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露・土・印 旅日記
・12月25日(火) ジャイサルメール 1日目 戦闘機と音楽師とキャメル・サファリ
確かに寒かった。インド人たちは毛布被って寝てた程。でも、いつもからすると、そこそこ寝られた方ではないか。到着予定時刻は8時だが、9時を過ぎてもまだ着かない。昨日の夜中に用足しに降りた時、既に足元は砂だったが、成程、窓から眺める風景は砂漠である。砂漠と言っても「アラビアのロレンス」に出てくるようなクリーンな砂漠ではなく、しょぼい木がチョロチョロ生えた冴えない砂漠ではある。途中からまだ乗りこんで来るインド人たちも、映画「バワンダー」で見たようなターバン巻きが多い。別にシーク教徒ってわけではなくて、砂+日除けなんだろうな。でも、砂漠の民とはいえ、どうもインド人には湿気を感じるというか。アラブみたいにカサカサした感じではなく、何かヌメっとした印象と言っては失礼か。
10時過ぎにようやく到着。降りた途端、宿の客引きやらリクシャやらがウジャウジャ待ち構えている。ツーリストらしいのは僕だけだから、当然標的である。ただ、連中の間では“獲物に触ったり引っ張ったりしてはいけない”という不文律があるらしく、強引には連れていかれない。顎鬚を触られた位。まわりが色々グジャグジャ言うのを無視しつつ、実は視線は一点を見定めていたのだ。目的の宿ホテル・レヌカの客引きは、控え目に群れから離れ、黙々と看板を掲げているではないか。その控え目さも気に入った。“決まり!”とレヌカを指差す、他の皆様はお疲れ様でした〜。ジープに乗せてもらって宿へ。
その運転手にしろ、宿の兄ちゃんにしろレストランのおっちゃんにしろ感じがよい。宿代は、これまた「歩き方」表記よりは高かったが、シャワー・トイレ付き150Rsの部屋を取る。何とここは湯が出る。うがいをして歯を磨いた後、4日ぶりのシャワーを浴びる。ヴェリー・ホットである。フレンチ・トーストとチャイの軽食を取った後、レセプションへ。ここ、ジャイサルメールは、何と言っても砂漠をラクダで渡るキャメル・サファリがメイン。砂漠の夜は寒いだろうから、まあ僕も日帰り程度のものに参加しようと考えていた。しかし、宿のツアーは明日の参加者がゼロ。明後日は人数が集まるかもなどと言うが、既にスケジュールはズルズルとずれ込んでいる。そうそう悠長に待っているわけにもいかない。これは他をあたるよりないかと考えるも、とにもかくにも睡眠不足を補うべく、寝る。
4時近くに起きたが、まだ眠い。時間も時間だし、市内観光もサファリ・ツアー捜しも明日ということにして、今日は夕陽を見る程度に止めるとする。宿の屋上から眺める風景は、まあ“ゴールデン・シティ”の名にふさわしいものと言えようか。一際聳える丘の上の城を目指して歩くが、ここらも城壁に囲まれた市内はそこそこツーリスティックで、あちこちから声がかかる。ただ、パキスタン国境に近いことが災いしてか、例年に比して日本人客が少ないと、宿の人が嘆いていた。確かに、時折、上空を戦闘機が唸りを挙げて飛んで行くのは、なかなかに物騒ではある。でも、それ以上に僕が気になるのは、インド政府が核実験を行っているのが、ここいらであるらしいこと。キャメル・サファリなぞで砂漠に長居すると、放射線浴びたりせんかいなあと気になったり。ここいらの子供に影響出たりしてないのかな?もっとも、インド、ただでさえ不具者が多いから目立たなかったり(笑、えないって)。
とりあえず、宿の北、その名もサンセット・ポイントというところに夕陽を見に向かう。途中、またしてもガキんちょが“ペンをくれ、ルピーをくれ”と寄ってくる。インドのガキ、人の顔さえ見りゃ何かくれなんだから。親は“尊厳”なるものを教えないのか?とか、ここで真っ当そうなことを言ったって無意味なのはわかっちゃおりますが。ただ、本当に貧しいインド人に対し、学校にも通っていて、別にそう貧しくもなさそうだったトルコのガキが、やたらに“パラパラ”ヌカしてきたことの方が問題か。とにかく、そんなガキんちょを制してくれたおじさんあり。そのおじさん、サンセット・ポイントに行く途中のテントに住んでいるらしい。“帰りに寄れば音楽を聴かせてやる”とか。おお、まさに彼こそは、噂に聞いていた“砂漠の音楽師”か。成程、楽器抱えた人たちがチョロチョロいる。しかし、白人客相手に商売してるみたいだなあ。ひっそりと砂漠に佇む人達という印象とは、だいぶ異なる。まあ観光客の相手でもしていないと食っていけないんだろうからなあ。ここらのガキんちょも、砂のせいもあろうが、髪の毛が薄汚れていて、都市部のスラムの子供と似たような見てくれではある。しかし、実は僕がラージャスタンで最も期待しているもの、それはラクダに乗ることなんぞより、この“砂漠の音楽師”の方なのだった。
再三登場、トニー・ガトリフ監督の映画「ラッチョ・ドローム」は、ジプシーの歩みを、彼らの歌と踊りで綴った作品である。その冒頭に登場するのが、ここラージャスタンの人々。この砂漠の民が、どういう理由かはわからないが、西へ向かって移動を始め、トルコ、エジプト、東欧、南欧へと広がっていく。そして、彼らの末裔が、今、ジプシーとして生き続けている、というのだ。そう、このラージャスタンこそはジプシー発祥の地。僕がインドの中でもとりわけ、この地に興味を持ったのは、そのためだ。
サンセット・ポイントには、クリスマスにもかかわらず(ま、関係ないっちゃ関係ないが)男同士で夕陽を見に来てるインド人が2組程度。そのうちの一人と言葉を交わす。彼に“あそこらにいるミュージシャンの演奏って高くつくの?”と聞いたら“高い”とのこと。ウ〜ン、やはり観光化は免れ得ないか。彼ともう一人いたおじさんは、キャメル・ドライヴァーという。これ幸いに“いいツアーないかね?”と聞くと、自分とこでやってるってことで、そのおじさんの宿へ行くことに。“砂漠の音楽師”に後ろ髪引かれつつも・・・
おじさんは、ややはずれにある新しいホテル、ジャイサルビューの主人であるらしかった。明日発の2泊3日ツアーは、日本人も含む4名の参加者があり、申し込めるとのこと。砂漠の夜は寒いし、あまりヒマもなくなってきたから、長くても1泊2日でいいかなあと思うが、説明を聞いているうちに2泊の旅が魅力的に思えてきてしまった。まず何より、“ツキノ〜オ、サバクヲ〜”(インド女性歌手の例のキンキン声で歌われると合いそうだ)てな位で、一度は砂漠で夜を明かしてみたいもの。1泊にしろ2泊にしろ、料金は1000Rs台と高いが、念の為、今の宿の値段も聞くと、やはり同程度で、これが相場なのだろう。結局、迷いに迷った末、1250Rs也で2日半のツアーを申し込む。明日出発で戻りは28日かあ。年末年始はプシュカルになるかなあ。よかったのやら・・・
そうなると、割と居心地のよいこの宿も明日でチェックアウトせにゃならない。ジャイサルビューの方は、部屋は50Rsにしてくれるとか。新しくできてマイナーなので、売込み中らしい。ただ、ジャイサルビューにしろ、このレヌカにしろ、強引さがない点は好感。故に、ある程度信頼してもいいのかなと思う。とりあえずレヌカに戻り、宿の食堂で夕食。ラージャスタン・ターリーってのは、またフツーのターリーとはだいぶ違う。野菜団子にタマゴの入った煮物等、あまりスパイシーではない異色のメニュー。しかし、この宿、客があまりいなさそうだなあ。この食堂、味も悪くないけど、他は白人カップルが一組来た位。宿の前が子供たちの遊び場になっていて、その声が響く以外は実に静か。明け方の冷えに備えて毛布を借りてくる。明日からは、しばし砂漠っすか〜。更新もしばらく先になりますな。まあ、日本の皆様はクリスマスでそれどころではない?こちらはまあ、カンボジアのプノンペンにいた去年よりは幾分マシかな?
本日の出費:朝食30Rs キャメル・サファリ1250Rs 揚物5Rs 夕食50Rs 計1335Rs

・12月26日(水) ジャイサルメール 2日目 印パ戦争勃発!?
7時半起きしてチェックアウト。ホテル・ジャイサルヴューのオウナーが道の反対側で待っててくれた。朝食を食べさせてくれると言うが、出てきたのは焼いただけのしょぼいパン。ジャムを切らしたとか(笑)。チャイにつけて詰めこむ。で、すぐさま迎えのジープがやってきて、いざキャメル・サファリへと出発であります。宿のオウナー、白人カップルに日本人カップルなんて言ってたけど、日本人ってのは釣り文句だったらしく、オランダ&フレンチのカップルにオージーが一人の計4人。この顔ぶれと2日付き合うわけか。
ジープで20分位行ったとこでラクダ及びガイドが待っていた。ガイドはタイガー・カーンなるレスラーのような名のムスリム。22歳で2人の子持ちだそうだ。既に10年この商売をやってるそうで、不敵な面構えの持ち主ではある。既に荷物が満載されたラクダに乗る。ラクダってのは結構座高が高くて、僕の身長を超えている。当然臭いし、顔周辺はビッシリハエがたかってる。本当にこいつに乗るのかあって感じ。尻の後にいると危険で、コロコロとアンコ玉のようなフンや未消化の軟便状のを放ったり、勢いよく小便も放つ。ついでにブリブリと屁も。僕は大体こういう時に、一番困ったやつに当たったりするんだけど、さて今回は。いずれにせよ、早くも先が思いやられてきた。
ガイドのタイガーは、さすがに10年のキャリアの持ち主だけあって海千山千。英語も達者だし客扱いも手馴れている感じ。英語力では完全に僕の方が負けていて、早くも“英語の不得手なジャパーニー”の烙印を押されてしまった恰好。ジャイサルメールの他の連中のように、挨拶程度の日本語が使え、日本人客の物まねをしたりする。ラクダの乗り心地はと言うと、まあラクダ〜って程ではないにしろ、象とかよりはマシか。揺れも少なめで、程なくして手放しでも余裕で乗れるようになる。長時間乗らなければ、尻もそうは痛まなそうだ。僕のラクダが先頭で、午前中は約2時間位進む(左画像、ラクダ上から見た砂漠の風景)。
午前中は村に一つ寄った程度。別に何てこたあない村で、子供にペンをせがまれた程度。ペンもらったって字書けるんかいな?勿論やらなかったけど。砂漠は低カーストの村が多いらしいけど、どうやって区別がつくのか?カーン曰く“服装でわかる”とのことだが、わかんないぞ。村から井戸は少々離れたところにあり、女性たちが水を満載した壷を2つ位頭に乗っけて村まで運んで行く。ウダイプルで見た壷乗せダンスは、こういう生活上の必要性から生まれたものなんだなと納得。
とまれ、12時半位には昼休みとなる。まずはラクダの鞍を全部降ろす。積んでる荷物は元より、毛布だの何だの全て降ろす。その後、ラクダは前足どうしを鎖で縛られた状態で放牧される。遠くには行けない程度で、勝手に草でも食べなってとこだ。それが済んだとこで、今度は薪集め。昼食の準備だ。火を起こして湯を沸かし、まずはチャイを入れてくれる。次に料理。野菜を刻んでチリとマサラで味付け。更に小麦粉を練ってチャパティ作り。以上を全てカーンが一人でやる(左画像)。我々はと言えば、寝てるだけ(笑)。こう書いてみると、かなりの重労働だわね、キャメル・ドライヴァーは。でも、こいつ、どうも日本人をバカにする傾向があって、今イチ好きになれないんだよね。
ランチはブロッコリのカレーにインスタントのマサラ・ヌードル、チャパティ(右画像)。味はまずまずってとこか。食べ終わった食器は、カーンが砂で洗う?後で水でも洗っていたのかな?水は、途中で立ち寄る村で調達する。我々が食後の一休みをしている間に、カーンは、ちょっと離れてしまったラクダを駆り集め、再び鞍を装着。以上の作業が結構時間がかかり、再出発は3時位。ただ既に午前中でラクダに乗るのは飽きてしまった。何せ歩みがトロイ。砂漠っつっても、あの「アラビアのロレンス」に出てきたみたいな、何にもない、砂紋を描いているような砂漠ではなく、どっちかって言うと、西部劇に出てきそうな、サボテンやしょぼい草の生えている砂漠が続く。地面もズブっと足が入ってしまうような感じではなく、そこそこ固まってるので、こういう地面ならわざわざラクダを使わなくても、徒歩や車でもオッケーだろって気がする。実際、ラクダから降りて引っ張って歩いた方が早いのだ。でもまあ、そこを敢えてラクダで行くのが、キャメル・サファリってもんか。
昼食時に出た話題に仰天。実は印パの緊張が現在最高に高まっていて、戦争突入が間近とな!カシュミールを巡る紛争らしいが、ここはパキスタン国境からわずか55km程度の場所。着いた日から、やたら戦闘機が上空を飛んではいたが、そんな事態になっていたとは寝耳に水。おいおい、呑気にラクダなんぞに乗っている場合じゃないぞ、大マジで。調子に乗って2泊のツアーにしてしまったことをますますもって後悔する。途中でキャンセルして、明日ジープの迎えを頼むかとも考えたけど、それ一体どうやって連絡取るんだ?まあ話にビビって逃げ出したってのも恥ずかしいから、1日半耐えるよりないか。終わり次第サッサとジャイサルメールを抜け出さねば。事によると、インドを、かも。戦争状態に突入すると、インド全土で夜行列車はストップするかもとか。そんな不便なことになったら移動も覚束無い。勘弁してくれよなあ、全く。
さて午後は、なぜか午前とは違うラクダに乗せられ、こいつは何だかブイブイやたらに嘶くし、鞍の上の毛布が少なめで、歩みを速めると尻が痛い。カーン曰く、前に乗ってたのは腹の具合が悪いとか何とか。そこそこ調子良かったのが、一転、不快となる。カーンはインド人らしくテンションの高い男で、英語でやたらにジョークを飛ばし、キンキン声で歌う。で、時折ジャパーニーに茶々を入れることも忘れない。しかし、英語力で負けてる上に、10年のキャリアはだてじゃなく、いいようにあしらわれているようで反撃できないのがシャクにさわる。文句をたれたくても、まわりは英語使いばかりだし、まいったねえ。この調子があと1日半続くわけか。とまれ、せいぜい2時間程度乗っただけで5時半、日没近い時間となり、アッサリこの日のライドは終了であります。乗ってる時間が短いのが何よりだ。実質5時間弱だもんね。また再び昼と同様の作業に入る。
夕食はジャガイモのカレーにライス。我々が野営態勢のところに、徐にソフトドリンクを持ったおっさんが現れた。キャメル・サファリのコースは概ねどのパーティも似たようなものなので、毎度商売してるらしい。ビールもあるぞとか行って、後で本当にキングフィッシャー持ってきたのには驚いた。7アップ1本20Rsで買う。結構儲かりそうだね。おっさんと近くの村の少年も加わっての夕食。ペプシおじさんは結構トーカティヴな人のようで、カーン相手にさかんに喋っている。客組は、英語で、インド情勢や旅行情報を。フレンチとダッチのカップルは夫婦で、ダンナはフランス料理のシェフ、カミさんは歯医者、オージーは医学生とか。オージーの英語は相変わらずわかりにくいが、三者とも気は悪くない感じであります。
食べ終わる頃には夜も更け、もう9時過ぎ。砂漠は夜の冷え込みが厳しい。カーンが各人の寝床の準備。テントも持ってはきたが、毛布がいっぱいあるので、外で寝ても大丈夫だろうとのこと。まあ、星を見ながら寝るってのが醍醐味だろうからね。1泊はしてもいいかなと思ったのは、砂漠で寝るのを体験してみたかったから。10時には寝の態勢で、薄いマットに毛布2枚。ラクダの背に乗っていたクッションを枕に横になる。僕は持参した長袖もの3枚を全部着て、毛布を2枚かけたけど、それでも寒そう。で、余ったテントをその上に。ちと重いが寒さはどうにか凌げそうだ。確かに砂漠の夜は静かだ。動物の鳴き声や、山羊だか羊だかがぶら下げてる鐘の音がたまに聞こえる位で、後は異様な位の静寂。静か過ぎてかえって眠れなかったりして。大した運動量でもないので、さして疲れも感じてない。楽っちゃ楽だけど、こいつぁやっぱり1日で充分過ぎる程だわなあ。早く明日来てサッサと済んでくれいと願いつつ、満点の星の下眠りについた。
本日の出費:宿代150Rs 7アップ20Rs 計170Rs
→ ラクダ乗りの続き ジャイサルメール だよん
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