JULY 更新されてない時はリロードしてみてね
7月26日(木)
 昨晩、焦って終電間に合わせたのはワケがある。今日は最後の失業認定日(来月もあるけど、当然行けない)。しかも9時と早い。例の美人職員のお顔もこれで見納め。結局201日分(未受給9日分のみ)、金額にして395万受給。ありがたいことでありました。図書館で返却&借り、100円ショップとマツキヨで旅用買物の仕上げ(蚊取りマット、石鹸、お茶等)。一旦、家に戻るが、あと少しというところの坂道でスクーターがエンコ。このところ不調だったが、ついにイカレたみたい。それにしても何たるタイミング。家で郵便物を確認するが、代理店からは請求書だけ来て、肝心の船の切符がまだ届かず。全く。仕方なく自転車で再び出かけ、駅前のJTBで2日富山の伏木行きの切符を購入。やっぱり、朝7時出かあ、おまけに着いてから2時間も待たねばならない。ともあれ、これで主要準備は済んだ、と言いたいとこだが、まだ肝心要の外貨準備があるのだった。これは来週。帰ってやっと昼食。とりあえず、フジ・ロック荷物のみ準備。寝不足なので少し睡眠を取った後、旅用の荷物準備にかかる。どうにかバッグには収まったようだけど、かなりの荷物。選別が必要だろうなあ。ついでに、自分の衣類の整理。母親が帰省中なので、まさしく“鬼のいぬ間に”状態で、靴等も自分の部屋に収納してしまう。乾燥剤入れて。前に帰った時は、靴、カビだらけにされてたもんで。父親が休みでいたので、夕方、いよいよ“告白”。淡々としたものであった。ヤレヤレ、やることが多い。肝心のフジ・ロックの予習やサイト準備は全然出来なかった。てなわけで、明日明後日の日記はお休みとなります。代わりに、フジ・ロック・フェス現地発信リポートをやるべくPC持参するので、そちらをご参照の程。もっとも、去年も、結局、めんどくさくて出来なかったから、今年も確実に発信するかどうかは当てになりませんので、あしからず。では、苗場に行ってまいりま〜す。

7月25日(水)
 またしても親に安眠妨害される。ボーっとしつつも、とにかく駅前のJTBへ行き旅行保険へ加入。ジェイアイ傷害のバラ掛けので期限は1年、約5万円也。延長可らしい、ウッシッシ。渋谷でヴェトナム映画「夏至」を観るつもりだったが、またしても満席にて断念。出たところで、ちょうど雷大雨のためスタバでひと休み。代わりに、近くでやっていたロシア・アニメ「チェブラシカ」を観る。まあ結果的には、よりふさわしいチョイスだったというか。音楽もお話もどこか寂しげな哀愁のあるのがロシアらしさか。新宿で旅用買物(水筒、手帳のリフィル等)の後、待ち合わせて、アイリッシュパブで飲み。話は相変わらずの音楽談義だが。タワーレコードのポイントカードとツタヤの会員カードを逆餞別?に渡す。別れ際に「死ぬなよ」なぞと言われるが、死にはしないでせう。かろうじて終電セーフ、無事ご帰還。

7月24日(火)
 やはり、ちと寝坊。銀座へ出て旧勤務先同期へTEL。案の定、マジメな元受付嬢が出るが、敢えて“さん”づけしなかったところ、“ご家族の方ですね?”と気を利かせてくれて?スムーズに電話を代わってもらえる。もっとも、受けた方は何事かとびびったそうだが。ランチ後、本来は先にやるべきだったことを。丸の内・虎ノ門エリア航空会社徹底探訪!つっても、旅プラン参考のためにタイムテーブルをもらうだけ。しかし、殺人的酷暑の中、何やってんじゃオレは?とイヤんなってきたり。でも、ビーマン・バングラデシュ航空のオフィスはこんなとこにあったんだあとか発見もいくつか。そんなこんなで晴海のジムに辿りついた時にはもう4時。運動する前から既に疲れ気味。やはりこんな暑い日に運動なんかするもんじゃない。ちょっとやっては水を飲みで、一向に調子出ず。プール行って、サウナに浸かってようやくスッキリ。水分をいくら取っても、結局、まわりの温度が下がらないとダメってこと。つくづく自分の体が、どこまでも人並みであることを思い知る。途中、代理店に連絡すると、船の予約取れたとのこと。これで正式に出発日決定。もー後には引けやせん。帰ると、地元の祭で、浴衣のギャルたちが多数管を巻く。まあ、近場のお祭で楽しんでいるというのは、健全だわな。

7月23日(月)
 今日は都内も35度を超える猛暑になると聞いていたので、ご在宅。家も暑いけど出歩くよりは、まだマシだから。旅準備では、まず保険。ジェイアイ傷害に聞くと、まだ間に合うし延長も可とか。決まり。ウラジオストクは宿が混んでいるらしいので、ネットでホームステイを申し込むと、何やらアッサリ家が決まったらしい。これって大丈夫なわけ?そしてビーチ・ボーイズを聴きながらプラン練り。インドネシアまで到達して1年経ったら、保険を半年延長して、オセアニアをまわり、そこから取って返して中国、モンゴルってのもいいかも、なんてトラタヌ。遺言?じみたメールも書く。もしもの時のために、CD類を分配する相手を指定しておいた(笑)。しかし憂鬱なのは出発当日。ロシア行き船の出る富山県伏木は、我が家から6時間超の距離。おまけに途中でシティバンクに寄って、その日満期の外貨をおろさねばならない。なんつーリスキーさ。馬鹿でかいバッグ持って通勤時間帯の電車に乗るのが思いやられるわい。

7月22日(日)
 出発前にやっておくべきことの一つ、それは爺さんの墓参り。折しも、今日は二十三回忌なのだとか。両親は早く起きて板橋(故郷)の寺へ向かった。こちらは、本当は5時起きで再び鎌倉で座禅のつもりだったけど、昨晩寝つけず断念。両親に親ならぬ祖父不幸者の誹りを受けつ、少し遅れて、実はこちらも寺へ向かう。親戚一同が会するとかいうのは苦手だし、そんな場で両親に学生扱いされるのもゴメン。一行が去る時間帯を見計らい、花と線香を携え、我が祖父の眠る墓地へ。旅立ちにあたり、なぜ墓参りか?詳しくは旅日記本チャンで書くことになろうが、実は爺さん、かつてロシアで働いていた人。詳細は父親でさえ知らないらしいけど、若き日に船でウラジオストクへ渡り、彼の地で通訳等をやったそうな。なぜロシアだったのかはわからないが、我が爺さん、なかなかのアドヴェンチャーではないか。今回、旅の出発地をロシアとし、また敢えて飛行機ではなく船を選んだのは、この爺さんの辿ったコースを行こうとの意図。ロシアで予想される困難の数々。でも、爺さんが愛した地に、やはり愛された孫が行くのだから、きっと草葉の陰からでも守ってくれるのでは?そんな期待もこめつ、とにかくロシア行きをご報告せねばなるまい。ロシア人も爺さんも大好きなバターでもお供えしようかと思ったが、超炎天下だったのでやめる。墓参りには珍しく去り難いものを感じつつも、その場を辞すと、寺の駐車場で、近所の親戚の家(我が生家でもある)より戻り、帰路につかんとする我が両親の姿を偶然に発見!無断で長時間駐車してたもんだから、寺の人に怒られていた。バッカだね〜!代わりに謝っておいたぞ。帰宅して、依然誹る両親を尻目に、涼しい顔して内心ニヤついていたのは言うまでもない。

7月21日(土)
 試験結果届く。予想通り(むしろ予想よりマシ?)1勝5敗と大敗。もうこの試験を受けることはないな。軟派な業界から、いきなし金融業界へ転身なんてのはやっぱり無理か。想像はついてたものの、事実を目の当たりにすると、やはりガッカリ。結局、ヒマつぶしにしかならんかったわけだ。同クラスの人達はどうなったかなあ?ア〜ア。さて、地元で花火大会あり。神戸だったかでは死者まで出る騒ぎになったそうだけど、こちらは玉にも迫力を欠き、人もそこそこ。何ら混乱無く終わる。でも、これで花火も当分見られないだろうからね。これに関しては世界のどこの国にも負けない!という、日本が誇る数少ない職人芸の粋。目にシカと焼き付けておきませう。それにしても、花火の如く我が野望は潰えたか、ア〜ア・・・

7月20日(金)
 今日から学童たちも夏休みとか。祝日で料金高いけど、他に時間の潰しようもないので新宿のジムへ。しかし、寝不足気味で、少しトレーニングした後、休憩室でしばし昼寝。サウナ浸かって出る。こんなの初めてだなあ。歌舞伎町で待ち合わせして沖縄料理屋へ。来週に迫ったフジ・ロック・フェス打ち合わせ?飲み。ビーチ・ボーイズについてのトークをやってるロフトプラスワンに行くが、大入満員。音楽ライターたちの顔をテレビモニターで見てるのもアホらしいので、また店をチェンジ。26日の初日は宿が取れず、車中泊と相成るか?何かほとんど相手が払ってくれて自分の金が減ってなかったり。終電1本前で帰るも、車中で少し眠ったら、ビールしか飲んでないのに強烈に酔いがまわる。上からも下からも逆流してきそーな、かなり危機的な状況に陥る。荒い息遣いでベッドに潜り込み、どーにか事無きを得る、ヤレヤレ。何かどんどん酒に弱くなってきている気がする。この調子ではウォッカなんか飲まない方が無難すね。

7月19日(木)
 やったぜ7時起き!8時に家を出て8時半の電車という、勤め時代のスタンスで、神谷町のロシア領事館へ。空いていた先週と異なり人がいっぱい。代理店の人間も多いのだろうけど、ロシアに行く日本人がこんなにいるんだね。待つこと1時間弱、ついにヴィザをゲット。呆気なくって、あまり感動はせず。とりあえず築地に出て、お祝いの意味で一人天ぷらを食す。そっから東京駅へ向かい、旅の図書館で調べものの後、検疫所へ。HIV検査の結果に、一瞬ドキドキするが、めでたくネガティヴ。そりゃそーでしょ、心当たり無いもん、幸か不幸か。後はロシア行きの船の予約やら外貨準備やら旅行保険加入やら色々あるんだけど、連休前の辛さですぐには手続きできないものばかり。で、またつまんない映画観てしまった後、旧勤務先同期と出会い、最後の?お茶する。早めに帰って、トルコ映画「路」のヴィデオ観る。今日は何度か雷雨があったようけど、たまたま全く遭遇せず。旅先でもこの調子でありますように。

7月18日(水)
 ご在宅デーなんだけど、朝から何やら工事の人たちが来る。二階は空気が滞留するので換気扇をつけるのだとか。よりによって僕の部屋での作業。従って少なくとも午前中、下手すると夕方近くまで部屋にいられない。冗談じゃない、色々やらにゃならんことがあるのに。聞いてないぞ〜!と、また母親と小競り合い。喧嘩しようが何だろうが親子の関係に変わりはないものの、帰国後も、もう同居することは永劫無いと宣言してしまおう。いい歳こいて同居なんてロクなことないっすよ、ホント。向こうがボケたりしたら話は別だけど。さて、なわけで午前中より近所にお出かけ。まずは内科へ行き、抗生剤をもらう。前回の中国でひどい目にあって懲りたので。更に、ちと遠いドコモショップへ行き、不要になる携帯を親の名義に変更せんとす。ところが、それでは何かと不利(手数料かかるわ割引はなくなるわiモードは契約し直しになるわ・・・)なので、名義はそのままで引き落とし口座のみ変更する。しかしこの手続きがまた時間がかかるの何の。担当嬢のミスもあったりするが、若いお姉さんばかりなので怒れない(苦笑)。結局1時間超要した。これで、8月以降、僕の携帯にかけると母親が出ます。話したい方は話してやって下さいな。家に戻った後ようやく工事終わるも、雷が鳴りだし、かなり近くに落ちまくるので、恐ろしくてPCの電源が入れられない。仕方なくCD聴きつ、旅費対策を考える。70万位は準備できるかなあ?しかし1年分にはとても足りないね。株は下がり続けておるし・・・まあ、一方、持ち物はだいぶ揃ってきた。さあ、明日はいよいよロシア・ヴィザ・ゲットだ!

7月17日(火)
 え〜、とりいそぎ渋谷。イメージフォーラムで「ラッチョ・ドローム」だが、前回はある会員証提示してゴリ押しで1000円で入場したが、今回はダメで仕方なく1800円払う。まあ、それでも観る価値はある映画だけど、やっぱ1800円ってのは高いよなあ、抵抗あるよなあ。みんなよく観るわなあ、この値段で。とまれ、昨年も一度観ている「ラッチョ」は、ホント傑作。ジプシーの歌と踊りの旅路を追いつ、終盤は永遠の放浪の民の哀しみをキッチリ伝える。その後、更にもう1本観るべく時間潰し。必要な買い物に勤しむ。カッパ、ポロシャツ、懐中電灯、サブバッグ等々。今日も金使っちゃったなあ。更に1000円払って映画もなあと迷いつつも、ヴェトナム映画「夏至」に行くが、満席にて断念。結局ビール一杯飲んで帰る。家でちと母親ともめる。うちの親って人のものを平気で無断で捨てたり片付けたりするから。「捨てる!技術」だかいう本が売れる遥かに前から、もの捨てる(必要不必要拘らず)の大好きで、ほとんどビョーキ。不在中は、ホント、金払って倉庫でも借りて荷物預けたい。何か対策練らにゃあ。やるべきことは多いぞ。

7月16日(月)
 相変わらず犬+オヤジに安眠を妨害され、2度寝の末10時起きとなるが、今日は意地でも運動へ行く。まずはシティバンク銀座店へ。定期預金の中途解約ができないことで外貨準備が出来んので何とかならんか?と相談に。しかしねえ、1000万位預金がある人ならともかく、その10分の1の小口預金者では無理な相談。借りて外貨を買うか解約するかの選択ですなあ。いずれにしても為替損は蒙る。こんなはずじゃあ・・。せめてもとトルコやらインドやら出金予定地の支店情報を教えてもらう。理知的な担当者嬢に「周遊されるのですね?」なぞと言われ、「ハア・・・」。次、眼科へ行きコンタクト用の目薬を仕込む。ようやっとジムに着いたのは、もう3時半過ぎ。しかし気温が高いせいで、室内で運動していてもヘコヘコしてくる。プールも異様に水温が高い。湯上がりの一杯を飲んだら興が乗って、CD買ったりなんじゃり寄り道。帰宅したのは10時過ぎ。最早、ボーっとテレビ見る位しかする気なくなる。あ〜サイト作りしなきゃ、他にも色々考えにゃと気は焦るけど、やっぱり明日のために今日は寝る。小泉君みたいに倒れる心配は皆無っすね。てなとこでニュース見てたらトルコ・リラが暴落とな?ぐじぇ〜!

7月15日(日)
 お勉強をしなくなって以来、時間に余裕が出来、部屋に山積みだった録画ヴィデオの山もだいぶ片づいてきた。ようやくレンタルにも手がまわるということで、一昨日、新宿のツタヤで出発前に見ておくべき映画を借りてきた。その国を知り、少しでも親しみを覚えるには、映画・音楽・食べ物・酒等を知るのが最適と思うから。てなわけで蒸し暑い部屋でひたすらヴィデオ鑑賞(隣ではクーラーがよく効いた中、犬が寝ていた)。まずは、邦画だが「おろしや国酔夢騨」。漂流民がロシアで苦労する話故。昔の人は大変だったんですねえって、実に月並みな感想。これの原作はシベリア鉄道(乗れればだが)の中で読むとしよう。次、イランのキアロスタミ監督の「友達のうちはどこ?」。またしても子供が苦労する話。イランの子供たちはホント大変。あれじゃ、おっきくなったら反動でみんなエバリくさりだすのでは?と心配になる。しかし、花とか金魚とかでスッと清涼感を醸し出すあたり、イランの映画作家たちはある種天才的だ。残りはトルコのユルマズ・ギュネイ監督の「路」。さすがに立て続けに見て疲れたので、これはまた明日以降に。

7月14日(土)
 例の学校が終わって以来、土日はご在宅というパターンが続いている。平日いくらでも出かけられるのだから、わざわざ町が混む休日に出かける必然性がないため。遠出して遊ぶ程に金も無いし。そんなわけでこの日も旅プラン練りやら読書やらヴィデオ鑑賞等で過ごすが、僕の部屋は風があまり抜けていかない上にエアコンがないので暑いことこのうえない。昨年あたりはまだしも、今年はかなり耐え難いものがある。しかし暑さで鈍る頭をニール・ヤングの爆音で覚醒させ、旅費の金策を練らにゃならん。昨日のような事情↓でシティバンクの外貨をおろせなくても、旅費の工面はどうにか可能だ。しかし、トルコとインド(道中、シティの支店があるらしいのは、この2ヶ国のみ)でキャッシュが確実におろせるということが前提。あまり大金を持たずに旅立つのはいいが、足りない分は現地調達ってのは何ともリスキー。アメリカやヨーロッパでならこの方法は充分有効なのだけど。おろせなければ、旅はその地でゲーム・オーヴァーとなる。ま、それはそれでいーのかも。ただその場合、最後の地は、帰りの航空券がカードで購入可能な程度の国であることが必要。そんなスタンスも案外いいかな。“なるよーになるさ”を学べる?のも旅の効用かも知れんしね。どーなることやら、ナハハハハ(何か投げやり)。

7月13日(金)
 そこそこ寝られたが、ベッドから這い出したのは9時過ぎ。しかし暑いね。東南アジアだってこんなに暑くなかった気が。地球温暖化恐ろしや。新宿へ。沖縄そば屋で麩チャンプルー定食の後、早めに劇場へ。本日のメインはスピルバーグの「A.I.」。果たして「E.T.」(特に思い入れなし)以来の画期的作品なのか?確かにいつもの調子とは違い、子役が熱演するもキューブリック的な無機質さがある。同テーマと言える「メトロポリス」よりは話も練られている。しかし、何とも長い映画でここまでいくかぁって展開。確かにこういう話は現実になりつつはあるけど、だから何だって言うか。犬を溺愛する我が両親を見るにつけ、あの犬おっ死んだらアイボでも買ってやらにゃなどとは思うが。見終わって依然暑い町中へ出て、厳しい現実に思い当たる。外貨の準備をせにゃならんのに、シティバンクの定期預金をまだ解約してなかったではないか(ドル、ポンド定期預金の満期は8月3日以降だった)。途中解約は出来ないから、旅用のトラヴェラーズ・チェックが用意できないではないか!?ぐじぇ〜、この状況下では株も売れないし・・・。やっぱ出発は9日かあ???

7月12日(木)
 最近、疲れて無さ過ぎ故か?また寝付けない。3時位かね?7時には目覚めはしたが、当然運動はまたチャラ。ロシア領事館行きもまだ余裕あるだろうと、結局8時半に起き出す。ぼ〜っとしたまま神谷町へ。申請用紙には本籍地や勤務先住所等を記入。因みに勤務先名は、前に親がやっていた不動産事務所のを借用。で、その用紙と例の汚いファクスとパスポート、写真1枚(だけだった)を提出。怖そうなおっさん担当者を避けようとしたが、順番上その人に出す。しばらくすると、7000、19といった数字の書いた紙片を渡される。7000はヴィザ代、19は受領日の意味らしい。マジ?アッサリ申請受領?その紙片を7000円と共に隣の窓口の女性に“パジャルスタ”(プリーズ)と渡すと、領収書をくれた。思わず“スパシーバ”と言うと、その担当のおばちゃんチラと笑顔(もっとも礼を言われるのはこっちだと思うが)。思わず“ワオ〜!”と叫びたくなるが警備員のいる手前避け、代わりに出てきた鼻歌が“カチューシャ”とは、何か情けない。ま、とにもかくにもロシア・ヴィザ、来週には受け取れるらしい。いよいよ、わずか3週間後に出発決定だ〜!て〜へんだ、て〜へんだ。コーフンのうちに築地へ。ランチ後、少し睡眠を取るべくマンガ喫茶へ行くが熟睡は出来ず。意を決して1000円床屋へ。いざとなるとボーボーの髪でも切ってしまうのも惜しい気がしたが、ハラを決める意味あいでバッサリやる。結局また丸刈り。少し色付けでもしようかと思うが。鏡に写るのは、ものの見事に別人。どうせなら刈る前に悪事でも働いておくべきだったか?洗髪も兼ね、銀座の銭湯へ行きサッパリしまくる。明日なら無料だったそうな。歩いてすぐのフレッシュネス・バーガーで湯上がりの一杯。髪の毛を切ったことで緊張感は否が応にも高まった。襟にサラサラ来るのがなくなったことで、何か孤独感さえ湧いてきた。さて、わざわざ日中睡眠を取ろうとしたのは、夜、韓国の伝統芸能を見るため。葛飾の青砥なんてとこまでいき、国民的物語「春香伝」のパンソリ等を見る。う〜ん、やはり日本の伝統芸能とスピード感が同じというか、馴れないと、ちと辛いものもある。終演10時近く。坊主頭を親に見られぬよう?深夜こっそりとご帰還。

7月11日(水)
 やはり8時の壁は厚い。結局9時半起き、もいーや。11時近くに出て、まずは池袋で眼鏡の受取。まだレンズの色が薄い気がするがヨシとする。東京駅へ。検疫所でHIV検査!英語の証明書をつけると6千円とのことで、本当に必要なのかハッキリしないので躊躇するが、まあ受けてはみたかったのでヨシとする(暑いせいか何かエー加減)。要は血液採取のみである。ランチ後銀座へ。ヘアカットに備えGAPで帽子を購入。シャンテで中国映画「こころの湯」。風呂好きの僕には何ともそそられるタイトル。「山の郵便配達」同様、アジアの価値観が反映された好篇。もっとも、僕自身の中国人に対する印象は、これらの映画で描かれる誠実に仕事をこなす人々とはかけ離れたものがあるが。本日のクライマックスは帰宅後。早くて来週のはずだったロシアへの招待状(らしきもの)のファクスが届いていたのだ。う〜ん、善は急げってことで、急遽、明日は神谷町のロシア領事館へ赴くか。しかしなあ、こんな汚ねーファクス1枚でホントにヴィザの申請できんのかいな?聞いた話では、モスクワは日本の領事館宛にテレックスを送ったはずだが、日本の方では受け取ってないだなんだ、そんなんで申請を受け付けてもらえないことがママあるとかかんとか・・・結局、来週結果が判明するHIV検査は意味無しだなあ、これじゃ。ポジティヴが出たら別だけどもね。しかしまあ、うまくいけば、いよいよ旅立ちのメドがつき、来週からはムチャクチャ忙しくなる。一か八か行ってみやしょー。緊張の一夜・・・最大の問題は7時に起きられるか否かってこと(苦笑)。

7月10日(火)
 クソ、寝てから3時間位で目が覚める。また運動ダメだ。結局10時近くまで寝ていてご在宅となる、ヤレヤレ。ならいっそネット絡みの事を色々進捗させんとす。まずはAOLに新加入。代わりにAT&Tは、料金の問題もあって近々解約予定。トライポッドでのウエブ上のサイト更新テスト。これはノー・プロブレム。今回の旅ではネット・カフェで概ね用が足りるかも。そして日本語環境の無いPCでも日本語入力をするためにマイクロソフトのグローバルIMEをダウンロード。ただし、これが本当に使えるかは海外でやってみないとわからないが・・・更に、国際電話で海外通信実験、今日はロシア篇。グリックのローミングでは概ね成功。たかだか数分のアクセスでも電話料金がバカになんないんだよね。しかしAOLは問題。何じゃありゃ、すっごいわかりにくい。本当に料金無料になってるのかも釈然としないし使いでよくねーなー。あ〜、それにつけてもスムーズに取れるのかロシア・ヴィザ。色々不安を煽られる情報が・・・ここにきて取れません、なんて無しだぜ〜。今晩こそは平和な眠りを!

7月9日(月)
 ぐじぇ〜(ロシア語で“どこ?”を表す語だけど、ここでは単なる感嘆符)、眠れん!昨日、寝過ぎたのか何だか知らないが、朝6時まで一睡も出来ず。やうやく眠りに落ちたものの、起きたのはやはり昼過ぎ。しどい・・・既に半日ドブ。残り物ランチの後、ともかく外出。池袋で一ヶ月間の定期を購入。無職でも何げに定期は買える。これって違法?とりあえずお茶の水へ出て、土曜↓に買ったコンパチ・パンツの返品、そして別のを購入し直し。それでたまったポイントで、旅用の貴重品腹巻を買う。CD屋寄ったりしてたら、もう夕方。霞ヶ関へ出て、スタバでロシア語予習。本日はネイティヴさんが来るので、いつになく力入る。クラス途中で現れた、23歳日本語学習中の留学生マーシャ嬢。意外や小柄で細身、そしてなかなか美形。浴衣姿の画像入り名刺に、思わず“クラスィーバ(ビューチフル)!”。しかし、教わっていた発音が結構通じなかったり、やはりネイティヴとの意志疎通の難しさを思い知る。結局、会話集頼みレベルの旅になりそうだわなあ。終了後、最後と言うことでみんなで文字通りのお茶。話聴くと、やっぱロシア庶民の生活は厳しいよう。マーシャ嬢(マリアの愛称)はハバロフスク生まれのカムチャツカ在住。カムチャには野生のクマさんがいっぱいいるそーです。散会の後、男3人で溜池山王のアイリッシュ・パブで一杯、和やかに旅談義。例の何げに旅達人の地方公務員氏に“ここはハズせない!トルコ”を伝授してもらう。ワタクシの終電の都合、あまり時間はなかったけど機会あれば出発前にまた飲もうとメール交換。ギネス2杯しか飲んでないので、意識てんで良好。終電2本前でめでたくご帰還。いくら何でも今晩はよく眠れるでありましょー。

7月8日(日)
 ご在宅の日こそ色々やらにゃならんことある今日この頃なのになあ、11時起き(泣)。何かこのとこ全身やたらダニに食われて痒い痒い。東南アジアの安宿でもこんなこたなかったが。風が通過しない角部屋のため、湿気が滞留故か(因みにエアコン無)?とにかくまずは、明日最後のロシア語講座に向けてのお勉強。午後は、レゲエ→ソン→フラメンコ→アフロビート→島唄、と、あまりにも短絡的な夏版セレクションでCD鳴らしつつ旅プラン。一応、大まかな旅程をサイトに出したのでご興味のある方はご参照の程を。で、夕食にゴーヤチャンプルーが出たり(笑)。NHK大好きの我した両親、「ちゅらさん」の影響大なのさー(堺正章風ウチナーグチ)。かくしてまた1週間が過ぎる。いよいよもって焦ってきたぞ〜。

7月7日(土)
 ウ〜ン、相変わらず何か不調。どーしても8時の壁が超えられない。またぞろコンビニで「歩き方」を大量コピーした後、11時過ぎに出る。神保町に出てアウトドア店をまわる。母親用又は自分用にコンパチ・パンツをまた買う。旅持参用薬品類とロシア語会話集も。そうこうしていたら、もう4時。タンゴの流れるミロンガでオリオンビールにジャンバラヤ。ここ雰囲気はいいけど高い。して、今宵はライヴってことで会場に向かうが、ありゃ、会場はパンセホールなのに、カザルスホールに来ていた・・パンセってどこじゃ?開演まで後5分なので遅刻必至。電話で住所聴いた後、苦し紛れにタクシー拾うが運チャンもわからない。ボロボロの地図を頼りにどうにか会場に着いた時は開演10分過ぎ。しかし、沖縄の唄者だけあってスケジュールも沖縄タイム。15分過ぎてやっとスタート(ライヴの模様は明日以降にこちらで)。この人のライヴは長引くぞの予想通り、終演は8時半近く。東京ドーム側を通って行くと、そちらでは“アユ”がライヴ中だった。所持金乏しかったので、帰宅して後、泡盛飲む。

7月6日(金)
 2日前だったか、カンボジアはプノンペンのホンコン・ホテルがボッカ〜ン!キャピトルにお泊まりのパッカーさんたち、さぞビビったでせうなあ、と今となってはヒト事・・・とまれ、暑さも幾分控え目なこの日は、沖縄民謡やレゲエを聴きつ、サイトの次回ツアー・ページの構成を練る。このところ人の旅行記を色々読んで思ったけど、長い文章読むのはホントしんどい!かくいう自分の旅日記こそシンドイ典型故、文章だけでなく、もっと旅の情報を提供するような形に構成し直しを図る。しかし、どーも凝ったサイトを作るのは苦手。終いにゃイヤんなってきて、またヴィデオ見出したり。出発前に完成するかなあ、この調子で。

7月5日(木)
 オヤジ+犬が明け方4時半頃からバタバタやりだす。全くヒマだよなあと二度寝して目覚めたのは9時過ぎ。昨日からの舌炎は更に膨張。サトウ製薬の口内炎軟膏は全く効きめなし(返品してやる)。僕は胃腸が弱いせいか、ちと強い酒飲んだりすると、すぐ口内炎や舌炎ができる。些細なもんだけど、これ程煩わしいものはない。そんな不調を引きずりつつも銀座へ。旧勤務先後輩とインド料理。サイト引越の原因は元を質せば彼の口が原因。だからってわけじゃないが、もう会うのは最後かも(こちらが死なずに帰還すれば再会の可能性あるが)。映画「ハムナプトラ2」に行くが、3分の1位は寝ていた。っていうか、そもそも別に観なくてもよかった映画だな、ありゃ。音楽の友T氏とでも飲むかとTELするが、ご多忙とのこと。仕方なく一人パブでキルケニーを2杯。何だかまた無為な1日也。この異常な暑さ、誰か何とかして。

7月4日(水)
 ぐえ〜暑い。11時近くに起きたが、まだ眠い。情けないけど、早くも夏バテみたいな感じ。この調子で4月最暑期のインドに耐えられるんだろか?とにかく眠くてだるくて何もやる気がしない。グタ〜っとウチの怠け犬のようにゴロゴロするばかり。なぜかフェイ・ウォンが中井貴一と共演のドラマとか、MTVムーヴィー・アウォーズとか、イラン映画の「運動靴と赤い金魚」とかヴィデオは色々見る。ついでに読書も。肝心の旅プラン等にかかるには、頭が働かない。夜になってもこの調子は変わらず。舌炎も出来てるし、実は体調が不良?早いとこ寝て、明日朝の調子を見るとしよう。

7月3日(火)
 またまた暑い日でダラダラと寝床から這い出したのが10時過ぎ。振り込まれていた失業給付をおろして東上線沿線の下赤塚駅へ行き、40代元経営者のS氏とおちあう。英会話で知り合い、その途中で足を骨折し未だ入院中の50代屋根職人兼会社経営者のT氏をお見舞い。バスケの選手なんかは骨折しても4週間程度で復帰してくるが、パンピーはさすがにそうはいかない。T氏の入院は都合2ヶ月に及ぶとのこと。でも、労災やら保険やらで結構収入があるそうな。ゼネコン関連の業態ながら、8月以降は仕事の発注がいっぱいだとか。一頻り英会話談義などし、回復したらフィリピン・パブ(T氏の好み)に行こうと話す。病院を出て、成増駅近くの店でS氏と飲み。主にS氏の好きなハリウッド映画ネタで。2件目はショットバーのような店。この辺にこういう店が少ないせいか、英語系の人間の溜まり場と化していて、S氏が通うNOVAの教師やら仲間やらも現れ、テキトーな外国語(英語、イタリア語、ロシア語等)を交えつつ飲む。S氏の英会話仲間で某老舗和菓子屋勤務のゴージャスな人妻さんに未練を残しつ?終電1本前で辛くもご帰還。

7月2日(月)
 8時に起きるも、この時間に起きるとなると、やたら眠かったり。例によってロシア語講座の録画見た後、外出。本来は先月限りだったはずの駐輪場を1ヶ月更新。池袋でランチの後、レンズを交換に出した眼鏡を取りにいくが、色付きだったはずの韓国製品はフツーの眼鏡と化してしまっている。色の濃いレンズに変えよと、追加料金無しで作り直しを要求。こーゆーずーずーしさは確実に身に付きつつある。晴海のジムが休みらしいので新宿で運動。近くのカフェテリアで水分補給兼予習の後、ロシア語へ。最終の来週はゲストにロシア女性を招くとのことで、楽しみ。終了後、地方公務員のM氏と文字通り“お茶”する。何げに旅の達人と言うのはいるものだ。今は外務省・危険地域に指定の中央アジア(・・スタン系)なんかも回られている他、アラビア語やラテン語も学ばれているとか。正直言ってロシアにはさして魅力を感じず、アジアとヨーロッパの交錯する中東エリアに惹かれるという点では意見が一致し、来週は飲もうと約束する。そう、ロシアってのは今回の旅の最大の難物ながら、所詮はスタート地に過ぎない。国土のあまりのデカさ故1ヶ月を要するも、正直言って“早く通過してしまいたい国”でもあったりする。国民の4分の1を占める!アル中どもに絡まれたりしたかないもんね。まあ、我がジイさんの愛した国(これについては、いずれ旅行記で書きませう)ではあるんだけど・・・ロシア通過後のイスラム圏、トルコ、シリア、ヨルダン、エジプト、イラン、パキスタン、そして、定番のインド、ネパールと・・・温暖にして(本日のような酷暑の地もあろうが)人も食物もスパイシーな国々が、我が到来を今や遅しと待ちかまえている(わきゃないか)のだ!

7月1日(日)
 ようやくロシア・ヴィザを申請するための招待状を申請する(色々手間がかかるのだ、全く)用紙が送られてきたけど、問題は“職業欄”。業務用ヴィザの申請に“無職”はまずいだろーね、やっぱり。となると、恥を偲んで旧勤務先名を書くか、それとも父親が以前やってた社名でも書いておくか。しかし、テキトー書くと入国時につっこまれそうで怖い。仮に申請は済んだとして、ロシア以後の国でも、職業をどう名乗るかは問題だ。前回の東南アジア旅行では、前半は“ライター”を名乗ったり。でも、これは“ジャーナリスト”と解釈されて国によっては問題になる場合があるので、中国あたりからは“学生”にチェンジ。しかし、今回はヨーロッパの国もいくつか行く予定で、あの辺は、“学生”に対するチェックが厳しい(学生の特典が大きいので)らしいので、これもマズイ。旅の恥はカキステじゃないけど、別に海外で見栄を張る気は毛頭ないので、正直に“無職”で問題が無ければ、それで一向に構わんのだけど。かくなる上は、ネット掲示板カキコまくり作戦でご意見を徴収すっか。出発予定日は1ヶ月後に迫った!間に合うのかなあ、こんな調子で・・・

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