東南アジア旅日記

 ・12月18日(月) フエ → ホイアン 怒りも旅の楽しみのうち?  
 真面目に7時起床。天気はよくない。荷物の準備も終え、8時前に出ると、バスがくるのは15分後位だという。その隙に近くで2000Dのフォーをすする。これで有り金が3200Dに減る。バスは早めに来て、昨日の愛想のいいドイツ人夫婦らも同乗していた。2,3時間は順調に走っていて寝ていたが、10時過ぎにトイレ休憩。ビーチの側で、なかなかいいところ。何となく、ビーチ場にもう一箇所寄りたくなる。日本人が他に3人程同乗していた。一人は、昨日のツアーの途中で会った人。彼も有り金が1000D位しかないという。

   もう一箇所、かなり標高の高いところで休憩。例によって、売り子が寄ってくるが、最初はつきまとっていたのにも、穏やかに接するが、かっぱえびせんの値段を聞いたら、何と10000という。これで完全にキレた。昨日の寺みたいなとこで買っても3000のシロモノを10000とは、ボリにも程がある。思わず、ファック・ユーが口をついて出た。それからは寄ってくる売り子連中に悪態つきまくり。お前ら悪魔かと中指おったて。かっぱえびせんの値段で顔色を買える奴には、彼らも驚いたろうが、限度を超えたボリは許しがたい。シクロの連中もそうだが、いくら生活のためとはいえ、せめてフェアにやってほしいもの。そうでない奴は、断固許さんのだ。

 途中で得体の知れないオヤジが乗りこんでくるが、どうやら旅行代理店の人間らしい。聞き取りにくいへたくそな英語でウダウダ言うには、観光地に何箇所か寄って行くという。こっちは、次のホイアンは、通過地点としてサッサと通り過ぎたいのに、余計なところにまわって時間を潰すのは解せない。こっちは早く町に着いて、銀行へ行かないと昼飯代も無いのだ。下手な英語のオヤジにつまるところ何時に着くのだというと、2時だという。オヤジにくってかかりそうになるが、ヴェトナムのツーリスト・バスはこの手のが多いらしい。そうこうするうち、ダナン市内に入る。どうやらアオザイ・ゾーンに入ったらしく、自転車で帰っていく女子高生がいっぱい。白いアオザイが清清しく、しばし、怒りを忘れていい気持ちになる。

 ところが、何やら、岩山みたいなとこに1時間位停まる。せっかくのいい気分も台無し。全く、昼飯も食えないのにと、一人でブーたれていると、先ほどの日本人が。彼と共にしばし周囲をブラブラする。腹が減ったので、露店のバナナを求めるが、2000D分だけくれーとかいう、この情けなさ。4本(1本は日本人にあげる)のバナナを大事に食べる。近くにあった洞窟へ行ってみるが、ここはあまり手が加わってなくて、なかなかスリリング。あまり奥へは行けず、無料で懐中電灯を貸してくれたお姉さんの露店に、義理で寄る。この辺は大理石の産地らしく、その手の土産物が多い。買う気は毛頭無かったのだが、最初、5000Dと言われたネックレスが、1200Dしかないんだよ〜と言っていたら、その金額になったので買う。別にねぎったつもりはないのだけど。バスが停車したのはそこだけで、ホイアン市内へ入る。

 ところが、今度はご指定のホテルをぐるぐる回る。そのうちのどこかへ泊めさせようという魂胆だ。いくつかは部屋を見るが高い。ドミトリーのある宿に行けというが、かなりはずれで辛い。結局、最初に目星をつけていた宿にも行ったので、そこにする。ホテル街からはやや離れた、ティン・トルンなるところ。しかし、色々部屋を見せられたので勘違いしてしまい、そこはテレビ、バスタブ付きの印象があったのだが、無かった。料金も8ドルより下がらなかった。はずしてるなあ。ただまあ、ここでは10ドルは覚悟していたし、部屋そのものは完璧だったが。銀行へ向かう途中、ヴェトナムTシャツを着た、先程の日本人と会う。銀行より、例のオヤジの代理店でのレートの方がよく、10ドル分のドンを入手。次は、代理店へ行き、明日の移動の手配だ。さっきのオヤジがグダグダ話すのを聞いていたら、この町はとっと去りたくなってきたのだ。アジア全土で?有名なシン・カフェのオフィスに行くが、明日の電車は全て売りきれ。残る選択肢はバスなのだが、ホーチミン行き直というのは無く、ニャチャンでバスを乗り換えて行くという。ただし、乗換え時間が30分しかないので、乗れない可能性大だという。乗り逃がすと、ニャチャン発のバスは夜までないので、ニャチャン市内観光をするよりない。まあ、もしもの時はビーチでも行くさ、とバスに賭けることにする。これで、明日、朝いち、ミソン行きのツアーに参加し、戻って夜まで時間を潰し、夜行バスに乗るというスケジュール。2日間泊まらないというハード・スケジュール。どうなることやら。

 ようやく用事が済んだので、やっと観光。まずは、ここの一番の売りである日本人橋(画像右)へ行く。中に入るとなると有料らしい。日本人は無料にしろっての。大きな日本人町があったらしいが、今は在住の日本人は見かけない。むしろ、華人系の勢力が強い。とにかくビールが飲みたくて、ばあちゃんのいる店へ。安いラルーが、5000D。飲んでいると、先程のヴェトナムTシャツ青年と、岩山であった割とかわいい女の子が。彼女は何と17歳。この二人で部屋をシェアとはやるなあ。その子は高校中退して、初の海外旅行という。値段交渉なんかにもそこそこ馴れている。3人で市場を散策。お好み焼きバインセオの屋台を見つけトライ。野菜を巻いたお好み焼きをライス・ペーパーで包む。ビールと一緒でないのが残念だが、これはうまい。メシは3000Dの格安屋台でぶっかけを食べるが、他にも、ここは食事の選択肢が多い。フランスパン・サンドもあるし、カオラオという名物そばもある。それに、ここは静かだし、なかなか風情があり、いいところ。今までのヴェトナムで一番気に入った。声をかけてくるシクロ・ドライヴァーもいない。ここならあまり怒らなくてすみそうだ。無理に早く去ろうとすることは無かったなあ。

 先のヴェトナムTシャツ青年は、僕と違って優しい人で、いちいち物乞いに何か上げている。二人でシェアして買ったミカンがドンドン減ってしまう。いくら何でもちょっと優し過ぎ。お粥の屋台がうまそうで座るが、僕はビール用の容量を残しておきたかったので、後で食べることにする。ところが、ここの料金でもめる。座っていた親父が1500みたいなことを言っていたが、食べ終わったら5000という。一応、僕も荷担して抗議するが、あれは、5000が相場だったのではないか。去ろうとすると、服を引っ張る屋台のおばんは、ボリではなく真剣そうだったし。その1件で、二人はやや意気消沈。7時半位だが、宿に戻るという。僕はもうしばし夜の散策。

 ジモティで賑わうオープン・カフェでビールを一杯。安いわけではなく、ラルーが6000だった。更に、もう一度川方面に歩いていくと、さっき町中であった日本人二人がレストランにいるところに出会い、そこでビールを1本付き合う。一人は30代男性で2週間の旅程。もう一人の大柄な女性は、1周間で、ここでは25ドルの宿に泊まっているとか。パッカー的感覚で言うと、25ドルはすごいなあということになるが、フツーの日本人的感覚で言えば、むしろそれこそがフツーだろう。いい年こいて5ドルの部屋とかに泊まる方が特殊なのだ。旅は人それぞれで、その人のペースにあった仕方で構わないだろうというのが結論。そう、無理にパッカーする必要はないのだ。大名旅行とは言わないまでも、その中間の旅もあっていいはず。アジアを旅していると、半年とか一年旅しているとかツワモノがザラで、むしろ、こういうフツーな人たちと出会うと、何かホッとする。

 更に名物のカオラオが食べたくて、二人と別れて歩くが、さすがに10時を過ぎて、店が閉まってきている。よく見かけるCONGAなる食べ物は何だろうと屋台に寄ると、それが、さっきの鶏肉入りお粥だった。5000と言われたが、4000に。やはり、これが相場なのだろう。満足して宿へ。お茶のポットがあるので、茶を入れようと電熱器で湯を沸かそうとするが、水が多めで時間をかけたせいか、ついに電熱器がクラッシュ。本当は、直電源に指しこんじゃいけないものだったので、いつかはこうなるかとは思っていたが。火花が散ったので、火事にならんかとびびった。これで、もう湯は沸かせない。幸い、この辺は晴れていて、そこそこ暑いが、以後こういう気候が続くことを祈る。

 ・12月19日(火) ホイアン → ニャチャン  ゲームはフェアにやれ!
 今日は早起きして、遺跡ミ・ソン見学ツアーなのだが、じゃじゃーん、また雨でーす。既にミソン近辺の道はグッチャグチャで、靴はドロドロを覚悟とは聞いていたが。泊まる人はいいんだけどねえ、こっちは夜行バスすからねえ。宿の隣のカフェでコーヒーとバナナ・パンケーキという、いつになく西洋風な朝食。そこのきれいなトイレで便を済ます。宿はチェックアウト状態だが、まだ未払いで、パスポートも預けっ放し。荷物を預けるが、ガタガタ工事をしている最中に、ポンと置かれたままで大丈夫なんかね?しかし、ミソン行きバスが一向に来ない。イライラしまくりの30分過ぎにやっと来る。ピックまわりのペケ2だったもよう。

 ミソンは、古いものは4世紀頃に建立されたと言う、おそらく、ヴェトナムでは最古の遺跡(左画像)。2ドルのツアーは、往復のバスだけで、入場料は含まず。2時間近く悪路を行き、ミソン近くへ。休憩所のようなところから、しばし歩いてチケット売り場へ。ここで既に靴はドロドロ。入場料50000Dには、ミソンまでの足も混み。そう、ここから更に車に乗って15分位行くのだ。顔ぶれは例によって白人ばかりだが、ヒンドゥ遺跡だけあり、インド人ぽい人も一人いる。成程、そこそこ広めのエリアに渡り、煉瓦のようなもので造られた遺跡が散らばる。こうして見てみると、意匠的には仏教オンリーのものより、ヒンドゥ入っているものの方が興味深い。これは案外、ヴェトナムの遺跡関係で一番の見物と言えるかも知れない。ここも含め、ホイアンの方が、フエよりも世界遺産にふさわしい気がするのだけど。あちらはスケール的には確かに上なんだけど。

   昼の休憩所で、昨日の日本人と会う。カンボジアで一緒だった人とか、富山で教師をしているイギリス人女性も一緒。彼らとはまた別のバスだった。シェムリアップの穴場の宿を教えてもらう。帰路は眠いが、また悪路。ウツラウツラするうち、到着は2番目に早かった。1時ちょうに町中に戻ったが、とりあえず、夜まで町歩きしかすることがない。まずは昼食。途中で缶ビールを買い、川沿いの屋台でフランスパンのサンド。更に、市場の屋台で、中部名物カオラオとおぼしき、ぬるめのつけ麺。うまかったが、これは、ブン何だかだったらしい。その隣の隣がカオラオで、もう1杯食べる。5000Dのお値段はヴェトナム共通って言ってたけどホンマかいな?成程、暖かいつけ麺で、これはうまい。当然、腹はパンパンとなる。

 一番賑やかなリロイ通りというところは、昨晩寄ったレストランの兄ちゃんが、スウォッチをやたら交換したがるので、通りたくても通れない。向こうの方のがお洒落なシロモノだったけど、当然、今持っているモデルには愛着があるもんで。仕方なく、また川近辺をウロウロしていると、ボートに乗らないかのおばちゃんが、声をかけてくる。20000と言われ、高いなあとウニャウニャしていると、15000になる。このボート、気の無いそぶりをしつつも、本当は乗りたかったのであります。で、商談成立のはずとなり、おばちゃんの手漕ぎによる、小さなボートへ。今にもひっくり返りそうな頼りなげなボートで、おっかない。手漕ぎだから、当然、極めてスローで、ちとじれったくなり、漕ぐのを手伝う。約1時間、名物料理の話なぞ聞き、昨日の17歳の子に続いて、“25歳位に見える”などと言われ、終いには、結構気分良く小航海を終える。ところが、問題はこの後。パンパカパパーン、本日のプッツン・タイム。客引きのおばんの方に20000D札を渡したら、“じゃ、私たち二人で10000ずつ”などと言って釣りを渡そうとしない。バカヤロー!15000にするといったのは、そっちの方だろうが!これがヴェトナム人のいやらしさだ。最初の交渉で、手打ちになったものを平気で覆そうとする。そりゃ、確かに生活かかっているだろうから、外国人に対してぼろうとするのは、構わない。でも、声を大にして言いたいのは、ゲームはフェアにやれということだ。話がついたはずのことを蒸し返すのは、やめて欲しい。そっちがその気なら、こっちも声も荒げるし、手だってでかねない。フェアにやらないなら、それ相応の覚悟をしてもらいたい。観光客とはいえ、舐められたら黙ってはいないのだ。(右画像は、この件と関係無し。あんなに満載して、沈まないのか?)

 昨晩、日本人と話していて、やっぱり日本人、特に男性のリピーターは少ないという。逆に、普段からねぎりとかに馴れている、おばちゃん感覚を擁する女性の方が、ヴェトナムは好きという。かくいう、僕は、今のところ、無茶苦茶ぼられたわけじゃないし、細かい事にいちいち目くじら立ててもとは思うのだが、何が悔しいって、後で他の観光客が、自分が払った代金より少ない金額を払っていた事を知る程悔しい事はない。シン・カフェ前に会った日本人は、ボートに6000Dで乗ったそう。こんな具合だから、ヴェトナムでは、本当に必要なものしか買ってない。あの憎たらしい中国での方が、まだ買い物はしていた。それでも、ホイアンなんかはいいところだったので、Tシャツの一つも買おうかと思ったのだが、やはり、観光地なので、ハノイやホーチミンよりもぼる傾向があるらく、結局やめた。何が言いたいかって、こういう具合にあんたがたのやり方は、かえって観光客の消費を抑制させてんですよ、ヴェトナミーズの皆さん、って事を言いたいのだ。

 ボートは時間つぶしにはちょうどよく、もう夕方、30分程ネットカフェへ寄る。NFLは、ラムズのプレーオフが赤信号。で何と、地区優勝はセインツ!皮肉ですなあ。しかし、ラムズがプレーオフだめなら、日本に帰った後の、唯一の楽しみが減るなあ。明日、タップリ暇そうなので、長居はしないでおく。まだあまり腹が減ってないが夕食を済ませてしまわないと。また市場へ行って、お好み焼きバインセオ。ビールを薦められるが、高いこと言うのでやめておこうと思ったが、またまけたので、飲む。バインセオ4つとビールで10000D。これでいっぱいになってしまった。後はバナナを4000Dで買って、これで済ますとする。宿に戻り、宿代を払い、パスポートを取り戻す。トイレを使わせてくれと言ったら、部屋のを貸してくれる。大を済ましたり、顔を洗ったり、しっかり使い倒す。涼しくなってきたので、シャワーを浴びてないのは、それ程気にならない。バスが来る、代理店シン・カフェ前へ。しかし、他の代理店の料金はもっと安いのもあったし、サイゴン直行きのもあったのかも知れない。次は、この辺きちんと見極めないとね。

 7時半にバスに乗りこむ。幸い満員ではないが、ビールを飲んだせいで、やたらトイレが近い。冷房が効く中、短パンなのもまずかった。そのバスは、まさにフツーのバスで、トイレもないし、リクライニングもできない。座席も狭く、揺れも激しいので、これはどうも眠れそうにない。白人連中は、アクロバット的な体形で、寝そべっているが、あれはかえって居心地悪そう。色々、試行錯誤するも、尿意とあいまって、やはり熟睡はできない。トイレ休憩も過ぎ、もう深夜。停まれそうもないようなところを走っているところで、尿意もそろそろ限界に。余程、停まってくれと言おうかと思ったが、どうも言いづらい。かくなる上は、ヴェトナムのまずいミネラルウォーターのボトルめがけて、と思ったが、揺れが激しく、はずす可能性大。そこで、みかんが入っていたビニール袋を引っ張り出してぇと・・・この先の事は、とてもじゃないけど、書けましぇん。あしからず。というわけで、ニャチャンに寄る羽目とあいなりやす。 → ビーチ・リゾート?のニャチャン
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