東南アジア旅日記

 ・11月17日(金) バンコク→コラート モーラムは何処?
 昨日の続きだけど、さあ通信するぞという段になり、なぜかアクセスが出来ない。フロントはいつもの無愛想な兄ちゃんではなく、人の良さそうなお姉さんだったので相談すると、何やらキーボードをカチャカチャやって、もう一回やってみろという。部屋に戻って再トライの末、めでたく成功。1週間ぶりにHP更新。まとめてメールも送信。しかし、これからのこと考えると大変だなあ。何だか、部屋の冷房が効かず、暑いので、またビールを飲んでしまう。結局、寝たのは3時近く。大丈夫なんでしょうか?

 で、9時起き。荷造りとシャワーを済ませて、昨日出来なかった両替にチェックにサインをした銀行へ行くと、無事、両替は出来た。もっとも、ドルのチェックをキャッシュにしたので、2ドル分位目減りこれからの国々では、チェックの両替が厳しいとの話しなので、キャッシュにしておく必要性を感じて目減り分は安全と引き換えと考えるべきか。朝食は12Bのビーフンとバナナ1本。これ、正しきタイのブレックファストかも。そんなこんなで11時過ぎ。本当はバスと電車を乗り継いでバス・ターミナルへ行くつもりだったが、時間が押してきたのでタクシー。それにしても、宿の電話代、何と140B。最初の接続できなかった分が大きかったか。

 バス・ターミナルは、結構郊外にあり、高速料金も含め、タクシー代が200Bを超えた。だったら、電車、ないしはパッカー・バスでもよかったか?と思うが、やっぱ一般市民の乗るバスに乗りたくて。コラート行きのバスは、エアコンバスで157B。エアコンバスにはあまり乗りたくなかったが、ついつい時間が気になってしまったので。しかし、案の定、寒い。昨晩の睡眠不足故、結構ウツラウツラくるが、寒さは結構辛かった。隣は若い女の子。一般的に、市井のタイの娘は人がいいみたいな印象。あの間延びした口調も、何か癒し系だしね。バスは、意外や妙にサービスがいい。ビデオ上映があったり、お菓子、コーラ、お手拭まで配られる。バスの中で配られる飲み物は薬が入っていたりとかって話もあるので、最初は警戒していたが、考えてみれば、たかだか4時間の道のりで睡眠強盗も無いだろうと、飲む。でも、飲んでる途中で片付けられちゃったけど。4時間のはずだったけど、3時間でコラートに到着。

 トゥクトゥクの運転手に、タオ・スラナリまではいくらかと聞くと50B。30Bと言ってもまけようとしないので、バスに乗ろうとスタスタ行くと、1台だけ30Bでオッケーのがいて、町の中心部へ。ところが、さすがに、ディープなゾーンへ来たというか、英語は通じないし、道がサッパリわからない。一瞬、絶望的な心境に。宿はどこかと30分位ウロウロするうち、どうも、ホテルっぽい構えの建物が。キャセイ・ホテルなる中華系の旅社で140B。ちと汚いが、妥協する。ファン、シャワー、トイレつき。淡つぼがあるのは中華系らしい。このところの宿は、安くても清潔で快適なところが多かったが、久々に安宿という感じ。ヤモリ君は嫌いじゃないが、部屋の中にはいて欲しくないなあ。

 荷物を置いて町をぶらつくが、都会ではないんだけど、結構、交通量も多く、田舎の中心街という感じか。チェンマイのような自然もないし、マラッカみたいなヒマヒマな感じでもない。タイのジャンヌ・ダルクと呼ばれるタオ・スラナリの像を中心に、商店やSCが並ぶ。映画館もあるが、例によって「ナッティ・・」とか「悪いことしましょ」等。ウ〜ン、のどかとも言えない一方、見るべきとこも無さそう。ちょっとモーラムって感じではない。しかし、町をフラフラするうち、明日はコンサートだみたいなお知らせカーが通っていった。さっさと言ってしまったが、情報を知りたかった。しかし、この町で2泊は辛いだろうなあ。観光情報局に寄ってくるのを忘れたので、トゥクトゥクでバス・ターミナルに戻ったりしたが、ターミナルからも更に遠いということで、全くの無駄足。帰りは、学校帰りの学生に教えてもらって、バスで戻る。

 一旦、宿に戻ると、そろそろ6時。考えてみれば朝から何も食べていなかったので、夕食に再び外出。タオ・スラナリ像は、行きのトゥクトゥクの運転手も拝んでいたが、参拝客が絶えない。横の小さなステージで、コラートのダンスとかを時々やっているが、全然踊らない。しばし歩くと、ナイト・バザールに行きつく。この町の唯一の夜の娯楽はこれらしい。カレーパフのようなものを20Bで買って、少し胃袋を落ち着かせる。8時近くなったので夕食。おかずを一杯並べていた食堂に入る。この辺は涼しいので、あまりビールという気分でもなかったが、間が持たないのでビアチャンを頼む。魚とキャベツの煮物と、筍と豚肉のスープを頼みご飯も。しかし、ビアチャン大瓶もあいまって、とてもじゃないが腹に収容しきれない。115B払ったが、結構残さざるを得なかった。腹は破裂せんばかりにポンポンだし、行くとこもなく、宿へ戻る。道中初めて、部屋でゴキブリを殺した。因みに2匹。イヤハヤ、体調は回復傾向だが、この調子ではお手上げ。またしても大人しく寝るよりないでせう。水シャワーは冷たそうなので、朝にしよう。ああ、モーラムは遠く・・・・

ライトアップされると綺麗なタオ・スラナリ広場


 ・11月18日(土) コラート→ノーン・カイ トワイライト・ゾーンへようこそ・・・
 コラートには若干の未練を残しつつも、昼は何もしようがないので、やはり移動。バスの中で食べるようのパンをコンビニで買い、早々にチェックアウト。トゥクトゥクでバス・ターミナルを目指そうとするが、運転手に一向に言葉が通じず往生する。“ノーン・カイ、ラオス・ボーダー”とか言って、地図まで見せているのに、まだよくわからない。ようやくバス・ターミナルということで走り出すが、向かっているのは、どうやらバンコクから来た際のターミナル。ガイドでは、ノーン・カイに行くには別のターミナルと書いてあったので、違う違うと言うが、埒があかない。すると、ターミナル側のツーリスト・ポリスへ。そこで、英語で、ノーン・カイに行きたいのだがと聞くと、同じバス・ターミナルでいいらしい。アレ?とりあえず、運ちゃんに悪い悪いと、10B余計に渡す。

 と、降りた途端に、“ノーン・カイ、ノーン・カイ”とバス会社の人間らしいのが荷物を引っ張って行く。料金を聞くと105B。エアコンもついてないのに、ちと高いなあと思うが、そんなこと言っても通じやしない。結局、そのバスに乗る。今もって謎なのはこの辺だ。バスは、ものの見事にジモティ専用と言うか、パッカーみたいなのは皆無。ていうか、コラートから、既に旅行者っぽいのを、あまり見かけない。バス途中でもガンガン客を乗せ、満員となる。おまけに、途中でホイホイ降りていく人も多く、長距離バスって感じじゃない。勿論、バンコクからのバスみたいなサービスは一切無し。顎鬚の運転手と若い車掌?コンビが、ご機嫌に飛ばしていく。

 風景はガンガン田舎と化していく。ウ〜ン、こういうところならモーラムやりそうだなあ、という農村地帯だ。ウツラウツラしつつ、3時間位走ったところで比較的大き目のバス亭に止まる。すると、運ちゃんが、“お前、ここで降りるンちゃうの?”みたいなことを言う。まさかとは思ったが、“ここ、ノーン・カイ?”と聞くと、“そうだ”みたいなことを言う。慌てて、でかい荷物を持って降りるが、3時間で着く筈もないので、要乗り換えか何かなのかと思い、まわりの人間に片っ端から聞く。冷や汗ドバドバもんの中、やっぱり、ここはノーン・カイではなく、運ちゃんが勝手にここで降りるものと勘違いしたらしい。また、元のバスに乗り、“んなこと言うんだもん。焦ったよ”とか言うが、わかるわきゃないが、ダハハと笑う運ちゃん。ホッとして、ビニール袋入り飲み物なぞ買って、またウツラウツラ。後で見たら、そこは、やはり中間点のコーン・ケーンだった。

 これで、あと3時間程度でノーン・カイへ行くのだろうと、余裕かましていると、2時間程度のところで、ここだここだとばかりに、車掌が僕の荷物を降ろす。まだだろ?と思ったが、何やら係員に指示していて、“これで、ノーン・カイに行けるぞ”みたいなことを言い残して、バスは行ってしまう。一体、どうなってんの???どうやら、そこはウドン・ターニー。ノーン・カイまではあと1時間位のところだが、ここで、バスを乗り換えろということらしい。しかも、更に30B払って。別に係員は悪意でやってるわけではなさそうだが、だったら、あの105Bは何だったわけ?切符売った奴が勘違いしてたの?しかも、ノーン・カイ行きバスが来るのは1時間後。つまり、到着は6時過ぎということ。順調に行くなら、ノーン・カイには泊まらず、一挙、ラオスを目指すかなあなどと考えていたが、これで、ノーン・カイに宿泊するしか選択肢が無くなった。幸いなのか生憎なのか、ノーン・カイ行きは終バスだった。これはもう腹を決めてバスを待つよりなし。売店で買ったレオ・ビールを飲みながら、1時間待つとする。

 バスは、学校帰りの女学生でいっぱい。しかし、あまりそういうことを喜ぶ精神的余裕は無し。コラート以降は言葉は通じないし、旅行者は見かけないし、まさにイリーガル・エイリアン状態で、ホント、トワイライト・ゾーンに巻き込まれた愚かな主人公の如しである。ドンドン日が暮れて行く中、車窓からの夕陽が真っ赤っかできれい。タイで夕陽が美しいなんてことを思ったのは初めて。ま、せめてこういうことで、気分を和ませるとしますか。ようやくノーン・カイに着いた時には、もう真っ暗。ノーン・カイは田舎には違いないが、車は結構走っている。トゥクで目星のゲストハウスへ向かう。途中、“レイディいらんか?”みたいなこと聞かれたが、そんな気分じゃないっつーの。はよ、落ち着きたいわい。ロンリー・プラネットに出ていたサワディ・ゲストハウスに到着。トイレ・シャワー共同ながら80Bの安さで、部屋は清潔。ただし、道路沿いの部屋で、交通量はさほどでもないが、車の音が妙に臨場感タップリに迫ってくる。ホットシャワーは別料金というのがセコイ。ともあれ、夕食兼遅ればせの町歩きに繰り出す。

 暗くてよくわからんのだけど、チェンマイ並に近く落ち着いたところではあるよう。賑やかな方に歩いていくと、屋台が並ぶ先の、公園のようなところに、何やらステージのようなものが組まれている。オッと思って進んで行くと、どうやらコンサートの類が開催されるらしい。モギリっぽい兄ちゃんに、いくらだ?と聞くと、どうやら、ユニリーバーの提供で、会場で洗剤だの石鹸だのを購入するとチケットがついてくるらしい。早速、切れかかっていた歯磨粉を1個購入。これでめでたくチケットをゲット。足止め的に滞在を余儀無くされた都市で、コンサートが見られるとは!まんざら、ブッダも我を見捨ててはいないようだ。急ぎ、宿に戻り、蚊除けスプレーをふって、カメラを持って出る。

 会場近くの屋台で、そそくさとポーク・ライスをかっこみ、会場へ。どうやら学校の校庭らしい。開演7時半とかいう話だったが、実際は8時。既に、1000人位は集まっているだろうか。本当に老いも若きもって感じで、家族連れや子供どうしが、地面に新聞を敷いてジベタリアン状態で開演を待つ。僕もそれにならい、ビール飲みながら待つ。まずは司会者の紹介で、踊りのお姉さんが登場。結構、露出度高めの人たちが50人余!昔のSKD風の華やかさ。よく見ると、50人が出づっぱりってわけでなく、全体が少しずつそでに移動して、半分引っ込んでお召し返して、また反対側から出てくる、というのを途切れなくやっている。これは、歌手のステージになっても同様。

 いよいよ歌い手の登場なのだが、男女10人位が、とっかえひっかえ登場して、アップテンポ(つっても、せいぜいミドルなのだが)のポップ・ソングをメドレー形式で歌っていく。その間、ひたすら踊り子さんたちがバックを彩る。バンドは8人位だが、タイのポップは、インド同様、何と言ってもシンセが主役。チープなオルガンのような音が、絶えずピーピー鳴っている。一応、ギター、ドラム、ベースもいて、ホーンも3人位。見えなかったけど、あのケーンっつったか、竹の笛もいたのかどうか。ギターのような弦楽器もシンセの次に重要で、ソロは大体、この2つ。イントロもこの二つの絡みで始まるというパターンがほとんど。ひたすら、ピーピーピー(シンセ)、チラリラリラリラ(弦楽器)という演奏であります。


写りよくないけど、雰囲気だけでも。

 男性司会に加え、もう一人、元気な女性司会者も登場。ひとしきり歌が終わったところで、またぞろ、お笑いタイムになる。おかまちゃんみたいな人も交え、結構、殴ったり蹴ったりが多いのだが、歌よりも、お笑いの方が受けがいい。タイの人々も、いつぞやのインド人たいみたいに、あまり大きな反応を示さない。大体、座ったままで、歓声や拍手もまばら。でも、顔は笑顔で、楽しんではいるみたい。ま、控えめなのでせう。再び、歌に。今度は、出てくる歌手が、まず、演歌っぽい節回しの歌を1曲。2曲目でアップテンポになり、また踊り子さんが登場というパターン。今度は、一人が2、3曲を歌う。そういうステージが済むと、またお笑い、そして、観客参加のプレゼント・コーナーというようなパターンが続く。

 そんな調子でもう開演から2時間。出てくる歌手に対し、ようやく多少歓声が上がるようになってきたということは、段々人気スターが出てきているみたい。その人たちは、一人4、5曲の持ち時間。ただし、2、3曲歌ったところで、先ほどのお笑いが必ず出てきて茶々を入れる。いいのでしょうか?歌、邪魔しちゃっても。そんな具合にまた1時間。11時を過ぎると、更に、上をいくらしい、人気者が出てきて、バックの踊り子さんたちの舞いも、一段と艶やかになってくる。しかし、茶々が入るパターンは相変わらず。さすがに3時間も地べたに座っていると、尻がの痛さが限界に達し、立って見ることにする。既に、回りは立ち見の観衆に囲まれていて、何千人かの人が集まっている。

 深夜には終わるのかなあと、屋台の中華まんで、少し腹を満たすが、ドッコイ12時なってもまだまだ続く。開演前に会場に流れていたハスキーな声の女性歌手が登場する。どうやら、この人は更に別格らしく、自分の劇団?のようなものを率いている。先程からの司会者は、もう姿を見せず、その歌手の率いる一群が、ステージを仕切る。ボディガード?的なお姉さんを侍らせ、歌の合間に、その団員たちと共に、お笑い寸劇までやる。歌そのものは、声がハスキー過ぎて声量不足の感。それでも、ようやく、最前列の人たちは、立って踊ったりし始めた。しかし、歌の合間に入る寸劇の方が長く、延々と続く。途中、観客の男が暴れたか何かで、警察が登場するハプニングがあったが、お陰で、前方に座っていた客がサーっと一瞬引いて、視界は良好になった。

 しかし、もう1時過ぎ。いくら何でも眠いぞ。あの、ペナン島のインド演芸大会の時と同様、最初は色々新鮮だったが、長過ぎてだれてくる。何せ、6時間近くやってるんだから!しかし、こういう具合に、歌やら踊りやら笑いやらが続いた後、真打の歌手が登場、というのは、まさしく、モーラムのパターン。実は、これってユニリーバー提供のモーラム?そもそも、モーラムのサウンドというのが、どういうものか、よくわかってない。ただ、言ってみれば、タイのカントリーにあたる音楽だから、もっと泥臭い(これまでのも充分に泥臭いのだけど)ものだと思うのだけど。では、ひょっとして、このショウは明け方まで続き、夜が明ける頃に真打が登場するわけ?ウ〜ン、その顛末を見届けはしたいが、いくら何でも、もう眠いし、明日(というか今日)は、国境超えが控えているので、昼起きでは困る。最早、日記を書くのは無理とはいえ、そろそろ引き時かと思う中、どうやら、そのハスキー歌手の一連のステージが終了。ステージは、更にマイクを並べ替え、お笑いのようなものが始まったが、さすがに、観客も一斉に引き始めた。僕もお開きにしませう、これで。

 というわけで、宿に帰ったのは2時半過ぎ。どうも、様子では、3時位には終わったみたい。この日はシャワーを浴びてなかったので、真っ暗な1階で、有料のホットシャワーを浴びる。しかし、よりによって、鍵を部屋に置いたままロックしてしまい、宿主を起こすはめに。いや、疲れました。あのインド演芸大会をも超える長丁場。東南アジアのショウというのは、長く、盛りだくさんというのが鉄則なのかもしれない。一人の歌手の歌をじっくり聞かせるというよりは、豪華絢爛顔見世ショウの傾向が強いみたい。でも、コラートでも何かやったみたいだし、土曜の夜は、こういうのが結構よく行われていて、庶民の格好の娯楽になっているのかも。この先の国でも、こういうのに巡り合えるといいのだけど。

これまた濃かったです。

 → いよいよ4ヶ国目!ラオスはヴィエンチャン
東南アジア旅日記メニュー