世・界・一・周旅日記

 ・5月1日(水) カイロ 1日目  インドよりウザイ国へ来たれリ!?

 11時に宿を出たバス、グルグルまわって12時ちょいとなっても、まともに出発せず。何やら警察みたいなとこの前に停まり、そこでまた延々と停車。一体、何をやってるのやら。インドにしろ東南アジアにしろ、トルコでさえ、バスの意味不明停車はよくあったけど、こんなに長いのも珍しい。結局10時半発予定のバス、スムーズに走り出した時はもう1時だった。6年ダハブにいるというトシさんも、エジプシャンのこの要領の悪さについてはケチョンケチョン。確かに全員が一ヶ所に集合すれば、さっさと出発できるだろうにねえ。

 日中の疲れと腹が満杯のせいで、かなり眠い。すぐにでも寝の態勢といきたいが、そうはさせてくれぬのが彼のエジプシャンであります。隣の奴、とにかくウザイ。ただでさえ狭いミニバスの中で、何と持っていたギターを取りだし弾き始める。こいつらには常識という観念はないらしい。おまけに窓を締めきった密封状態の中で、パカパカ、タバコを吸いよる。前にもう一人いるエジプト人、ドイツ人らしい後の二人もだ。公害+騒音満載の超窮屈夜行バス。これはもうほとんど悪夢だ。一頻りギターを弾いた隣のバカ、今度は歌い始める。おまけにこやつ日本語使いでもあり“ヤマモトヤマ”だの何だの、知ってる単語羅列を繰り返し一人で悦に入っている。“ウザイエスト・マン・イン・ザ・ワールド”とでも呼びたいサイテーサイアクの輩。話しかけてくるのをずっと無視していたが、ぶん殴ってやりたい位。早くこの道中終わってくれ!

 そんな調子でも結構ウトウトしたのだから、余程疲れていたのだろう。車が停まり、パスポート・チェックがあって目が覚める。走り出して3時間半経過時点、シナイ半島を抜けて、いよいよアフリカ大陸に入ったということか。しかし、お陰で束の間の平和が破られ、隣のウザバカがまた騒ぎ始める。横で黙ーっている白人女、一体何なの?やはり他の白人男からは相手にされないってタイプなのか。どーでもいーけど、後のドイツ人二人はホモっぽいし。ま、そんなこんなで8時頃やっとカイロに到着。これから、あのウザバカみたいな奴ばっかが登場するんかなあ?何だか急に気が重くなってきた。

 勝手知ったるトシさんのいるお陰で、バス停側の地下鉄駅より、目指すダウンタウンへ向かう。そのニュー・エル・マルグ駅から宿最寄のナセル駅は16駅位先。切符代は0.7EPだった。しかし、朝8時台の出勤時間帯というのに、電車が一向に来ない。エジプトの出勤タイムは1時間位遅いみたい。カイロの宿といえばサファリ・ホテルがつとに有名。いわゆる“日本人宿”の基礎を作った宿であり、イスタンブールのコンヤ・ペンションもそこをお手本にしている。ただ、あまりにもベタな世界は苦手だし、そも長期滞在者が多くていつも混んでいるらしいので、僕は隣のスルタン・ホテルに泊まるつもりでいた。同じ建物の6階にサファリ、2、4、6階にスルタンである。宿前に着いたとこで、まずはマクハでシャイ飲んで一休み。一緒に来たタケシさん、アンマンのクリフであのジゴロ野郎と一緒になったらしい。またイヤなこと思い出しちゃったなあ。サファリ、空きがあるらしいが、重い荷物を持って6階まで登る気はないので、トシさんと共に2階のスルタンへ。部屋はまずまず清潔で、客は少なめ。トイレ・シャワーは今イチ。階数が低いせいか、宿代は8EPとちょい高め。

 スルタンに顔を出していたトシさんらと共に外出。彼は明日バンコクへ行くので、マレーシア航空のオフィスに用がある。他の二人もチケットを物色に代理店を目指す。ついでに僕はイベリア航空のオフィスを捜す。バルセロナ行きのフライトを、いずれ予約せねばならないので。多分、30代後半から40代のトシさん、小柄で、日焼けし過ぎの顔に眼鏡をかけて髪は金髪。早い足取りで、口も動かしながらちょこちょこ歩く。レイク・ツアーズという比較的信用できそうな代理店でイベリア航空のオフィスも教えてもらう。トシさんについてマレーシア航空オフィスのあるヒルトンへ行くが、なかなか見つからず、小汚いアジア人4人が一流ホテルの廻りをさかんにウロウロ、ああみっともない。どうにか用が済んで、ようやくランチとなる。ところが他の3人、僕の嫌いなマックへ行くというのでトイレだけ借りて別行動。最早、マックは日本人のお袋の味状態と化しているらしい。宿近くにいい臭いのする屋台あり。羊肉と野菜を煮こんだシチューだった。衛生面で問題はあるが、4EPで味はまずまず。今朝と同じ店でシャイを飲み、宿に戻って寝る。さすがにカイロの日中はジリジリ暑く、昼寝が必要であります。5時半位まで寝てる。

 さて、カイロに来たからには、いい加減、僕本来の“文化・芸能系”に戻らねば。毎週水曜と金曜は、イスラミック・カイロの市場ハーン・ハリーリーで、スーフィー・ダンスが見られるという。無料ということでパッカーにも人気(笑)。徒歩で市内を散策がてらハリーリーを目指す。途中、イスタンブール等で一緒だったモギさんがコンサートを見たと書いていたアメリカ大学へ。構内にコンサート・ホールが2つあるのだが、もう閉まっていて予定等はわからず。横のマックでコカコーラだけ頼んだら、勝手にハンバーガーがオーダーされていて払いでもめる。マックでさえこうなんだからね、野蛮人の国なんちゃうか?“バカヤロー”にあたるエジプトの言葉が“クソマック”と言うそうなのは出来過ぎ。

 カイロ市内、印象としてはカルカッタに近い。意外ときれいだし、想像した程の喧騒ではない。殺人的と聞いていた車の往来も、まあそこそこ渡れるレベル。ただ、イスラミック・カイロに近づくにつれ、アラブ的な混沌の世界の様相は呈してくる。排気ガスもかなりのもの。因みに、女性はベール被り多くて、それ程面白くない。とまれ、結構時間がかかって8時前にようやくスーフィー・ダンス会場となるマドラサ・スルタン・ゴーリーへ。入口はどこかと捜していると声がかかる。何でもダンスの会場はシタデルに移ったとか。そう言ってきたのは、町中によくいるパピルス売りで、まあタクシーの運転手ではないから嘘ではなさそうだ。そこからシタデルまでは南へ約2km。歩けない距離ではない。LP、情報が古いのが難点。とにもかくにも細い道を猛スピードで歩き、一路シタデルを目指す。

 段々暗くなってきたし急いでいたから定かではないけど、ハリーリーからシタデルへ行く途中は、かなり古くて趣のある建物が色々あったようだ。雰囲気のいいマクハも多数。何ヶ所かで聞きつ、ようやくシタデルらしきエリアへ。その名の通り、城砦に囲まれたエリア。その中のモハメド・アリ・モスクでスーフィー・ダンスが行われるらしい。そのモスク、燦然と輝いているのが見えるが、どこから入っていくのかがわからない。また途中で聞くが、“スーフィー・ダンスは今日はない”とかいう輩あり。こいつはタクシー運転手ではないかと、無視して進むが、更にマクハでも聞いたところ、やはり時間が変わったとか。本来、水金の8時半位からだったが、今は毎日朝9時と夕5時だか6時からとか(実はこれも間違い)。ゲー、結局さんざ歩いて見事に徒労に終わるかぁ。大体、こっからどーやって宿に帰ればいいわけ?そのマクハのおじさんに聞くと、途中あったバス停で、タハリル(広場)行きのバスに乗ればいいとのこと。バス停でも2人程聞いて、245番だったかのバスに乗車。見事に、目的の地下鉄ナセル駅側まで来た。まあ無事、安く帰れただけでもよしですかな。

 宿近くの広場の先にバーあり。そこでステラ(エジプト・ビール)を1杯。キュウリと豆がつまみ。夕食は近くのファストフード屋でコシャリ。店内で食べたかったがテイクアウトになってしまったので宿へ。トシさんの馴染みの、サファリの宿泊客たちがスルタンのロビーで飲んでいた。アレッポで会った人もいた。既に酔っ払ったトシさん、裸でソファーで寝てる。しばらくしたところで部屋に来て寝るが、寝た状態でもさかんに喋っていたっけ。宿の下がマクハなので多少音がうるさい。やっぱダメじゃわい。「歩き方」コピーするなり、情報ノート読むなりせんと。こと、こういう色々ありの都会に関していえば、LPでは不利。何せ字が多過ぎて読むのに難渋するし、情報も古いときてる。明日朝イチ、あまり宿泊者が起きていない時間にサファリへ行って情報ノートを見るとしよう。

本日の出費:地下鉄0.75EP シャイx2 1EP パン1EP コークx2 4EP 水1.5EP 昼食4EP 宿代8EP バス0.25EP 夕食2EP 計23.5EP


 ・5月2日(木) カイロ 2日目 ミュージアム・カウントダウン!

本日の観光ポイント:エジプト博物館

 何だかエザーンで目が覚めたり何やらであまりよく寝られず。起き出したのは9時。近くの店で人参ジュースとサンドイッチの朝食の後、早速6階のサファリ・ホテルへ。しかし宿の主、ノート見るのに3ポンドも払えとヌカす。オウナーはシリア人らしいが、コンヤ・ペンションの人達みたいに愛想のいい人物ではない。で、結局、急遽スルタンをチェックアウトし、サファリへ移ることに相成る。まあ話のタネに泊まってみたかったこともあるし。しかし、あてがえられた部屋、いかにも長期旅行者の溜まり場らしく、雑然としてる。トイレ等の清潔度もスルタンの方が明らかにマシ。電源も不自由そうで、かなり後悔し始める。まあとにかくれっきとした客になったので、ノートを見ることに。しかし、これまた誤算というか、例えば“複数のピラミッドを効率良く見る方法”とかそういう情報を期待してたのだけど、あまりにディープなこの宿では、そんな当たり前の情報は書かれていない。もう他に書くことがないから、あえてポイントはずした情報みたいなのが多い。山田うどん情報とか(苦笑)。このためにオレは宿まで替えたんかあ?ますます後悔の念が・・・

 ロビーでしばらくノートを見ていると、太めの体つきで、前髪を剃り上げ、後ろ髪は伸ばしてという落武者のようなヘアスタイルの30代とおぼしき人が声をかけてくる。この人が噂のマルヤマさんらしい。パッカーの間では半ば伝説的人物である。まあとにかく、このサファリの基礎を作ったのはこの人で、牢名主的存在とでも言うか。見た目に反し、人当たりはそう悪くない。今晩の宿の夕食は焼鳥なんだそうな。同室の人も一見無愛想そうだが親切。まあ排他的な雰囲気はそれ程感じない。しかし何気に夫婦で2ヶ月も滞在してる人がいたり、濃い世界には違いない。まあ情報さえもらったら、また下に戻ろうとは思うけど。「歩き方」があったのでコピーを取らせてもらう。昨日も書いたけど、他のルクソール等はLPで事足りそうだけど、カイロの情報に関しては皮肉にも「歩き方」の方が好都合。30枚ちょいコピー取り、結局3ポンド費やした。だったら宿は替えんでもよかった?

 ノートや「歩き方」を見ていたら、もう昼過ぎになってしまった。もうこれからピラミッドとか行くのは無理なので、今日はカイロ市内最大の見所を攻略することに。それは博物館。ピラミッド等から発掘された膨大な品々が一挙に展示されていて、まともに全部見たら9ヶ月!かかると言われているところだ。しかしここに関してはLPの解説が詳しい。ガイドを読みつ、主要どころを先に見ていけば3時間程度で見て廻れるかも知れない。まずは腹ごしらえ。近くの広場周辺の食堂で、魚フライ定食が5EPの店あり。フライは二切れだけでショボめだが、タヒーナ、サラダ、ライス、ホブス等がついて腹はいっぱいになる。隣のお洒落目の店でシャイ飲んだら、1.5EPも取られた。これは場所柄仕方なそうで、ボリではないだろう。

 さて、いざ博物館であります。チケットは20EPで学割は半額。中のミイラのコーナーは、別途料金を取られるらしい。入場時のチェックは厳重で、ポケットナイフを預かられた。カメラ・フィーは10EP。入場時にも再び荷物検査がある。広い館内、入る早々でかい展示物が色々並んでいるけど、ここはとにかくLPを参考に主要ものを先に見ることに。順番を追って律儀に見ていては、閉館時間になってしまいそうな位の物量だから。LPには、この博物館の見所ベスト10が載っていて、まずはとにかく王族ミイラ&ツタンカーメンを見よという。この二つのみ4時半に閉まるらしいし。というわけで、まずは2階へ直行。トイレへ寄ると、清掃要因がパパッとお手拭の紙をくれる。まあバクシーシ狙いなんだろうけど、勿論払わず。

 まずはミイラだ。ここは別途40EP!(学割半額)、しかもカメラは預かられてしまう。まあねえ、死体だからね、撮影すんのは趣味よくないけど。11体の王&女王のミイラ。棺に収まったままのものもあるが、干からびた顔が剥き出しのものもあり。これはホラー・ファン必見というか、今にも起きあがってきそうな不気味さ。最大の見物は、やはり「出エジプト記」時の王様ラムセス2世のもの。ミイラというのは、如何に死後も長く保存状態を保つかの研究の末の賜物だから、こうしてたくさんの人に見られてるということは、王様たちの権勢誇示の欲望も、まあ満たされていると言えるのではないか?

   次、ツタンカーメン!まあメディア等でもお目にかかれるけど、最大の見物は、やはりここでしょう。ここも別室が設けられている形だけど、入場料内で撮影もOK。あの有名な黄金のマスク(左画像)に、黄金の棺2体。古代エジプト、とにかく黄金なんであります。マスクは11kgもの重さとか。以下、LPのベスト10に沿って、“次は第5位!”なんて言いつつドンドン主要どころをまわる。最初こそ口笛(場所柄「ハムナプトラ」のテーマか、バングルスの“ウォーク・ライク・アン・エジプシャン”だ)混じりで調子良かったが、2階の見所を概ね見終わったとこで、早くも疲れが。いやー、“膨大”の一語では表現しきれない位マジで膨大な量の展示。ただ、前記の2箇所のような見所こそ、厳重にケースに入れられて管理されているが、後のものはかなり無造作におかれている(右画像)。ケースもプラスチックの立派なものとかでなく、どっかの古い研究室のもののような、木製のやつ。博物館の展示ってよりは物置かなんかに近い印象。あんまりあり過ぎて、展示する側でも困っちゃってるんじゃないの?王家の谷なんかは、相当盗掘されてあらかた盗まれちゃったって話だけど、それでも尚こんだけ色々あるってのは、元々の量は一体如何ばかり?まあすごい時代だったんですね。

   下の階に移ってベスト10続き。時折、日本人一向も含む団体ツアー客がドーっと押し寄せてくる一方、美術品絡みの部屋は、地元の学生らしいのが座り込んでスケッチしたり何やらノートに書きこんだりして居座っている。展示物触っちゃいけないはずなのに、よっかかったり何かしてるよ。一方、警備員連中もマジメにやってんだか何だか。僕を見かけると“コンニチワ”とか言ってきて名前を聞いてきたり、子供並。警備員のクセに全然威厳を感じないんだよね。椅子とかあると客を差し置いて座ってるし。レイジーな方々でんなあ。ようやっと主要どころを押さえたので、後は順に沿って見ていく。しかし、もう既に頭の中、遺跡飽和状態というか、何だか展示物見ても、あまり反応しなくなってきた。麻痺するよね、もう。確かに立派な品々ではあるんだけどさ。

   それでも貧乏性故、一通り見ないと気が済まない質なので厄介。閉館は6時半らしいので、フルにねばって隈なく見ていく。さすがに細かい展示品はザーッとだけど。入った時はあれだけいた見物客も5時を過ぎたら嘘のように少なくなった。じっくり見たい人は、この辺の時間が狙い目かも。結局、僕は4時間かけて概ね目を通した。これでも結構駆け足の方だったのではないか。閉館時間間際に残ったのは、ヒマそうな警備員と例の学生たちばかり。半日がかりの博物館見物、イヤハヤ、ドッと疲れやした。

   宿へ戻る道の途中にバーあり。ステラ7.5EPと高め。空腹なのでチキンバーガーを持ちこんで飲み食いする。高い上にオヤジは釣りを誤魔化そうとするし、LPお薦めのこの店、僕は薦めません。今晩こそは文化・芸能。昨日チェックしておいたパペット・シアターの公演を見に行く。入場料5EPで、場内は子供連れファミリーばかり。しかし、公演が始まって出てきたのは人形ではなく人間。一頻りお歌を歌ったとこで、ようやく登場の人形は気ぐるみで、露骨に「マペット・ショウ」をパクったデザイン。しばらく人形のパートが続くとまた人間たちが現れる。あのハノイの水上人形劇のようなものを期待したら大ハズレ。「お母さんと一緒」的な子供向け舞台以外の何物でもなし。強いて興味深かったのは、子供たちがやたら勝手に舞台に上がったりして、役者がまた強引に子供を引っ張って泣かせちゃったり。アラブの子供は路上で育つとかいう話だけど、自分の子が泣かされたりすることについて、親はそう気に留めないようだ。1時間程で休憩。たまらず途中で劇場を後にする。因みにこれもLP情報。ハズさしてくれるぞ、LPエジプト篇!

   劇場前の屋台でコシャリの夕食。コシャリ以外のものを開拓せねばなあ。ビール1本に、明日に備えホブス、水、チーズ等を買って帰る。宿ではまさに、皆が焼鳥を食しているところ。この宿は中庭なんぞがないので、皆狭いロビーで固まって食べてる。住環境がよいとは言えないわなあ。僕はシャワー浴びた後、部屋でビール飲みつ日記。部屋は暑い上にうるさいし、おまけに段々体が痒くなってきた。何が悲しくってこの宿にいなきゃならんのかいなあ。まあ明日こそは早起きしてピラミッド見物のつもりなので、宿替えは厳しそう。カイロ滞在、何だかままならんことが続いておりまする。

本日の出費:朝食1.25EP 博物館40EP シャイ1.5+0.5EP 昼食 5EP サンド2.75EP ビール7.5+3.5EP 人形劇5EP コシャリ2EP 水+チーズ4EP ホブス1.5EP 計74.5164EP
 日本人宿脱出なるか? カイロ 続き

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