東南アジア旅日記
・12月31日(日) ヤンゴン → バガン ビザーに迎える新年&21世紀
8時頃目覚めるが、夢を見ていて、あまりよくは寝てない。とにかく起きて朝食を取る場所を捜さんとすると、朝食は宿代込みだった。トースト3枚と目玉焼きとコーヒー。コーヒーは、砂糖、ミルクが一緒になった粉末もの。基本的にミャンマーのゲストハウスは朝食つきみたい。1時間程余裕があるので、町をうろつく。銀行通りというところがあるが、当然、銀行は休み(大晦日だからというより、土曜日だから)。しかし、その近辺に両替所が無いかと捜すが無い。町はずれに公認両替所といのがあるが、今日はそこも休み。どうすりゃいいのかねえ?ひょっとしてと思い市場へ。ジュエリーの店が並んでいて、その中に両替の看板を掲げているところがあった。ビンゴ。しかしだ、レートは、何と、ドルとFECで100チャット近く違う。因みに、1ドル=410、1FEC=270だ。しかも、このレート、日々変わっているという。おまけにインフレも進んでいる。これではFECに替えたら損するばっかりじゃないか。とはいえ、背に腹は代えられず、10FECを2700Kに替える。その後、声をかけられた別の両替商は、1ドル=280Kと少しレートがよかった。
とりあえず、これでしばらくは過ごせるだろう。町は屋台もあるが、ファストフードの店も多い。しかし、外資は入っていないようで、マクドナルドならぬマックバーガー、KFCならぬKSSフライドチキン(フライドチキン・トーキョーというのもあり)、ミスター・ドーナツならぬミスターJドーナツ等が並んでいて、笑わしてくれる。値段を見ると、ドリンク込み5〜600K位で、昨晩の店は突出して高かったみたい。10時ちょいに宿をチェックアウト。宿の前でタクシーを拾おうとすると、なぜか、拾ってくれようとするおっさんがいる。コイツ、手数料でも取ろうというのかと思いきや、単に、拾ってくれただけ。タクシーは最初7ドルとか言っていたが、ねぎって3ドルでオッケー。それに、FEC可で、最終的には細かいのがなかったので、2FECでいいと言ってくれた。何か、さっきの拾ってくれたおっさんといい、妙に親切。ホント、再び書くけど、ミャンマー人の人当たりをチャイニーズとヴェトナミーズに見習わせて、かつ猛省を促したい。
ヤンゴンは思いの他、都会だ。そこそこ車も走っていて、大きなビルもある。だが町行く車、特にバスやトラックは日本の中古車ばかり。何せ、何とか工務店とか、ワンマンバスとか日本語が車体に残ったまんまなんだもの。しかし、1時間近くかかって着いた空港は、田舎っぽくてしょぼい。チェックインするも、荷物がポンとそこらに置かれ、大丈夫なんかいなと心配になる。手続きはすぐに済み、焦った割に手持ち無沙汰になる。ロビーではMTVが流されていて、それを見ながらミカンを食べる。飛行機は定時出発だが、何とプロペラ機だった。こ、怖いぞ、ちと。スチュワーデスさんは、どう見ても日本人顔で、しかも、僕好みのルックスでささやかに嬉しい。搭乗券に一応シート番号が書いてあったが、好きなところに座ってよいと言う。客は半分位。年末のせいか、家族連れの日本人も数組いる。なぜか、バンコク・ヤンゴン間のフライトより長くかかり、70分程でバガンに到着。
空港に着くと、バガン入場?税みたいなことで、早速10FEC取られる。ヤンゴン航空のカウンターへ行くが、今日は休みなので、明日、町中のオフィスへ行ってくれと言われる。晦日(というか日曜日)は休みでも元旦はやってるわけ?空港を出るとタクシーがいるが、ドルだと2ドル、FECだと3と言われる。FECというのは、かように理不尽なのだ。ガイドブックで評判のいいイーデン・ゲストハウスへ行く。シングルがいっぱいで、ダブルで9ドルとちと高め。これもFECだと12だそうな。ま、やっぱりテレビが欲しいので、ここにする。部屋で早速テレビをつけると、CNNでスポーツニュースをやっていて、早くもNFLのプレーオフの結果が。な、何と、ラムズはセインツに破れてしもた。複雑でんなあ。しかし、この試合は見たかったなあ。バンコクでテレビ番組表をチェックして、メールで親に録画を頼めばよかった。もう、いよいよそういう時期、つまり、家でヴィデオが見れてしまう時期が近づいてきたわけだ。
まだ時間が早いので、大便後、早速、出かけるべく自転車を借りる。半日で200K。チャットがないというと、宿のオウナーが、1FEC=265Kのレートで両替するという。ヤンゴンよりレートがよくないのは仕方ないという。結局、20だけ残し、50を13250Kに替える。これで最後まで持つかな?そのオウナーの母親らしきおばちゃんが、ピーナツをいっぱいくれた。自転車ですぐ近くの市場へ。観光客がみな買うらしく、ロンジーを買えと、やたら声がかかる。ここは、理不尽な両替を除いては、いい国みたいなので、ロンジーとシャンバッグはいずれ買うとしよう。宿の向かいのジュース屋へ寄ると、同宿の日本人が。元パッカーだが、今は仕事に就いていて、年末年始の真っ当な旅行で来ているという。インド行きの経験もあり、インド人の自己チューぶりは、中国人の比ではないという。今でも、日本でインド人見ると、石ぶつけたくなるそうだ。すごそうな国だなあ。パパイヤシェイクとケーキ2つで210K。
まずは、一番宿から近く、一番有名なシュエズイーゴン・パゴタへ。そろそろ夕陽が見られる時間だし。カメラ持ち込み料30K也。ここには、アンコール・ワットみたいな物売りやセビリーヤがいるが、そうしつこくはない。黄金色に輝く大きなパゴタで、熱心にお祈りしている人が多い。敷地奥に迷路のようなとこがあるが、間違えて逆コースを行ってしまうが、ついておいでと道案内をしてくれた人がいた。たまに、“コンニチワ”と声をかけてくる人もいて、ヴェトナム、カンボジアでの経験から警戒してしまうが、物売りでも何でも無く、単に挨拶してくれた人で、対応の切り替えに苦労する。全く、ヴェトナミーズにカンボジアンや、ともうやめときましょ。残念ながら、夕陽そのものは建物や木の陰で見えない。ただ、輝くパゴタはなかなかキレイ(左画像)。今日のところはこの位にして、明日、本格的にとすることにして、宿へ。
ホット・シャワーを浴びた後、夕食は宿の斜向かいのミャンマー料理屋へ。フィッシュカレー350Kを頼むと、カレーに加え、青菜のスープに、5種類の副菜、生野菜、そして鍋いっぱいのご飯が。食べ甲斐はあるが、成程、カレーは油っこい。というか、具が、油の中に浮かんでいるという感じだ。副菜類も同様。バナナまでついてきて、ミャンマー・ビールも飲んで、腹はポンポンになる。宿へ戻ると、今晩は9時から屋上でニューイヤー・パーチーをやるという。全てフリーと聞こえたが、フリーは食べ物だけだったよう。そう、大晦日なんだな、今日は。日本では紅白歌合戦とかやる日なのだ。とまれ、部屋でテレビつけながら、金勘定をする。もう20ドルをキャッシュに出来れば、ちょうど良さそうなのだけど。明日は市場は休みらしいけど、銀行はやってるのかね?
9時半頃屋上へ行くと、従業員たちが揃って、ラジカセでユーロビートみたいな曲を盛大に流している。しかし、ゲストは白人の男一人だけ。ビールをもらって、少し寒い屋上で、そのオーストラリア人と二人で飲む。しばらくするとポツポツと人が。ハノイで一緒だったビアホイ・ジョンに似たフレンチ、昼間会った、知り合いの国営系出版の編集者に似た日本人、西新宿に住んでいたというカナダ人、もう一人は風邪で寝ているというシンガポール在住の日本人女性等など。スタッフが、ラジカセの曲にあわせて、パンパンと手拍子するのが笑える。何か、カラオケ屋の店員かピンサロの呼び込みみたい。散発的に花火を鳴らしたりもする。客席がほぼ埋まってきたところで、ゲストよりもスタッフたちが盛りあがり始め、騒ぎ出す。こちらもちょっと顔を出して寝るつもりが、何やかや11時を過ぎる。時差はあるものの、もう紅白も終わる時間。モー娘。は“I Wish”歌ったのかなあとか、ふと気になる。出演者位はネットでチェックしておけばよかった。更に、スタッフ連中が踊り出し、無理やりその輪の中に入れられる。もう後は、バカ騒ぎまっしぐら。自分の時計では12時を過ぎていたが、カウントダウンが始まり、狂乱状態と化す(右画像:写っているのはワタクシではありませぬ、因みに)。何か、まわりは寝静まってる感じだけど、いいのかね?
ま、彼らにしてみれば、本来は、新年を祝うみたいな習慣は無いはずで(あったとしても、この時期ではない)、客の嗜好に合わせて、盛り上げるべく健気にやっているわけでありませう。ともあれ、スタッフ、ゲストと共に輪になって踊るうち、新年、とうとう、あの2001年を迎えてしまった。21世紀になっちゃったわけですねー。思えば、昨年の元旦に旅に出ることを決めて、あれから1年が経ったわけだ。かくも、ビザーな新年を迎えるとは予想だにしなかったけど。といった感慨は、その時は全く感じませんでありました、因みに。あっけないと言えば、極めてあっけない、年越し+新年でありました。
ミャンマー名物の葉巻まで吸わされて、ちと頭が痛くなってきた。12時半には部屋に引っ込み、CNNで各国のニューイヤーの様子を眺めるうち、何時の間にか寝てしまった。2時半に一度目覚めた時には、もうパーチーは終わってたみたい。こんなキバラナイ新年も、また良きかな。

・2001年1月1日(月) バガン 2日目 異国にて初日の出+初詣を体験す
新年あけましておめでとーございますっ、てな挨拶も無ければ年賀状もお年玉もお雑煮もテレビの演芸番組も、全くカンケーないという正月らしからぬ正月。しかしですね、何と昨日のバカ騒ぎにもめげず6時起床。日本ではついぞ行ったことのない初日の出、初詣のためだ。何せ、ここは寺だらけのとこ。古都の由緒ある寺で日の出を見るというのを、一度やってみたいじゃありませんか。というわけで、自転車で昨日のシュエーズゴン・パゴタへ。人はまばらでカメラチェックもなし。観光客も皆無。例によって、お日様そのものは見えないが、太陽の光を受けて輝くパゴタが美しい。ま、初日の出というか初詣ですね。明治神宮よりも、遥かに空いているけど、ちと粋でしょ?パゴタを後にすると、少しお日様が見られた。

これぞ、元旦早朝の、朝日を受けて輝くパゴタ。昨日の画像と同じだって?
宿に戻って朝食。某出版社編集者に似た日本人が一人で食べている。しばらくして、眼鏡の小柄な日本人、シンガポール在住二人組等も来る。彼女らは5時半起きで、車で、上に登れるパゴタで日の出を見たそうな。眼鏡さんは、昼から車をチャーターして郊外のポッパ山へ行くという。寺は明日でも見られるので、その車に同乗させてもらうことにする。因みに朝食は、タマゴ、トースト、バナナ、パパイヤ、ジュース、紅茶等。少し寝ようかとも思ったが、午前中のうちに、自転車で少し寺見物をする。寺が固まっているオールド・バガンへの道すがらも、色々な寺が見られ、さながら、パゴタ通り。ガイドに載っていないものでも、なかなか大きなものがあったりする。ただ、こんなに寺ばっか建ててどうするの?って位の量なので、キリが無いから主要どころだけチェックすることにする。オールド・バガンへの中間地点にあるティンロー・ミンロー寺院は、高さもあり装飾も見られる。向かいには、地味なウパリ・ティエン。両方とも13世紀のもの。オールド・バガンに近づいたところで、有名なアーナンダ寺院。11世紀の建立で、中には東西南北を向いた仏像が。でも、毎度オヤジギャグで申し訳ありませんが、ここがバガン最大の見物と聞くと、あー何だ、という感じはしないでもないです。バガンの寺は、アンコールと違って、きれいに整っているものが多いけど、これ、バンバン修復しているためらしい。その修復も、アンコールみたいに建立当時の手法(この辺、日本らしくマニアック)で、みたいなことはせず、フツーの煉瓦とか使ってホイホイ進めているらしい。お国の体制の問題もあるだろうけど、ここが世界遺産に指定されていないのは、この辺に起因するのかも知れない。



今となっては、どれがどれやら区別がつかないパゴタの画像。たぶん左端がアーナンダ寺院
オールド・バガンの入口のMTTで、地図を買い(ただではくんないのだ)、11時を過ぎたので、昼食を取りに戻る。昨晩のミャンマー料理屋の少し先の、中華&日本料理屋へ行くと、また某編集者似の日本人と会う。更に、ポッパ山へ行く眼鏡さんも。ご飯の上に野菜炒めがのったもの220Kを食べる。ちと贅沢に、セダンの車に乗ってポッパ山へ。正確に言うと、登るのはポッパ山そのものではなく、タウン・カラという丘。ここは、ポッパ山の噴火で吹っ飛んだ山頂で、そこの頂上に寺院が作られたものという。1時間半位で到着し、そこそこ急な階段を登る。道なりに土産物屋が連ね、時折、仏像さんが。どれも、けばけばしめで笑える。15分位で頂上に着くが、何てこたない眺めで、またしてもケバイ仏像が。これに15ドル(二人でシェアして7.5)かける価値はあったんかなあ?売店のお姉さんには、数人きれいな人がいました。眼鏡さんは、ヤンゴンへ向かうので、そのまま車で空港へ。賢い方法だ。この人は勤め人だが、マイレージを貯めて(ここで気づいたけど、今回マイレージ登録してなかった。大失敗)バンコクまで来たという。真っ当そうな見かけによらず、ネパールやシルクロードにも行ったそうだ。1周間程度の休みだが、年に3回位は旅行しているそうだ。うーん、僕もその位行けていれば、まだ勤めを続けていたかも。
4時に宿へ戻ると、ビアホイ・ジョン似のフレンチが、登れるパゴタに夕陽を見に行くという。彼に倣い、自転車でそのパゴタを目指す。オールド・バガンに沿って行く道と並行して走る道は、広くてきれいだが交通量は妙に少ない。何か、インドネシアのスハルト絡みで無理やり作った道らしく、スハルト・ロードと揶揄されている。その、シェーサンダウ・パゴタには30分位で着いたが、成程、ちと高めだ。既に
観光客がいっぱい。ここまで来たら登るより無いが、アンコール同様、降りるのはかなり怖そう。ともあれ、初めて地平線に沈む夕陽が見られた。怖いので、日が沈んだところで、そそくさと降りて、暗くなる前に宿へ戻る。戻ると、自転車代を払った払わないで、ちと揉める。昨日のとは別の、もう一人のオウナー?というのは普段もエラソーで、この宿のスタッフでは、唯一気に入らない。で、昨日のオウナーと会ったので、“飛行機はどう?”と聞くと、ニューイヤーだから寝坊して手配出来なかったとかいう。手配してやると、そっちから言い出したんじゃないかい。慌てて、近くのゴールデン・ミャンマーというゲストハウスへ連れていかれる。確かに、ここはフライトのリコンファームもやってくれるとかガイドに書いてあった。でもねえ、電話代200Kかかるとか言うなら、自分で飛行機会社のオフィス行ってやった方が早かったろうにねえ。明日の夜に結果がわかるという。オウナーさんはインレー湖に出張だそうな。この辺がクセモンだったんだわなあ・・・

とりあえず、パゴタより見た夕陽画像。アンコールの時と同じだって?確かに。
シャワーを浴びて夕食。昨日の店より少し先のミャンマー料理店へ。タイガーの缶とチキン・カレー。並ぶ皿の量がすごい。まずは、噂に聞いた食べるお茶ラペットゥと炒りごまとピーナツの炒めたのが入った皿に小皿が5皿、生野菜、カレー、青菜スープ、ブロッコリの炒め物、そしておひついっぱいのご飯。小皿やスープは無くなると、キムチよろしく追加してくれる仕組み。これで300Kはお得感はある。しかし、ブロッコリこそフツーながら、カレーは、やはり油の中に浮いている。小皿ものも、軒並み味がメチャ濃くて、あまり手がつけられない。食べるお茶はしぶかった。確かに、この食事を毎日取るのはしんどそう(ミャンマー人は、朝からこれを食すとか)。明日は、これよりは幾分油分の少ない!中華料理にしとくかな。
宿へ戻ると、なぜかテレビで、日本のドラマ「ホテル」をやっている。しかも、音声は日本語のままで、ミャンマー語字幕入り。当地では、日本語の学習用に人気らしい。その位、この国のあまり多くないはずの観光客の中で、日本人比率は高く。日本語学習に精を出すミャンマー人は多いみたいで、実際、日本語を話す人は結構いる。某編集者系日本人とオージーと3人で、引き続きフロントでテレビを見ると、ニュース番組は、昭和30年代位の(つっても、勿論見たことはないが)日本のテレビのノリで、ここでも、日本人一行がゴルフに訪れている様子を延々と写している。笑えたがさすがに飽きてきて、部屋でCNNを見る。日本に帰って見られるNFLのゲームは、チャンピオンシップとスーパーボウルだけかあ。ここも朝晩は少し冷えるので、プノンペンで買った電熱器で湯を沸かし、久々にポーレイ茶を飲む。テレビでは、昨日のニューヤーの模様をやっていて、とりわけ、五輪のあった国シドニーが派手。ちと寂しい気もしたが、日本にいたって何があったわけでもないし、これはこれでよかったのでありませう。そう、今日は、元旦お正月だったんですねー。 → バガン続きへ
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