだと思った。今後は、新聞の国際面でこれらの国の名が目に入る度に、気になることだろう。
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