東南アジア旅日記
・12月13日(水) ハノイ → ハロン湾ツアー 寒いばかりのヒマヒマ・ツアー
6時に隣のベッドの目覚ましで起きる。どうやら二人も、ハロン湾ツアーへ行く気らしいが、なぜか彼らは2泊3日のツアーにしたようだ。果たして、そこが2泊するほどの所なのかどうかはわからないが。ツアーで行こうと思ったのは、片道4時間かかる上、宿代やボート代を考えると、食事も込みで15ドルで済むツアーの方が、お得ではと思えたからだ。とにもかくにも、明日には彼らと別れられるということだ。明日の部屋代が上がるのは止む無しか。ペースの合わない連中と一緒というのは、返って疲れるもの。もっとも、ペースが合う奴がいるのか?とも思うが。サササと用意をし、朝食を買いに外へ。宿の並びの店で中華まんを3つ、12000Dで買う。近くに集合し、8時にバスが来る。白人勢で満員で、他の二人とは席が別々になる。後方にアジア系の若い女の子が二人いるのが気になる。ヴェトナム・ジモティらしいがなかなかキュート。あの二人となんぞより、彼女らとお友達になりたい。
道中はひたすら寝る。何せ、最小限の装備で、ガイドブックさえ持ってこなかった。全財産の腰巻やパスポートも宿だ。トイレ休憩でコーヒーを飲む。3人で食事代をシェアするというのも、うざい理由の一つだが、最近は誰かがその場はおごるというケースが増えている。後半は結構悪路で、昼過ぎにハロン市に到着。温泉街のようなところで昼食。メニューは、魚の煮物、キャベツの炒め物、ポテトフライ、揚げ春巻、イカと野菜の炒め物、ご飯。外人にしては珍しいものなのかも知れないが、日本人にしてみれば、フツーの中華屋のメシといったところ。昼食後は、露天で果物を買う位しかすることがないが、他の二人は、しっかりビアホイを飲んでいた。アメリカンのジョンは、ビアホイ・クレイジーと化している。
昼食後、ハロン湾をボートでクルーズ。ヴェトナムの桂林と呼ばれる隆起した岩は見物ではあるが、生憎の曇天に加え、ここはハノイより寒い。ビーチなのだから暖かいのだろうと思って、セーターも持ってこなかったので、気が重くなる。おまけにボートはスロー。することがなく、デッキでボーっとするばかり。アメリカンのジョンが、珍しくしみじみと“日本に帰りたいと思うか?”などと聞くので、“ま、とりあえずは一度帰りたい”と言うと、彼は、アメリカには当分帰りたくないと言う。インドやらどこやら色々行きたいところがあるし、アメリカなんぞに帰ったって・・・と言いたげだ。彼は、ノリは全くアメリカンだが、割と白人嫌いで、とりわけ、アメリカンとフレンチの皮肉をよく言う。それで、敢えて日本人と付き合っていたりするのかも知れない。ツルツルした、一見、無邪気そうな顔の彼だが、意外にアウトサイダー的気質の持ち主のようだ。退屈なのはアメリカも日本も同様なのだろう。
2時間近くかけて、洞窟のある島へ。洞窟内はかなり広いが、灯りが点いていたり、観光用に整備されていて、何か人工の産物に思えないこともない(右画像)。ホーチミン廊と同様、ここでもゴミ箱は、なぜかペンギン型だ。ヴェトナムにペンギンがいるわけもないのに。この後は、宿泊地であるキャトバ島へ向かうが、これがまた長い道のり。夕方になって気温も下がってきたので、船内でひたすらボーっとするより、やることがない。カード・ゲームに精を出す連中なぞ眺めるうち、何だかまた腹の調子が悪くなってきた。ヤレヤレ。6時にやっと島へ到着。これがまた何も無い島だ。ホテルは、またしても例の二人との3人部屋になる。キュートなヴェトナミーズ・ガールズは別の宿だった(泣)。ま、ツアーの間は白人たちの中で浮くのも何だから、彼らといるのも構わないが。二人は夕食前に、またしてもビアホイ処を捜すというが、こちらは、早速便所へ。案の定、下っている。中国の風邪がしつこくぶり返すわけ?夕食も昼と同じようなメニュー。それ程うまいとは思えないが、白人たちはよく食う。寝酒用にハリダ・ビール(アルコール度5%)を一本頼むが、またジョンの驕り。この辺、多少、悪いと言えば悪い気がする。
またしてもビアホイ捜しに行った二人に対し、こちらは、部屋で大人しく過ごす。パソコンは置いてきたし、本も無いし、おまけにテレビは1チャンネルしか映らず、本当に暇。こんな暇ならハノイにいた方がよかったかも?シャワーを浴びるのも控える。二人は10時過ぎに帰ってくるが、そそくさと寝てしまい、むしろ、日本人に借りたガイドブック「メコンの国から」を読んでいたこっちの方が、夜更かしをしてしまう。旅程はじっくり練られた。しかし、明日、マジで泳ぐわけ?この寒さで・・・

・12月14日(木) ハロン湾ツアー 2日目 アローン・アゲイン
6時半に隣のベッドの目覚ましが鳴る。7時50分かと思っていた朝食は、7時15分だったのだ。朝は、卵焼きのフランスパン挟み。ジョンは“フォーが食べたい”と騒いでいたが、まだ1回しか食べたことない上に、僕が教えるまで知らなかった癖に調子がいい。ジョンが知り合ったカナダ人夫妻の奥さんが、下痢によく効くという薬をくれた。こういうとこ白人というのは割と親切だが、ジョンのやつめ、人が下痢してることを喋ったな。もっとも今朝はそれ程でもなかったので、下痢特効薬は本格的な時用にキープしておく。ここで、1泊2日組は、船でハロン市へ。2泊3日組は島のトレッキングということで、自然、二人ともアッサリ別れることになる。合流したのは、あまり馴染みなかった白人勢ばかり。キュート・ガールズたちともお別れだ、残念。
さすがにスイミングはないらしく、ただハロン市を目指して、例のトロトロ・ボートで行くだけ。晴れていれば、まだマシなのにと思っていたら、ようやく晴れ間が。デッキで日向ぼっこ。相変わらずボーっとするしか、することはないのだけど。昼に着いて昼食。添乗員は昨日とは替わっている。この添乗さんたち、段取りが今イチで、昼食後、何時にどこへ集合みたいなことをキチンと伝えないものだから、集合が無茶苦茶になった。こちらは、しっかり当初からいたメンバーの顔が見えるところにいたからいいものを。7,8人がバスに乗り遅れ、出発が遅れる。運転手が怒りだし、添乗員に掴み掛らんとするような一幕もあったが、あれは添乗の方のミスでしょう。後はもうハノイに戻るだけなのだけど、やー、それにしても暇。寝るのにも飽きた位。この辺の子供はハノイの子と違って、純朴そうで、バスを見ると手を振ってきたりする。
ハロン市周辺の悪路で、中国やラオスでのバス旅行を思い出した。あの時はそういうもんだと思って諦めていたが、ツアーで悪路ってのはいやなもんだ。旅も後半に至って、そろそろ、帰ることを意識し始め、何となく、守りの姿勢に入ってきている。もう悪路行きバスは乗りたくないなあとか、埃まみれになりたくないなあとか。しかし、旅程上、ホイアン→ホーチミン、ホーチミン→プノンペン、プノンペン→シェムリアップ、ヤンゴン→バガンと、長めのバス道中は、まだいくつか控えている。耐えられるのかしら?何か、最後の晩はどう過ごそうかとか考え出している今日この頃。やっぱり、長いようで2ヶ月半というのは短くて、ちょっとこれからは慌しくなりそう。終わりを気にしない旅というのが、やはり理想だろう。
6時にハノイに到着したのはいいが、行きと同じ宿近くではなく、例の人形劇場の前に停まった。地図があれば雑作も無いが、何も持っていないので、宿までの道がよくわからない。プリンスという名の宿があったので、近くかと思い、まわりをウロウロするも、見知らぬ通りに出るばかり。白人旅行者に聞いたり、別のプリンスで聞いたりするうち、何だかエライ見当違いのところを歩いていることに気づく。夕方時のラッシュで、バイクのクラクションがやたらうるさく、焦るこちらの気を見透かすように、バイクタクシーや自転車漕ぎが声をかけてくる。そのうざったさと疲れと空腹で、切れそうになるというか、通りで喚き出す寸前。1時間かかって、ようやく宿の前に出て、宿の連中の前で“何でバスは元のとこまで行かねんだ!”と怒りをぶちまける。ま、八つ当たり以外の何物でもないのだけど。もう、そこに再泊するよりないが、シングルは7ドル。まけろまけろと言うが、母ちゃんが許してくれないみたいなことを言う。だったら、明日朝、宿の電話で通信させろよ、というのを条件に7ドルの部屋に泊まることにする。
とにかく腹を満たすべく出る。ハノイで、一人で食事処を捜すのは初めてということになる。ウロウロした挙句、ヴェトナム版おかず選び食堂を発見。ジモティで混み合っているその店へ。おかずの選択肢は少な目だが、キャベツの煮物、鳥の唐揚げ、さつま揚げのようなものとビアハノイ(アルコール度3.5%)とご飯。計23000Dで、こういう店はぼらないみたい。食後にネット・カフェへ。ホットメールで、出来るだけメールの返事を送信した後、銀行口座や株価をチェック。ようやくアメリカ大統領も決まったみたい。約1時間サーフした後、更に旧市街を歩く。自分の足で、この辺をしっかり歩くのは初めて。酔いも相俟って、心地よい開放感に浸る。コーヒーの店へ寄ったり、露店をひやかしたり。映画館を捜すが、地図上にはあるのに、なかなか見つからない。この頃には、バイタク運転手の誘いにおどけてみせる位の余裕が出てきた。こうして歩いてみると、ハノイも悪いとこじゃない。確かに、道によってはバイクの大群がうざったいが、裏通りはジモティ向けの屋台があったり、ちょっと下町っぽい味がある。何だか、ここにもう1泊位してみたくなったり。ここはもう1回来てもいいところかも。宿の近くに戻り、ジョンじゃないが、ビアホイを1杯。ご機嫌になって宿に戻る。
風呂(シャワーだが)付き個室にいるうちに、やっておくべきことと言えば洗濯。一昨日、ジーンズ等の大物は宿にやってもらったが、下着や靴下を自分でやる。更に、靴は靴紐を替え、紐まで洗う。髭も剃り、耳掃除もと、考えつく限りのことを色々やっておく。お陰で、日記を書き出すのが遅くなったが。部屋のテレビはCNNが映るが、当然ながら、大統領関連一色だ。久々にラオラオを飲みつ、ようやく日記に着手。そろそろ別の寝酒を入手したいが、いわゆるメコン・ウイスキーはヴェトナムにはないみたい。カンボジアでは入手可能らしいが、それまでは、ひたすらビアホイってわけか。さて、明日は夜まで何をするか。

・12月15日(金) ハノイ → フエ 移動日 サイトの価値は112ドル!?
まだハノイっす。本日の夜行列車でフエへ移動。何か、リラックスしたはずの時に限って、夜中に目が覚めたりする。3時頃目が覚めた上に、7時半頃から、宿が修理かなんかでトンカン始めたから睡眠不足。しばしゴロゴロするが、テレビをつけると、生中継らしきNBAのゲームをやっている。ニックスとラプターズ。これ幸いに見るが、あれ?グレン・ライスにルーク・ロングリーがニックスにいるのか。因みにラプターズの勝ち。見終わってもう10時過ぎだが、どうせ今日は夜までさしてやることはない。とりあえず朝食。勿論、フォーだが、教えられたお薦めの店は遠いようなので、近場の店で適当に済ます。朝食まで力入れる気はしないから。宿に戻って、約1周間ぶりの通信をせむとす。この宿は、宿名に“インターネット”を冠しているくせに、パソコンは1台あるだけ。そこの電話回線を借りてという、理想的な形で接続にトライするが、なぜか出来ず。国際電話の番号は1260だとか04だとか色々説はあるが、どれでやってもダメ。モデムセイバーでOKマークがつくので通じてはいるのだろうが。さんざやったがダメ。国際電話のナンバーの問題かもと思い、その辺に通じている一流ホテルのビジネス・センターの方が話が早いだろうかと、午後に再トライとする。
ちと早いけど昼飯。麺が続くけど、北部の名物のブンチャーというのを食べてみたい。今度は、料理の取材でヴェトナムに来たことのある知り合いお薦めの店を捜す。1軒目はわからなかったが、2軒目は見つかる。BUNBOという店で、メニューもブンチャではなく、ブンボになっている。店は混んでいて白人もチラホラいたので、ガイドブックにも載っているのだろう。予想していたのとは違い、スープにゆでていない麺を入れたつけ麺状態のもの。野菜や肉、ピーナツ、フライドオニオン等がのっている。成程、これがうまい。ヴェトナムに来てというか、この東南アジア旅行で、地元名物料理系で本当にうまいなあと思ったのは、実はこれが初めて?満足して、接続失敗のガックリから多少立ち直る。ネットカフェで色々サイトをチェックして、接続できなかった原因を究明。国際電話のナンバーは00で問題ないらしい。もう一度宿に戻って、トライするが、やはりダメ。原因がわからない。宿の兄ちゃんは、昼日中から、香港製H・VCDなぞ見て喜んでいる。
もう、この日はさして観光する気もないから、とにかく通信命でせうか。いつぞやレストランに行った際に見かけたメトロポールという大きなホテルへ行く。ビジネス・センターはあり、対応も馴れてはいたが、国際電話1分3ドルは高いなあと思ったが、ここで少し考慮すべきだった。いざ接続。グリックではダメなようなので、アイパスでトライ。繋がったが、やたらに遅い。サイトのアップロードがなかなか進まないので、メールの送受信を並行してやるが、こういうのが事態を悪化させるのか。ファイルは一つか二つ送れただけで、メールの送信は失敗、受信も途中でストップ。既に5分経っているが遅々として進まず。そこで切れてしまう。既に15ドルの計算。しかし、ここでやめては苦労が水の泡。30ドル位までならと、再接続。しかし、メールを半分位受信し、ファイルも2、3つアップロードしたところで、また切れる。30ドルどころか、もう50ドル超。悪夢の様相を呈してきた。3度目の接続で進みはするが、また遅い。メールは8通目からなかなか進まない。重いのが来てるらしいが、これはMP3のお知らせメールかなんかでは(その通りだった)?サイトは画像ファイルが重めで止まっている。こうなったらもう自棄だ。全ての事を終えるまでやめられない。カード払い可というので、意地でも一通りやることにする。
アイパスはやめて、グリックにチェンジ。繋がって、こちらの方がアイパスよりも順調。最初からこっちにしていればと、後悔しても今や遅し。結局、サイトは画像も含め、全て更新完了。メールの受信も終了。しかし、送信は果たせず。結果、通信費用は締めて、なななな何と112ドル也!途中で、もうこの状況を理解はしていて、もうマジ泣きべそ気味だったけど、改めてこの額を聞いて、ほとんど心臓発作を起こしそうになった。受付のお姉さんに“泣かないで”とか言われて・・・でも、泣くよこれは。ヴェトナムで半月暮らせる金、今の宿なら16泊出来る金額が、30分程度でぶっ飛んだ。これで、この度の旅の予算も、文句無く超過したろう。果たして、このサイトに112ドルかける価値はあるのか否か?自分で言ってしまうのも何だが、否だ。一流ホテルだから余計に高いということもあろうが、要はヴェトナムの国際電話料金が異様に高いのだ。ヴェトナムは、アイパス、グリック共にアクセスポイントが無いので、国際電話でタイとかマレーシアに繋ぐしかない。おまけに速度はやたら遅い。ただ、インターネット・カフェはそれ程でもなかったので、国内のAPだったらこれほどひどくはないのだろうが。いずれにせよ、この調子ではヴェトナムでの通信は控えざるを得ない。今まで、色々困難はありながらも、どうにか接続、更新を継続してこられたが、ここにきて最大の壁にぶつかった。次は、もっと通信事情の良くないだろうカンボジア。1ヶ月半程順調に来たが、いよいよ通信が途絶える時が来るのか?嗚呼・・・・
もうここで使った112ドルのことは、無かった事と思って忘れよう。でないと痛手が大き過ぎる。とりあえずキャッシュが減ったわけではないし。もっとも、もう一つ気になるのは、夕べ、シティバンクのキャッシュカードを誤って割ってしまったことだ。クレジット・カードと分ける意味で小銭入れに入れておいたのだが、曲がってしまっていたので直そうとしたら、パキッといってしまったのだ。これでは、いざという時におろせない。ま、どうせヴェトナムにはシティバンクはないだろうし、バンコクやシンガポールで、もしも有り金が底をついたらという緊急用なので、そういうことが無ければカードの出番も無いわけだが、ちと不安ではある。
夕方近くなってしまい、観光はどうしようかと思うが、もう諦めて、旧市街近辺をウロウロして時間を潰すことにする。とりあえずビアホイだ。宿の近くで一杯飲んで人心地つく。コップ洗い用のバケツの水を、犬が舐めていたなあ。飲みながら、向かいで買った中華まんを一つ食べる。中国のと違い、ヴェトナムの中華まんはあまりうまくない。しかし、ビアホイを飲むと、何だか気分がホイホイしてくるから不思議だ。そこで、地図上は近くにあるはずの映画館を捜してうろつくが、やはり見当たらない。ひょっとして、シネマってヴィデオ屋のことをさしていたのか?現在のところ、ヴェトナムでは映画館を見かけていない。この近辺では、CD屋も地元ものを扱っていない。再びネットカフェへ。ホットメールで、当分、更新は出来ないだろう旨を、主要どころに送る。ニフティ等に来たメールも当分読めそうもない。ヤレヤレ。
荷物を預かってもらっている宿に何度か寄り、荷物を入れ替えたり、便所を借りたりする。大便をして、ようやく腹の容量も少し空いたので夕食。おかず選び食堂で、おかず3品に、ご飯は頼まず、またビアホイ。バナナも買ったし準備はオッケー。7時半を過ぎたので、駅に向かうことに。湖の近くまで歩いてタクシーを拾うつもりでいたが、宿の前にいた駕籠つき自転車のシクロが、15分で行けるという。ま、考えてみれば、自分と荷物を足したよりも重そうな白人連中が乗っているのだから、大丈夫なのだろうと、乗ることにする。20000とか言っていたが、13000に落とす。親父と子供の二人組。初めて乗ったシクロは、なかなか気持ちいい。カメラを持って町中をこれで撮影したかった位。無事、駅について、和やかに親子?と別れようと、13000を払うと、ここで何やらイチャモンをつけてくる。これだからねえもう。無視して去って行くと、もう追っては来なかった。
8時ちょいだが、電車はホームに来ていて、早めに乗りこむ。しかし、エアコンつき車両は、妙に蒸し暑いので、部屋を出たり入ったり。例によって、トイレには鍵がかかっている。8時半を過ぎると、ヴェトナミーズが次々乗りこんでくるが、同室の連中は怒涛の大荷物軍団。アンタらは中国人か〜!ま、ヴェトナム人というのは、文化的にも色々中国に近いものを感じる。話し方もテンション高くて、中国っぽい。特に男の方は、何か、アヒル・グワグワ系というか、失礼ながら、ちょっと語感が下品っぽく聞こえる。女性はタイとかに近い感じだが。同室の何人かも声がでかく、テンションが高い。商人らしき4人と、英語もよく聞き取れないみたいな百貫デブ・アルヘンティーナに、ワタクシという面子。怒涛の荷物が既に部屋を占拠しているので、デブ君は自分並に巨大な鞄をベッドに置かざるを得ない。あれじゃ眠れんだろうに。寝台にはカーテンが無いので、ちと日記は書けそうにない。早めに寝に徹する。他の面子も全員フエ行きらしいので、寝過ごす事はないだろう。何もしてない割に、ドッと疲れた一日だったなあ。 → そしてフエへ
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