露・土・印 旅日記

 ・10月29日(月) イスタンブール 1日目 フロム・コンヤ・トゥ・コンヤ

 イスタンブールには6時半到着。コンヤ程は寒くなくてホッとする。セルヴィスでアクサライへ。勝手知ったるトランバイ(市電)でスルタンアフメットへ。今回はアーセナル・ゲストハウスは素通りして、目指すはコンヤ・ペンションである。有名な日本人宿は安宿街のはずれに、一見ひっそりとあった。日本人の溜まり場みたいなのは好みでないのだが、インドへ行く前の情報収集のため、またどういう世界なのか興味もあって。行くと、出てきたのはノブさんなる日本人。3週間前からここで働いているという。その日の宿泊客は100%日本人だが、たまに何か間違った白人旅行者も来たりするらしい。

 ドミに泊まるが、ドア開けるなりゲロ臭い。数日前にバカ女が部屋で吐いたらしい。小さい宿で、部屋も狭く、お世辞にもそう快適そうには見えない(右画像:ドミの室内)。トイレもわざわざ1階に降りなくてはならず、シャワーは薄暗い地下にある。その地下にはライブラリー・スペースがあり、驚いたのは書籍類の充実。高い金出して買ったトルコの「歩き方」、ここには腐る程あって“ご自由にお持ち下さい”状態だ。文庫本やら漫画も多数。まずは情報ノートに目を通す。主にヨーロッパ、中東の情報だ。インド大使館は新市街ヒルトン・ホテル近く、50ドル要らしい。朝食は?と聞くと、2ドルで作るが、ここの宿泊者は全員、庭で自炊らしい。夕食などは、買出しに行って肉じゃがだの天ぷらだのを作るそうな。買出しと料理で、ほぼ1日が暮れるとか(笑)。オレはパスだなあ。金が無い云々より、そういう共同生活状態を楽しんでいるということみたい。聞きしに優る独特な世界。何か見てはいけないものを見てしまったような・・・

 今日イスタンブールへ来たのは、とにかく共和国宣言記念日のイベントを見るためだ。他の宿泊者も行くというので、総勢9人で一緒に行くことに。イノニュ・スタジアムで例年イベントが行われているそうなので、新市街へ向う。今まではトランバイでアクサライへ出て、そこでバスに乗換えていたが、何とタクシム広場直行バスがアヤソフィア手前の停留所から出ていたのだった。今までの苦労は何だったのだろう?確かに情報収集は重要と痛感。しかしなあ、日本人団体さんという、もっとも苦手とする行動形態。9人もの日本人がゾロゾロと行くと、さすがにジモティの注目を浴びる。でまたコンヤの宿泊者達は飾り気が無いというか、かなり汚い服の人とか、如何にも日本人な変な帽子を被っている人とか。背も低めの日本人たちが着の身着のままの恰好でウロウロしてるのは、これは自分も含めてだけど、かなりみすぼらしい。やっぱり日本人ってカッコ悪いもんなんかね。しかも、日本人、個々だと大人しいけど、たむろうと傍若無人と化す場合が多々。バス内の離れた席同士ででかい声で話し合う。ウ〜ン、これでは団体さんのチン(中国人)と同じだなあ。悪いけども、かなりの居心地悪さを感じてしまう。まあなあ、いちいち自分の見てくれなぞ気にしていては外国旅行なぞできないし、何も萎縮することはないと思うけど、敢えてバッチイ恰好で開き直るのもどんなもんか。イヤ、皆さんそういうつもりではないのかも知れないけど。

 直行バスはドルマバフチェ宮殿の横を通り、イノニュ・スタジアム脇へ。しかし場内、誰もいないぞ。どう見てもここで何かが行われる様子はない。一同途方に暮れ、ひとまず朝食を取ることに。僕はこの時点で離れたかったが切り出せず、しばしついて行くが、行った先がまたマックだ。ただまあ、個々の人は話すと悪い人ではない。いずれ劣らぬ旅のツワモノばかり。彼らなら一人とか他の外国人とでも充分やっていけるのだろうけど、それでも日本人とたむろってしまうのは、やはりその方がラクだからってことだろうか。ツーリスト・インフォメーションに何か情報はないかと行くが、やはりお休み。その側にあるヒルトンで何か聞けばわからないかと彼らはヒルトンに向う。おいおい、この集団でヒルトン行くわけ?僕は外で待っている。で、聞いたとこによると、今年から会場がアクサライ近くの市内に替わったらしい。そういえばセルヴィスで市内へ来る途中、何やら椅子とかが並べられてたっけなあ。あれは如何にもつまらなそうな公式行事っぽかったけど、あそこのことかいな。とまれ、タクシムからアクサライへ。

 行くと、パラパラと人だかりが。どうやらここで12時よりパレードがスタートらしい。焼栗を買って見物態勢。まずは学生たちの行進からボチボチと始まる。これだけではショボイなあと思ううち、兵隊や軍楽隊がそれに続く。ギャラリーからはさかんに拍手が。軍隊の行進に拍手、歓声かあ、複雑ですねえ。更に戦車だのヘリだの重量級が登場。要は軍事パレードなんだ、これ。一頻り重量級が通り過ぎたとこで、パレードは終了。まあ共和国宣言記念日なわけだから、国威を高揚させる種のものなのは当然と言えば当然なのだろうが。こっちはセマーとかタルカンとか期待してたもんで、ちとばかりガッカリ。夜に期待すべしか。


パレードの模様。見たかったのはタンクやヘリじゃないぞー

 ここでようやく解散状態となり、一旦部屋へ。夕食の準備にかかる宿の人達を尻目に、僕はギュルハネ公園へ。公式行事が軍事系なら、こちらは芸能系のイベントがないもんかと。でも見当たらず。しかし、スルタンアフメットのツーリスト・インフォメーションに寄ると、夕方、アジア側の方でまたパレードがあるという。アジア側はまだ探索してなかったので、ちょうどいい。鉄道の駅も見たかったし、期待するとしよう。キョフテサンド買って、宿のビール飲んで遅い昼食。夜行でほとんど寝れなかったのに休んでいないから酔いがまわってくる。しばし休んだ後、ムックリ起きてエミノニュへ。2番の船に乗ってカドゥキョイへ。

 しかし、カドゥキョイへ着いたはいいが、どこで何があるのかサッパリわからない。とりあえずハイダルパシャ駅を見物。スィルケジがヨーロッパ側からの終着駅なのに対し、こちらは国内線の終着駅。なぜか若い人がいっぱい。チャイを飲んで暖をとる。再びフェリー乗り場近くに行き、警官に“パレードはどこか?”と聞く。するとどうやらここから5km位離れたところらしい。こうなったらタクシーかと運ちゃんに、インフォメで聞いた、会場らしいフェネル・アライはどこか?と聞くが知らない。2、3人聞いたが知らず、ドルムシュに乗れとか言われる。処置無し。もう既に6時も過ぎた。しかし花火なぞ打ち上げられてないし音も聞こえない。フェリーの最終は8時半なので、ウロウロするのはやめ断念。屋台の魚フライ・サンド食べて帰りのフェリーに乗る。ああ虚し。

 足取り重く帰ると、宿では晩餐の真っ最中。こちらは途中で買ったギュゼル・マルマラ(笑)なる安ワインを飲み、ようやく買えたスター・ライフを眺める。中庭は遅くまで賑やか。モスクワのホテル・エルモスも不思議な世界だったが、ここも劣らずかなり奇妙な世界だ。局地的に日本語のみが飛び交い、日本人の笑い声がこだまする。まあさんざトルコを観光とかした人ならいいけど、観光もせず現地のメシも食わず自炊に精を出すってのは、別にここでなくても出来るんじゃないって気が。明日のインド・ヴィザ申請の首尾次第だけど、ここは情報だけいただいたら長居はすまいと、一人考えるのでありました。
本日の出費:トランバイx3 150万L マック225万L キョフテサンド50万L ビール85万L バス60万L 焼栗50万L 水25万L
イワシサンド50万L 船x2 120万L チャイ75万L ワイン300万L 宿代800万L 計1990万L




 ・10月30日(火) イスタンブール 2日目 コンヤは最高ってか?

 7時起きのつもりが9時起き。それでも一番早起きだったり。タクシム広場行きバスを待つ間、ビュッフェでペチャンコ・トーストとチャイの朝食。タクシム広場から歩いて、ヒルトン・ホテル2つ手前のビルの7Fにあるインド領事館へ。受付の金髪のお姉さんは、いくら何でもトルコ人なのだろうな。ヴィザ申請書類は記入事項が多く、父の名とか日本における保証人(親族以外の友人等、適当な名を書いておく)の住所等々。おまけにもっときれいに書けとか言われる。張ってあった表ではマルチエントリー・ヴィザ40ドル+FAX料10ドル(アメリカ人は更に20ドル)とのことだったが、10ドルを支払い、後は8ドルと言われる。受付のお姉さんも日本人は8ドルてなことを言ってたなあ。ホント18ドルで取れるの、インド・ヴィザ?受取は5日後、まあ日曜になるので6日後、つまり来週の月曜日ってことになる。それまでイスタンブール滞在かあ。長いなあ。

 シティバンクに行くかと思うが、またキャッシュをなくしたら元もこもないので、ギリギリに行く事にする。さて、後は町中ポスター・チェックに精を出すばかり。何かコンサートを見るというのが、もう執念と化している。タクシム広場にあるマルマラというホテルの横にチケット売り場みたいなのがあり、トルコ版「リヴァーダンス」?、「スルタンズ・オブ・ザ・ダンス」の公演が12月にあり、またイブラヒム・タトルセスが来月19日にあり。そこまではいられんなあ。すぐ側のアタチュルク文化センターでは、何やらフォーク・コンサートがあるらしい。フォークっつってもトルコのトラッドってことだろうねえ。取りも直さずチケット購入、4ミリオン也。てなわけで開演の7時半まで時間をつぶさにゃ。昼はイスティクラル通りのロカンタで。後は通りのCD屋やら本屋やらを探索。

 前にも書いたけど、ベリー・ダンサー、アセナのヴィデオが欲しい。しかし音楽CDはあってもヴィデオはない。トルコでは音楽ヴィデオってものをほとんど見かけない。それでもあちこちのCD屋をめぐっているうち、どこが一番安いかもわかってきたし、LPをたくさん置いてある本屋も見つける。更に、また腹具合が悪く(やはり感染源は杏だった)トイレを探している際、古本屋ビルを発見。神保町の如くテナントが皆古本屋。古レコードやポストカードやらも色々あり。映画館では、ようやく「猿の惑星」の上映も始まっていたし、CD屋や本屋の上には気の利いたカフェもいっぱい。いやー、新市街は楽しい。CD屋やら本屋やら映画館やらを巡り、カフェでコーヒー、バーで一杯と、これは全く僕が日本での休日にやってるのと同じ事だ。でも、結局、僕と言うのはそういう人間なのだろう。この新市街こそは、まさにそんな僕のための世界だ。新市街に宿を取ろう。決ーめたっ!

 ドルビー装備の劇場で「猿の惑星」を観るが、トルコの映写環境には常々不満あり。例の途中休憩やエンドクレジットぶっちぎりも勿論だが、隠すべきスクリーンのはじっこが丸出しだったり、逆に端っこ切れていたり、ちと雑。ヨーロッパ的な部分も多いトルコだが、こういうとこは妙にアジア的だったりする。因みに映画はガックリでした。再びCD屋めぐりで、アゼルバイジャンのミュージシャンのCDとイケイケのシンガー、イゼルのテープ買う。何やら文化案内所みたいなとこを見つけ、イベント予定表をもらうが、それによれば、うまくいくと、文化系のコンサートなら毎日の如く見られそうだ。コンヤで見られなかったセマーも含めて。これでますます新市街へ移る必要が増した。最短地下鉄の駅近くのカフェで、久々にネスカフェではない、本物のコーヒー(カフェオレ)を飲む。2.4ミリオンしたけど嬉しかった〜。やっぱ新市街ですよ、僕には。歩いている女の子も旧市街よりイケテルぞ。そういえば、お姉さんたちのいる変なディスコもあったっけ。

 7時ちょいに会場へ行くが、フォーク・コンサートは明日だった(笑)。まあ明日はまたこの辺で宿捜しだからいいでせう。ようやっとアクビルも買う。イスタンブールのよろず乗り物プリペイド・チケットだ。イスタンブール滞在2週間超にして、ようやくこの町の歩き方がわかってきた感じ。宿へ戻ると、朝から全然戻らないからと心配される。どーも、ここの人達はフツーの観光客とスタンスが違う。何せ、宿にいる時間が長い(笑)。当然ながら外に飲みに行ったりもせずに、中庭で宴会だ。僕も日本茶を振舞って、多少仲間に入る。ま、それにしても、やたらあっちゃこっちゃ旅しまくってる人ばっかであります。バックパック・ビギナーというのはここにはいないみたい。まあそういう人にはこの宿はお薦めしないけど(笑笑)。
本日の出費:バス代85万L 朝食70万L コーク80万L 昼食410万L インド・ヴィザ10ドル コンサート・チケット400万L
トイレ20万L カフェオレ240万L CD,カセット代1415万L 映画500万L 夕食220万L
杏(新たに買う)200万L アクビル1000万L(デポジット込) 宿+洗濯代950万L 計5590万L




 ・10月31日(水) イスタンブール 3日目 新市街でルンルン

 8時起き。宿の皆さんにならって朝食は中庭で取る。近くの店でバナナと卵とアイラン。むしろ高くついたり。ゆで卵等を食べる。皆は朝からオムレツなぞ作って力入っている。とりあえずインド・ヴィザ申請という重要な任務を終えたので、急ぎすることはない。さりとて自炊に精を出す気もないので、これはやはりネット関係だ。生憎、サイトの更新はまだ出来ないが、午前中で宿のPCが空いているので、ロシア以来のマイPC直接接続を試みる。ところがいくつかの番号へかけるも一向に繋がらず。原因は不明。まあどうしてもやらなければってわけではないので、断念。宿のPCでフツーに接続し、イスタンブールのアクセスポイントの番号を確認するが、間違いはない。何でなんだろうねえ?あまり必要を感じないせいか、原因を究明しようって気がない。モデムがいかれてる、とかだったらヤバイけどなあ。

 宿主で宿を切り盛りしているのは、20歳の女子大生エリフ嬢だ。ソバカスがあって、まだあどけない顔立ち。でも英語が話せ、少し日本語が話せる。トルコ語訳にこれ程うってつけの人はいるまい。着いたばかりのイスタンブールでお世話になった、学生のテラシマさんから頼まれていた、トルコ語手紙の訳をエリフ嬢にお願いする。文の内容はシンプル極まりないものだった。やっとテラシマさんに返事が送れる。また何か頼まれるのが怖いけど(笑)。

 昼過ぎにやっと外出。タクシム直行バスがなかなか来ないのでアクサライまで出る。昼食を取った後、毎度お馴染み新市街へ。まずはツーリスト・インフォメーションへ。イスティクラル通りに宿を取りたいが、ガイドブックには“この辺りは夜の町なので、大変に治安が良くない”とか書かれていて、ここらの宿は1軒も紹介されてない。でも裏通りには安そうな宿はいっぱい並んでいる。つまり、あそこらの宿は一様にヤバイってことか?その辺を確かめにインフォメへ。おじさん曰く、“深夜12時過ぎはドラッグ・ディーラーやストリート・ギャングが出没するから、お薦めはしない”とのこと。でもなあ、治安が悪いったって、トルコならたかが知れてる気が(と、完全になめてる)。コンヤ・ペンションで借りてきたガイドには、安めの宿が2軒程紹介されてはいるのだが。

 インフォメの続き。おじさん、ワンの出身者だそうで、東部を一通り周ってワンにも寄って来たと言うと、おー!チャイ飲みねえ、状態となる。最初は、“宮沢りえが来た時、市内を案内したのはオレだ”、とか穏やかに話していたが、段々と文化の話になってややこしい事になってくる。おじさん曰く、“日本とトルコは同じアジアだけあって、文化の共通性が多く見られる”とのことで、靴を脱いで家にあがることなどを挙げる。へ〜、なんて聞いていたら、“お前は2ヶ月トルコにいて、トルコ文化とは何か語れるか”なぞと迫られて返答に窮する。すると、“何も学んどらんなあ”なぞと呆れられ、おじさん説教モードに。少し反論すべく、“僕は日本とトルコの違いこそが印象深かったのです”と言うも、おじさん、“違いを見つけるのは簡単だ”と。ウ〜ン、拙い英語力もあって、うまい反論ができない。大体、たかだか旅行者は、いちいちその国の事学ばないって、と開き直ってもなんだし。“日本人はコールドだ”てなことを言われ、それは常々自分で言ってるのだけど、外国人から言われると面白くない。で、“コールドなんではなくシャイなのだ”とか反論。そんな具合な論戦になるわ、おまけに“お前は40歳位か(泣)?”等と言われるわ。まあ向こうも暇らしく、1時間近くインフォメに引き止められたかっこう。で、肝心の宿はというと、この辺捜してみれば?と地図くれただけ(笑)。何だかまあ。

 4時近くなって、やっと宿捜しスタート。タクシム広場に近いところから、イスティクラル通り裏にある宿を片っ端からあたる。でも安い宿あるある。テレビ付きにこだわらなければ、シャワー・トイレ付きシングル6ミリオン位もあり。さすがに妖しいデスコやらがあるエリアに密集する宿は避け、むしろ大通りに近い方を。ホテル・アラファトなんて名前からしてヤバそうなとこもあったり(笑)。10軒位あたって、結局、ガイドに載っていたヨンジャという宿がシングル8ミリオン。しっかりテレビでKRALが映ることも確認。早ければ明日、ここに移って来ることにしよう。この辺り歩いていると、いけてるバーやカフェがいっぱい。ルンルンしてくる。一方でこういう言い方はなんだけど、黒人が多いのは、やっぱ売人なんかなあ?

 ちと早いけど、またムール貝でビールいくべく、魚市場へ。ところが今日はアラーが何やらの日でビールは出せないと言われガックリ。コークでムール貝フライとミディエ・ドルマ。この店、もう3回来てるのに、思いっきりボリ。2度と行かねえぞ。今度近くへ行ったら、名をチェックして、名誉の“行ってはいけない”入りだぞ。ぼられないように慎重に店を選んでチャイを飲んだ後、アタチュルク文化センターへ。

 デルヴェット・モダン・フォーク・ミュージック・トプルルー、まあ要はトルコのトラッドを現代風なアレンジで聞かせようというコンサートのよう。会場は老若男女で盛況。新市街ならではのきれいな人多し。サズ持った学生とかも。ステージに登場したのは総勢22名。サズ等の伝統楽器に加え、バイオリン等の弦楽器奏者数名。更に、ギター、ベース、ドラム、シンセ、そして歌手が男女3人。内容は大体予想通りのもの。弦楽器類は、トルコ民謡の伝統フォームでも入っているが、この場合のはクラシック的なアプローチ。そも、演奏者は全員が正装。トルコ人にはお馴染みの曲に、ギターやドラムを入れ、文字通り、モダンな演奏を聞かせる。前にも書いたけど、トルコ人バカ乗りはしないけど、ノリはいい。女学生が指パッチン風ダンスで体を揺らし、手拍子も頻繁に。正直言って、僕にはドラムやギターが余分に思われたけど、場内はかなりの盛りあがり。その暖かさに、こちらも嬉しくなってくる。まあ今日のところはこれで満足。予定では、これからこういうのが毎日の如く見られるはずだから。休憩も含んで、100分位で終了。

 スルタンアフメット直行バスは既に終了。やっぱり新市街ステイが必要だ。店でもビール売ってくれないので、宿で買って談笑する人達に交じって飲む。今日は何の日か?とエリフ嬢に聞くが、知らないとのこと。イスラム教徒は各人によって意識の違いがあるようであります。しかし、宿泊者たちの話を聞いていると、とんでもない旅人たちの話が次から次へ飛び出す。リヤカー引っ張って旅してる女性!だのパンダのぬいぐるみを抱いて旅する男(笑)とか。話している本人たちも、住民票はタイにあったり中国にあったり。まあ明日1日ここにいて、一度自炊につきあってみるのもいかも知れない。もう一回洗濯も頼みたいし。ここの宿は途中で移るとショックを受けるらしいけど、4日も泊まれば充分だろう。大体、一箇所にそんな長いする旅人ばかりってのが尋常じゃない(笑)。フツーの白人カップルが宿泊者に加わったけど、彼らはここのことどう思ってるのだろ?コッソリ聞いてみるとしよう。
本日の出費:朝食355万L 昼食275万L チャイ60+25万L 夕食480万L ネット100万L ビール85万L 宿800万L 計2180万L

→ ヴィザ待ちでまたしても当分滞在 イスタンブール続き

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