露・土・印 旅日記

 ・8月2日(木) 埼玉 → 伏木(富山) 誤算五算で、あーさんざん

 7時前に起きたはいいが、それでも朝食抜き。昨日買ってきたばかりのバッグパックに残りの荷物を詰めこんで貴重品を身につけ、出発。ここで早くも色々誤算が。1.新しく買った腹巻は紐がはずれやすい。2.新しく買わざるを得なかった靴底金隠しは、サイズが小さく違和感あり。3.に、荷物が重い!(画像下↓)ここまで重いとは!とまれ、まさに厄介払いを果たした感じの親に淡々と見送られつ電車に。本当は大宮から行けば新幹線も早いのに、池袋へ寄って行かねばならない。それは外貨購入のため。シティバンクのポンド預金30万相当が、今日満期日なのだ。でかい荷物を持ってビルの8Fに昇り、オープンを待つ。ここでまた誤算。4.時計が遅れている!この期に及んで電池切れかあ?不安だねえ・・・

悪夢のようなド級ヘヴィー・ラゲージ

 新幹線で、数日前、フジ・ロック・フェスで訪れたばかりの越後湯沢へ。更にそこから、たにがわという特急で高岡まで2時間。しかし重い。アジア旅行の際は、見た目の割に荷物はそれ程負担ではなかったが、今回は明らかに負担。ホームを移動するごとにヘトヘトになり、おろしてもしばらくは息苦しい感じがする。5分背負ったら1時間休まなきゃって感じ。こんなんで持つの?もう早くも、1年は無理かなって気がしてきた・・・

 6時間かけて港のある富山県・伏木に到着。電車のドアは自分でスイッチを押す式だった。こういうコンビニも自動販売機もロクに無いような町って、日本にまだあったんだね。しかしですね、船の乗り場はどこなんじゃ?ド炎天下の中、ド級重量の荷物を持ってだいぶ歩いている。途中、やはり乗り場を探している中年旅行者と会い、その人の乗っていたタクシーに便乗させてもらう。イヤ〜、情けないけどマジ辛かった。結局、手続きは全て船上でやるとのこと。船は予定された港の対岸に停泊していた。こりゃ歩きだったら死んでたわ。

 予定より1時間早く乗船開始してる。待合室も何もなく、いきなり船(笑、左画像)。まわりは造船所かなんかで、船も客船というよりは貨物船風。待ち時間が長いから、その間、食料を買いこんだり電話をかけたり葉書を出したりとか予定してたのが、全てオジャン。電話は何故か?ここで第5の誤算。ポンドが全額じゃない!額を確認したら、どうも少ない。ポンドの預金は二口あったのだが、あの窓口嬢、そのうちの片方の分しかくれなかった。1年旅する予定の人間が、総所持金60万円!元はと言えば自分のミスとはいえ・・・でも、何かヤケクソでどーでもよくなってきた。なるよーになるわい!

 25200円也のカテゴリー3は、4人部屋(右画像)。トイレ・シャワーつきでお湯も出るし、紙もある。この船、ちと臭う(ウォッカ臭い?)以外は、意外に悪くないぞ。それに今んとこ部屋一人占めだし。船内、むくつけきロシア人も多いが日本人旅行者も多いし、ロシアの子供も多く、何か予想していた殺伐とした感じじゃない。あまり揺れないしね。とまれ、人の来ない間にシャワーを浴び、汗だくのポロシャツを洗う。出航までまだ2時間あるので寝ることにする。今日は寝てばっか。あの荷物を数分背負うだけで相当な運動量みたい。まるで重量挙げだね。6時頃部屋を出ると、出航前に食事させられるらしい。先ほどの中年旅行者さんと、その同室の学生と3人で食堂へ。メニューは、スープ、生野菜、魚のフライ、ポテトサラダ、ケーキとまずまず。おじさんがビールを頼むが、全然冷えてなくて氷を入れる。お給仕さんも、そー無愛想ではない。食べ終わってデッキへ上ると、ようやく出航。1時間半遅れの7時半でありました。

 しかし、何か風景がしょぼいせいか、いよいよ出発って感慨が無いすね。出航の音楽も無し。何気に動いていたって感じ。でも、ようやく涼しくなって外の風も気持いい。そうこうするうち、彼方に花火が。今日は伏木の花火だったらしい。相対的にはしょぼかったけど、餞別としてはなかなかナイス。隣にいたロシアのおっさんが、さかんに何か語るけど、全然わかんない。ロシア語学習3ヶ月の成果や虚し。とりあえずは、しばしあの荷物の拷問からは開放されるわけで、船の旅をのんびり満喫するとしよう。
本日の出費:地下鉄運賃190円 お茶代150円 弁当1050円 飲み物450円 キリンビール大瓶3ドル


 ・8月3日(金) ウラジオストク行き客船ルーシー号船上 2日目 そこそこ快適な船の旅

 こちらの時計では朝6時、突如、船内放送で起こされる。曰く、「朝9時だ。起きろ。朝飯だ」(英語)かなんか。冗談じゃないよ、こっちは、まだ5時間半しか寝てない。ひょっとしたら、既に現地時間で事が進んでいるのかなと、チラとは思ったけど、眠いからそのまま寝ていた。で、こちら時間の9時に起きて食堂へ行くとクローズ。成程、時計は11時を指している。見事、朝飯食いっぱぐれ。でも、それ程空腹ではないので気にせず、また寝に部屋へ戻る。大体、12時には昼食だから。で、1時間程で起きると、食堂前の表示通り、昼食は1時からだった。だからまた寝る(しつこい)。

 やっと起きて甲板に出ると、当たり前ながら、ひたすら海であります。ウ〜ン。そうこうするうち昼食。おじさんと学生さんは、昨晩あれから飲んだらしい。船酔いとかを恐れて控えていたのだけど、今日は最後だからこちらも飲もうと思う。ランチのスープ、昨日のはサリャンカ?で今日のは、一応ボルシチみたい。食後デッキへ出るとプールが盛況。子供達が中心だが、ロシア女性たちもチラホラ。一応、西欧人らしく、結構露出度高し。果敢に加わっている若い日本人も数名。しばし、海を眺めつつガイドブック読む。緯度的には北海道位まで来てるはずなのに、日差しは強い。部屋へ戻ってシャワーを浴びたり、またデッキでウダウダしたりの繰り返し。学生さんと会うと、「この船に乗っているロシア人の大半はマフィア」との情報をくれた。でも、ルースキーは、ぱんぴーもマフィアも区別つかんよ。みんな屈強そうで。


たまにはサービスカット。プールサイドにて。

 また1時間程寝た後、夕食。ポークソテー?船内で出会った若人たちの旅程モロモロ。その1.学生。個人旅行。ウラジオからモスクワまで鉄道でイッキ。東欧に抜けブダペストあたりまで2ヶ月で行く。彼は、幼少の頃アメリカ在住。その2.女子学生。ワークキャンプとやらでサンクトへ。そこまではバウチャー。そこで知り合うだろう人達と北欧で遊ぶ。過去にも同様のNGO系の旅で、ジンバブエとかに行った経験あり。ヨハネスブルグにも泊まる羽目になったとか。その3.学生二人。バウチャー。やはり一気にモスクワへ。ヘルシンキへ抜け、北欧を回る。所持金は200ドル程度なので、北欧は野宿でいきたい(?)。2ヶ月ほどでロンドンへ。ロシアをバウチャー無しで旅出来ることは知らなかった。しかし一人は、既にNZホームステイの他、日本一周もしたとか。その4.アメリカ人。日本で教師をしていた。バウチャー。モンゴル、中国へ抜けて行く。アメリカンもバウチャー旅するんだ・・・しかし、シベリア鉄道、途中下車する人ってのが、ほとんどいないすね。

 「11時よりダンス・ショーがあります」というのが、なぜか船中唯一の日本語放送(笑)。そのショーは2階のミュージック・ラウンジで。他にすることもないので見物。しかし、フツー日本的感覚なら子供は寝なさいって感じなのに、メイン観客はガキども。結構、露出度高めの踊りが続くのに、ガキどもが歓声を挙げて見入っている。踊る方もイヤにならんかと思うが、結構笑顔でショーに徹している。センスはともかく、その辺の芸人根性には好感持つ。推測するに、あの踊り手さんたち、日本のロシアン・ショーパブで活躍していた人達が、そのまんまやってるのでは?12時過ぎて、司会らしきラメラメ衣装の強力ルースカヤが何やら言うと、子供達サーっと引いていった。以後はようやく大人の時間?老いも若きもダンスホールで、これでもかと繰り返されるダンス・チューンで嬉々として踊りまくる。さっきまで司会してたラメラメのお姉さんも、着替えてまた踊ってる。イヤー、ロシア人踊り好き。音楽も踊りもどこか垢抜けないのがご愛嬌。アルコール度11%のルースコエ・ピーヴァ(ビール)を1本飲んだ後は、ドサクサに紛れて日本から持って来たワインを飲んでいた。2時半頃ようやく部屋に戻る。

 何かこの船旅、妙に快適で、案外ロシア平気じゃんとか思ってしまったが、このまま行ける程甘くはないんだろうな。とりあえず、明日(今日)は一般家庭にお泊りなので、阻喪のないよう準備は怠り無く。

本日の出費:ビール3ドル

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