世・界・一・周旅日記

 ・4月1日(月) パルミラ → ダマスカス クールなアラブの都会

本日の観光ポイント:アゼム宮殿、聖アナニア教会

 8時に起きたが肝心の朝食が出て来ない。待っている間に荷物まとめをやる。久々に全てガーッと広げて詰め直した。ただ、以前よりも膨らんでしまったのは問題だが。ジーンズはOKだが、やはり靴は乾かず荷物の中に。足はサンダル履きだ。幸い、今日は好天である。結局メシは9時。まあ変わらず満足のいく内容ではあったが。まだ時間は早いが、念の為バスのチケットを買いに行って正解だった。シリア、今日からサマータイムだったのだ。従って時刻は1時間前倒しで、もう10時過ぎ。バスは10時15分発のはずだが、なぜかまだ発車してなかったのはラッキー。あと5分で出発というので、大急ぎで荷物を持って戻る。バスは10時45分に発車。砂漠の光景がまた続く。

 約2時間半程でダマスカスに到着。セルヴィスに乗って市内へ。荷物を座席に乗せていいと言われたので、自主的に二人分の料金を払う。マルジェ広場行きのセルヴィスのはずだが、何か道路が交差してるとこで広場って感じではない。周囲は廃屋みたいなビルが目立つ。目的の宿を捜して、しばし迷うが、何のこたない、着いた先が宿の最寄だった。ここらはさすがに都会だけあって、他の町のようにウロウロしていても、ほとんど声がかからない。少し寂しい気もしないでもない。ダマスカスの宿は、やはり評判のアル・ハラメインというとこ。白人客が多くて、建物は古いが洗練されている印象だ。フロントのおばさんに思わず“アー・ユー・フレンチ?”と聞いてしまったが、日本人には冷たいという噂のこの宿で、うまいお世辞になり得たか否か。幸運にもドミが開いていたが、問題が。部屋に電源がないのだ。これはシングルも同様らしい。今晩はここで仕方ないとして、明日は別の選択肢を考えねば。とりあえず、情報ノートをチェック。ベイルート情報等を仕入れ、昼を取りに出たのは2時過ぎ。

 本物のマルジェ広場は、もう少し南へ行ったところだった。まずは両替、50ドル分。そこから東へ。ダマスカスの見所と言えば旧市街である。エリアそのものが世界遺産になっている。城壁側のスークへ入ると、やはり日本語使い等が声をかけてはくるが、控え目なのは、やはりシリア。雰囲気、シリアの仲見世って感じの賑わいだ。そこを抜けると世界一古いモスクというウマイヤド・モスクがある。そこの入場料は50spというので、またにして、とりあえず隣のアゼム宮殿へ。18世紀に建てられた宮殿が博物館として公開されているというパターン。かつての暮らしぶり等が再現されている。そこそこの分量でそこそこの見応え。

 そこから東へ進んで行くと、新約聖書に登場する“まっすぐな道”というのが続く。要は、単に真っ直ぐな道なだけなんだけど。周辺はやたらモスクや教会だらけだ。旧市街の半分まではイスラム教徒エリアだが、残り半分はキリスト教エリア。その教会のうちの一つ、聖アナニア教会に入る。25spの入場料がかかるが、見所は地下の礼拝堂。布教のストーリーを綴った絵が飾られている。まあ旧市街の見所と言えるのは、これ位かな?後は出口付近に渋い飲み屋(画像右)を見つけた位。ただまあ好天なので、味わいのある建物類を見ながら歩いているだけでも、それなりに楽しい。夕方になり冷えてきたので、後はハマムをチェックして宿へ戻ろうと思うが、そのハマムがなかなか見つからない。モスクの裏のマクハで一休み。ここらは5sp程値が高い。

 迷路のような細い道をしばしさ迷い、ようやくアル・バクリーというハマムを発見。スーク内にもハマムはあったが、こっちの方が安そうなので。薄着ではあったが、ひとッ風呂浴びていくことにする。ここも、僕が入ったところでスチームを出しだした。15分位蒸気を浴びたとこでアカスリ、石鹸洗い。ここは更にマッサージもあり。まあヤワでもなく痛くもなくってとこ。締めて175sp。湯上りのチャイに加えて、出際にアラビック・コーヒーが一杯出た。チップも含めてちょうど200sp。値ははっても、やっぱハマムはスッキリする。

 さあ後はビールだ。マルジェ広場近くにはビールを出すレストランがあるというので行ってみる。やたらうるさく客引きしていた2軒がそれだった。しかし、メニューはといえば、ケバブとチキンの計4種類。しかも安くない。まあビールのために一晩我慢か。シリアビールは75sp。サラダとアレッポ・ケバブってのを頼むが、まあフツーのケバブだな。入るまではあれだけギャアギャアやってたのに、入ってしまった後はほったらかし。シャイでも飲もうかと思ったが、オーダー取りに来ないので出る。締めて250sp也。高くついた割に満足度低しなのは相変わらず。レバノン料理はともかく、アラブ料理は高い金出しても、その価値があるかは疑問。結局、25spの安い飯でいいやってことになる。宿の裏の方にネットカフェ数軒あり。日本語環境もありで速度もまずまず。メルマガ第4弾を送り、メールチェック。1時間で75sp。

 部屋に戻ると、同室は二人のチェコ人とアイリッシュ。日記を書こうとしていたら、隣室のデンマーク人から飲みのお誘い。宿は飲酒禁止のはずなんだけどね。デンマーク人たち3人のうち、二人は見るからにガキなんだけど、ビールに加えウォッカあけてガブガブ。更に、もう一人日本人も捕まって中に加わる。彼もこれからレバノンに向かうつもりだそうだ。18歳と16歳だというデンマークの兄弟、デロデロに酔ってハシシがどうこうとか盛んに話しかけてくる。ただでさえ、よくわからん英語が呂律の廻らない語り口なのでサッパリ。ウォッカ飲みながら適当にうなずいている。終いにはこれからディスコに行こうなぞと言い出すので、引き時とばかりに辞す。それでも1時をまわっていた。明日はボスラ観光だっつーに。まあそういう付き合いはいいとして、電源の無いこの宿は問題。明日朝いち、まずは宿替えか。

本日の出費:ダマスカス行きバス100sp セルヴィス10sp 昼食30sp アゼム宮殿15sp シャイ15sp 教会25sp ハマム200sp 夕食250sp トイレx2 10sp ネット75sp 計sp


 ・4月2日(火) ダマスカス 2日目 シリア=雨の国!

本日の観光ポイント:ボスラ、ウマイヤド・モスク

 どうにか8時には起きて、宿近くのパン屋で朝食。ホテル・アルハラメインの並びにあるアル・ラビへ行くが、満室と言われた。ハラメイン連泊よりなしか、困ったなあ。とまれ、交通警官にガラージュ・バラムケ行きのセルヴィスを聞き、乗り込む。今日は、シリアのもう一つの世界遺産ボスラを見に行く。国営カルナックのバスが並んでいるところにはボスラ行きはなく、隣のターミナルに行けと言われる。成程、そちらの方が広く多くのバスが並んでいる。ベイルートやアンマン行きもこちらから出ているようだ。ボスラ〜や、ボスラ〜とバスを捜すと声がかかり、50spのチケットを買って乗り込む。バスに揺られること2時間。朝方は曇りだったが、着く頃には毎度お馴染みの雨模様と化していた。

 トルコの世界遺産でも、民家が立ち並ぶ中、突如、遺跡ってパターンはよくあったけど、ボスラの場合は、遺跡の中に民家が立っているというか、遺跡の一部が住居に使われちゃってるみたいである。いいのかね、世界遺産なのに?ここも保存状態のいい城&劇場のみが有料。確かに劇場は堂々たるものだ(右画像)。まあ、作りはどこも同じようなもんだけど、劇場ってのは何度訪れても何かときめくものがあるね。あとで聞いたけど、この劇場内に、何とドミがあり、宿泊可だったそうな。泊まった人は、夜、思いきりステージで歌ってきたとか(笑)。

 しかし、その劇場を出ると、また雨が。加えて風が強くてメチャ寒い。ホント、シリアの雨攻撃には心からウンザリ。2日続けて晴れたってっことないもんね。シリアの国には恨みはないが、時期が悪かったのか、とにかく天候が悪過ぎる。この悪印象故、僕がこの先シリアを訪れることは、もうないだろうな。でもなあ、もう4月なんだから、いい加減春になれよって。遺跡は劇場周辺にも民家に混じって散在してるのだけど、寒さに耐えかねて昼食を取ることに。しかし、どこもショボイくせに値は張る。人の良さそうな爺さんの店で、エッグサンド25spのみで済ますが、シャイを飲むかと聞かれたのでもらあう。ところが、これがまた25spときた。人は良さそうでも油断ならねえなあ。15にしろと言うが、爺さん小銭をもっておらず4spしか戻ってこなかった。

 雨に辟易し、1時間ちょいで買えることに。バス停に着いてもまだ雨なので、セルヴィスでマルジェ広場へ。誰かが釣りを1sp誤魔化しやがった。気温だけでなく、心まで寒くなる。朝と同じパン屋で5spのピザを2つ食べる。ここはアル・ハラメインの側にしては、珍しくぼらない店だと思ったが、同室の白人はぼられたとか。すぐ横でポスターやブロマイドを売る露店あり。アメリカが嫌いなはずの国なのに、あちこちに貼ってあるのは、ブリットニー・スピアーズやバックストリート・ボーイズのものだ。セクシー系のブロマイドもあるので、これはシリアの女優か?とオヤジに聞くが、うるさそうにしてロクに答えようとしない。何と商売ッ気のないオヤジ。あいつは、噂の、物売りに化けた秘密警察ではないかとみるが(?)。晴れてきたので、昨日の続きで旧市街散策。やっぱり、ウマイヤド・モスクには寄っておく。50sp払ったので隅々まで見て廻る。内部もかなり巨大なモスクで、あちこちでお祈りが行われている(左画像)。僕は、しばらく座って英字のシリア・タイムスを読んでいた。こういうモスクの利用もありでしょ?

 旧市街散策は一通り終えたので西へ。鉄道の駅を目指して歩く途中、ATM発見。シリアにはないはずだったが。シティのカードは受けつけなかったので、シリアの銀行のものなのだろう。ヒジャーズ駅は、機能してるんだかしてないんだかよくわかんない駅。構内では古本市か何かやっていて、線路のとこはカフェ。それでもアンマン行きとこはここから走るそうだけど。何でも、時々、ここから蒸気機関車が走ってるという話なので、念の為インフォメーションに顔を出す。すると、明日8時に出るそうだ。おお、これは楽しみ。明日は張り切って早起きせねば。何でもレバノン国境まで行って帰ってくるとか。料金は60spとのことだったが・・・

 駅から国会議事堂までの道には映画館も数軒。しかし、なぜかキライなはずのアメリカ映画ばかり。それも5年から20年位まで前のやつ。シリア映画ってのを観てみたいもんだなあ。料金は30sp(50円程度)らしい。宿に戻ると、ハマのリヤド・ホテルで同室だった、あのオタッキーなユーゴ人と再会。ホント、皆同じルート&宿だね。今晩は日本人も4、5人加わる。部屋に電気がないので、ヒーターが効いて暖かい下のフロアで情報ノートをチェックしつつ、PCとカメラを充電。側にいた日本人と談笑しつつ、1時間位いて、やっとPCもフル充電。中央アジアを目指す人が多いけど、僕はあそこらへんに関しては、全然知識がない。ロシア語が通じる世界なのかな?上のユーゴ人もだが、若い日本人、一人でよく喋る。まだ外は雨で寒いので、近くでシュワルマ・サンドで夕食を済ます。マフィンを買ってきておやつ兼明日の朝食に。

 日記が2日分たまっていて、早速とりかかるがユーゴ人が話しかけてくるので、なかなか捗らない。そうこうするうち、早くもPCのバッテリーが警告音を発す。いくら何でももたな過ぎ。もうバッテリーが消耗してるのだろう。つまり、こいつはモバイル・マシンとしては終わったってことだ。一目にPCを晒したくはないのだが、仕方なく部屋の外で電源を繋いでやる。もう一人、自転車で周ってる日本人がPCを使用中。リブレットの2つ前のタイプだ。前の方のが小さかったんですね。三口で電源を分けて、俄かにフロアは電脳の場と化す。しかし、2日目の分を書き終えないうちに11時。明日に備えて寝なくちゃ。ああ、日記がたまるのはやなもんだねえ。レバノン移動前に何とかしないと。喋りまくってるユーゴ人を尻目にサッサと寝る。

本日の出費:セルヴィスx2 11sp 朝食40sp 昼食46sp ボスラ行きバスx2 100sp ボスラ入場料15sp おやつ20sp 夕食25sp マフィン45sp 新聞5sp 計357sp


 ・4月3日(水) ダマスカス 3日目 ダマスカスは雨のち晴

本日の観光ポイント:シャハバ

 7時起き。とるものもとりあえず、駅へ向かう。8時出発のはずの蒸気機関車、つまりSLに乗るため。7時半ちょいに駅に行くが閉まってる。まあありがちなので、しばし近くのマクハで時間つぶし。しかし25spを渡したら釣りをよこさない。頼みもしないのに、でかいシャイを持ってきて、25spだというのだ。何だかこれには無性にハラが立った。シリアではそう切れた記憶はないのだけど、頭に来て新聞を投げつけてきた。何だかシリア人、5とか10とか、せこいボリが目立つ。まあ厳密にボリとは言いきれないかも知れないが、とにかく不快な気分。インドの場合は、あーゆー国だって最初からわかってるので、ぼられても、またか位にしか思わないが、シリアは根底に“いい国だ”というのがあるので、尚更些細な事に腹が立つのだろう。さて、駅は開いたが、どう見てもSLが走りそうな雰囲気ではない。駅にいたおっさんに聞くと、“客がいないのでキャンセル”みたいなことを言う。もー、頭にきた。シリア人の言うことなど二度と信じるか。何だかここにきて、ヤケに腹が立つことが多くなってきた。ちょうどシリアも去り時ってことか。

 気を取り直し、駅からガラージュ・バラムケへ歩き、バスでシャハバへ向かう。チケットはガイドでは20spだったが、40取られた。もう本当にシリア人は信じられない。バスに揺られるうち、またしても雨。泣きッ面に蜂とは、まさにこれ。シャハバも遺跡なんだけど、ここもまた遺跡&住居混合というか、町の中に遺跡が散在。劇場やら何やらの跡があるが、もう泣きたくなる程寒い。とてもじゃないがデジカメは取り出せない。少し建物の中にいれば止むかと博物館へ行く。

 ある時、民家の地下からモザイク画が発見され、はがすのは惜しいので、その場所をそのまま博物館にしたのだそうな。撮影禁止の場所だけど、フランス人の団体さんが行った隙にパチリ(右画像)。このモザイクはなかなか見応えあり。何だか腹の具合が今イチでトイレへ行きたいが、ここも有料。シリアは、こういう建物の中でも、更にトイレは5spとるのだ。しかし、ちょうど番人がいないところで、急ぎ用を足す。今日は色々腹も立っていたので、誰かが置いていったトイレ・チップ25spをちょうだいしておく。ついに海外で犯罪を犯してしまったわい。でも、取り戻したぞ、今朝のシャイ代。

 しかし、バチが当ったか、霧が出てきて元のバス乗り場への道がわからなくなってしまった。寒い中うろうろして、ようやく見つけたが、スェイダー行きバスばかりでダマスカス行きはどこなのやら。あちこち聞いて歩いて行くと、ちゃんとしたターミナルがあったのだ。ようやく乗りこんで料金を尋ねると20sp。やっぱり朝のはボリか?それともボロいバスだから安い?何だかわからん。シャハバで一つだけよかったのは、大学でもあるのか若い女性、しかもベール被りではない人が多かったこと。ラタキアの時にアラビアン・ガールはレベルが高い!と大騒ぎしたけど、それはラタキア特有だったようで、シリア全体でみれば、やはりきれいな人もいれば、それなりの人もいるってとこ。バスの中ではひたすら寝てる。

 ダマスカスのバス停に着いたが、こちらは晴れているので、濡れた靴やズボンを乾かすべく、宿まで歩くことにする。ひたすら東へ行きゃいいのだろうと行くが、何だか皆目見た事のない場所に出くわしてしまった。こりゃどうも違うぞと気づき、少し焦ってウロウロしてると、お爺さんと目が合う。今日半日でシリア人への信頼は地に落ちているので目を逸らすが、彼の方から寄って来て、何と日本語で話し掛けてきた。その人は30年位前にエンジニアとして名古屋に行き、半年位日本にいたそうだ。曰く、ここは空港広場とのこと。どうも、バスが着いたのはバラムケではない、別のターミナルのようだ。まあ旧市街のはずれ位の位置なので、後は地図を頼りに歩けそうだったが、そのお爺さんが案内すると手を引いてくれる。好意を無にするわけにもいかず、ついていくことにする。

 しかし、そのお爺さん、歩くのが速いこと速いこと。こっちは小走りじゃないと追いつけない位。人込みを掻き分け、道路を横切り脱兎の如く?歩いていく。しかも、旧市街の端から端まで2km近くに渡って、そのペースをキープ。齢70歳位に見えるが、何たる健脚。時折、カタコト日本語か英語で話しかけてくるが、こちらが英語で話しかけても通じない。もう旧市街の見覚えのある場所まで来たので大丈夫だと伝えるが、どうしてもマルジェ広場まで送ってくれるよう。曰く、“日本にいた時に日本人にとてもポライトにされたので、こちらもそうしたまで”とのこと。いや〜、良い人の国シリアの真髄?こちらがシリアへの信頼を失いかけていたところで、この巡り合わせはアラーの思し召しなんでしょうか。勿論、お爺さんは、僕を広場まで連れてきて、握手をしたところで去って行きました。

 よっやっと昼食。広場のスーク近くの、評判のチキン屋へ。カウンター7席におっさんが並び、モクモクとチキンにかぶりつく。メニューはローストチキンのフルかハーフのみで、ホブスとピクルスがつく。でもフォークやナイフはつかない。ひたすら手でチキンをちぎって食うのだ。あまりにアツアツなので、ホブスでチキンを削ぎ取って食べる。ニンニクソースはうまいが、味よりも何よりも、あまりのプリミティヴな食の光景に圧倒されて、何かいい経験をさせてもらったというか。仕入れの値によって料金が変わるそうだが、この日はハーフで65spだった。満足。少し気温も上がってきたところで、宿近くの店でレモン・シャーベット食べる。前から食べたかったのだ。量が多くて、頭痛を気にしながら少しず食べる。少し気も晴れてきた。

 宿に戻ってシャワー。他の客がまだ帰ってこないうちに、早めにPCを取り出して日記を書き始める。2時間程度ひたすら書く。やっと2日分終える。改めてレバノン情報のノートをチェックしつつ、マフィンの残りを少し食べて出る。一昨日、旧市街で見つけた渋い飲み屋に飲みに。ほとんど、バブ・シャルキ(旧市街一番奥)に近いところ。キリスト教エリアだからバーもあるってことなのかな。ジモティの客が数人。ゴールデン街とまでは言わないが、狭い店で10人も入れば満員。75spのシリア・ビールを1本頼む。人参スティックのつまみがつく。隣に座っていた兄さんがナッツを分けてくれる。彼はダマスカス生まれのヨルダン人だそうだが、“ヨルダン人はシリア人みたいによくないぞ”と言っていた。店全体が何か暖かい雰囲気で、優しく異邦人を迎え入れてくれてる感じ。

 2杯目にレバノン・ワインを頼んで飲んでいたら、外から何やら音楽が聞こえてくる。矢も盾もたまらず外へ飛び出すと、民族衣装のおじさんたち5〜6人が、長い剣のようなもので小さな金属を叩いて音を出しながら、歌を歌いつつ道を更新。剣の舞のようなパフォーマンスを見せつつ、小路へ入っていく。どうやら近くのゼイトゥナという高級アラブ料理レストランに雇われている人らしい。でも、シリアでこういうストリート・パフォーマンスを見たのは初めてで得した気分。旧市街はなかなかに楽しい。1時間半位店にいて、店にいた一人一人と握手をして店を後にした。周囲には高級レストランだけでなく、庶民的な食堂もあるし、ハマムも数軒。ここいらに宿があるなら、こっちに泊まりたいね。

 帰る道すがら、何やらカスタードのようなチーズのようなものを挟んだ揚げパイみたいなものを買う。揚げたてのアツアツが今日の夜食。城砦の前では、何やら集会が行われていた。パレスティナ支援絡みなんだろうな。一昨日行ったネットカフェへ行き、サイトを更新。部屋は、あのユーゴ人やチェコ人も皆去って、フランスのおばちゃんにスーツケースを抱えたおじさんやら。朝から午前中はサイテーだったけど、午後から夜は結構ご機嫌。まさしく雨のち晴れの日であります。11時ちょいには寝る。

本日の出費:シャイ25+5sp シャハバ行きバス40+20sp 昼食65sp シャハバ博物館10sp トイレ△25sp シャーベット10sp 飲み150sp 夜食30sp ネット75sp 宿代x3 555sp シャイ20sp 計1010sp
→ ちょっくら行ってきます、レバノンへ ベイルート 

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