東南アジア旅日記
・12月11日(月) 昆明 → ハノイ 3人組の微妙な人間関係
引き続き移動の電車内。日記を書いて11時位に寝たが、何だか夢を見て眠りは浅い。8時ちょいに乗務員に起こされる。いよいよ中国出国が迫ってきたので、とうとう折れて、乗務員のおばちゃんを呼び、1元=15000ドンという言い値のレートで両替してもらう。これがよいレートか否かは、すぐに判明するのだが。両替に応じてやって、ご機嫌になったおばちゃんに、しばし、ヴェトナム語講座を受ける。乗務員連中、実はヴェトナム人だったのだ。9時ちょいに停車。そこは、もう中国国境の町・河口だった。出国だが、係官が車内に乗りこんできて、パスポートを持っていく。荷物を少し見られておしまい。更に、数分走ると、もうヴェトナム国境の町ラオ・カイだ。今度はヴェトナム人の係官が乗りこんで来て、またパスポート預かりに、荷物チェック。社会主義国だけあって、役人のエラソー加減は、中国と同様だ。しかし、自ら降りないで、そそくさと入出国が済んだのは、楽と言えば楽。ヴェトナムへ入ったら、“グ〜〜〜ッド・モーニング・ヴェトナ〜ム”ときめようかと思ったが、あまりにもアッサリとした国境越えだった。
ラオ・カイでは、物売りが待ち構えていた。コーヒーだ朝食だなんだを売りこんでくる。コーヒーは飲みたいが、10000Dは高すぎねえか?5000まで下がったからもらうが、ネスカフェだった。他の客は10000でシメシメだったけど。全てに価格交渉がいる、ヴェトナム始まってますなあ。隣の日本人は相変わらずアンフレンドリーだが、シカゴ生まれのアメリカ人は、アメリカ人らしく人懐こい。会話も交わすようになって、少しリラックスしてはきた。しかし、ここには闇両替がいて、1元=1600Dのレートだった。あのおばん、闇両替より悪いレートで持ってきやがった。
昨晩から連結車両も変わっていて、あのすさまじき中国の硬座列車は既になく、食堂車も新たに前に連結されている。そこからランチを取るかと誘いが来て、隣の日本人、アメリカ人と3人で行く。10000Dで何が出てくるかと思いきや、フランスパンに目玉焼き2つを挟んだものとバナナ2本というしょぼさ。これはボリだろう、やっぱ。せめてもの元取りに、お茶はいっぱい飲んでやる。例の日本語で話そうとしない日本人が、ガイドに載ってない穴場の宿を知っているとかで、アメリカ人に一緒に来ないかと誘われる。ちょっと日本人が気になるが、到着は夜だし訳がわからないので、とりあえずは、彼らについていくことにする。
長ーい午後。途中で、僕の部屋にヴェトナム人らしいおじさんが乗り込んで来て、ひたすら寝出す。ドアを閉めて寝るものだから、こっちは車窓も見れない。しばらくは外にいたが、やはり座っていたい。仕方なく、やや睡眠不足気味なので、こちらも寝るとする。ウツラウツラするが、ヴェトナムに入ってからは停車が多く、よく目が覚める。ただ、おじさんのお陰で、湯のポットはもらえた。夕方近くなり、さすがに寝るのも飽きて、ドアを開けて車窓を眺めながら、茶を入れ、ミカンやポテトチップを食べる。隣もドアを閉めて、全員読書中。ガイドブック以外の本を持ってきてないので、ひたすら暇だ。音で目覚めたヴェトナムのおじさんは、どこか別の車両に移っていったみたい。お気の毒様。
6時を過ぎるが、夕食の誘いは来ない。そのうち来るかと寝転んでいると、もう7時過ぎ。不安になって隣を訪ねるが、連中も食べてないという。食堂車へのドアはロックされている。おまけに、乗務員たち、何やら車内を片付けだす。トイレに行こうとするが、トイレのドアまでロックされている。乗務員に言うと、8時10分にハノイに着くという。もうすぐ着くったって、トイレ位いいだろうが。何だか、この乗務員どもは、中国を引きづっているかのように、融通がきかないし客を客扱いしない。頭に来て、一瞬ドアを閉めてベッドの下に放ってやった。ざまあみろ。8時どころか、7時半にはハノイに着いてしまった。例の日本人、アメリカ人と3人でタクシーを拾い、一人1ドルで、旧市街へ。
ハノイは、やはり、タイともラオスとも違う独特なところ。狭い道が入り組み、バイクがやたらに走りまわっている。バンコクのような無茶苦茶渋滞ではないが、ノイジーではある。タクシーを降りると、早速ガイドブックや絵葉書を売る少年たちが殺到してくる。なかなかすげーとこだぞ。宿の客引きも来て、一人3ドルで諸々装備と言う安さに惹かれ、そこへ行ってみることにする。成程、トイレ、シャワー、テレビ、冷蔵庫付きの清潔な宿。プリンス・インターネット・ゲストハウスとか何とかいうとこだが、プリンスという名の宿はあちこちにあってややこしい。この辺の宿の作りは皆似ていて、周囲には、掃いて捨てる程インターネット・カフェがある。何だかまわりの人間、みんな信用出来なさそうな感じ。ともあれ、荷物を置いてすぐさま夕食へ。しばし、ウロウロした後、入ったのは、オール白人客による、カオサン的な店。今日は別にこだわらないからいいけど。例の日本人は、こちらに日本語で話しかけてくることはなく、問うても英語で答える。白人系の店に入って白人と会話していることで、何か得意げな様子。どうも好かんなあ。でも、この調子だとハノイでは、このままの宿ということになりそう。アメリカ人は悪いやつではないのだが。
レストランでビアホイ初体験。一番安いけど、味は薄い。料理は、炒め物2品にご飯と揚げ春巻。白人向け店なので、味はハナから期待してない。こちらは3日ぶりのアルコールだから、1杯で控えるが、他の二人はよく飲む。アメリカ人はさすがに饒舌で、日本に行った経験等を色々喋りまくる。横で一人で飲んでいたイギリス人も加わり、すっかり、カオサン・エリート?状態。肌寒くなってきたので、一足先に宿へ戻る。ちと迷いはしたけど。宿のシャワーは、しっかり熱いし、タオルや石鹸もある。テレビはMTVやCNNも映る。何か中国の宿に較べて天国のようだ。しかし宿に問題が無いとなると、この状態から抜け出る理由が無いなあ。昼は連中と別行動ということにして、寝る時だけ一緒ということにするか。ま、いずれにせよ、スケジュールの違いから、早晩別れることにはなろうが。まずは、ハノイの町に馴れるとしよう。12時過ぎたけど、連中は戻らず。まあ好きにやってくれや。

・12月12日(火) ハノイ 2日目 水上人形劇に拍手喝采
8時半頃起床。アメリカンが最初に起き出す。まずは朝食。ヴェトナムの朝食と言えば、フォーでしょう。近所の店で5000D。もう少しうどんっぽい太目のやつがよかったが、味はまあまあ。とりあえず、ホーチミン廊に行こうと提案する。冬季は11時で閉まってしまうはずなので。途中、コンデンスミルクたっぷりのコーヒーを飲んだりしていて、時間はギリギリになる。入場料は無料だが、荷物の預かり料を4000D取られる。要は、ホーチミンの遺体をゾロゾロと眺めるだけなのだが、異様にものものしい警備で、途中、話すことも止まることも許されない。まあハノイと言えば欠かせないものであることには違いないでしょう(右画像:ホーチミン廊の建物。中身は当然、撮影禁止)。続いて、5000D払って、ホーチミン邸も見物。こんなゲストハウスがあればいいなあと思ったり。
銀行やらカンボジア大使館やらを捜してウロウロ。両方、僕には関係無いのだけど。午後は自由行動を提案したいのだが。少し日が出てきたところで、市場近くで、早くもビアホイ・タイム。暑いと、この薄めのビールがちょうどいい。大使館も銀行も昼休みで、とりあえず昼食。地元っぽい店でやきそばや焼き飯を食べるが、まわりを、やたらネズ公が走っていて落ちつかない。ヴェトナム人の衛生観念は、中国人並かそれ以下かも。昼食後、カンボジア大使館。時期の問題で高くつきそうなので、やはり、ホーチミンで取った方がお得なよう。こちらはハナからそのつもり。もう一つの見所である、刑務所、通称ハノイ・ヒルトンを捜すが見つからず、銀行へ。アメリカンがチェックをキャッシュ化すると、手数料は2%。まずまずだろう。こちらは、200ドル近くと、そこそこのドンがあるので、まだ大丈夫そう。
ようやくハノイ・ヒルトンを発見。ギロチン(左画像)とかがあって不気味。入場料は10000D也。駅が近くなので、タイムテーブル・チェックのため向かう。フエ行き寝台は、30ドル近いが、ヴェトナムはバスより電車の方がよいという話なので、思いきって買ってしまうことに。便所で靴底から30ドルを引っ張り出して、駅で両替の上、ドンで払うが、結果的にレートはよくなかった。まあいいでしょ、15日にハノイを離れることは決定。夜行列車で一路フエだ。今日で、ハノイの観光は概ね済んだ気がするし。さすがに他の二人は待ちかねたらしく、一足先に行ってしまったよう。やっと一人になれて正直言ってせいせい。初めて、一人でハノイの道を歩く。雨さえ降らなければ、もう少し散策したかった。一人で歩かないと、道もよく覚えられない。3人で支払いをシェアするのもうざったい。アメリカンは悪い奴ではないが、トーカティヴで、ちと疲れる。一方の日本人は、だいぶ話すようにはなってきた。中国の時のように、ドミ泊まりで、昼は一人だが、部屋に戻れば話す相手がいるという状態が、最も望ましい。
彼らは宿に戻っていた。こちらは、宿で、早速、明日出発のハロン湾行きツアーを申し込んでしまう。彼らとは、しばしおさらばだ。14日の夕に戻って1泊して、翌日また町をブラブラして夜行に乗る。アメリカンたちも迷い出したみたい。夜は、湖近くでやっている水上人形劇というのを見てみたい。彼らに提案すると、アッサリOK。割とこちらのペースではある。まだ腹は減ってないが、アメリカンが、フレンチ・ヴェトナム料理を食べるんだと張りきっていて、6時頃宿を出る。湖周辺をさんざ歩かされ、本物のヒルトンがあるあたりに行く。ここらの高級ホテルのビジネス・センターで通信するのが、一番てっとり早いだろうか。他の二人はやたら早足で歩くので疲れる。
やっとこレストランに到着。そこのウエイトレスで、初のアオザイ姿を見るが、下着スケスケ。確かに、若い娘だったら鼻血ブーもんかも。ワクワク。ワインを飲みたかったが、あまりに高いので、ビール333(バーバーバー)を頼む。前菜にトマトにツナ缶ののったもの、揚げ春巻。何となく、ここあやしいなあ。アメリカンはステーキにポテト!(どこがフレンチなんじゃ)、もう一人が、海老の蒸したの、僕はウナギのソテーを頼む。ステーキは、やはりステーキで、海老はまずまず。しかし、ウナギは、皮の唐揚げって感じで、ハズシ。っつーか、この店、全体的にハズレな気が。アメリカン、悪く思ったのか、おごってくれた。よしよし。ま、3人で15ドルというのは、アメリカの物価にすれば安いだろうけど。
人形劇を見る前に、エスプレッソを一杯。人形劇はきちんとした劇場で、チケットは2等で20000D。観光客でいっぱい。席は悪くない。これが意外やめっけもの。伝統音楽の生演奏にのって、プール状のステージの上を、様々な人形たちが躍動する。すだれで仕切られた舞台後から操作しているようだが、動きも巧みだし、火薬も使い見所もタップリで飽きさせない。勿論、お話はわからないが、人形の動きを見ているだけで、充分楽しめる。隣のアメリカンも喜んでいた。こういう芸能ものが見られると、やっぱり嬉しい。もっと色々みたいなあ。お土産に音楽のカセットを25000Dで買う。
アメリカンがもう一杯ビアホイをと言うので、宿の近くで一杯。今晩は結構冷え込む。彼らとの関係も悪くは無いが、やっぱ、そろそろ離れたい。珍しく、彼らは大人しく宿に戻り、こちらは、ネット・カフェへ。NFLの結果をチェック、ワーナーが復帰したラムズはミネソタを粉砕!株価も持ちなおしては来た。ちょっと間が開いてしまうけど、15日にはサイトの更新をしたい。宿に戻ると、アメリカンも明日、ツアーに参加するっぽいっことを言っている。勘弁してよ〜。皆さん、わが道を行きましょ。ついてこないでね、頼むから → 1泊2日のハロン湾ツアーへ
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