東南アジア旅日記
・12月16日(土) フエ 1日目
旅人殺すにゃ刃物はいらぬ、雨の三日も降ればいい
引き続き列車内。また3時頃に目が覚めたなあ。ゆっくり8時頃まで寝ていたいのだけど、よりによって6時半頃、車内に音楽が流れ出した。昨夜の出発時も、何やらヴェトナム大衆歌が朗々と流れてうるさかった。音量が妙にでかい点も、中国みたい。お陰様で、カッチリ目が覚めてしまいました。まわりも皆早起き。仕方なく歯を磨いて便を済ます。7時半頃しばし停車したのは、ドンハーだろうか。車内販売を捕まえて、4000Dのネスカフェを飲む。何やら菓子パンは、電車のサービスらしい。そのパンとバナナの朝食。同室のヴェトナミーズたちは、声はでかいが割と親切。中段のベッドで、しばし寝転がりつガイド等読む。パスポートを確認すると、ミャンマーのヴィザの時にもらった紙には、パソコン持ち込み禁止とかは書いてないが。そう、昨夜のネットで、ミャンマーにPCを持ち込むと、没収の危険性があるというような事項を目にしたのだ。勿論、ばれなければオッケーだろうが、もしばれたら・・・何だか、夜も眠れなくなりそうな、やばい事態ではある。飛行機代は高くつきそうだが、カンボジアのシェムリアップから、シンガポールに行って、空港にパソコンを預けて(チャンギ空港は、一ヶ月位荷物を預かってくれるとか)からミャンマー入りしようかと、真剣に検討し始める。そうこうするうち、フエが近づいてきたみたいだが、車窓から見ると、外は雨ザーザー。嘘でしょーって感じ。中国以降は、もう雨が降るようなとこは無いと聞いたので、昆明でポンチョは日本に送ってしまったのだ。着くまでにやんでくり〜。
で、9時ちょいに着いたけど、やっぱり雨。駅を降りると、早速モロモロの客引き攻勢。目指す宿は、駅から真っ直ぐだが、距離はそこそこある。シクロが10000Dで行くと言うので、それに乗って場所を告げるが、オヤジは本当にわかってるのかどうか。通り沿いを見ていると、目指す宿を過ぎて行くではないか。止まれ!と言っても、オヤジ、無視して行こうとする。そこで、胸ぐら引っつかんで、やっと止めさせる。全く、シクロってのは、必ず何か問題あるなあ。そのミニホテル18なる宿は、ドミがあるということでチョイスしたのだが、何かドミはダメみたいで、ツインの部屋を振られる。とはいえ、部屋は清潔で、トイレ・シャワー・テレビつき5ドルとのことなので、そこに決める。もしもう一人誰か見つけてくるなら2ドルにすると言われたが、難しそうだなあ。
幸い到着が早かったので、すぐさま外出。うまく行けば今日1日で見所はまわれそう。フエは、日本で言えば、京都・奈良的な古都という位置付けだが、歴史的には17世紀以降の都で、そう古くはない。勿論、ハノイに較べれば遥かに交通量は少ないが、ガイドブックに“ほとんど車が走ってない”みたいに書かれていたのは、ちと誇張あり。ここはまず王宮(右画像)でしょう。橋を渡って旧市街へ。王宮は入場料5ドルと高めだが、多分ここが最大の見所だろうから入る。この王宮関係も、ほとんど19世紀の建立。しかも、大半は第二次大戦で破壊されてしまったよう。しかし、成程、広い。ちょっと廃墟っぽい光景がずっと続いていて、雨がそぼ降る中では、どこか物悲しい。午前中はほとんどここで費やす。
昼食を取るべく店を捜すが、お姉さんの手招きで入った店は、しっかりメニューも置いてあり、お姉さんは“アイシテマス”なんて日本語単語も話す。ちと観光ずれっぽい店。高いメニューを薦められるが、ビール1本と麺をすするだけにしておく。座っていると、物売りがうるさい。相変わらず、声をかけてくるシクロやバイクタクシーも多くうざったい。何か、アジアってお呼びギャグの宝庫(つまり、お呼びでないのに出てくるのがやたら多いってこと)みたい。しかし、一昨日、宿できれいに汚れを落とし、紐も替えて新品同様に?生まれ変わった、我がアディダスのスニーカーは、無残にもドロドロ。こういうもんだよね、得てして。確かに、ヴェトナム人はサンダル履きばっかりで、靴履いている人は、ほとんど見かけない。ビーサンはあるんだけど、あれは泥濘では食い込むので、かえって不便。やはり、靴が汚れるのにまかすよりない。ここを去る頃にはジーンズもドロドロか。短パンの世界に行けるのは、いつの日か。
昼食後、一度宿に戻る。合羽を取りに行くついでに、たぶん、もう明日やることはないだろうから、3ドルと安かったボート・トリップを申し込む。更に、明後日のホイアン行きのバスも。ホイアンというとこも、一泊で充分そうな感じ。こうしてみると、どうも、ヴェトナムって観光的な魅力には、やや乏しい気がするのだけど。むしろ、気になるのは戦争関連(左画像:王宮側に戦車が並べられていた)で、ここからDMZツアーなんてのもあるが、20ドル以上するのでパス。ヴェトナムに何を求めるかが曖昧なのがいけないのかなあ?ともあれ、引き続き、雨の中を歩く。市場を過ぎて、寺がいくつかあるゾーンへ行くと、さすがにジモティ・エリアというか、観光客は見かけず、人々に珍しげに見られたりする。しかし、パゴタ関係も、そう大きなものではなく、ちと歩きつかれたので、ジモティで賑わうカフェで一休み。何か、昼日中からやたら休んでいる人が多いが、そういえば、今日は土曜日。明日はもっと静かそうでいいかも。
しばし道に迷った後、新市街へ戻り、宿が固まる白人エリアへ。ネット・カフェやレストランが並ぶ様子は、何処とも同じ。中国の公用電話にあたるようなものがあるが、日曜は国際電話の料金が少し安め。めげずに、明日トライするか?本当は、更に南の方の皇帝廊エリアへと思ったのだけど、雨も強くなってきて、歩きつかれたので、ちと早いけど宿へ戻る。夕食の時間まで、昨日の日記を書いて過ごす。しかし、宿の前の広場で、何やらヤマハのバイクの展示会みたいなのをやっていて、やたら大音量で、リッキー・マーティンとかが流れている。うるせーの何の、これ何時まで続くんじゃろ?と、思ううち、そのイベントが本格化してきて、歌手らしき人の歌やら、ちょっとしたお姉さんたちの踊りやらも始まり、雨の中、そこそこのギャラリーもいる。こうなると、一種のコンサートと思って、暇つぶしに眺めるかと思うが、まずは、夕食だ。地元っぽい店があまり見当たらないので、仕方なく白人ゾーンへ。
その中で、ジモティで賑わう店へ入るが、お互い言葉が通じず埒があかない。しまいには、別の店へ行ってくれと、やんわり断られ、仕方なく英語メニューのある店へ。日本人らしき女性二人組が、白人と話している。どうも、宿の話題が出ていたので、“宿捜してます?”と声をかけるが、滞在しているのは、日本人の多い宿で、満室状態だが安くてバスタブまでついている良いとこだと言う。うーん、日本人宿でもいいから、少し日本語による情報が欲しいなあ。どうもヴェトナムは、アップ・トゥ・デートな情報が得られてないもんで。因みに、その食堂はうまいと二人組が言っていたが、特筆すべきもんではなかった。まあ値段は安かったけど。二人も含め、大体、みんなフエの次はホイアン、ホーチミン、そしてカンボジアというコースみたい。どうも、ここフエも、ラオスのルアンパバンと同様、世界遺産と言われてもあまりピンと来ないところで、それでも観光客が多いってことは、やっぱ葉っぱ関係があるのかも知れない。
食堂を出ると、小指を出して寄ってくるシクロ運転手が多い。やはりあるんでしょうなあ。でも、もし仮にその気があったとしても、当方、雨の日には何もやる気がしない人なんですよ。というわけで、やっぱりネット・カフェへ。ホットメールに、ヴェトナム情報関連のサイト。何だかんだ、また一時間近くいて、22000Dを払う。9時過ぎに宿へ戻るが、例のヤマハ・イベントは終わっていた。宿の人間なのかよくわからないが、日本語の話せる兄ちゃんがいる。シャワーを浴びようとするが、一向に熱くならない。さんざ待った挙句ダメで、とうとう隣の部屋のシャワーを使わせてもらう。しかし、実は、途中でスイッチを切ったりしたのが問題だったみたいで、後で出したらしっかり熱かった。ま、悪い宿ではないですな。唯一の娯楽?であるラオラオを飲んで日記。途中で、ヴェトナム産ウイスキーを14000Dで買ったので、もうこれを飲みきっても大丈夫だ。しかし、フロント番の兄ちゃんたち、テレビのサッカー見て盛り上がっていてウルサイ。おいおい客の静寂を従業員が乱すんじゃないよ。明日はボート・トリップで早起きなんだから。とはいえ、今日はサタデーナイトだから、大目に見るべきか。ガーッデム・サッカーかあ、NFLかNBAが見たいよお・・・

・12月17日(日) フエ 2日目 ボートは安いが、入場料が高い
7時に起きてというか、外の物音で6時半頃目が覚めた。準備をして、残りのバナナを2本食べ、まだ余裕があるので、湯を沸かしてお茶を飲んでいると、宿のお姉さんが焦って入ってきて、待ってるよという。茶を途中にして出る。ボート・トリップだが、車に同乗したのは、愛想のいいドイツ人夫婦。船に乗ってから人が増え、結局、総勢16人で出発。大方白人だが、東洋人がもう一人。どうやら韓国人のおじさんだと、最後の方で判明。船は、操縦士らしき兄ちゃんに、お母ちゃん、少年、幼い娘、そして土産物売りのおばさんも乗っている。どうやら一家の住処はこの船らしい。船を持つというのは、一財産みたい。船は、サイゴン・モリン・ホテル近くの岸から南に向かう。どうやら、昨日行けなかった皇帝の墓系に行くみたいで、ちょうど都合がいい。そして何よりも晴れた!あなうれし。こうでなくっちゃ(画像:このような船です)。
まず一つ目の墓へ。ガイドを持ってこなかったし、スケジュールの説明を受けていないので、何と言う場所なのかはよくわからない。船を降りて、後は勝手に歩いて行けということらしい。バイタクが寄ってくるが、当然歩き。他の白人連中もがんばって歩く。腹が減ったので、途中でかっぱえびせんを買う。ようやく着いたお墓で、えびせんをかじりながら見物。しかし、入場料55000Dで、一気にドンが減ってしまった。成程、このボート・トリップそのものの料金は安いが、寄る場所の料金は別で、それが結構高くつくみたい。40分位見て移動。その後も皇帝の墓なのだけど、いちいち入場料が高め。結局、2ヶ所目は、歩いてはいったが、外から写真を撮るだけで済ます。知識もないし、皇帝の墓なんて、どれ見ても同じそうだから。
船の上では、土産売りがさかんに色々なものを広げてアピール。勿論、買う気は毛頭ないが。でも、夜のうるさいシクロ・ドライヴァーとかと違って、優しく接するので、なかなか離れてくれない。そこそこ歩いたので腹が減り、昼食付きなのはありがたい。炒めたビーフンに野菜の炒め物、油揚げ、卵焼きにご飯といったメニュー。ミネラルウォーターのボトルがあったのでもらうが、しっかり別料金だった。晴れたから結構暑い。まだ道はぬかるんでいるが、今日、洗濯物を干せば、すぐさま乾いたろうになあ。昼食後、今度は寺へ。ここも22000D位の入場料がかかるのでパス。白人でもパスするのが何人かいる。数時間で終わるのかと思ったが、午後もまだまだ続くよって感じ。更にもう2箇所位寄るみたい。
こういう団体行動をしていると、必ず遅れるやつがいる。ここでは、若いフランス人の三人組がいつも遅れて、船の持ち主をイライラさせている。この後は、ミン・マンという皇帝の墓へ行くが、また55000Dかかるらしいので、船で待つとする。後でガイドでチェックしたら、ここが一番見物だったみたいだけど。岸で座ってボーっとしていると、別の船の子供が寄って来て話しかけてくる。日本のコインをくれとか言うが、持ってない。別のがペンをくれと寄って来たり。何よりショックだったのは、年齢の話になり、いくつに見えるかと聞いたら、思いっきり“30”と言われてしまったことだ。確かにそういう歳なのだけど、ヴェトナムの子供から見ても、やっぱ30男に見えるのか。トホホ。別の女の子は、学校に被っていきたいから、帽子をくれという。ヤレヤレ、どういう大人になるのでせうか。因みに、55000Dで売るよと言っときました(こういう大人になるんだな)。

もういいやって感じだけど、まだ一箇所行くみたい。船ではもうウツラウツラ。いつものパターンだけど、船で寝るって怖いんだよね、落っこちそうで。もう一箇所の寺は無料(右画像)だったので、しばし立ち寄る。フエの見所は、それなりに風情があるのだが、日本の寺を見てもあまり面白くないのと同じで、どうも興味が湧かない。までも、これでとりあえず、フエの見所と言えるところには、一通り行ったわけだ。岸に戻ったのは5時近くで、何だかんだこれで3ドルは、船の持ち主からすれば安いだろう。あの家族は船で寝るわけか。
降り立った岸のすぐ側は、パラダイスなるレストラン。サンセットの時間なので、そこでビアタイム。ああ、ここにもビアホイがあればなあ。靴磨き少年だの色々寄ってきて、ほっておいてはくれないが、とりあえず、ご機嫌になって宿へ。しかし、昼の55000Dが大きく、もうドンの残りが少ない。両替は明日まで出来ないだろうから、いびちびいくよりないだろう。宿前では、またしてもヤマハのイベント。今晩はこれを見物するとして、宿前をウロウロしていると、割と美人な、宿のオウナーらしきお姉さんが側に来て、“今晩どうするの?”なんて聞くもんだから、一瞬ドキドキ。勿論、今晩も泊まるかどうかの確認でありました。しかし、シャワーはまたしてもぬるく、少し震えながら洗濯もする。
6時だけど、腹が減ったのでディナー。もうめんどくさくて、さっきビールを飲んだレストランへ。何せ、フエは選択肢が少ない。ジモティっぽい人もいたし、そうボリボリではないだろう。サイゴン・ビアとチャンポンのようなやきそばを頼む。まあまあって、アジア旅行でのメシは、まあまあばっかだな。安いものばかり食べているためもあろうが。もう一杯のビールと、明日用の軽食が欲しいが、もう有り金が、7000D程度。2000で買えるお菓子を捜すが、ありゃしない。ビールも6000以上が多い。仕方なくビールは諦めて、残りのラオラオを空けるかと宿に戻る。宿のお姉さんに、1ドルだけ両替してもらえないか聞くが、10000Dというのでやめる。この辺は、しっかりビジネスライクですなあ。しばし、イベントを眺めるが、8時に終わってしまう。
人気がサーっと引いたところで、中華まん売りが目に入る。一つで2000Dといが、交渉の甲斐あって、2つで2000になる。バンザーイもんであります。これで、明日朝、フォー位は食えるかな?宿前にいたシクロ・ドライヴァーたちが、小指を突き出して寄ってくるが、有り金は5200D。これでもよければ行くよと、有り金を見せると、さすがに苦笑して引いていった。もうテレビでも見てるしかないわなあ。部屋に戻ると、シャワーが熱くなっている。要は、どこか他の部屋が使うと、熱くなるみたい。せっかくだから、ホットなのをもう一度浴びる。後は、昨日かったウイスキーを飲りつ、日記とテレビ。今日は日曜で国際電話料金が安い日なので、一瞬、通信をとも思うが、112ドル・ショック未だ冷め遣らず、もう通信は、カンボジアに行ってからとする。しかし、金がないせいもあり、暇だなあ。10時位に寝ちまうなんて、埼玉と同じ。ま、明日も早起きではあるのだが。 → とりあえず、もう1都市ホイアンへ
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