露・土・印 旅日記
・11月10日(土) ボンベイ 1日目 ベッドで寝られるだけ幸せ?

ボロい安宿の“表”にドーンと在すタジ・マハル・ホテル
さすがにインドは暑い。空港へ降り立った途端ムッとくる。オーハシさんがイスタンブールで買った皮ジャンは早速無用となる。結局、入国手続きが終わったのは5時頃。まずは両替。40ドル程をインド・ルピーに。レシートをくれなかったので迂闊にも忘れたが1600ルピー(以下Rs)位だったかな?TCだとレシートをくれたようだ。1ルピーは約3円位で、タイ・バーツと同じと考えればわかりやすい。市中へのプリペイド・タクシーのチケットを360Rsで購入。空港を出ると早速怪しい男が寄ってくる。タクシーのところへ案内するのはよいが、案の定バクシーシの要求。オーハシさんがあまったトルコの50万L硬貨を渡したら、その男喜んで去っていったもんだから爆笑。
タクシーは箱型のフィアット、車体は黒で屋根は黄色で統一。現れた運転手は、ターバン巻きにインド衣装を着込んだデブデブのおっさんで、インド人もビックリ(古い)って位、日本人がかつて抱いていたインド人のイメージまんまの人。腹が出過ぎていて、車に乗り込むのに一苦労。空港から市中へはかなり距離がある。空港周辺は結構貧乏エリアらしく、あちこちの路上で人が寝ている。商店の前だろうが何だろうが構わず寝てる。さすがはインドだが、勝手に寝ていて怒られないもんなのか?素朴な疑問で、あの寝てる人たちは皆家が無いわけか?相当な人数だ。これまで訪れた国で、カンボジアのプノンペンでは、路上で寝ていた一家を見かけたが、これだけ大規模なのは初めてだ。それでも、ここボンベイは、インドではかなりマシなところらしいが。
機内でほとんど寝ていないので、必然、今日は半日は睡眠デー。だから少々いい目の宿でもよかろうと、YMCAの前でおろしてもらう。しかし、ガイドに載っていたYMCAは郊外の方で、こちらはインド人専用だった。仕方なく近くのサルベーション・アーミーまで歩く。有名な安宿であります。インド初日で、いきなりのロウワー・レベル宿ってのは避けたかったのだけど。ここの館内も廊下や床で人が寝ている。インド人ってのは、とにかく路上で寝ることを気にしない人達のようだ。チェックインは9時とのことで、2階の食堂で待たされる。まだ2時間以上あるなあ。でも、1泊でもこういうとこに泊まるのは話のタネにはいいかと待つことにする。
そうこうするうち、朝食の時間となる。いるいる、老若男女問わず東洋人たちが。どうやら大半はコリアンのようだ。白人女性たちも僕らの後から来て待っている。でも、それ以上にインド人が多い。腹が減ってきたので、20Rsを払い、朝食をもらう。バナナ、薄いパン3枚、ジャム、バター、卵焼き、ティーバッグにミルク。質素ながらまずまず。チャイがやけにうまかったりする。食べ終わったとこで、ようやくチェックイン。貴重品用のロッカーのデポジットも含め130+50Rs払う。
やっと案内された部屋は予想以上にボロかった。8ベッドのドミだが、如何にもダニが潜んでいそうな汚ねーマットレスにシーツなし。そこにパンツいっちょで寝てる白人もいるが、こっちはとてもその勇気は無い。寝袋を敷いて寝てるのもいて、こちらはエマージェンシー・ブランケットを引っ張り出す。本来、掛けるためのものだが、東南アジア旅行でもあんまり汚いとこではシーツ代わりに使ったことがあった。バリバリ音がうるさいのが難点だが。シャワー兼トイレは1つの階に1つだけで、これまた当然バッチイ。何が悲しくってこんな宿に皆泊まるんかね?いくら安いったって、ボンベイに長期滞在するんでなければ、そんなに宿代を惜しむこともなかろうに。まあ、あの路上で寝ている人々に較べれば、ベッドで寝られるだけ幸せなんかも知れないけどね。何はともあれ睡眠である。荷物を鍵でくくって床に就く。
昼過ぎに起きて外出。と言っても観光は明日からということにして散歩程度。昼は近くの割ときれいなレストランへ。ランチ18Rsの表示があったので。いわゆるタリーというやつで、小皿に数種のカレーやヨーグルトが盛られ、ライスとチャパティがつく。なかなかうまいし食いでもある。チャイやジュースも頼んで25Rsの安さ。インド食本格一食目、まずは満足であります。宿近辺を歩くと、タブラやらでかい風船やら変なものを売りつけようとするやつがいっぱい寄ってくる。でも、思ったよりはしつこくない。ボンベイの町も思った程汚くはなく、やはりここはインドでも少し別格なのかなと思う。
近くのスーパーに買い物に行くというオーハシさんと別れ、こちらはヴィクトリア・ターミナス(駅)を目指す。早速に別の宿を捜すため。サルベーションはインド人宿泊客も多くて安心してPCが出せないし、何より部屋に電源がない。このままではPCは貴重品ロッカーに入れっぱなしで、日記はたまる一方。明日にでも宿替えしたいところ。博物館やら美術館がある公園の側にバス停あり。警官らしい人に駅行きバスのナンバーを聞き、どうにかバスに乗り込む。駅らしき建物が見えたとこで降りる。イギリス占領下だっただけあって、駅だの大学だのといった建物は、悉く英国調のいかめしい作りだ。そのいかめしい建物とは対照的なチマチマした通りを歩いて、目的の宿を捜すが、らしきものが一向に見当たらない。ウロウロしていると、すぐさまお声がかかってしまう。シップ・ホテルに案内してやるという爺さん。まあいくらか払うのは仕方ないかとついていく。
「歩き方」の地図とは少々異なる位置にその宿はあった。ドミを見るが、成程、真っ白いシーツが清潔そうだし、ベッドの下には鍵のかかるロッカーもある。トイレ・シャワーもいっぴあり、こちらも清潔。これで料金は120Rsというのだから、サルベーションに泊まっているのがバカバカしくなってくる。シングルはフルということで見せてもらえなかったが、早速明日にでもこっちに移るとしよう。爺さんには2Rs渡す。帰りは徒歩で。途中には屋台が色々あり、ジュース、揚物、中華のファストフード等々。うまそうだったので、腹下しも覚悟でサトウキビジュースを飲む。2Rsと安く、甘くてうまい、クセになりそうな味。シティバンクあり、なかなか大きな支店。そこで1万Rs程おろす。これで当分いけるだろう。美術館側の大きな音楽ショップ、リズム・ハウスに寄る。確かになかなか充実の品揃え。インドの音楽も各言語毎に色々ある。勿論、いわゆる洋楽も。コンサートのチケットもここで買える。コンサートのスケジュールがわかるもの何かないかと聞くと、英語新聞の日曜版を買えと言われた。成程、明日早速あたってみるべし。
宿に戻ったのはもう夕方。昼間寝ていた白人が起き出してきて、少し話す。彼は、ボリウッドの撮影所でエキストラとして撮影に参加したという。どうやらここらの白人の間で映画出演するのが流行りらしい。何せ、日本と違って撮影される本数が半端じゃないから白人役の需要も多いのだろう。役を斡旋してくれるらしいエージェントの電話番号を聞いておく。昼間は全然気づかなかったが、もう一人日本人客が加わっていた。彼は既にインドを半周してきたという。曰く、ボンベイは全然インドっぽくないとのこと。きれいだし、物乞いや物売りもしつこくないし、車の運転もジェントル。他の都市に比べても最も大きく、最もきれいだとか。ウ〜ン、これがインド最大の都市で、最もクリーンなとこなのかあ。となると、カルカッタとかは一体どんなとこなんでしょな?
オーハシさんも戻って夕食にでも行こうかというとこで、外では何やら花火の音が。見物に繰り出す。サルベーションの裏(というか、こっちの方が裏なんだけど)には、シンガポールのラッフルズ・ホテルと並び称されるタジ・マハル・ホテルが、ドーンと在している(一番上の画像↑)。そこから南は高そうなホテルが並ぶ。その更に先でパーティみたいなものが開かれていて、その敷地内の建物から花火があがっていた。何でも祭が近いらしいからとのこと。インドに来る早々祭にあたるとはラッキーではないか。期待できそうだぞ。
さっきの白人に教えてもらったビールの飲めるレストランへ。「歩き方」にも載っていたゴクールというその店は、居酒屋風の飲んでつまめる店。インドにもこんな店があったのかと感激。もっともこういうのは、このボンベイにしかないのかも知れないけど。早速、キングフィッシャーやらゴールデン・イーグルやらのインド・ビールを試す。つまみは野菜のカレーに鳥の唐揚げ、魚のフライ等を適当に。これがまた皆うまい。勘定も二人で割って、一人150Rs(約450円)程ウ〜ン、インド、思ったより悪くないぞ。まあ宿は別として、食べ物もうまいし、町もそこそこ面白いし、ここは夜の治安も悪くないみたい。もっとも宿周辺は“マリワナ買わんか”とか言ってくるやつ多いけどね。インド1日目はなかなかご機嫌に過ぎていったのでありました。
本日の出費:両替40ドル→1600Rs位? タクシー180Rs 朝食20Rs 宿+ロッカー前金180Rs 昼食28Rs バス4Rs バクシーシ2Rs 夕食150Rsシティバンクおろし10000Rs 計566Rs

・11月11日(日) ボンベイ 2日目 アンタッチャブルズとは?
サルベーション・アーミーの最大の問題点は汚いとか以上に、トイレ兼シャワーが各階に1つしかない点だ。誰か長く使ってるやつがいると小用も足せない。下痢でもしてたらどうなることか。もっとも観光ポイントはこの宿のまわりに集中していて、ロケーション的には悪くない。従って、ここらの観光を済ませたところで宿を移すとして、今日はひとまずここに滞在とする。宿の食堂の電源でカメラのバッテリーの充電をさせてもらった後、オーハシさんとウエスタン・レイルウエイのチャーチゲート駅へ。昨日会った日本人の話では、ボンベイ最大の見所?は、インド門でもタジ・マハル・ホテルでもない、ドビー・ガートとスラムだという。ドビー・ガートとは巨大な洗濯場のこと。ここの何がすごいかと言うと、カースト制の下層に当たる人たちが、ここで、一生涯ひたすら洗濯をして過ごしている様なのだ。町を歩いている限りでは、どの人が、このいわゆるアンタッチャブルズ(不可触賎民)と呼ばれている人なのかは判別つかない。少々趣味はよくないかも知れないが、僕らが最初に訪れようと思ったのは、まさにインドならではの場所なのだ。
鉄道の切符は4Rs。車両は1stクラス、女性専用、貨物専用てな具合にわかれている。5つ程先のマハラクシミという駅で降りる。降りた途端、問題の場所が見える。洗濯場だから川か何かの近くなのかと思いきや、駅のすぐ側に、忽然と巨大な洗濯場が広がっている(右画像)。人々が叩きつけたり絞ったりして洗濯をしている。その一角だけ仕切られていて、何やら下界とは隔絶された世界のようだ。中国人らしい一団が、観光バスで見にきたりもしている。これを観光ツアーの一環として見せようとするインド人の神経も気がしれないが、そういう自分も物見遊山で来てしまっているのは事実。おまけにしっかり写真も撮る。撮っていると子供の物乞いが寄ってくるが、しばしボーゼンと光景を眺める。何で洗濯機使わないで敢えて手洗いなのかなあ?とか、あの洗濯物はどこから集めてきたもんなのか?とか、結構、大バカな疑問が浮かんできたり。ただインドはアンタッチャブルズではなくても貧しい人や不具者が大勢いるわけだろうから、彼らとどの位の違いがあるのかなとも思う。親も子も孫もその子もまた一生洗濯人という彼ら。彼らには何か楽しみとかはあるのだろうか?カースト制に関してどう解釈したらよいのかは、正直言って今の段階では何とも言えない。
昨日の日本人の話によると、もう一駅先にスラムがあるとのことだったが、らしきもの発見できず。ムンバイ・セントラル駅で降り、見つけた食堂で昼食。ここは割りと高級だったらしく、お手洗いのレモン湯も出てきたし、お値段も昨日の店よりは高くついた。帰り道の途中なので、ガンディーがボンベイで住んだ家というマニ・バヴァンに寄る。郊外で割と静かな佇まい。質素ながら意外といい家だ。展示品は写真パネル等それ程でもないが、蔵書が残されているのが見所か。また電車に乗るのだけど、切符等は全くノー・チェック。結局、最初に買った4Rsの切符以外、全然買わず。これって無賃乗車になるわけ?まあ、4Rsで乗り放題だったのだろうと解釈しておく。
チャーチゲート駅まで歩いてくる途中、サーカス小屋があった。その名もランボー・サーカス(笑、左画像)。ロシアからのアーティストも参加してる!とあちこちに宣伝ポスターもあり。その4時からの公演を見に行く。ボロ目のテントで、行く途中はボロイ小屋が並んでる。一番安い25Rsの切符を買って入る。それなりの収容人数。安い席だけあって、粗末な板張り。前の高い席はちゃんと椅子があり、ファンもまわっている。出演者は主にインド人で、高度技にチョロチョロとロシア人らしいのが登場する。意外と盛りだくさんながら、さすがにモスクワで見たものには及ばない。物売りがやたら多く前方の視界を遮る。隣の4人の子連れのお父さんは、物売りが通る度に子供にせがまれて大変そう。その子供は僕によっかかってきたり、何やら質問していたり賑やか。それなりに楽しかったが、3時間近く板間に座っていたので、尻が痛いの何の。結構歩いて疲れたこともあり、一旦宿に帰って、しばし寝る。
8時頃起きて、再びゴクールへ。今日はロンドン・ピルスナーの生ジョッキを一杯。隣に座っていたシティバンク勤務というお兄さんはチキンがお薦めだと言っていたが、ここのつまみは何食ってもうまい。この店の手前の屋台のケバブ屋もいつも賑わっている。近くにはネット屋も数軒あり。日本語環境は余裕であるし、速度も好調、おまけにお値段も安い。この点ではインドも先進国であります。今日は結構盛りだくさんの日でありました。インド、今のところ、なかなか楽しく日々送れている感じ。
本日の出費:宿130Rs 電車4Rs 新聞x2 10Rs 水10Rs 昼食65Rs ニンジンジュース7Rs
サムズアップ(コーラ)15Rs マニ・バヴァン寄付5Rs サーカス25Rs 夕食150Rs ネット30Rs 計443Rs

・11月12日(月) ボンベイ 3日目 ニッポンの歌、といえば長渕、なの?
蚊かダニか?足が2、3箇所刺されている。ここは蚊はいないはずだったのに。痒さで明け方目が覚め、そのお陰で昼近くまで寝こけてしまう。これでまた宿替えおじゃんだ。オーハシさんはどっかへ行ってしまったので、昼は一人宿で食べる。30Rsで、何やら薄いハムのでかいの2枚、炒めたマカロニ、ヌードルスープ等。どうにか食えるって程度。オーハシさん戻り、ボンベイ本来の観光の目玉と言われるエレファンタ島へ行こうとする。しかし、昨日MTDCの前にいた人間が言っていた通り、今日は休みらしい。でも、島まで行く船は出ているという。島そのものに行けないのでは意味が無いと思うが、オーハシさんは、もうここは離れようと思うので今日行ってしまうという。ボンベイにはまだしばらくいるつもりの僕は行かず、別行動。一人市内をウロウロする。
やることはイベント・チェックである。まずは高級ホテル、オベロイ近くの国立文化センターのようなところへ行き、スケジュールを聞くが、インド音楽関連のものは終わってしまってる。22日から映画祭が始まるそうな。そこまではいられんわなあ。観光局へ寄ってみると、どうやら撮影所の見学が出来るらしい。フィルムシティの電話番号を教えてもらう。他にホールがあるらしいのを捜すが見当たらず。収穫があったような無かったような。宿近くに戻って映画館側のカフェでビール一杯。
宿に戻ると、別の日本人が。そのキヨセさんは既にインドを1ヶ月まわってきたらしい。話を聞くが、とにかくデリーの空港から市中へ行く際に現れる人間達が最悪らしい。ヴァラナシは危険な町で宿に寄っては外出禁止例が敷かれている等々、コワー。彼も、ボンベイはインドではないと言う。ウ〜ン、ボンベイだけではインドを体験したことにはならないわけか。オーハシさんは結局、エレファンタ島には行けなかったそう。揃ったところで3たびゴクールへ飲みに行く。今日はピッチャーでビール頼む。こんな風にビールを飲めるのは、この町だけなのかあ。若いオーハシさんは、話がエッチ系の方向に行きがち。コンヤでトラブゾンの話をしたら目をランランとさせてたっけ。バンコクのパッポンではだいぶ遊んだらしい。って言うか、旅先で会ったバンコクに行った男の旅行者で、パッポンで遊んでないって人には会ったことがない。その点、自分は貴重な存在かも。
キヨセさんも“ギターを抱いた渡り鳥”で、宿へ戻って弾き出す。彼、20代前半で喜納昌吉似の顔にも拘らず(因みに琉球大卒だそうだ)、フェイヴァリットは長渕剛。僕は全然趣味ではないが、免税で買ったジム・ビームなぞ飲んで興が乗ってきたオーハシさんはご機嫌だ。まわりにいる白人たちも皆ギターが弾け、僕の上のベッドのフレンチは“オー・シャンゼリゼ”なぞ弾き語る。しかし、この宿、原則酒もタバコも禁止のはずなのである。なのにキヨセさんはタバコ吸うわ、オーハシさんはバーボン、グイグイ飲るわ。そういう自分もワイン飲んでたけど。オーハシさん、完全に酔っ払い状態になってきて“もう1曲アレ演って下さいよ〜”とか深夜過ぎても、いつまでも盛りあがっている。何かコンヤ・ペンション状態になってきて、ヤバイなあと思っていたら、白人の一人がキヨセさんのタバコを嗜めた。そこでようやく宴会終了。オーハシさんはまだ物足りなかったみたいだけど。長渕ねえ。あいつもヴァラナシに行ったそうだ。以来、ドラッグにはまったらしいけど。旅先ではやっぱり日本人と一緒にいるのが居心地がいいし、日本語で話している方が楽。結局、自分は日本が捨てられないのかなあと考える今日この頃、でも、日本の音楽が今ひとつ愛せない。本当は愛したいと思ってはいるのだけど。そんな複雑な思いを抱きつ、トルコで買った音楽テープを聴きつ、楽しかったイスタンブールの夜を思い起しながら寝る。
本日の出費:宿130Rs 昼食30Rs スプーン5,5Rs 茶こし25.5Rs カセットテープ60Rs
ビール40Rs サトウキビジュース4Rs チャイ6Rs 夕食130Rs 計435Rs
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