東南アジア旅日記

 ・11月5日(日)ペナン島→バタワース→バンコク(タイ) ネット接続の苦闘と夜行列車でポツン
 土曜日にしては静かな夜だった。いつもよりはよく寝たのではないか。8時に起きてまずは朝食。どうせ、昨日の自転車屋に返し忘れた鍵を届に行くつもりなので、チュリア通りに行って、久々にコーヒー(コピではなく)とパンの朝食をのつもりで。途中、リトル・インディアを抜けてチュリアを目指すと、チャイナタウンの日曜朝市に出くわす。しばしひやかし、チュリアに行くが、自転車屋はまだ開いておらず、鍵はシャッターのところに。朝食処も、この辺の連中は朝が遅いのか、適当なところが見当たらない。で、再び朝市に戻るとビンゴ。見つけましたよ、中華まんを蒸している店。あの小ぶりの中華まんは朝食に最適。肉まん二つとココナツのあん?が入ったのを二つ。お茶はポーレイ茶。久々にポーレイが飲めたのが嬉しかった。

 ルンルンと宿に戻り、洗濯物を受け取る。女物のパンチーが混ざっていたが、勿論、返す。便とシャワーを済まし、荷造り。そしていよいよ昨日の日記に取りかかるが、例によって時間がかかり、タイムアウトで、この状態で送信をすべく、フロントへ。電話回線だけ貸してくれと頼むが、なかなかウンとは言ってくれない。主人らしき男性が出てきて、うちよりずっと早いネット・カフェ行ってやれと言われる。仕方なく2,3軒当たるが案の定、ノー。もうチェックアウト時間を過ぎて、せっかくのシャワーが無駄になる大汗。今日も暑いし、今日も咳と鼻水は相変わらず。最後の手段で、宿の階下の公衆電話でカプラー通信にトライするが、うまくいかない。これはむしろ電話機の問題だったようで、他のとこで試すも、やたらにバイクがバリバリ走って行くような環境でカプラー通信がうまくいくわけがない。マラッカはたまたま幸運だったようで、基本的に電話のある宿でしかファイルの送信が出来ないなら、これからのHP更新が危うい。日本語のメール送信もだ。宿代がバカにならない。バンコクでは融通がきくとよいが。

 大いなる徒労にガックリ意気消沈してチェックアウト。時間も押しまくって、急ぎフェリー乗り場へ。今更なんだが、よく見ると、確かに乗り場前にチケット売り場があった。2時10分前くらいにバタワースに着き、慌ててチキン・ライスをかっこむ・ビールも飲んだが、この5リンギの出費で、列車内で飲む用のビールを買うためのリンギが無くなる。やはり夕食優先で、7リンギ残して、りんご二つとクッキーのようなものを買う。焦ってホームへ行くと、何のこたない、電車が来たのは15分遅れ位。30分遅れ位で出発。向かいというか、下のベッドになるのは、華人老人。通路を隔てても華人系。西洋人たちが前後。途中でマレー人一群が乗りこんで来て、大賑わい。そのリーダー格風の人は華人で、向かいの華人老人と大いに話が弾み出す。反対側の華人たちも話していて、中国語もダメ、英語もそこそこの僕は、見事ポツンと取り残される。しかし、アジア人なのに、他のアジア人とは話が出来ず、一方、英語圏の人間にもあまり相手にしてもらえない、というのは、ある意味、日本人のポジションを物語っているかのよう。

 車窓の風景はジャングルに近いものが延々と続いていたが、タイ国境に近づくにつれ、何やら隆起した丘のようなものが目立ちだし、なかなかの光景。国境のペダン・パサルで入出国手続きのため、停止、下車。途中配られた入国カードとパスポートを出し、無事許可が降りる。そこで、ちょっとした食事が売っていて、みなそれを買う。僕もやきそばパックと水を買うが、まだ2リンギ残る。更に、ビール&バナナ売りが。寝酒が欲しいが、もうビール分のリンギがない。バーツでもオッケーというので、50バーツ(単純にリンギ野10倍になるみたい)のビールを買うが、釣りをリンギ小銭交じりでもらったから、ややこしい。FPの癖に数学が苦手な僕はしばし考慮。すると、例のマレー軍団のリーダーが「プロブレム?」と聞いてくるので説明すると、これでよいのだ、とのこと。寅さんのように「青年!」と呼ばれてしまった。まずいやきそばを食べ、華人たちの会話が盛り上がる一方、こちらはひたすらガイドを読む。それにしても華人老人、足は覚束無いのに舌は絶好調。ご飯も大盛りのチキン・ライスを平らげていた。そうこうするうち、タイのハジャイに到着。マレー軍団一行はここで下車。食堂車が連結されたらしく、注文を取りに来る。さすがにそこまで贅沢はしませぬ。するとバナナ売りが来て、ちょうど2リンギというので、人房買う。これで、目出度く小銭以外のリンギは使い切ったが、問題はその売り子。やたら体のごつい売り子嬢(つまり、男)でありました。イヤ〜、確かにタイに来てますですなあ。

 そろそろ眠いのだけど、まだベッドは降ろさんおかな?この列車の寝台は、普通の座席の上に畳んであり、鍵がかかっている。9時頃、ようやく車掌らしき人がベッドを降ろしにやってくる。しかし、元に戻す時間も決められているのかなあ。こちらは、寝台になり次第、この日記をやるつもりだったのだが、老人は起きるの早いからなあ。何か、早朝に起こされそうな嫌な予感が・・・因みに、スペースが広い分、下の方が高価。僕は勿論、窓無しの上の方です。通路を隔てたおじさんももう寝てる。ウ〜ン、チャイニーズ・パワー恐るべし。お願いだから、よく寝かせてね。

 ・11月6日(月)バンコク1日目 一言で言って鼻血ブーな街
 すごく重い筆致でこれを書いております。昨日の分の日記は、保存してないまま寝てしまい、パソコンの電源オフと共に消えてしまいました。別に、だから重い筆致な訳ではなく、7日の出来事が問題で。とまれ、昨日の出来事はざっとまいりましょう。列車の中ではよく眠れ、宮沢蔵相似の華人は相変わらずよく喋っておりました。前日におかまさんから買ったバナナは全て平らげてしまい、そろそろ昼。電車がバンコクに到着したのは、僕の時計で1時過ぎ。と言っても、タイとマレーシアでは時差があるので、12時ということになる。宿は、駅からすぐの、チャイナタウンよりのスリ・クラング・ホテル?というとこ。駅のツーリスト・インフォメーションに寄ったら、公的機関というよりは、呼び込みまがいで、高めの宿を調子よく紹介してきた。ガイドには、500バーツと書いてあったホテルも、ダブルしかないということで550バーツだった。結果、インフォメーションに提示されたホテルと同額ではあった。ただ、さすがにしっかりしたところで、テレビ・エアコン付。セキュリティも大丈夫そうだ。電話があるが、実はオペレーター経由だというのを知ったのは後のこと。それでは意味が無いのだ。

 シャワーも浴びずに外出。中国大使館とカルチュラル・センターを目指して歩くが、バンコクは道がサッパリわからない上に、地図上の印象以上に距離がある。しかも、地図の見間違えで、実は中国大使館等は、とても歩いて行ける距離のところではなかった。結局、タクシーを拾う。タクシー・メーターという表示のタクシーは、文字通り、メーターつきで、ボリはないみたい。実は、先ほど通ってきた大学を出たというインテリ・ドライヴァーのタクシーで、まずはヴェトナム大使館へ。勿論、閉まっている時間だが、何日で取れるか等を聞きたかったのだ。この手の事は、どうも電話では不安なもので。しかし、その日は大使館はお休み。英語表示が読めなかった青年の押したベルで、係員が不機嫌そうに出てきてすぐに引っ込んでしまった。仕方なく、同じタクシーで中国大使館へ。いや、遠い遠い。ここも閉まってはいたが、係員に聞くと「1日で取れる」というのを信用して、後にする。面倒くさいから、このまま安宿街カオサン・ロードへと思ったが、3時頃というのは渋滞時間だそうで、時間も金もかかるというので、ひとまず駅へ行き、バスに乗ることにする。運ちゃんいい奴だったが、結果、190バーツという、安宿一泊分の金を使ってしまった。

 しかし、バンコクはまたバスがよくわからない。結局、有料で入手した地図(当地のインフォメーションは地図はくれない!)のバスのナンバーをあてにして乗るが、違うと言われ、途中で降ろされる。途方に暮れていると親切な若い女性がバスを教えてくれたが、それがなぜか逆方向だった!一度歩いた道を引き返す。しかし、KLを凌ぐラッシュ、公害天国でおまけに道はわからないわ、油断は出来んわで、既に切れかかり気味。すると、鼻の方が先に切れてしまい、歩いている途中で鼻血が。相変わらず、咳と鼻水が出るせいで、鼻のかみ過ぎのせいもある。ヤレヤレ。しかし、しばらく歩くと、お寺周辺で縁日のような光景に出くわしフラフラと歩いて行く。だが、それを楽しむ程の精神的余裕は無い。10バーツ拾ったのがせめてもの救い。

 そうこうするうち、、どうやら王宮のようなものが見え、カオサンに近づいていることはわかった。結果、着いたのは6時近く。もう夕食の時間だ。しかし、カオサンのクレイジーなこと。見渡す限り白人ばかり。たまに日本人。そして、如何にも白人向けな店ばかりで、アジアらしさが感じられない。こういうとこにいて楽しいのかな?大体、何で、鉄道の駅とかからこんな遠いところに安宿街が出来たわけ?もっと近くにあってもらわないと困ります。ともあれ、いつまでも高い宿には泊まれないので、明日はここに来ざるを得ない。少しは旅人との交流も必要だし。とにかく、ビールが飲みたかったのと、このところ、世間の情報にも疎くなっていたので、インターネット・カフェへ。シンハ・ビールを飲みながら、NFLの結果やら株価やらニュースやら見る。店のタイ・ガールに「ここは回線だけ貸してくれるか?」と聞くが、複雑な?英語はわからないと言われた。夕食は、カオサンから少し離れた店で、センレックだっけ?太目の汁ビーフンを食べた。

 帰りもバスで帰るべく努力はするが、「これ鉄道の駅行く?」と車掌に聞いたら、自身無さ気に頷いたが、結果、駅は駅でも地下鉄?の駅のあったサイアム・スクエア、東急デパートの辺りに来ていた。ここは昼に歩いて来たとこだが、ついでに、観たかった映画をやっていたので時間をチェック。「スペース・カウボーイズ」や「シャフト」が観られそうだ。で、結局、そこからタクシーを拾って宿に帰ったのだった。

 宿に帰ったら、疲れのせいか否か、なぜか急に頭痛がし、寒気がしてきた。食べ物のせいかどうか?日記をある程度書いたところで、そんな具合になり、パソコンも何も着けっ放しで寝てしまった、というのが昨日の顛末。せっかくの電話を試す暇が無かったので、宿には連泊せざるを得なくなってしまった。

 ・11月7日(火)バンコク2日目 彼の地はやはり、タフだった・・・ 
で、その重い筆致の日だが、8時起床。よく寝たので、初めて1週間連続装用のコンタクトをするが、目の調子は悪く、装着感は極めて悪し。まずは、中国大使館へ行かねばならないが、ホテルのフロントに聞いても、バスでは行き辛いのでタクシーがベストという。ついでに、電話が、9をダイアルしてもローカル・コール出来なかったので聞くと、基本的にオペレーター通しなのだという。これは、他のサイトにもそう書いてあったが、これでは、電話があっても意味がない。厳しいフロントのおばちゃんがいなくなった後に、物分りの良さそうなお兄ちゃんの方に「何とかならんかなあ」と言うと、「こっそり、オープン・コールにしておく」ということで、一件落着。

 さて中国大使館。ヴィザの申請はアッサリ済んだが、当然ながらパスポートはまた預かられてしまい、レシートをよく見たら、受領日は10日となっている。何だ、「1日」ではなく、やぱり「3日」要するのではないか。これで少なくとも金曜日まではバンコクにいなくてはならなくなった。ついでに近くにあったジャスコで、ティッシュと南京錠とマスクを買う。マスクはちょっと買うのを迷った巨大なシロモノ。何せ、バンコクの排気ガスは耐え難いので、道路沿いを歩くときはマスクを着用することにする。青い色着きのでかいマスクをして、グラサンして歩く様子は、少し(と言うか、かなり)異様ではあっただろう。更に、タイ・カルチュラル・センターのスケジュールをもらってくる。16日にチャリティのタイ・ポップ・シンガーのコンサートがあるらしい。

 ともあれ、再びカオサンを目指すのだが、昨日よりはバス・ライディングにも少し余裕が出てきたというか、教えられたりしながらも、3本乗り継いで、どうにか辿り着けた。バスは普通3.5Bだが、エアコン・バスは8.5Bになる。まずは、日本語の通じる旅行代理店を捜し、ヴェトナム・ヴィザのことを聞くが、1日で取ってもらうとなると、3000Bかかるという。しかし、考えててみれば、金曜の午前に中国のヴィザが取れれば、その後すぐにヴェトナム・ヴィザを申請して、スコタイやチェンマイに行った後、受領できる頃にまたバンコクに戻ってくればよいではないか。無愛想気味の代理店さんの話では「パスポートのコピーさえ持ってれば心配ないですよ」とのことだし。自分で取る方が安く済むしね。等々考えつつ、典型的カオサンぽいカフェでビールを飲んで一休み、今後の予定等考えていたら、もう1時なので、そのままそこで昼食。ヴェジタブル・フライド・ライスというのを頼んだら、ケチャップご飯だったなあ。

 今日は咳と鼻水はだいぶ落ち着いて来た。軽度の風邪を引いて、寝たきりとかの休息を取らなければ、完治までは1週間を要するというのが、現時点の自分の体力の程らしい。とまれ、ボツボツ寺でも見るかと歩き出すと、川に出たので、渡ってワット・アルンというのを見に行こうかと思うが、なぜか乗客が自分一人だと言うので、警戒してやめる。今度は近くにナショナル・シアターというのがあったので、そこでもスケジュールをもらう。すると、それを近くで見た人が話し掛けて来て、隣の美術館で、明日、伝統芸能のようなものが見られるので来たらいい、という。更に、この寺は行ったかとかにこやかに親切に色々教えてくれる。しかし、これが今思えば始まりだったのだ。展開はどういうことだったか忘れたが、「タイのニュースとか見た?今、一年に一度のスーツの見本市?が開催されていて、今日が最終日。最高の品質のものが安く帰るよ。寺のついでに行ってみたら?」。その時は、スーツなぞ、本来縁の無い人間だから「あそう?」位のもんでいたが、更にその人が、「寺に行くならトゥクトゥクがいいよ、黄色いナンバーのはやばいけど、白いのはいいんだよ。何なら僕が交渉してあげるよ」みたいな事を言って、トゥクトゥクを拾ってくれる。おまけに、「ペーン・パイ(高い!)って言葉知ってる?問題あったら、これを言えばいいんだよ」等々教えてくれ、そのまま別れたので、タイにもいい人はいるんだなあなどと思って、単純な僕はちと気分が良くなったりしたのだった。

 で、お薦めの寺へ行くと、若い青年がお祈りをしていた。その青年が話し掛けてきて、「君は日本人?日本人は仏教徒なのか?」と意気投合した感じで、一緒にお参りする。境内でしばし話すと、持っていた地図に先程の人が書いたスーツの見本市の字が目に付いたらしく、「あれ、これ君よく知ってるね?僕、昨日言って5着買ってきたんだよ。これはお得だよ。メンバーになって情報も送ってくれるしね」等々言われ、「へ〜、そんなに話題なんだ〜」とすっかり信じてしまう。だって、仏像の前での話ですからねえ。フツーはねえ。で、その、スーツ・ファクトリーとやらを見るだけ見に行ってみるとする。降りるたびに、トゥクトゥクの運転者は気長に待っていてくれる。スーツ・ファクトリーは、ファクトリーって程のシロモノではなく、フツーのお店。やたら愛想よく、飲み物なども出してくれて話すうち、久々にスーツ買うってのもいいかなあなんて気にもなってきてしまうから不思議。このワタクシ、会社でもスーツなんぞ、ほとんど着ていなかった人間です。でも、いずれ少しは必要になるだろうし、ここで買っておくのもいいかなあ、なんて思ったのだ。まさに、あなたの心の隙間って感じだ。お値段は500ドル、日本円にして6万円程。本来なら2,30万円はするという逸品との触れ込みだ。機嫌も上々に寸借を終え、何気にカードのレシートにサインを。もうこの時点でアウトだったのだ。店を出ると、「ラッキー・ブッダへ行くのか?」と言うのでそうする。この言われるままに観光ってのが浅薄なんだよね。この時点ではまだご機嫌で、トゥクトゥクってのも実はいい乗り物だなあ、明日は一日借り切って寺見物するか、とか思っていたのだから、我ながらお目出度い。

 次の寺へ行くと、肝心のブッダの部屋は閉まっていたが、一応、靴を脱いで上がろうとすると、「閉まっているから、もういいんだよ」という声が、人の良さそうなおじさんがいて、娘の帰りを待っているという。しばし雑談するうち、どういうわけか、ジュエリーの話しが出てくる。「今は1年に一度の、政府がジュエリーを安く売る時期で・・・」てな話しを熱っぽくする。スーツ以上にジュエリーには全く縁が無いので、今度こそ「あそう」程度に聞くが、何だかこの時期はやけに「1年に1度」が多いなあ、なんて思う。ばかだね、しかし。和やかにおじさんとは別れ、帰ろうとトゥクトゥクに戻る。すると、運転手が「エクスポート・センターに行くのか?」と言う。「いや、疲れたから、もういい」と言うと、「どうせ、ホテルのあるチャイナタウンに近いのだから寄っていけよ」としつこい。ここで、大変遅ればせながら、ようやく気づいた。何で、おじさんと二人で話した内容をこいつは知っているのだ!?なぜだ?と聞くと、すっとぼける。これはいよいよおかしいと思い、「さっきのスーツ・ファクトリー」に戻れと言うと、またすっとぼける。やられた!と思うのが遅過ぎ。「降りる!」と強引に降りて、タクシーを拾う。先程のスーツ・ファクトリーの住所を示すが、運ちゃん英語が読めずダメ。で、次のタクシーを。何だかまわりが全てグルに思えてきた。次の運ちゃんにある程度事情を説明し、地図入りの名刺があったので、どうにか辿り着く。「待っててやろうか」と運ちゃんは言うが、「いや、多分、長くかかるからいいよ」と別れる。もう、カードにサインをしてしまったから無理とは知りつつ、これで泣き寝入りしては腹の虫が収まらない。とにかく粘るのみという覚悟で、殴り?込む。

 最初はこちらもジェントルに話していたが、しばらくして当然ながら口論となる。とりたてて、向こうが暴力に訴えるとか恐怖を感じることはなかったが、それでも、サインをしてしまった以上、劣勢は明らかだ。「お前は赤ん坊みたいなことを言っている。自分で買うと言ってサインして、金が無いからキャンセルしたいとはおかしいと思わないか?」全くだ。確かに自分がおかしい。しかし、仮に、スーツが本当に上物だったとしてもこの買わせ方が気に入らない。思えば、旅に出て2週間近く、あまり旅人とも話を交わさない孤独な旅だ。地元の人間ともそうだ。とりわけ、都会っぽくギスギスしたバンコクで、ようやく地元の人と話してホッとしたところがこれだ。心の隙間と言えば確かにそうだが、これはやはり旅人を愚弄する行為だ。ここに書いただけでは、何て初歩的な手に引っかかっているのだと呆れられるかも知れないけど、確かに、その戦術はよく練られ、巧みなのだ。おそらく、寺であった連中は全て待ち伏せしていたのだろう。最初の寺であった青年は、別れた後、携帯で話していたっけ。

 結局、店の相手が、信用しないなら、明日この時間に店に来れば、90%出来あがったものを見せてやる、と言い出した。もう金を取り戻すのは無理だろうと判断し、なら、スーツのものだけでも確かめてやるかという気になった。「よし、明日見に来る」ということで、引き下がることにした。この手の話しは、それで、似ても似つかぬ粗悪品が日本に届いてというのがオチなわけだが、せめて、本当にスーツがましなものなら、まだ救いはある。ましかし、いずれにせよ、初の長期旅行体験(と言っても、まだ自己ベストの日数には達してない)の勉強料を、早速払わされる羽目になったわけだ。ま、後になってみれば、そう割り切れるのかも知れないが、今はもうグッタリだ。ただでさえ、体調不良で、公害天国のバンコクにウンザリしていたのに、泣き面に蜂だ。あまり夕食を取る気にもなれず、タクシーで宿に。チャイナタウンにはてきとーな食事処が見つからないし、怪しいお姉ちゃんも・・・もう、やめてくれ今日は。駅の食堂でチキン・ライスを半分程食べ、構内のネット・カフェへ。ここは妙に料金が高いし、ラムズも負けていて、ますます意気消沈。ビールを一本買って宿へ。とてもじゃないが、夜遊びなどする気分ではない。それでも、明日はまたカオサンに行かねばならない。少しはいいことが無いと、このままバンコクが嫌いになりそうだ・・・ → 波乱万丈のバンコクの続き
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