世・界・一・周旅日記

 ・4月4日(木) ダマスカス → ベイルート(レバノン) 雨の国境越えパート2

 ガラージュ・バラムケからのベイルート行きバスは8時と12時とのことだったが、おそらく他の時間帯のもあるのだろうとふんで、敢えて寝坊。9時近くに起きて、まずは改めて情報ノートをチェック。マフィンの残りを少し食べる。何やら外でデモのようなことをやってるのが気にはなったが。で、10時ちょいに重い腰を上げチェックアウト。とりあえずはセルヴィスを拾おうとするが、今日は交通警官がおらず、バラムケ行きがどれなのかわからない。ではタクシーをと思うが、どれも誰かが乗ってるものばかり。一向に拾えない。荷物の重さが肩にのしかかってくる。埒があかんのでマルジェ広場まで行けば拾えるかと出る。デモみたいなものが続いていて、そのせいで道路が渋滞している。おそらくはパレスティナ人支援絡みのものだろう。ようやく目の前で客を降ろしたタクシーを捕まえたが、運ちゃん曰く“デモの影響でバス・ターミナルは閉まってる”とのこと。何〜?!じゃあ移動はどうすればいいんだよぉ。とりあえず一旦宿へ戻る。

 フロントのスーダン人らしい兄ちゃんにそのことを言うと、まあ一時的なもんだろうと言う。とりあえず、デモが収まるまで宿で一休みさせてもらう。1時間位様子を見るかと、その間シュワルマ・サンドを食べたり。11時半近くなり、もうバス出発の時間が近いので、再びマルジェ広場へ赴くが、まだデモやってる。捕まえたタクシーはバラムケまで75spなどとヌカす。この期に及んで足元見やがって。別の、爺さんの運転するタクシーは50sp。もう時間が迫ってるので、妥協して、それに乗ることに。別の客も乗せたなあ。こっちは急いでるのに、爺さん、呑気に世間話なぞしつつチンタラ走る。渋滞にも捕まり、もう12時発バスは絶望的。午後にもバスがあればいいが。なぜ移動を焦っているかと言うと、今日がヴィザの期限が切れる日。従って今日中にシリアを出ないと厄介なことになりそうなのだ。バラムケに着いたのは12時10分過ぎ位。着いたのが国営カルナックの方だったが、“ベイルート?”と声がかかり、まさに今出発せんとしてるバスが。危機一髪、どうにかこうにかベイルート行きバスに乗れた。いや〜、ハラハラさせてくれますね。これもシャロンのお陰かや?

 約1時間位走ったら、もう国境らしい。まずは出国。各人降りて、パスポートを提出。係官に“アラビア語は話せるのか?”とか聞かれるが、当然ノー。この際関係ないでしょ。何かおっさんが、やたらに人のパスポートを何度も何度もパラパラやってて返そうとしない。それでもどうにかスタンプが押され、無事出国。期限に引っかからずに済みました。しばらく走って今度はレバノンへの入国。ここでまた雨が降り出す、おいおい。早速闇両替が寄ってくるのを無視して建物へ。入国手続きは、また何か紙を書かされる。ここでも父親の名を重視。レバノンは48時間以内に出るトランジット・ヴィザなら無料。だから貧乏旅行者は、焦って2泊3日で周るみたいだけど、何もそんなケチケチせんでもと思うけど。僕は最低8日位はいるつもりなので有料トランジット・ヴィザを取らんとする。料金は3日以上2週間までが25000レバノンポンド(以下LP)、2週間以上1ヶ月までのシングルが50000LP、それ以上のマルチが100000LPだった。ところが、この代金レバノンポンド払いオンリー。ドルもシリア・ポンドもダメ。で、慌てて外に出て闇両替を呼ぶが、20ドルで25000LPって、そりゃあレートよくないんじゃない?でも選択の余地なく、替えざるを得ず。どうにか15日有効のヴィザをゲット。2回位車内パスポート・チェックがあって、無事レバノン入国。は〜、レバノン、ノンであります。

この手続きに要した時間が約2時間。で、更に2時間弱走って、どうやらベイルート到着。看板にもアラビア語以外が目立つ。シャール・ヘロン・バス・ターミナルに着いた頃には、雨がかなり激しくなっていた。目指す宿は、このバス停のすぐ近くらしい。ターミナルの上の道路に出て少し歩いたとこらしい。しかし、上になかなか出られない。とりあえず両替所があったので、シリア・ポンド500をレバノン・ポンドにチェンジ。色々聞いた結果、道路を渡って行くしかないみたい。上に出ると、雨は更に激しさを増す。ズブ濡れになりながらも、どうやらホテルらしいものが見えてきた。

 ありましたよ、タラルズ・ニュー・ホテル。ベイルートの中心街に行くと宿は20ドルを下らないそうだけど、ここは4ドルで泊まれる貴重な宿。日本人が一人だけ泊まっていた。着いたのは4時半頃だったけど、この雨ではどこへも行く気がしない。日本人のノブさん(去年コンヤで働いていたラヴリー・ノブさんの弟分だそうな)としばし話し、情報ノートをチェックしたり。彼が夕食を自炊するそうなので、ご相伴に預かることに。ついては、タマネギとパンを買って来て欲しいと言われ、雨の中、初めてのおつかいへ。しかし、来たばっかで判るわきゃあなく、1km位歩いてやっとスーパーマーケットを見つける。その店にはワインもあり、一番安いレバノン・ワインを6750LPで購入。パンは2250、タマネギは2個で500。大体0.8がけすれば日本円だから、ワインは500円超で、シリアに較べては勿論、日本と較べてもレバノンの物価はそう安くないことがわかる。ノブさんは、野菜を煮こんだシチューのようなものを作る。

 僕は見ながら宿のレバノン・ビールを1本。ここはホイホイ酒が飲めるのが嬉しいね。まあ食わせてもらう立場なのでパンとタマネギ代は請求せず。でも、LPがもう半分位になってしまった。明日、両替せねば。レバノンは1日20ドル・ペースは覚悟しなきゃいけないかも。シチューにパンを食べ、食後は日本酒とワインを振舞う。同室は他に若いフレンチ一人、更に夜になってフォトジャーナリストらしい、パキスタン人?が加わった。彼は来て早々、何やら取材に出て行き、フレンチも同行。ここのドミには何とテレビがあり、インド並に何チャンネルも見られる。ESPNやCNNも。どっかの情報ノートに書いてあったけど、深夜には無修正のポルノまでやってるとか。テレビを眺めながら、ノブさんとワインを飲みつ談笑。彼はソーシャル・ワーカーで、あちこちでボランティアしたりしつつ旅してるという、珍しく志のあるパッカー。彼に英単語の意味を色々と問われるが、それが超基本的な部類のもので、この人は、一体、どうやって各国で意思疎通をしてるのかと不思議になったが。まあ、旅というのは、要は気合ってことなのだろう。12時位にチャンネルを替えていたら、噂のエロに遭遇。無修正洋ものだから、軽快な音楽にのって、ひたすら例の単調な運動が続く。さすがにあれではムラムラこんわなあ。なこんなで、日記は書けず。単調な運動を見てるうちに寝てしまった。

本日の出費:昼食25sp タクシー50sp ベイルート行きバス170sp レバノン・ヴィア25000LP ワイン6750LP 食材2750LP 計245sp+34500LP


 ・4月5日(金) ベイルート 2日目 アドヴェンチャーな1日

本日の観光ポイント:ハムラ、アメリカ大学、鳩の岩、ベイト・エディーン、ダイル・エル・カマル

 ゆっくり9時起き。フォトジャーナリストのパキスタン人は7時頃出ていったっけ。しかし、今日は見事な快晴。こいつは出かけねば。昨日のシチューの残りで朝食。宿の若い従業員が掃除しながら、間の抜けた鼻歌を歌ってる。頭はよくなさそうだけど、面白いキャラクターだ。とまれ、10時頃出る。中心街であるハムラまでは4km位あるのでセルヴィスを使いたいところだが、レバノンのセルヴィスタクシーってのはよくわからない。ワゴン車らしいのだけど、あまり見かけない。シリアでも同方向へのタクシー乗合はあったようなので、ここでも誰か乗ってるタクシーをあたってみるが、ハムラ行きはなし。結局歩く羽目に。少し歩いたとこで、きれいなヴァージン・メガストアを発見。さすが、かつて“中東のパリ”と呼ばれたところだけあって、周囲にもブランドショップがあったり、おっしゃれである。しかし、そのヴァージンのあったところがハムラなのかと思いきや、まだ全然先であった。そこらはダウンタウンの手前位のとこで、内戦でボロボロになったところが、徐々に再開発されているらしい。少し先へ歩くと廃墟っぽい建物多数。ここらはまた改めて訪れることに。

 で、更に2km位歩いて、やっと中心街へ。観光案内所を見つけて寄るが、地図さえ置いてない。ハムラ通りにはお洒落なカフェやファストフード店が並び、スターバックスもあり。ここが中東なんでしょうか?少なくともシリアとは大違い。でも、バス停にいた人たちなんかは案外親切だったな。まずは両替だが、シティバンクのあるジェフィノール・センターに行く。しかし、そこのシティはATMはなし。今回はシティコープのTCを持ってきてないので、そこでの両替は不可。同じ建物内にアメックスのTCを手数料なしで換えてくれる代理店があるとかないとかって話だが、見つからない。両替はしばし後にして、近くのベイルート・アメリカ大学へ行ってみる。

 女子大生ウォッチング&学食狙いである。偽国際学生証提示で入れた。小奇麗なカフェテリアがあり、ホブス、白身魚のフライ、パスタ、水、サラダ等を取ったら、締めて8250LPと高くつく。同じ学食でも40円で食べられたイスタンブールとは大違い。レバニーズ・ガールはまずまずだが、やはりお洒落ではある。昼時のキャンパスは華やかで賑やか。海が見える好位置で、あちこちから英語やフランス語が聞こえる。ベイルートは、どこまでも垢抜けているのであります。

 腹ごなしに海岸通り方面に歩く。観光ポイントである鳩の岩というのを目指すが、結構坂を登って行く。地中海に浮かぶツインの岩山(右画像)。レバニーズのお散歩ポイントだそうで、レストランやホテルが並ぶ。しばし海岸通りを歩き、そこから徒歩で、近郊へのバス停であるコーラへ行ってもよかったが、両替がまだだったことを思いだし、再びハムラ地区へ戻る。これがまた坂だし、結構距離がある。迷っているところで、突如,現地人みたいのに“挨拶の仕方を忘れたのか?”とかガンをつけられたかと思いきや、何と、ハマのリヤド・ホテルで一緒だったレバノン生まれのオージーだった。そういえば彼はレバノンの祖父に会いに行くとか言ってたっけ。いや奇遇な出会いであります。結局、また元の観光案内所のあたりに戻り、両替所をあたる。TCオッケーのとこでも手数料が3ドルとか高く、またはノーのところが多い。仕方なくスタバに入り、トイレで腹巻から現金を引っ張り出す。因みにアイスカフェラテが4500LP。日本並っつーか、日本より高いよ、これ。80ドル分を両替。やっと本日の観光に乗り出す。

 観光案内所の近くに停まっていたバスがコーラ行きだった。各地へのセルヴィスは、そのコーラから発進。しかし、ターミナルのようなとこではなく、道路沿いにセルヴィスが並んでいるだけで、どれがどこへ行きのかは、いちいち聞かないとよくわからない。目的のベイト・エディーンを告げると、行くんだか行かないんだかよくわからないけど、とにかく乗れと言われる。ベイト・エディーンは、19世紀に建てられた山間にある宮殿。ベイルート市内からは48km位の距離、まあ40分位かな。しかし、 どうもそのセルヴィスの目的地はサイダらしい。サイダというのはやはり40km位離れた港町。そこも要塞とかがあるので、いずれ行こうと思っていたところ。途中で降ろされて乗換えってのが濃厚なので、いっそのことサイダまで行っちゃってもいいかなと思うが、案の定降ろされて、ここでセルヴィスを拾えとか親切に言われたので、やはり元の目的地を目指すことに。降ろされたところで待っていると、セルヴィスではなく、何人かを乗せたタクシーがやって来て3000LPでベイト・エディーンまで行くと言うので乗ることに。

 そこから10kmは、かなりの山道。30分位かけてようやく到着する。しかし、「歩き方」には1000と記されていた、そこの入場料、何と7500。バールベックより高い?学割でも5000。でもここまで来て何だから入る。イスラム建築の宮殿で、中身が博物館状態。展示はそう大したことはないが、建物が、なかなか味わい深い(左画像)。中庭等も美しく整えられていて、栄華が偲ばれる。高所にあるので眺めもいいし、周囲も石作りの建物が独特。奥に進むとハマムがしっかりと残っている。そして、ここの最大の見物は、数々のモザイク。量とバラエティにおいては、イスタンブールのカーリエにも匹敵する見応え。うん、5000LP位の価値はあったぞ。もっと時間が早ければ、ここらの建物を見ながらブラブラ山道を歩くのに絶好の場所だ。ただ、問題は帰りの足だが・・・

 ベイト・エディーンの5km位手前に、ダイル・エル・カマルという、やはり歴史的な建造物があるという。更にその手前にカスル・ムーサというオモチャのお城みたいのがあって、博物館になってるとか。ベイト・エディーンからも見えるので、とりあえずそこを徒歩で目指す。しかし、見えるけども、道路は大きく迂回してるので、やはり遠い。後方からタクシーがやってきて、1000でカスル・ムーサまで行く。しかし、そこも入場料が6500もするのでパス。今度は徒歩でダイル・エル・カマルへ。10分位歩いて、それらしき建物が。石作りの広場、教会等が再現され、ここにも博物館が。学割で3000とのことだが、時間も6時近かったのでパス。広場等を写真に収めたのみ。さて、とりあえず観光はした、。後は帰路であるが、ベイルート方面へのセルヴィスはおろか、タクシーも一向にこない。日が暮れ始めて焦りだし。反対方向に走るタクシーを停める。10000とふっかけられ、ねぎっても8000だったが、仕方なく手打ち。しかも、行きにセルヴィスで降ろされたダムールまでである。運ちゃん、かつてガルフ・エアで働いていたとかで、香港や日本にもいたとか。ハムラにも安い宿があるぞと言うので、いくら?と聞いたら24ドル。それ安くないって。オレ、泊まってるとこ4ドルよ。

 ダムールで降り、またセルヴィス拾い。ワゴンが来て停まったが、運ちゃんは助手席の姉ちゃんとイチャイチャしていて、僕の隣に座る若いアラブ男は、馬面で“10000!”とかほざく。アラビア語はわからんと言うのにしつこく話しかけてきて金を払え払えとうるさい。どうもセルヴィスではなくフツーの車が停まったらしい。停めろと言っても、前の運ちゃんは彼女とイチャイチャしてるだけ。こっちは馬面バカ・アラブ男と喧嘩状態。そうしたら、コーラではなく違う方向に行くではないか。バカタレ、はよ降ろせって。降りた後も馬面バカとやりあいつつも、一応1000は払ってやる。帰れるのかよー。

 今度こそセルヴィスを。しかし、本当にコーラに行くのかどうかよくわからん。何せ来た道とは全然違う道。近道らしいって話だけど。乗客は皆降りて僕だけになったとこで、見覚えのないとこで降ろされる。なぜか金はいいと言われ。コーラは?と聞くと、もう少し先、みたいなことを言われた。で、指された方向にしばし歩くが、らしき場所は見当たらない。途中、道を尋ねると、どうもコーラは、更に車で10分位とか!?道理で金取らんかったわけだ。結局タクシーを拾う。5000と言われたが、2000にねぎる。途中、他の客も乗ってくる。要は、レバノンのタクシーはほぼ乗合。で、相当に走っても市内ならほぼ2000以内ってことがわかってくる。タクシーでハムラに行き、どうにか見覚えのある場所へ。いや〜、疲れましたね。やっぱ、遅い時間に観光を開始したのが大間違い。早ければ直通のセルヴィスもあったことだろう。冒険しちゃったですね、今日は

 ハムラで、一杯飲んで食べてから宿に戻りたい。気の利いた店で飲りたいが、もう8時過ぎでかなり空腹なので妥協。たまたま見つけた中華料理屋、そう高くないので入る。せこいレバノン・ビール3500にミックス焼飯4000、タックスみたいので締めて8500。ハムラ通りから2本位北に行ったアップステア・チャイニーズという店でした。さて、更にここからシャール・ヘロウに戻らにゃ。やっぱ不便だね。これまた乗合タクシー捕まえて、2000で目的地へ。まあお陰様でレバノンの乗り物の感覚は掴めてきましたわ。

 懐かしの我が宿へ戻り、シャワー。何せ今日は、一転、かなり暑かった。宿のビールを飲みつテレビをつけるとNBAも放映されたいた。ノブさんは、難民キャンプか何かに行っていたとか。例のジャーリストはまた取材。ここは妙にマジメな人たちが泊まっているねえ。今日もテレビではエロ番組やってる。滅多に見れないって話だったから、たまたま2日続けて見れてる僕はラッキー?まあ、今日はがんばったから、そこそこ充実感。しかし金は使ったなあ。明日も晴れてくれよ。

本日の出費:昼食8250LP スタバ4500LP バス500LP セルヴィス関係22000LP 夕食8500LP 計44750LP

→ イケてる中東 ベイルート 続き

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