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東南アジア旅日記
・11月27日(月) ルアン・パバン → ウドンサイ 辺境での幸せな一夜
がんばって6時ちょい起床。いよいよ、難所と言われる中国国境を目指す旅が始まる。荷物をまとめて、まずは腹ごしらえ。昨日同様の屋台コーヒー・ショップで、ラオ・コーヒーとバナナ・フリッター1個。後は、前々から食べたかった焼きおにぎり状のものを買う。もち米を卵で焼いたもの。それと、バナナの葉っぱにくるまれた謎の?食べ物を。たぶん、ごはんなのだろうと思ったのだが。宿に戻ると、昨日のトゥクのおっさんが、もう待っていた。急ぎ、ラオラオを水のボトルに詰め替えて、チェックアウト。ウドンサイ行きのバスは、郊外のバス・ターミナルから。
通学途中の学生たちに囲まれながら、割と長い道のり。おっさん、1万kと言うが、8千にねぎる。それでも、高かったみたいだけど。でも、待っててくれたからいいでしょ。ウドンサイ行きバスの切符は、22000k。どうも、ラオスはますますインフレになっているみたいで、価格が、軒並みガイドブックに載っている倍近い。手持ちのキップが、いよいよ少なくなり、現状では宿代も厳しい感じ。ウドンサイですぐさま両替しないと。バスは、というか、正確に言うと、トラックの荷台改造型で、トゥクトゥクをでかくした感じの車。乗りこむと、白人パッカーは6人程、そして、羽田美智子系の日本人女性が一人いて、その隣に座る。彼女は退職して初長期旅行という人で、既に3ヶ月近く、チベットやインドを旅し、もうすぐ旅が終わるという。カンボジア、ミャンマー等、僕がこれから行く予定の国を既に旅してきた後で、色々情報をもらう。ウドンサイでバスを乗り換えて、ムアンシンへ行くそうだ。この、ムアンシンとか、ルアン・ナムターへ向かう旅行者は多いみたい。ウドンサイは、中国国境へ行くための通過地点に過ぎず、この後しばらくは、事実上の移動日が続く。そういう意味では、ちと勿体無く、ルアンナムターやムアンシンが、面白いところなら、そちらに寄っても、と心が揺れ動いたが、やはり、少しでも早く中国入りを目指すという方針で、予定通りにいくことにする。
何かと噂の道のりだが、道は舗装されていて、そう悪路ではない。ただ、トラックの荷台に屋根をつけたものなので、風は容赦無くビュウビュウ吹き込んでくる。例によって、曇り気味の朝なので、ちとばかし寒い。乗客は50人近くで、これぞとばかりに荷物がつまれまくっている。しかし、隣の女性とひたすら喋っているお陰で、それ程退屈せずに過ごせるのはありがたい。4時間近く走ったところで、何やら、道にやたらドラム缶が転がっている。これは、反政府ゲリラの警告か?とか思ううち、徐に停止。どうやら未舗装の道路を直しているらしい。運ちゃんが“1オクロック!”とか叫ぶが、つまり、1時まで30分以上足止めという意味みたい。僕は、ウドンサイに滞在予定だから、多少の遅れは何てことないのだが、大阪出身の彼女は、ウドンサイからバスを乗り換えて、今日中にルアンナムターまで行く予定なので、思わぬアクシデントに不安そうだ。ま、覚悟を決めて、昼ご飯でも食べようと、今朝買ったバナナのはっぱを紐解くが、何と、分厚い葉っぱの中から出てきたのは、小さな腸詰だった。それも生っぽいので、食べるのは控えた。僕が目を丸くする様子を見て、ジモティが苦笑していた。となると、食料はカッパえびせんしかない。トホホ。ストップの場所にいた兄ちゃんの尻ポケットに、パチンコが入っていたのを見つけて、見せてもらう。子供の頃、このパチンコ(一応、説明すると、チンジャラジャラではなくて、Y字型の木の枝にゴムをつけて、玉を飛ばすやつの方です)が、すごく欲しかった。都会ッ子としては、自分で作るなどという事は思い及ばなかった。少年の手作りであろう一品は、実にまぶしかった。
思ったより早くバスは再スタート。しかし、これ以降、噂に聞いた悪路が続く。未舗装の道路ばかりでなく、舗装道路でも穴ぼこがやたら多い。成程、山道に加え、ガタガタガクガク。しかし、最早、その道のりを苦笑出来てしまう程度の精神的余裕がある。これも、旅を楽しむ事と言えるのではないか。一方、この悪路でウツラウツラしている隣の彼女もなかなかのものだ。ようやっと、町らしきとこころに到着したのは、2時半過ぎだった。つまり、色々言われる、ルアン・パバン→ウドンサイ間は、トラブルも含めて6時間の道のり。大半は舗装道路だが、全体の後半3分の1位は悪路、という状況でありました。さてしかし、慌てたのは彼女であります。ルアンナムター行きバスは2時初が最終、もう行ってしまった後。何か。旅行者向けバスみたいなのが、後から来ていたが、そのバスを通りすぎて、僕らのバスはターミナルに来てしまった。宿を捜しがてら、彼女と、バスを抜いた地点に戻ると、どうやら、ルアンナムター行きの私バス?みたいなのがあるらしい。めでたく彼女は目的地に向かえたみたいで何より。

ウドンサイの町並みっす
彼女に色々聞いた話で、まず、@アンコールワット観光には、最低3日位必要。Aミャンマーはラオスのようなよいとこだが、例の強制両替(今は200ドルになったらしい)も含め、旅はし辛い。Bルアン・パバンのパッカー人気は、葉っぱ故(昨晩のバカ笑い日本人は葉っぱ吸ってたのかも)等々がわかりました。AOLの旅サイトのコミュニティ・リーダーさんの話しも含めて、これからの旅程を考えると、@中国・雲南は滞在が長くなりそう。Aカンボジアも同様。Bミャンマーは、ヤンゴンかマンダレーをカットして、パガンにはじっくり滞在すべき、というような具合に修正が必要になりそう。しかし、ミャンマーは、ネット不可とのことなので、旅の終盤は、しばし、音信不通にならざるを得なさそうっす。
さて、宿捜しだが、いつぞやのスイス人お薦めの宿も見えたのだが、どうせ、朝早くバスに乗るだけなら、なるべくバス停に近いところがいい。一番近い中国系旅社は、清潔じゃなさそうだから(完全に偏見入ってます)、その先の通りから引っ込んだ宿にする。しかし、問題は宿代の捻出。その宿の前にいた白人に聞くと、なぜか日本語を話すカップルで、どうやら、ここには、きちんとした両替所があるらしい。場所までは知らないと言うので、闇両替があるらしい市場を捜す。しかし、さすがにこの辺は、宿の人も含め、てんで英語は通じない。ゲストハウスの人間なら知ってるかと思い、先ほどの中国系旅社へ行くと、なぜかいきなりリンゴをくれる。チェンジ・マネーとか札を出して説明するが、うちで両替するよとか言うばかりで、市場や両替所の場所は教えてくれない。埒があかないので、宿に戻り、ラオ語と中国語の単語が載っているコピーを持って再トライ。両替所という中国語は通じたようだが、相変わらず、うちで両替するばかりで、場所は教えてくれない。全く、中華系の商売人めが。仕方なく、市場を求めて歩くと、何の事はない、正規の銀行がすぐ近くにあった。ひとまず、10ドル分をキップに。そして、1万円で元を買おうと思ったら、買うけど売ってないという。ボーテンに両替所はあるのか?と聞くと、あると言う、ホンマかいな?中国元ないまま入国したらどうなることやら。西日がギラギラの時間帯で、さんざ汗をかく。
宿代を支払い、久々のホット・シャワー。移動日が続くので、隙を見計らって洗濯も。履くパンツが無くなっちゃうもんね。しかし、トイレ・シャワーつきの宿にご無沙汰してるなあ。どうも、共同ってのは落ちつかない。大体、僕はトイレが近い人間だし、大の時は長い。どうして、トイレとシャワーが一緒なのかねえ?別々な方が効率いいと思うのだけど。ともあれ、金も入ったので、しばし町歩き。市場は、何か妙に汚い。多少、中国入っているのか(また偏見)、やたら唾を吐く女性が多かったりもする。スプライトを買って、ファー状の汁そばで、ようやっと腹を満たす。ここは標高600m程度のとこらしく、そこそこ眺めはいいが、何もないと言えば何もない。パッカーもいるから、ネット・カフェ位と思ったが、それは望むべくもなかった。しかし、ありましたよ、サウナ。ルアン・パバン同様、赤十字がサウナをやってるらしい。もう、私はこれがあれば充分す。早速、宿に戻って海パンとタオルとマグライトを持って外出。ホント、この辺は灯りがないとこがありまっから。それに、9時位には、電気が切られるとかいう話も。マジ、ラオスは、エリアによっては、電気の時間が制限されているところがあるそうだ。ここは大丈夫のようだけど。
お馴染みの薬草サウナは、先ほどの日本語を話す白人コンビも来ていた。ただ、ここは蒸気にまじって、ちと煙も入ってくる感じで、目がチカチカする。しばらくすると、サウナは貸し切り状態になり、海パンを脱いで、大事なとこにもしっかり蒸気をあてる。お茶を飲みながら、4回程入って引き上げる。ラオスに来て以来、都合5回目のサウナ。入ってない日は1日だけか。サッパリしたところで、ビールといきたいが、やはり缶ビアラオは見当たらない。宿の前の広場は、即製マーケット状態になっていて、テントで色々なものが売られている。そこで、お姉さんが売っている揚げ春巻がうまそうで、ビールのつまみに出来たら最高なのだが、そこではビールは売ってない。結局、椅子とテーブルを置いてあるテントでビールだけ頼み、春巻を4本頼む。生憎、ビールは冷えておらず、春巻は冷えていたが、とりあえず、ひと心地つく。
更に、春巻の隣で売っていた焼いたでかい肉(豚?)と、ビーフンのソースやきそば風を頼んで、ぬるいビールを飲みながらつまむ。同じテントに、妙に無感動な表情の白人が一人座っている。しかし、僕の方は即製市場の光景に興味津々。夜になって、子供たちが続々とやって来て賑やかになり、見ていて実に飽きない。春巻を買ったお姉さんの、もう一つの売りが、つくね状の団子の揚げたもので、それをおでん風に串に差して渡す。これが、結構人気があり、小さい女の子4人がルンルンと買いに来る。串を受け取った女の子達の嬉しそうな表情を見ていると、こっちまで嬉しくなってくる。足元では、僕の食べたBBQの骨を、犬がうまそうにかじっている。ウ〜ン、僕も女の子たちも犬も、みんなが幸せな気分だ。何か、とってもいい夜。忙しそうに働くお姉さん、まわりで遊ぶ子供たち。あちこちで、カラオケVCDが流され、そのチープさに苦笑し・・・何となく、ウドンサイの1泊もこれで無駄じゃなかったという気がしてきた。カセットテープを売っていたテントで、ラオスの歌手のものを2本買う。また荷物が増えたが、考えてみれば、DVDプレーヤーで見られるはずだから、VCDを買ってもよかったのかも。
宿に戻ると、隣の家がカラオケで盛り上がっていたりする。明日は、国境の町ボーテン行き8時のバスに乗る予定で早起きの予定だが、日記を書きつ、一昨日買ったラオ・ラオをチビチビ飲りつ、平和で穏やかな時間を、しみじみと堪能する。ぐわんばって、また早起きしませう。

・11月28日(火) ウドンサイ→ボーテン(ラオス)→ボーハン→モンラー(中国) 誕生日の国境越え
がんばって6時半起床、というか、何やらお寺からの大音響の放送で、強制的に5時半位に起こされた。マレーシアでもこういうのあったし、ヴィエンチャンだかでもこういうのあったなあ。とにかく、大便をして荷物をまとめ、7時半にはチェックアウト、バス停に向かう。しかし、中国への国境の村ボーテンへのチケット代は15000k。とにかくラオスのインフレには参る。こうなると有り金が15900kしかない。乗り換えのバス代とか昼飯代足りるのかな?昨晩のカセットテープが余分だったなあ、と後悔しても遅し。腹が減っては、なので、ターミナルの屋台でファーをすする。また5000k減った。トイレに行くが、500kの有料で、小銭が惜しく、茂みで用を足すという情けなさ。両替所開かないかなあ?運ちゃんらしいのに、このバスはボーテン?と聞くと頷くので、荷物を積んで乗りこむ。金どうしようとか考えていて、向かいに座っている女の子が日本人ぽいけど、それどこではない。すると、ジモティらしき隣のおっさんが、どこまで行くんだ?と聞くので、ボーテンと言うと、ボーテンには行かんぞ、見たいなことを言う。そこで、初めて向かいの日本人と口を聞くが、そのバスは、ボンサーリーというとこ行きだった。運転手のバカヤロー!もう8時で、ボーテン行きバスの出発時間ではないか!
焦って降りて、ボーテン!ボーテン!と喚きまくりながら、バスを捜す。
すると、ニヤニヤした兄ちゃんが、これだという。トラック改造型ではなく、マイクロバス系。しかし、8時を過ぎても出発しない。どうやら、噂通り、人が集まらないと出発しないらしい。しかし、これはむしろ好都合。8時半になれば両替所が開くので、9時近くまで出ないでくれると助かる。先程のボンサーリー行きも、なかなか出ないらしく、日本人の女の子と話していると、漢字で、モンラー→景洪とか書いてあるバスが目に入った。ひょっとして、ボーテンを越えて、モンラー、景洪まで直で行くバス?だったら、そっちの方が乗り換えが無くて手っ取り早い。その女の子の話しに寄れば、旅行者が乗れない場合もあるが、国境越えの国際バスもあるという。とにかく、乗れるかどうか聞いてみよう。チケット売り場で、買ったチケットを出して、モンラー!モンラー!と言うと、どうやら15000k足せば、買えて乗れるらしい。しかし、如何せん、タイ・バーツの残りを足しても、後100k足りない(涙)。ふと時間を見れば、ちょうど8時半で両替所の開く時間。バスが出ちゃうかどうかわからないが、とにかく、キップを入手しようと、バス停側の両替所へ走る。5ドル分をキップに替え、走って戻り、チケットをボーテン行きに替えてもらう。ボーテン行きバスから荷物を降ろし、景洪行きバスを目指すと、今まさに運転手が乗り込んで走り出さんというところ。待ってくり〜、と15kgの荷物を持って全力疾走。とにもかくにも乗り込んだぜい!果たして旅行者は大丈夫なのか?とか、入出国の手続き中、待っててくれるのか?とか、元への両替はどうするか?とか、色々懸念を抱えながらも、バスは出発。いよいよ、中国国境への旅が始まった。
バスは旅行者は皆無。隣の席の兄ちゃんを始め、大半がチャイニーズらしい。みな、パスポートを安っぽくしたような「中国辺境入域許可証」みたいなものを持っている。隣の兄ちゃんが珍しそうに、日本のパスポートを眺める。英語は話せないが、何かと助けてはくれる。運転手にも、モンラー!モンラー!とアピールをしておく。8時40分位に走り出したバスは、成程、結構な悪路を行く。未舗装+舗装していても穴ぼこだらけという道で、揺れはそれ程気にならないが、何せ、ホコリがすごい。走り出して30分もしないうちに鼻をかんだら、もう真っ黒になった。この時とばかり、中国語の勉強。既に、このバス内は、中国語が飛び交い、あの、カァ〜〜ペッ!と言う、必殺唾吐きをする人が多い。おまけにスパスパとタバコを吸いまくる。まあ、先程の懸念は、もうなるようになれという腹積もりで、黙々とバスに揺られる。
3時間程走ったところで、中途半端なトイレ休憩。ホントはもう着いている時間のはずなのだけど、まだボーテンも先みたい。物を買いこむ暇もなく、バスは走り出す。隣の兄ちゃんが、ジュースをおごってくれて一息つく。中央に置かれた我がバッグは、埃と人に踏まれたりで、滅茶苦茶汚れてきている。悪路は相変わらずで、暑くなってきたけど、窓が開けられない。人はどの位埃を吸っても平気なのかなあ?とか、こういう道を毎日走っている運転者は何がしかの職業病にかからんのかなあ?とか、このバスがひっくり返るなら僕のサイドだなあとか、色々考えつ、またバスに揺られる。
途中、警察らしき検問とかを挟みつつ、結局、4時間かかってボーテンに来た。まず出国手続き。順番は守られず、ガンガン後ろから割り込んで来る。既に、中国が始まっているなあ。言葉も、ラオスの穏やかさに較べ、何か、語調が強くて、テンションが高い。割と、タイやラオスは、こっちの方が強気だったけど、さすが、歴史有る国においては、何か、勢いで負けそーという感じがする。またしばし走って、今度は、中国国境の町ボーハンらしきところへ。入国手続きだから、少し長めに止まるはずで、今度こそ両替をしないと。チャイニーズたちは、入出国の度に、いくばくかの金を払わされていたが、旅行者の僕だけ免除。入国手続きだが、イミグレのお兄さんが、パスポートを不思議そうに眺めている。今まで職業欄は「ライター」にしてたけど、中国から「学生」にチェンジ。昨日の女の子の話しだと、これで学生証の提示を求められたことは無かったそうなので。しかし、それを怪しまれたかとビビッていると、イミグレ兄ちゃん、“今日、誕生日?”と聞く、“そう”と言うと、“ハッピー・バースデイ”と言ってくれた。そう、今日は、不肖ワタクシめの30ウン回目の誕生日。おめでとうなんて言ってくれるのは、このイミグレ兄ちゃん位だろうなあ。もっとも、歳が歳だけに、本人はちっともめでたくないのだけど。それでも、誕生日に国境を越えるというのは、多少感慨がありますな。
もう一人のイミグレ兄ちゃんは、多少、英語&日本語を話す。“大学生?”と聞かれるが、“大学生じゃないけど学生です”とか苦しい答えをしておく。ついでに、“両替できませんか?”と聞くと、向かいでリンゴ売っているおばちゃんたちが、替えてくれるという。イミグレが闇両替教えてええんかいな?ともあれ、リンゴ売りを訪ねると、待ってましたとばかり、元をちらつかせる。1万円を替えようと思ったら、キップしかダメと言う。両替の両替は損だけど、もうキップも使えそうも無いので、有りキップ35000k位を全額、元に。もっとも、100k札は断られ、600k残ってしまったけど。ま、日本円にして8円位だけどね。レートがよくわからないので、素直に替えてしまう。40元位を入手し、とにかく昼飯へ。乗客のおっさんの一人に、まだバス大丈夫だよね?と確認して、近くの飯屋へ。チャーハンを頼むが無いと言われ、中国語会話の紙を見て、“速くできるものは?”と聞くと、厨房に連れていかれ、何やら肉の似たのを出される。豚肉のロースト状のものと、辛い野沢菜、そして山盛りのご飯。辛いけどうまい。全部は食べきれないが、カカカと詰め込む。お代18元てのは、やっぱボラれていたんじゃ?料金を払っていると、クラクションの音が。既に、みんな乗りこんだバスが、店の前に来ている。他の客に平謝りで乗りこむ。でも、トイレ位行きたかったなあ、大体、埃まみれのまま、飯食っちゃったし。
ちょっと停まった隙に、すかさず用を足す。無事、中国に入国出来たし、腹も膨らんだし、元も入手して、ホッと一安心。乗客も少し減り、道もラオスの時よりはマシになったので、しばし寝の体勢。もっとも、今の元では、宿代には足らんだろうなあ、と言うのが新たなる懸念。ホント、中国への旅は何かとスリリングで、退屈はしないです。ラオス、中国は1時間の時差があり、時計を進める。中国もラオス同様、車が右側。家並みはまだラオスっぽいが、漢字看板は、明らかに中国。道もまずまずで、ウツラウツラしてたせいか、思ったより早くモンラー市内へ入る。運転手に、“明天(明日)、景洪”と言うと、バス・ターミナルらしきところで降ろしてくれた。その隣が大きなホテルで、ここに泊まって、明日、バスに乗れという。感謝、感謝。しかし、その、金橋大酒店は、ちと高そうだなあ。ところが、フロントで値段を聞くと、どうやらシングル30元、ダブル50元、しかも、部屋はトイレ、シャワーつきという。先程の飯代を考えれば激安ではないか。しかし、それでも、有り金が足りない。両替したいので、しばし、荷物を預かってくれと頼むとアッサリOK。聞いていたより、中国人、意外と優しいのだ。指差す方向を目指して、銀行を探して歩く。
ボーテンも、そこそこの標高にある町みたい。旅社は他にも多く、なぜか、按摩と書いた美容院らしいのがやたら多い。飯店も多く並んでいて、食べるには困りそうもない。交通量もそれ程多くなく、日本の地方の田舎町並。ただ、ラオスよりは、町並みが整然としている感じはする。因みに、旅社で、料金を聞いたら50元で、なら、あの大酒店は、本当にお得だわなあ。中国工商銀行というのがあったが、ドルはOKだが、円はダメという。大きな銀行はかなり先だったので、そこで、財布に入っていた30ドルを元に替える。240元てのは、何か少ないなあ。逆算すると、1円=13円位のレートということになる。ともあれ、保証金みたいな20元を含む、50元を払って、めでたく宿を確保。しかし、ここはエレベーターがなく、重い荷物を持って6階まで上がるのは往生した。
でも、部屋はなかなか。清潔だし、テレビもある。バスルームには、何と湯船が!この旅始まって以来、初の湯船付宿だ。こりゃもう浸かっちゃうぜと、とりあえず、シャワーを浴びるが、いつになってもお湯が出てこない。ああ、湯船は夢と消えたか。とりあえず、また洗濯を少しする。それにしてもまあ、埃のすごいこと。揺れはともかく、この汚れがたまらんでしたね。水シャワーでじっくり体を洗った後、湯が用意してあったので、ティーパックの日本茶を飲んでホッと一息。今日のよくわかんなかった両替結果を吟味する。元は、日々のレートが日経あたりにも載らないので、不明確だったが、30ドル=240元ということは、1ドル=8元。先週のドルが109円位だったから、1元は13円から14円ということになる。ラオスの10000キップが大体130円だったから、10000キップ=10元とすると、モンラーの宿代は、まあラオスの水準に近い。リンゴ売りの両替の相場も、そう悪くなかったということになる。ま、両替の両替で目減りしていることには違いないが。どーも、この計算がめんどくさくてしょーがない。肝心要の金の部分にこだわれないようでは、まだまだ旅の達人には程遠いわなあ。
6時過ぎに、夕食取り兼町歩き。ところどころ、店先に電話が出されていて、公衆電話みたいに書いてある。本当の公衆電話もたまにあるのだが、ラオス同様、みなカード式。あの、店先電話なら、ネット接続をやらせてもらえるかもと期待を持つ。ネット・カフェみたいなのは無し。何せ、旅行者らしいのが皆無だもんね。日本人がいても、顔が同じだからわからなそうだし。大きな銀行があったあたりまで歩くが、やはり閉まっている。開いているのは、先程の工商銀行とか、農業銀行とかばかり。農業銀行でも円はダメと言われた。円が強いとか書かれていたガイドは何なの?都会の大きな銀行で無いと、円は替えてくれんのかなあ?雨がパラつきだし、おまけに、何だか腹の調子が怪しい。食堂の便所は汚そうなので、途中、大き目のホテルでトイレを借りてしまおうと試してみる。紙に「日本人旅行者」とか書いて、“我要厠所”と言うと、OKしてくれた。きれいではなかったし紙もなかったけど。思いっきり、フロントの女の子に笑われていたみたい。とりあえず、スッキリしたので、夕食へ。惣菜が並べてある屋台っぽい店へ。ビールは勿論、マーボー豆腐が食べたくて、“有メイ有ピージュー(ビールある?)”と聞いて、店に入る。ビールはややぬるで、おかずは冷たかった。野菜かと思って頼んだのは、何やらパスタ状のものだった。ビールを飲んでおかずをつまむ。ご飯もと思ったが、またパンパンになるので、やめておいた。隣のテーブルの少年たちは、おかず4品位で、山盛りの飯を3杯位食っていた。やー、中国人、メシ食うなあ。こっからして、日本人(というか僕は)負けてるなあ。ま、こんな具合に、わが誕生日のディナーは、アッサリと終わりました。映画館らしきとこも発見し、地元映画らしいのと、インド映画をやっていた。やはり、アジアで当たり前にインド映画が見られないのは日本だけみたい。
宿に戻って、久々に髭を剃り、一ヶ月使った歯ブラシで、スニーカーを洗う。そして、テレビをつけて日記。どういうわけか、他の部屋の客はドアを開けっぱなしで、テレビをガンガンかけていてウルサイ。とにかく、話す声といい、中国人は音量がでかい。みんな耳が遠いわけでもあるまいに。景洪行きバスは頻繁に出ていて、4、5時間の距離らしいので、そう早起きする必要も無かろう。せっかくのいい宿で、ゆっくり休むとしませう。とうとう旅も1ヶ月超で中盤にさしかかり、自己の旅最長記録更新(過去はアイルランド+ロンドンの3週間)、そして、誕生日と記念日づくめの今日だけど、静かに、とりたてて祝うわけでもなく、夜は更けていくのでありました。明日朝、店先電話所でネット接続可能かどうか聞いてみよう。うまくいけば、今日の日記も発信できまっせ。ラオス同様、この辺も夜の娯楽はカラオケみたい。冷たいものを買いに、11時頃、外に出た頃には、昼よりはやや強気で(これ、冷えてないよ、みたいな)、チャイニーズに対応できるようになってきた感じ。
てなことを書いて、寝ようとした時、試しに風呂の栓をひねったら、お湯が出るではないか!こりゃもう、風呂入るしかありませぬ。というわけで、12時からいきなり湯に浸かりだす私です。何せ風呂好きです。暇なときは、朝湯に浸かる位。サウナもいいけど、やはり風呂ですよ。あの、ハードなバスの旅の後の風呂は誠にありがたい。夕方に湯が出てればもっとよかったけど。あ〜、しゃ〜わせ。とりあえず、ラオスから中国・雲南省をこれから目指す皆様、モンラーで、このバス停隣の金橋大酒店で、疲れをゆっくり癒す事をお奨め致します。ラオ・ラオのお湯割りを飲んで、久々に夜更かし。今度こそ寝ます。 → 大都市&観光地らしい景洪へ
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