東南アジア旅日記

 ・11月29日(水) モンラー→景洪(ジンホン)  唾が吐けなきゃ一人前じゃない!?

 起きたのは9時過ぎ。夜中に腹の調子が悪くて目が覚めたけど、何かにあたったというわけではなく、唐辛子の大量摂取による一時的なものと思われます。左様に、ワタクシのポンポンはデリケートなんであります。さて、まず、出発前に済まさねばならないのは、両替と通信。朝食を兼ねて町へ繰り出す。大きな中国銀行があったのは結構先。自転車漕ぎがタクシー代わりみたいだけど、帰りに使うことにして、がんばって歩く。さすがに、そこでは、円が両替できてホッとする。1万円が732元程に。1円=13.6元位のレートということになりますな。一息ついて朝食。昨日から通る度にうるさいオヤジがいる飯屋へ。お粥が食べたかったがないということで、麺にする。アッサリ味を期待したいところだが、思いっきり油っこそうな麺が出来あがる。ただ、見た目ほどにはギトギトしていなくて、どうにか腹に収まった。3元也。

 そして次は通信。宿の近くの洗濯屋の店先の公用電話を使う。店のオヤジに、一応、インターネットとか説明するが、特にこだわらないみたいなので、パソコンを持ち出して、設定に勤しむ。こういう使い方をする中国人はいないらしく、オヤジも不思議そうに眺めている。まずは、昆明のアクセスポイントへダイアルするが、失敗。電話でかけてみても反応がない。市外局番等に問題があるのか何なのかわからないが、言葉が通じないので聞きようがない。とにかくAPを変えて再トライ。確実そうな北京にかける。すると、2回目位で接続成功。メールの受信、ファイルのアップロードを試みるが、メールの送信が出来ない。HPは、更新の途中で接続が切れる。それを3回位繰り返し、どうにかファイルのアップロードは完了する。しかし、メールの送信は、結局、出来ず終い。ニフティは、ローミングだと、時々、送信が出来ないことがある。今回はニフティと提携しているグリックで接続したにも拘らずだ。どうなってるんだろ?ま、とにかく、公用電話で、接続が出来る事がわかったのは収穫。どの町にもこれがあれば、毎日でも接続可能だ。しかし、料金が高くついた。時間は短くても、何度も接続したのと、広い中国を考えず、現在地から遠い北京に繋いだのが原因。せめて、広州あたりにすべきだったか。宿代を超える33元を払う羽目になった。

 宿へ戻ったのが11時半。もうチェックアウトの時間が迫っている。急ぎ、荷物をまとめ宿を出て、隣のバス・ターミナルへ行くが、バスは、少し離れたもう一つのターミナルから出ると言う。結局、思い荷物を持って歩く羽目に、トホホ。景洪行きバスは26元。12時半出発らしいので荷物を積み込むが、運ちゃんがメシでも食ってこいや、と向かいの店を差す。ま、時間があるなら、それもいいかと、さっき食べたばかりだが、向かいの四川風食堂へ。青菜がどっと入ったスープと、野菜と肉の千切りした炒め物に、ご飯。結構、パクパクと平らげてしまった。すると、バスは結構人が乗り込んでいる。まだ時間があるのだろうとトイレから戻ると、僕を待っていたかのように出発。12時発だったのかしら?タイやラオスのバスのようにギュウギュウには詰め込まず、座席がいっぱいになったら、乗車を断っていた。

 道は舗装されてはいるが、バスそのものがボロいため、ガタガタ程度の揺れは絶えず続く。ガイドを見る程度で、黙々とバスに揺られる。途中、また道の舗装し直しとかで停まったが、今回はものの数分でスタート。ひたすら山道でカーブが多い。そこそこの高度のせいか、山の天気っぽく、時折、雨がぱらつく。モンラーあたりは、自然保護区に指定されているらしく、なかなかの景色。案外、ここも観光するところが、どこかあったのかも。3時間近く走って停車。タイのバスのように、物売りが色々やってくる。しかし、中国人に、バスの中で食べ物を与えてはいけない。ここからが彼らの本領発揮だ。彼女連れで乗り込んで来た兄ちゃんは、ゆで卵を食って、その殻を平気でバスの中に撒き散らす。何やら果物の種も吐き散らす。おまけに、この兄ちゃん、やたら走行中にタバコを吸う(中国のバスは禁煙ではない!)。隣のバスでは、おばちゃんがバナナの皮を窓から放り投げる。斜め向かいのオヤジは、バスの中に唾を吐きやがった。いや〜、中国人のマナー観念恐るべし。それにしても、みんな、よく唾を吐き、タバコを吸う。ま、確かに埃は多いんだけども・・・

 4時間位走って、ようやく目的地・景洪のある西双版納地区へ入る。ここも自然保護区、そして、左手を流れているのは、メコン川ではないか!1日ぶりの再会であります。旅先で会った日本人の何人かは、「地球の歩き方」ではなく、雑誌「旅行人」の「メコンの国から」というガイドブックを持っていた。この本には、タイやラオスと並んで、中国の雲南省も掲載されていた。そう、雲南もメコン・エリアなのだった。ドロドロの川を見ていると、なぜか、“川は流れてどこどこ行く〜の?”と、喜納昌吉の「花」のメロディが頭の中に流れてくるのだった。あの曲はタイでもヒットしたそうだが。もうすぐ、景洪というところで、少数民族っぽい一群が乗り込んで来たが、明らかに、風呂に入ってない系の香りを放っていて、臭いのなんの。携帯持った女の子から、でかい荷物をもったおばちゃんまで、色々な人々が乗っては降りて行きます。

 5時ちょいに、ようやく町へ到着。景洪には一応2泊予定だが、2ページ程のガイドのコピーしか情報が無い。とにかく、荷物を背負って、ゲストハウスが多いらしいエリアに向かって歩き出す。中国のホテルは、表示が様々で、本格的ホテルが「酒店」、もう少し小さいのが「賓館」(今、泊まっているのがコレ)、「招待所」、ゲストハウス・レベルのが「旅社」と色々あってややこしい。入口の前に、人が待ち構えているところや、値段が表示されているところも多い。しばし歩いたら、割と大きく立派な建物で、30元程度を謳っている宿があり、すっかり得意の筆談で、部屋を見せてもらう。完璧にクリーンとは言えないが、トイレ、湯船、テレビ、お湯ポット付。通りに面した部屋はうるさそうなので、引っ込んだ部屋を望むと、そちらでも40元。なら、ここにしようと決める。とりあえず、地方都市に関しては、中国の宿の値段は安いらしい。だが、何事も完璧ではないところが中国らしいと言うか。よく見ると、部屋の窓が思いっきり割れている。蚊帳がぶら下がっているから、その点は大丈夫だろうけど。便所はちと臭う。ベッドの電球は切れているし、エアコンのところの電源は、電気がきてない。大きいのは、湯が出ないこと。昨日の宿みたいに夜になれば出るのかと思いきや、とうとう出なかった。でも、これでも、途中で見かけた旅社よりは、きれいな方ではないか。タイのコラートで懲りたので、ラオスの宿は、中華系らしいのは避けたが、ここでは全て中華系だから避けようがない。中国で、共同トイレの宿にだけは、泊まりたくないっすね。

 朝、本来、昼食用に2元で買ったパンを日本茶を入れて食べる。熱いお湯のサービスがあるのは、数少ない取り柄だ。6時とちと遅くなったが町歩き。バス停から公園に向かう方向に歩いていたと思っていたのは、全く逆だった。これは地図がないと話にならない。バス停に行って、次の目的地・思芽行きのバスの時刻をチェック。売店で、町の地図を3元で購入。ようやく町歩きがスタート。まず、中国の公式旅行代理店?のあるらしい文化館という建物へ行くが、何だか工事中みたい。更に、夜にショウが見られるという、民族風情園まで、さんざ歩くが、辿り着いたら閉まっていた。唯一の情報源のガイドのコピーは、かなり情報が古いらしい。これで、夜の娯楽はなしか。一応、映画館にも行ってみるが、今日はいいでしょう。地元映画が中心みたいだが、「パーフェクト・ストーム」が次回上映になっていた。因みに、料金は8元だった。なぜか誇り高き中国が、アメリカのことは、媚びるかの如く「美国」と書くんだよなあ。とまれ、横の公園では、中高年の団体が夜の太極拳練習に勢を出す。映画館の敷地内の建物にネット・カフェらしき場所を発見した。

 モンラーにしろ、ここにしろ、中国の町は、歩いているだけでも、それなりに面白い。別の公園では輪になって踊っている若人がいたりするし、あちこちに街頭マッサージ師がいて、手招きをする。屋台ででかいサトウキビが売られていて、どう食べるのかと思ったら、皮をむいて、そのままバキバキかじるのだ。さすがは、パンダの生息する国ではある。個人商店では、朝っぱらから、商売より、将棋みたいなゲームに精を出しているのが多いし。しかし、何よりも強烈なのは、中国人のマナーの悪さと衛生観念の欠如だ。とにかく、3分に1回位は“カ〜ッ”が聞こえる。今のところ、若い娘のは目撃してないが、キレイな娘が、いきなり、“カ〜ッ”をやったひにゃ、百年の恋も冷めるわなあ。何か、あの“カ〜ッ”は、中国人が大人になる上で、覚えなくてはならない通過儀礼?のようにさえ思える。僕も、この数日、やたら喉がイガイガしていて、痰がたまる。中国人に倣って、“カ〜ッ”をやったら、何かスッキリしそうで、ちとやりたくなったり。それと、さっきも書いたけど、ゴミの問題。平気で道にゴミ捨ててるもんなあ。更に、子供なんかは、歩道で小便したりもする。もっとも、中国の汚い便所で用を足すなら、立ちで済ます方がマシという気はする。公衆便所がところどころにあるのだが、何だか、暗い裏通りにあって、夜は明かりさえついてない。もっとも、灯りがついていたら、たぶん直視出来ないような状態なのだろうけど。まだ、究極の汚染便所には出遭ってないが、いつかその日が来ることを考えると恐ろしい。中国で下痢にだけはなりたくない。中国では靴底は実にかわいそうな立場ですな。さすがに、ここでは、ジベタリアンはしない方がいいでしょう。思いきり、尻が誰かの唾や、時には、子供の小便にまみれることだろうからね。
  
夜の景洪。左:太極拳に勤しむ人々。右:映画館。「パーフェクト・ストーム」他を上映

 もう時間は8時半過ぎ。とりあえずは夕食だ。宿近くの、また、おかずを並べている食堂へ。肉の炒め物等2品をもらって、ビール。大理ビールというのを飲んでみる。因みに、昨日飲んだビールは、燕京ビールというブランドで、青島も含め、中国のビールは、3%台とアルコール度低めなのが特徴。缶は少なく、どこでも瓶だ。しかし、中国人の大食漢ぶりが移ったのか、更に、おかず1品を頼んで、ご飯も食べ、11元位だった。こと、食事代に関しては、中国は、タイやラオスを上回る安さだ。ま、そういうところでしか食べていないせいもあるが。ネット・カフェへ向かうが、電話局でも、公用電話サービスがあるらしく、中国は意外や接続環境の選択肢は豊富だ。ネット・カフェは、大半がゲームをやっていて、あまり、ネットは使われてないみたい。設定にさんざ手間取って、ようやく始めたが、これがもう洒落にならない遅さ。結局、何も見れまま15分。NFLはどうなったんだ〜!?これなら、公用電話で接続して見たほうがまだいい。トイレ代に2元払ったようなものだった(因みに、中国のトイレも有料が多い。0.3元位だけど。勿論、思いっきりバッチイのにだ)。

 宿へ戻ると、鍵は「服務台」のお姉さんが開けてくれるシステム。ま、これならセキュリティはオッケーではある。昨日の宿もそうだったが、宿代に加え、10,20元程度の保証金を要求される。チェックアウト時に戻るのだが、何かぶっ壊した時のためなのか?ともあれ、お湯はやっぱり出ない。今日も埃を浴びたのでシャワー位浴びたいが、水シャワーなら朝にしよう。中国の宿の部屋は一般的に薄暗いそうで、日記をつけるのも、なかなか辛いものがある。すぐ近くの、「酒店」が、この宿より遥かに立派なのに、料金は20元を掲げていた。だったら、今度こそマジに宿を移ろうではないか。で、明日は、ホットシャワー、欲を言えば、風呂にありつきたいものだ。

 ・11月30日(木) 景洪 2日目 宿の乙女への贈り物は?
 8時半に起きて、またしても荷物まとめ。お湯の出ないのは困るので、今度こそ宿を移ろうというのだ。すぐ近くの大きな酒店へ行く。20元の部屋を見せてもらうと、これが、窓無し3畳牢屋部屋だった。これじゃ意味無いっつーの。風呂付部屋は50元とのことで、これなら今の宿のほうが安いか。ということで、宿に戻り、「お湯が欲しい」を訴えるという方針に転換する。フロントのお姉さんによると、気温が低いから暖まらなくてみたいなことを言っていたみたいだけど、ソーラー発電なんでっか、ここ? 服務の、愛想のいい娘に言うと、部屋を替えてくれるという。お湯は12時過ぎには出るそうだ。彼女を信用するとしよう、ということで連泊。落ちついたところで朝食。しかし、今朝は、異様に痰がからみ、異様にトイレが近い。道端で唾を吐き、世にもバッチイ便所で用を足せ、というのか。中国の町は、僕に中国人に倣えと迫っているかのよう。

 近くのホテルのパン屋で、パン2つと緑茶で9元(大きめなホテルなので、ちと高い)。客が全然いなくて、従業員ばかりが座っている。出された緑茶は、葉っぱがごまんと入っていて、茶だけ飲むのが難しい。そこでトイレを借りるが、一流ホテルにして、中国の便所はこの程度か、と思わせるものだった。さて、今日は少しは観光がしたい。地図を見ると、割と近めの郊外に、少数民族村というのがあるので、そこに行ってみようと思う。バスもあるみたいだけど、中国と言えば、やはり自転車でしょう。自転車は、中心地にある大きなホテル版納酒店で借りられるという。行ってみると、すごい広い敷地を持つホテルで、こんなとこでレンタル自転車?って感じ。フロントで聞くと、日本語の話せるお姉さんが出てきて手配してくれる。貸す場所は、ホテルの裏の方のアパートの横だったりする。変なの。夜10時までに返却で、1日16元、デポジットは300元かパスポート。パスポートの方を預けて、マウンテンバイクを借り、颯爽と町へ繰り出す。雲南のこの辺は、タイあたりよりも、遥かに車の量が少ない。ラオスでさえブンブン走っていたバイクも多くなく、代わりが自転車であります。歩道と車道の間には、わざわざ自転車道路が設けられているところも多く、自転車がやたら邪魔者扱いされる他の国とは大いに違う。その割に、みんな速度は割ととろい。ボロい自転車が多いせいもあるかも知れないが、ギア付のマウンテンバイクは、スローなサイクリストたちをビュンビュン追い抜いて、快調に走っていく。

中国で見るメコン川

 メコン川にかかる橋を越え、郊外へ。ところが、橋を渡ってしばらくすると、さっきまでの好調さが嘘だったように、俄然、しんどくなる。帰りに至ってわかったが、急ではないものの、ずーっと登り坂だったのだ。日本での住処は、山の上にあり、自転車で坂を上るのには、結構馴れている。過去、アイルランドでも、ニューオリンズでも、韓国のキョンジュでもチェンマイでもヴィエンチャンでも、わが健脚ぶりは遺憾無く発揮された。しかし、ここ、景洪は勝手が違っていた。自転車を転がす事などしたことなかった、この僕が、転がさざるを得なくなったのだ。急な坂でない分、いわば、低温火傷みたいに、ジワジワと疲れがたまり、息が切れる。いや、これはしんどい。上着、カメラ、カッパ(この日は曇)、トレペ、蚊除けスプレー程度しか入っていないザックが妙に重く、肩に食い込む。地図では、町中を走った程度の距離で目的地に着くはずだが、らしきものは一向に見えない。上り坂のため、思ったより進んでないということもあろう。行けども、行けども変わらぬ山道が続くのみ・・・

 すると、地図には書いてない曼外山荘なる宿泊施設のようなものが。食事も出来るようなので、道を聞きがてら、腹を満たすとする。食事処へ行くと、リーダー格のお兄さんと、若い娘たちが、言葉の話せない珍客の襲来に、露骨に戸惑っている。メニューのようなものがないらしいし、並べられているのも葉っぱばっかり。中国語会話集で、「名物料理を下さい」か何か言っても、お兄さん、「名物料理って言われてもなあ・・・」てな感じである。埒があかないので“チャオハン”と言うと、それは出来るらしく、これでよいか?と卵を見せるので、好!好!と頷く。これでようやく注文が決まる。出てきたものは、卵と葱だけの、これ以上にないシンプルなチャーハンだった。特筆すべき美味さではなかったが、お茶を注いでくれるお姉さんらには好意が感じられ、腹と心は満たされる。お値段はたったの5元であります。手を振るお姉さんたちに見送られ、再び目的地を目指して出発。

 だけど、やっぱりしんどいなあ。腹がダボダボになったから余計にだ。またしばし自転車を転がすと、ようやく、森林公園というところに着いた。因みに、僕が今住んでいる埼玉にも森林公園というところがあり、家からは自転車で15分程度の距離だ。ちょっと覗いてみるが、入場料25元と高め。夜の8時まで開いているそうなので、ここは時間に余裕があったら寄るとして、本来の目的地を目指す。しかし、地図の記述とは裏腹に、行けども行けども、らしき道に辿り着かない。曇りがちだが、時折、日も差し、気温が上がり、汗ばかりが出る。例の森林公園は、結構な敷地があるみたいで、ひょっとしたら目指す民族村等も、その敷地内にあるのかも?と思えて、時間も2時半近くなので、戻って、森林公園に入園することにする。しかし、案内図を見ると、やはり、民族村は別だったみたい。もう、それなら、ここで25元分元を取るべく(またしてもセコイ)、夕方まで過ごそうと決める。

 園内は距離がありそうなので、最初は自転車を転がして行くが、道がガタガタなので歩きにする。ここの内容としては、パゴタがあったり、滝があったり、歌舞を見せるステージがあったりして、一番奥に原始森林が控えているという。宿泊施設も備え、サウナもあるらしかった。とまれ、滝は明らかに人工で、しかも別料金みたいなので、当然パス。3時半から始まる歌舞ステージを目指す。歩いている客はあまり見かけなかったが、ステージ前の客席には、結構人が多い。民族衣装の貸し出しなぞもやっていて、それに着替えて鑑賞している人も多い。それにしても、外国人っぽいのは皆無。大半が中国人団体さんだ。ステージは伝統舞踊というよりは、少し現代的なもの。お姉さんたちは、民族衣装っぽいのを着てはいるが、へそ出していたり、セクシー系もあり。何か、温泉街の舞台を見せられてる感じ。観客参加のコーナーもあったが、中国人と言うのは、なかなかノリがよい。みんな、やんややんや声を出していて、そのノリの良さはアメリカ人に匹敵するものがある。韓国をして、アジアのラテンと表現していた人がいたが、印象としては、中国人の方がラテンぽい。町中でも、でかい声で歌っている人とか多いもんね。
  
森林公園の画像。左:温泉街風のショウ。右:チェンマイ以来の象さんとの再会

そのステージの先が、原始森林コーナーだが、思った程距離はなかった。ちょっとしたハイキング・コースなのだが、なぜか、中国人観光客はスーツだの革靴だのばっか。でも、ここでも彼らは陽気だ。これで大体見るものは見てしまった。25元でっかぁ、これで。団体客から離れて一人トボトボと、来た道を戻るが、歩いている人なんて誰もいない。どうやら、園内はバスでまわれるらしく、みんなそれに乗って入口へ戻るみたい。バスの通り道を歩いている僕は、スッカリ邪魔者で、何か、とっても孤独を感じてしまった。自転車は10時までに返せばいいと言っても、ライトがついていないから、結局、暗くなる前には返さざるを得ない。ということで、日が暮れる前に町へ戻るべく、公園を後にする。帰りは楽々のダウンヒル。道理で行きがしんどかったわけだ。しかし、あのしんどい昇りを、おかあちゃんが、学校帰りの子供を乗せて走っていく姿には、感動すら覚えた。

 メコン川に沈みつつある夕陽を見ながら、町へ。まずは宿へ戻ってシャワー。これで湯が出なかったら泣きますよ、ワタシャ。戻ると、例の愛想のいい娘が鍵を開けてくれ(中国の宿は、客に鍵を渡さず、“服務”の人が、いちいち開けてくれるというパターンがあるみたい)て、ニコニコと“お湯が出るわよ”とか言ってくれる。成程、出た出た。あな、うれし。喜び勇んでシャワーをと思い、バスルームの灯りを点けようとするが、電気のスイッチが見当たらない。これかな?と引っ張ると、それは、電気のコードで、引っ張った拍子にはずれてしまった。その直後に、スイッチの緋らしきものがぶら下がっているのを発見するが、肝心のコードが切れていては電気がつくわけがない。慌てて、セロテープとハサミとマグライトを持ち出して、修復作業にのり出す。ハサミでコードの中の線を出し、テープで繋ぐ。苦労の甲斐あって電気は復旧。さあ、今度こそシャワーをと栓をひねると、何と、シャワーの根元から水がビャーっと噴き出した。シャワーのホースがぶっちぎれる寸前なのだ。イヤハヤ、何とも中国侮れず。昨日も書いたけど、全てがうまくいくってことは、まずないのだ。この宿は、多分いい方だろうけど、苦情を言い出せばキリが無い位、色々問題がある。しかし、これをいちいち気にしていては、中国の旅など不可能なのではないか?そんなわけで、シャワーは諦め、ぶっちぎれる寸前のホースからの湯で、体を洗う。ついでに、シャツ、パンツ、Tシャツ等の洗濯も。しかし、湯は、湯と言うほどの熱さではなく、これで、今晩湯に浸かることは、きれいに断念。しかも、段々温度が下がっていく気が。ホースはついにぶっちぎれたが、この件をフロントに報告すべきか否か?とにもかくにも、サッパリとはして、自転車を返却し、夕食を取るべくホテルを出ようとすると、フロントで、例の愛想のいい娘が、ちょこんと座ってごはんを食べている。“サッパリした?”みたいに声をかけられるが、頷きつつも、やはり、シャワーが壊れていた件を告げるべく、会話集をめくるが適当な表現が見つからず、言わず終い。もっとも、元から壊れていたのが、僕のせいにされたのではたまらないが。それをどう通じさせたらよいやら?ともあれ、私決めました。中国においては、決して安宿には泊まらないことにします!

 自転車を返しに行くと、アリャアリャ、閉まっているではないか!となると、人質となっている我がパスポートはどうなる!?と焦ってフロントへ。日本語の通じるお姉さんは既にいなかったが、どうにか、言わんとすることは伝わったらしい。待っていると、この町で初めて日本人旅行者らしい若い二人を見かける。この宿も、エコノミーなツインなら80元で泊まれるそうで、彼らは僕と同じ40元で、より満足度の高い宿を得ているわけだ。うまくやってんなあ。しかし、閉まっていると思ったのは、僕の勘違いで、返却場所は思っていたより、もっと奥まった場所にあったのだった。これで、時間を取られ7時半過ぎ。まずは、冷飲所でビールだけ飲んで、ごはんは食堂でと思っていたが、また、ビールの大瓶でめしを食べなくてはならない。郵便局がインターネット・サービスを掲げていたので、その近くで食べようとするが、その辺には、適当な店がなかなか見つからない。何やら、商店街っぽく仕切られた一角の中に、割とこぎれいな軽食堂風の店があったので、そこへ。ホントにうちで食べるの?みたいな顔をされたが、食堂のおばちゃんというより、キャリアウーマン風の女性が、何やら5元だという。まだ注文もしてないんだけどなあ。果たして、出てきたのは生の韮やらモヤシやら、鶉の卵やら生の豚肉やらと、ソーメン風の麺。まさかこれを生で食すわけではあるまいなと思っていると、次に、スープが出てきて、持ってきたお姉さんが、そのスープの中に、先程の具、一切合財を投じる。成程、よく見れば、店先には越南の文字。これは、噂に聞いたヴェトナムの麺ではないか。すごく熱いスープに、具と麺を入れて食べるのだ。ま、ビールを飲むなら、容量的にはちょうどいい。大理ビールを飲みつ、麺をすすって10.5元程。

 腹が膨らんだところで、例の郵便局へ行って、“インターネット”と言うと、すげなく“ノー”。パソコンが置かれていないから、そんな気はしていたが。中国のネット事情(特に地方)は、まだまだ遅れていると言わざるを得ない。また、公用電話でアクセスするよりないだろう。宿に戻る途中に、ちょっとした池と公園があり、人々が集っている。サトウキビ売りやら何やらが色々並んでいる。サトウキビ売りの一人に、なかなかセクシー系のお姉さんがいたので、ウロウロするうち、別のサトウキビ売りが声をかけてくる。一度、食べてはみたかったので、買うことにするが、一本はあまりにでかいので、半分にしてくれと言うが、半分の残りは、袋に入れて渡される。5元だったかな?かじると、甘い汁が出てくる。しかし、よく見ると、みんな、これは食べているわけではなく、噛んでその汁を吸ったら、キビそのものは吐き出しているのだった。これで、ますます道端にゴミが蒔かれるわけだ。3分の1も食べたら、いやになる。更に、道を行くと、街頭按摩が声をかけてくる。按摩と言っても、視覚障害の人ではなく、白衣を着たマッサージ師である。実は、今日のサイクリングで、肩が凝り、足も疲れたので、ちと興味にかられ、いくらか?と聞くと、指を2本出す。たったの2元?それなら話の種に試してみてもよいかなと、気軽に応じる。せいぜい肩を揉む程度かと思ったのだ。ところが、さにあらず、全身徹底的にやる。揉んでくれたのは、40代位のおばさんだったが、予想以上に力も強く、結構痛い。しかし、一方で気持ちよくもあり、ちと眠くなってくる。何だかんだ30分位やったのではないか?これはいくら何でも2元てこたないだろうと思ったら、やはり、20元だった。確かに、全身の血行はやたらよくなった。肩なんか少し軽くなった気も。しかし、昼間の森林公園のステージ見物の合間に、肩や頭を揉まれている人がいたが、中国人ってのは、やたら按摩好きであります。

 宿の服務の彼女に、親切にしてくれたお礼にお菓子でもと思うが、中国のお菓子は、女の子が喜びそうなものが見当たらない。ケーキ屋でクッキーを買うが、味見したらパサパサでうまくない。こんなまずいものは、あげられんなあと思い、いっそのこと、さっきの残りのサトウキビを上げることにする。案外、好物かもしれないし。果たして、鍵開けは彼女だった。しかし、サトウキビは、アッサリいらないと言われてしまってガックリ。明日の朝、改めて何か捜すとしよう。明朝も彼女がいればよいが。しかし、按摩の心地よい衝撃のせいで、肝心のバスの時刻をチェックしてくるのを忘れた。明日は、予定では、ポーレイ茶の産地である思芽というところに移動の予定だが、ここ以上に観光客馴れしていない町に滞在するのは、正直言って辛い。何せ、中国は、これまで旅したどの国よりも旅がし辛い。誇り高き中華民族は、自国語以外必要とせず、と言わんなかりに、全く英語が通じない。今まで、どうにかこうにかやってはこれたが、観光に関する詳細な情報が得られないし、何かと不都合が多い。ならば、いっそのこと、夜行バスで、パッカーも多いという大理へ一気に入った方が、と考えたのだ。しかし、バスの乗車時間は20時間とかそういうことになるのだが。また、いちいち彼女に鍵を開けてもらうのも忍びなく、明日、なるべく早めに起きて、間に合うバスに乗れば、ということにする。もしも、乗れなければ、ここにもう1泊ってことになっちゃうのだけども。ま、なるようになるさってとこでせう・・・ → ポーレイ茶の産地 思芽

東南アジア旅日記メニュー