露・土・印 旅日記
・10月22日(月) ワン → ディヤルバクル ま、何てこたない移動デー
また起きたの9時。ディヤルバクル行きバスは頻発らしいので、まあ昼頃までに乗れればいいかと思って。ただ午後過ぎはバスが無くなるらしい。バカ荷物の整理にてまどって、11時近くになってしまう。安いバックパックは途中で開かないので、荷物はいちいち全部引っ張り出さねばならない。で、朝食抜きで出る。行きに乗ったワン・セヤハットのオフィスへ行くと愛想が悪かったので、向いのベスト・ワンへ。こちらは行くなり握手、コロンヤ。こっちに決まり。カルス同様、切符買ってなくてもセルヴィス利用できるみたい。乗ろうと思ったら、いきなり何だかのパレードが来て車移動。今日は祝日?来週は確か建国記念日か何かなのだが。パレードの女学生が僕の方見て、“チン(中国人)、キャアキャア”みたいに言ってたのはショックだなあ。
オトガルに着いて12時発の切符を買ってロカンタへ。例によって朝昼兼用でバクバク食べておく。チャイ飲んで大用も足してアイム・レディ。添乗員ありの大型バスは、ハタイ(アンタクヤ)行きの長距離ものだった。車中ではひたすらテープ聞いてる。警戒がものものしくて3回程パスポート・チェックあり。一度は荷物チェックまで。僕のはデイパックだけのチェックで済んだけど。約3時間程でビトリスという町へ。ここの近くには隕石落下後に水がたまってできたというネムルト湖とか、いくつかの遺跡とかもあるらしく、ホントは寄ってみたかった。1ヶ所位はガイドに載ってない町も寄ってみたかったしね。町中にドーンと城がある。家並みもサフランボルを彷彿とさせる味わい。結局、今回はパスしたけど、どなたかこれから行かれる方は、ビトリス、チェックしてみて下さいな。
東に向うバスは無愛想なものが多かったが、西へ向うものは、ちゃんとコロンヤや水、チャイのサービスがある。前の席に英語を話すディヤルバクルの学生。斜め前には、何やらベールを被った独特なファッションの眼光鋭きおじさん。クルド人自治独立組織の人だったりして、誘拐でもされんかなあと心配したり。停車の多いバスで、その度に他の乗客に声をかけられる。ベールおじさんも僕に興味を持ったらしく、ちと話す。クルディッシュだけどアラブの人らしい。シャンルウルファへ行くそうな。お前はアフガンか?と言われた(割とおじさんにはよく間違われる)。やばいなあ。最後の方は前の席の学生が隣に来て話す。彼はワン出身で、里帰りから戻るとこ。ディヤルバクルは、まあ1日で充分だろうとのこと。クルディッシュはタルカンが嫌いという話は初めて聞いた。明日はヒマなので案内してくれるっぽい話も出たけど、結局、オトガルで何気に別れた。ちと残念。
結局7時間かかった。ドルムシュで市内に出て、目的のマルコッチ・ホテルへ。7ミリオンでシャワー・トイレ、エアコン、テレビつき、おまけに部屋も広い。この辺の宿は概してレベル高いらしい。近所にビラハネが多いらしいので一杯飲みに。この辺まで来ると、あまり寒くないのがありがたい。確かに5,6軒ビラハネあり。おっさんたちに交じってビール1杯。宿近くのロカンタでパチャを食べるつもりだったが、ケバブ&キョフテの屋台があり、うまそうなのでそこへ。焼立てのキョフテをかじっていると、声をかけてくる兄ちゃんが。どうやら代理店の人間らしい。それと彼の友達という、日本語を少し話せるどこだかの先生と、カナダ人旅行者も加わる。近くのチャイハネで話そうてなことになり、まあチャイが飲みたかったので少し付き合う。町から100km程離れたとこに何たら洞窟というのがあり、そこへ行かないかと勧誘されるが、まあここは城壁とティグリス川が見られれば充分なので断る。でも、チャイに何か入ってやせんかと少し警戒したけど。この町は、何やら接触してくる人物は多い。
宿へ戻ると、ただチャイ・サービスあり。悪くないホテルっす。シャワーつきの宿で前々からやりたかったことを実行。それは靴洗い。靴の中がきったなくて、靴下がやたら汚れるのだ。前回の東南アジアの際はアディダスのスニーカーだったが、あの靴は汚れ落ちもいいし丈夫だった。今回はプーマだが、こっちは汚れがおちにくいし、たった2ヶ月ちょいで、ところどころ傷んできてる。これ最後まで持たないかも。とにかく、イスタンブールで学生のコバヤシさんからもらった洗剤とスィワスで買ったタワシ?でガシゴシ湯で洗う。一晩位湯につけないとダメそう。乾くのを待ってたら数日必要だろうから、しばらくはサンダルで。それにしても何だか知らないけど、旅するうちに足が臭くなってる気が。靴履いてることが多いからかなあ?
本日の出費:宿代x3 1800万L バス代1000万L 朝兼昼食250万L 水25万L ビスケット50万L チャイ25万L
トイレ15+20万L ラフマジュン40万L 飴25万L ドルムシュ35万L ビール100万L キョフテ150万L 計3535万L

・10月23日(火) ディヤルバクル 2日目 腹ふくるれば心安らかなり
また9時起き。光が入ってこない部屋では早起きは無理すね。宿は朝食ありだが、フロント脇に置かれたテーブルで、寂しくモソモソ食べる。明日は外にしよう。まあ、市内さして見るとこもないだろうからノンビリ出る。観光せにゃっていうプレッシャーがないと、かえってラク。この町と言えば、何と言ってもティグリス川である。ユーフラテス川と共に、あのメソポタミア文明を育んだ歴史に燦然と名を残す川であります。まずはダーカプから、万里の長城に次ぐ長さを誇ると言う城壁に沿って西へ向う。ヒマガキのちょかいをかわしつつ辿り着いた川の見える場所。しかし、悠久の、と思われたティグリス川は、どうにも絵にならないショボイ川だった(右画像)・・・
またダーカピに引き返し、今度は城壁内を西へ。路地のような細い道へ。女学生に話かけられたりもしたが、基本的には学校にゃ行ってねえんかあって子供がウジャウジャいるばかり。でもって、トルコには珍しく、ゴミが多くて汚くて臭い。インドなんかは国全体がこの調子なんだろなあとか、ふと思ったり。とまれ、イスタンブールもそうだったけど、何だか城壁沿いの集落というのは、どうも貧しそうなのが目立つ。こりゃあ観光客の歩くとこじゃないなあと思い、早くまともなとこに出ないかと歩くが、ずーっと同じ調子なのでウンザリ。ただ、大人の目の届く範囲なためか、意外にガキんちょがパラ、パラ(金、金)言ってこないのは、せめてもの救い。ようやっとケルヴァンサライ・ホテルのある大きな通りに出て、ホッとする。
そこからはしばし市場が続く。市内の見所はこの辺に固まっていて、例によってのウル・ジャミィとかあるが、4本足のミナーレとやらはまたしょぼかった。ウ〜ンつまらねえな、ここ。こりゃあ別に寄る必要なかったとこじゃない?とにかく昼時になったので宿近くへ戻り、ケバビスタンというロカンタでランチ。イチリ・キョフテが食べたかったが無し。パチャと煮込み風の何やらケバブ。パチャはちと臭みがあって、ワンで食べたものの方が断然うまかった。正直言ってこの食堂、期待はずれ。トルコ人の食べっぷりを眺めていたが、生のタマネギやシシトウをガリガリ齧ってた。風邪は引かなそうですね。
城壁ウォーキングはもう半分残っているが、また汚い通りを歩くのはいやなので、早くもネット・カフェで時間つぶし。1軒目はフロッピーがダメで、その少し先の店へ。どうやら、そこ、ケント・エヴィなる店が、CD−Rを焼いてくれたりもするという噂の店のよう。しっかり日本語環境があった。ところがFTP転送に関しては絶不調で、全くサイトの更新できず。ファイルがドンドンたまっていくなあ。東部を出ない限りは無理そう。プリントが出来るとこだったので、シティバンクのインドの支店情報をプリントアウトしてもらった。再び城壁歩きスタートという矢先、何やら学生らしい眼鏡男に引きとめられる。かなり拙い英語で、“金が欲しいとかじゃなくて、英語の勉強をしたいから少しつきあってくれ”と言うのだ。他の国、日本でさえ、“手相の勉強したい”なんてヌカす奴は、他の邪な目的があるのがバレバレなのだが、ここトルコに関しては、そうとは限らない。大体その学生、人には騙されても、人は騙せそうも無いって顔をしているし。で、チャイ・エヴィでしばし話す。
しかしその学生の英語は相当に拙くて、結構何が言いたいのか理解に苦しむ。“キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ?”とか会話中にやたら聞いてきて、だったら、オレが今話してるのは何語なんだよ!とムッときたり。いつぞや、トルコの失業率は70%!てな話を聞いたけども、それは本当かいな?と聞くと、本当だという。確かにトルコにはヒマ人がウジャウジャいるが、失業率7割という状態で国は成り立っていくものなのか?テロの事にも話題が及び、彼曰く、“アメリカはいつかダメになる、イスラムが最後には勝利する”的な発言も。別にガチガチ愛国者ってわけでもなさそうだが、こいつ頭はあまりよくないんじゃないかぁ?と思えてきたり。教会を見に行こうとかいうことになり、彼もあまり道を知らないらしく、あちこちで聞いて辿り着いたはいいが閉まっていた。途中、ケバブ屋に寄り、ケバサン一緒に食おうとか言うが、こっちは腹減ってないし、大体ケバサンなんか飽き飽きなんだから。それでも“ウマイから食べろ”とかしつこく言うので、少しキレかかる。店によってケバブの味に大きな違いがあるんか?!どこも全く同じにしか思えんぞ!
いやあ、トルコにもこういうはずしまくる人っているんですね。風貌もさえなくて、ガールフレンドはやはりいないらしい。そりゃもてないだろうなあ、この人、悪いけど。オレだって一緒にいて退屈してきたよ。彼のお好みは眼鏡の女性なのだそうだ、どーでもいーけど。ハッキリ言って彼について歩いても、どこか気の利いたとこに連れてってくれるとかは全く期待できそうもない。で、頃合を見計らってオサラバすることに。無理に引きとめたりしないのは、やはりトルコ人。実際、邪な気は全く無かったみたい。ま、悪いけど、昨日のバスで会ったみたいなクレヴァーな学生だったら良かったんだけどねえ。どうせならキュートな女子大生とかさあ、そりゃ無理か。
彼のトロトロにつきあっていたら、もう夕方。ちとトルコ・リラも少なくなってきたので、銀行でおろすことに。T・C某銀行のATMは、シティカードOKだったが、1億リラおろすべきとこを間違えて1千万リラしかおろさず。で、もう一回。ま、これでイスタンブールまではもつでしょ。夕暮れ時にまた城壁周辺を歩く気にはなれないので一旦宿に戻る。すると、何とこの宿は部屋の掃除あり。ずっと掃除なんかしない宿しか泊まってなかったので、ちとドッキリ。シャワー室で靴洗ったのがバレたな。とまれ6時半頃再び外出。ビラハネ密集地帯の店に入り、今日はいきなりラクいく。フルーツつまみに。空きっ腹にラクは効き目バツグンなので1杯でやめて夕食へ。朝、ティグリス川を見に行く途中で通った城壁外側西方面の道沿いには、サチ・タワの看板が目立った。本来、カッパドキア名物の羊肉鉄板焼だが、久々に食べたくなり賑わっている店へ。
4、5軒並んでいたが、入ってる店とそうでない店が異様にハッキリしている。そこ、レゼップ・ウスタなる店は女性客も多い。注文すると、サラダと共に、ヨーグルトになる一歩手前みたいなのがお椀で出てきた。そのまま食べるそうだ。更にアイラン飲み放題。そしてサチ・タワは肉タップリというか、ほとんど肉。ライスの代わりにユフカ(薄いパン)が4、5枚。うまいしボリューム満点。おまけに食後のデザートつき。何やら豆と米とをこしたようなもので、甘さ控えめで上品な味。メニューには、イルミク・タトルスとか書かれていた。イヤー、大満足!さっきまでディヤルバクルなんぞ来る必要なしとか言ってたのが、これ食べるためだけでも来てよかったとか思えてきた。宿への帰路、立ち並ぶケバブ屋台もいい感じ。うん、ここはメシ食いに来るにはいいとこかも。宿のフロントでチャイをゴチになり、上機嫌でお部屋に戻ったのでありました。
本日の出費:バンドエイド200万L コカコーラ75万L トイレ15万L 昼食300万L ネット35万L
プリント代100万L ラク+つまみ260万L 夕食400万L 計1385万L
→ 最後の大物ネムルトを見に キャフタ へ
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