露・土・印 旅日記

 ・8月30日(木) イスタンブール → チャナカレ ルンルン快適バスの旅
 昨晩夜中にかなり雨が降ったみたい。とまれ、ようやく移動の日。同室のオージーカップルもチャナカレへ行くらしいが、早いバスらしく7時位に出て行く。何かまた会いそうな気が。コンノさんと朝食へ。茶とアイランとライスプディングで済ます。モスクワ在住コンノさんによる“ロシアはコロンビアと同じですよ”!という発言、ロシア旅行を計画している人に聞かせてあげたい。更新をすべくネットカフェへ行くが、8時オープンとかは嘘っぱち。次はいつ出来るやら。アーセナル・ホステルの宿代は、渋るオヤジを尻目にTCで払う。少しでも減らさねば。

 お迎えのバスの客は僕一人。トロトロとオトガルへ向うが、余裕の到着。昼食用にケバブ買う。バスに乗って早速、あのレモン水みたいのでお手拭。そして紅茶+お菓子サービス。マレーシアでもあったけど、こちらはそれ以上に手厚く、スチュワーデスよろしく男性職員が世話してくれる。シベル・ジャンのテープを聴きつ、時折ガイドを読むも、基本的には寝。少し郊外へ行くと、もうかなり自然が豊富だ。3時間程で昼食休憩。前の席のトルコ語を話すアジア人、容貌が、あのアンドーくんにソックリなことでも明らかにコリアン。僕には親切にしてくれる。港らしきとこに着いたので、すわ到着かと思いきや、バスごと船に乗るではないか。そうか、考えてみれば、ゲリボル、いわゆるガリポリ半島をまわった方が近いのだった。で、対岸のチャナカレへは船で渡るというわけだ。4時に到着。

 「歩き方」、LP両ガイド一押しのアンザックハウスへ。白人で賑わうも、ドミの空きあり。1泊3ドルの安さ。案の定、オージー・カップルと再会。そも、ガリポリというのは、第一次大戦の激戦地で、オーストラリア人、ニュージーランド人も戦闘に参加した、彼らにとっては曰くつきのところ。だから両国からのツーリストが大変多い。一方でチャナカレは軍の基地もあるところで、町の見物も軍事博物館程度。トルコは徴兵制ありの国で、アーセナル・ホステルのオヤジさんは、若き日にこの町に駐屯していたそうだ。さて、着いて早速、明日のトロイ・ツアーを申し込み、更に明後日ベルガマ行きのバス・チケットを買う。宿代2泊分とツアー代を、まとめてTCで支払う。よしよし。今後の宿の選定基準は、TC払い可が優先となろう。

 部屋は6ベッドだが、今んとこ僕一人。シャワールームも清潔で文句なし。落ち着いたところで町歩き。海沿いは旅行者向けカフェが並んでいるが、基本的には落ち着いた港町で、いい雰囲気。水泳大会だか何だか催しも行われていて盛りあがっている。ネットカフェを何軒かあたるが、3件目で日本語サイト閲覧可能なとこが。フォントなかったのだけど、ダウンロードしてくれたのだ。ここの兄ちゃん、トニー・クーコッチ(NBA選手、元ブルズ現ホークス)似で親切。その親切に乗じ、また速度も良好なので、グローバルIMEをダウンロードしてしまう。これで日本語打ち出来るから、日本人客いっぱい来るよってことで。サイト更新の他、掲示板も復活させ、90分位やっていた。

 日が沈み行く海を見つつ、ビールを1杯。宿近くを歩いていたら、イスタンブールの宿で会った学生テラシマくんオススメの“パチャ”のある店が。その名もトルワ(トロイ)2001と、我がサイトにも似た名?なので、夕食はそこで。パチャは、多分、羊の内臓系のスープ。トロトロに煮込まれた羊肉がおいしい。それにキャベツ、ジャガイモ、肉の炒め物にヨーグルトをかけたもの、トマト、挽肉の煮込みの3品で280万L。やっぱ地方は安いぞ。その店はイスケンベジなんかもあるので、明日もまた寄ってみよう。

 部屋にはもう一人加わったみたい。近くから聞こえる音楽が気になりつつも、ラクを飲みながら日記。ベリーダンスを一度見てみたいなあ。あーゆーのは、観光っぽいとこじゃないと見れないだろうからなあ。とまれ、明日はトロイ行きのため早起き。
本日の出費:朝食200万L イスタン宿代40ドルTC+300万L 昼食175万L 茶25万L
チャナカレ宿代2泊分+トロイ・ツアー代20ドルTC ビール100万L ベルガマ行きバス切符代700万L
夕食280万L ネットカフェ100万L トイレ20万R  計1900万L+60ドルTC




 ・8月31日(金) チャナカレ 2日目 古のトロイの姿は遠く

ホメロスでお馴染みトロイの木馬の模造品っす

   トロイ遺跡見物の日で、目覚ましを7時にかけておいたが、なぜか6時になる。ぶっ壊れたかこいつ?8時に宿を出て朝食処を捜す。昨日、夕食を食べた並びの店で、またライス・プディング、チャイ、アイラン。ツアーは同室のイングランド人に、オージーらしきガールズ4+1人。白人カップル、そして少しお年を召した(失礼)日本人らしき女性に、ボーっとした感じの革靴履いた若い日本人の計10名。小柄なおじさんが英語ガイド。30分程でトロイへ。

 着いてすぐに木馬が見えるが、これは勿論、再現したもの。トロイについては、イスタンブールで会った人々が、口を揃えて大した事無いと言っていたが、でも、大した事無いということを確認するのも必要であろう。第一、ここにはそれなりに思い入れがある。シュリーマンの「古代への情熱」は、若き日の愛読書だった。自分の夢を信じて、その実現に向けて邁進する様には感銘を受けた。9だか10ヶ国後だかを話す語学の達人であるところもすごい。ガイドさんは大ウソと言っていた、ホメロスの「イリアス」もワクワクしつつ読んだ。だから、何のかんの言われても、トロイは是非見ておきたかったのだ。では、どうだったかというと、やはり大した事無かった(笑)。と言っても、重要性が無いというわけではない。保存状態が悪い故だ。崩れた石柱の残りとか、廃墟レベルの残骸がいくつか横たわるのみ。残念ながら、絵的に優れた見物ではない点が不人気の所以だろう。従ってツアーそのものも、午前中のわずか3時間で終了する。もう、これを見てしまったら、この地では何もすることがないにも拘らず。


まあ、よくってこんな程度っす、トロイ遺跡。

 このことを知ってれば、宿は1泊のみにして、ツアー終了後チェックアウト、そしてすぐさま次のベルガマへ向うということも可能だった。と言っても後の祭。オージー、キーウイに人気のガリポリ・ツアーが午後に控えるため、トロイは前座的に午前中のみなのだった。時間はまだ昼前。さて何をしたものか。とりあえず、バスで帰る際に見かけたバザールへ。ここは、割とガラクタっぽいものもある。400万Lの安いサンダルに、石鹸入れ、歯磨き用コップ等を買う。昼はオープンしたばかりらしいピザの店で。まだ日が高いが、部屋へ戻りPCに向う。そこへ、新たな同室者が二人加わる。昼間からおたくなヤツだなあと思われたことだろう。

 更に、太目の白人女性一人。皆、出かけていくけど、一体、この町で何をして時間をつぶしているのだろう?サイト作りを終えて、しばし寝る。目覚めたら6時半。ネットカフェへ行くが席が埋まっている。仕方なくまた夕陽を見ながらビール。それでもまだ空かないので、宿でシャワー。夕食は昨日と同じトゥルワ2001。今日は別のスープ、イシュケンベジを試す。パチャは羊の足のスープらしいが、こちらは内蔵系。ちょっと香りにクセがあり、パチャ同様、酸味がある。二日酔いにきくらしい。キョフテを揚げたのとチキンの煮込みも。まだネット空かないので、チャイ飲んでしばし待つ。昨日のクーコッチくんが、別のマシン意もグローバルIMEを移してくれた。サイトの更新、掲示板復活のお知らせメール、そして旅情報チェック等だが、日本の株価は更にどうしようもないとこまで来てる。円はなぜか上がりっぱなし。今後の旅プラン色々問題あり。旅程が早まったため、確実にどこかの国でラマダン(断食)の時期にあたる。よりによってイランの可能性大。そのイラン、ヴィザの有効期限2ヶ月らしいので、入国前に期限切れ?大体、トルコ南部は、もうちょっと時間をかけて周りたくなってきたし。いっそ、申請キャンセルするか、しかし、アンカラで取れる可能性は未知数だし、イスタンで取るとなると、またあそこに8日間いなきゃならない。難しいもんですねえ。誰かいい方法あったら教えて下さいな。掲示板カキコで。よろしくたのんます。

本日の出費:朝食100万L トロイ土産100万L 昼食225万L サンダル400万L
石鹸入れx2 50万L 便所20万L コップ20万L ビール75万L 夕食350万L 茶+ネット160万L ビール+水75万 計1575万L


→ 遺跡系巡り続き ベルガマ へ

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