[PR]背中ニキビケア:29日間でスベスベ背中の秘密
東欧・中東旅日記
・12月29日(土) ジャイサルメール → ジョードプル 怒りのブルー・シティ
どうにかこうにか7時位に目が覚めた。早過ぎるので、本当ならもう少し寝るところだが、目覚ましがないので寝過ごす危険性大。仕方なくタラタラと用意を始める。9時前に昨日のネットカフェへ。どうにかCD−Rは戻って来てホッと一息。朝食兼昼食用のバナナと水を買う。ちと早いが、オウナーの案内でバス乗り場へ。“戦争終わったら(まだ始まってないけど)、また客が戻って来るでしょ”と、一応励ましておく。案の定というか、キャメル・サファリで一緒だったフレンチ&ダッチ・カップルも同じバス。昨日のオージーも荷物チャージを5Rs払わされていたので僕も払うが、白人カップルは10Rs要求されていた。そこは同じ釜の飯を食った中だから、こっそり教えてあげたけど。出発前にそこらで用足ししようと思ったら、バス停の前が公衆便所で、そこへ行かざるを得ず。しかし、使用料5Rsなぞとヌカす。大都会の駅の便所だって、せいぜい2Rs。ざけんなと言うと3Rsにまかり、2Rsのツリが戻ってくるが、“2Rsだろーが!もう1Rs返せ!”とあくまでも粘り、1Rsもぎ取る。何せ、前にも書いたけど、もう“悪いインド”が始まってる。これから先は戦いであります。これまで以上に強気で行かにゃあ。
バスは10時半に出発。ランチ休憩らしいのはなく、せいぜい10分程度のトイレ休憩が2回位。買っておいたバナナと揚物程度で済ます。ひたすら揺られてるだけだから、あまり腹空かないし。時折、兵隊たちを乗せたジープとすれ違う。とっとと軍隊の陰が見えないとこまで行っちゃってくれ。5時間程でジョードプル到着。鉄道で更に先を目指すらしい白人カップルと別れ、宿を目指して歩き出す。例によって、ハエのようにたかってくるリクシャ連中を悉く無視して、である。着いたところはプライヴェート・バス・スタンドだろうから、そこから一番近いはずの宿を目指す。ところが、道を聞いても病院はずっと先らしいし、どうもかなり距離がありそう。しつこくひっついてくるリクシャ、一見親切にアドヴァイスしてくれる謎の兄ちゃんを引き連れて、バカ荷物を持って大通りをひたすら歩く。どうも、思っていたバススタンドより相当手前の変なとこで降ろされたらしい。目的の宿は2km位先のとこらしい。おいおい。でもこうなったら歩くよりない。
着いてきた兄ちゃんは、案の定、宿の客引きだった。色々情報くれるし、強引でもないからよかったが、とうとう宿まで着いてきた。ご苦労様。まあ、その兄ちゃんのお陰で宿に辿り着けたのだけど。プライヴェート・バススタンドから至近のはずのバブートというホテル、病院の真向かいという「歩き方」地図とは異なり、大通りに並行する細い道を1本入ったとこ。薬屋が並ぶ一帯にあった。宿代も「歩き方」表記より高く125Rs。でも、さんざ歩いて疲れまくったので、もうヨシとする。部屋は広いがシャワー・ルームは古め。ただ宿の兄ちゃんの対応は、極めて真っ当。どうやらインド人ビジネスマンご用達の宿のよう。ってことは眠れないってこと?とりあえず、まずはバススタンドを捜しに出る。
ブルー・シティと呼ばれる旧市街からは少し離れているので、フツーの都会であります。交通量が多くせわしない。「歩き方」地図、やはり不正確で、バススタンドは一向に見つからず。鉄道駅には出るが、プシュカルあたりに行く列車は、既に軍隊輸送用の関係で止まっているとか。ヤバ〜。いっそのことプシュカルは飛ばして、一挙ジャイプルまで出てしまった方が無難かなあ?なぞと考えながら歩いていると、頼みもせぬのに道案内を買って出る少年あり。しばらくついてくるが、終いには案の定、“日本のコインかペンくれ”みたいなこと言う。勿論やらないと、どっかへ去って行った。目的の場所は一向に見つからない上、インド特有の殺伐たる道路状況にイライラ。思わず、“お前らは皆クレクレタコラかーっ!”と道の真中で喚くも、町の喧騒はそんな喚き声を難なく掻き消してしまった。
結局、バススタンドは見つからず終い。先程の健気なる宿の客引き兄ちゃんの情報によれば、プシュカル行き直行バスは少し先にある政府公認バススタンドからのみの出発とのこと。そこ行けば、ジャイプル行きだって乗れるだろう。着く早々、宿の兄ちゃんとかにも“ジャイサルメールの状況どう?”なんて聞かれ、事態は予想以上に深刻であることを認識。新年はヒンドゥー教の聖地プシュカルでノンビリ送るつもりだったが、こうなったらジャイプルまで出てしまった方が無難そうだ。戦火がその地に及ぶとかいうことではなく、交通機関等への影響が心配。プシュカルみたいな小さな町で、やや交通が不便な所は、下手すると足止めを食らう可能性がある。ジャイプル程度の大きな都市に出れば、それはないだろう。もっとも、一番望ましいのは、とっととラージャスタン、強いてはインドを脱出することだろうけど。既に夜になっているので、最早この地での観光も無理。この町は、本当に寝るだけのための滞在にならざるを得なさそうだ。
一旦宿に戻り、バケツ一杯の湯をもらって体を洗う。夕食に出るが、まともなレストランが全然見当たらないのは困ったもの。考えてみれば、ラージャスタンに入ってからは、体調のせいもあれど、全然アルコールを摂取してない。今日は久々にビールを一杯といきたかったが、酒屋もバーも見つからず。1km位歩いたところで、やっと賑やかな通りにでくわし、食堂でターリー。その食堂のある道から北へ進むと、どうやら旧市街のよう。まだ8時位なので行ってみる。すると、地図にある時計塔やライトアップされた城やらが見えてきた。一帯は市場になっていて賑やか。目的地は見つからないは、タコラどもは多いわでイラついていたけど、市場の賑わいの中を歩いて、少しご機嫌が回復する。日が暮れてしまったのでわかりにくいが、旧市街の建物は皆青く染められている。ウダイプルがホワイト、ジャイサルメールがゴールド、そしてここがブルー、更にジャイプルがピンクと、ラージャスタンはなかなかイキなところではある。
しかし、ご機嫌に歩いていたのも束の間、道が迷路のように入り組んでいるので迷ってしまう。とにかく南を目指して歩いていくうちに、ガキどもの集団に出くわし“ジャパーニー、ジャパーニー”と大騒ぎしながらひっついてくる。最初はウルセーけど無害だからと放っておいたが、どこまでもついて来るので、いい加減振りきって去ろうとする。その時、腕に痛みが。ガキの一人が石を投げてきたのだ。これでついに大爆発。“さけんな!小汚ねーインドのクソガキども!!戦争でも起こって無駄にウジャウジャいる人口少し減らしたれ!パキスタン軍は真っ先にこのクソガキどもの家に爆弾落とせ!!”(以上、一瞬の感情の起伏故、不穏当な発言ご容赦の程)とか、狭い道で日本語で喚きまくる。トルコでも同じようなシュチュエーションには何度か遭遇した。しかし、ドサクサにまぎれて石ぶつけられたのは初めてだ。ホント、何度か書いているけど、旅をそれなりに楽しんでいるし、さしてイヤな目に遭っているわけじゃないのに、インド、なぜか心からは好きになれない。たかだか子供のオイタにムキになってもとは思うものの、結局、こういう細かい事が色々重なって、“インド人はどこかクレイジーだ”という印象がどうも頭から離れないのだ。
ここで再び、前にも書いた“インドの魅力って?”の話になる。例えばかつてビートルズがインドに惹かれたのは、インドの音楽のみならず、その国や生活、思考のあり様が欧米のものとは異なるものに映ったからだろう。よく言われるのは、物質重視の欧米に対し、精神性を重視する云々。しかし、少なくとも僕が今まで旅してきた限り、インドに対し、そのようなホーリーな印象はほとんどない。物質に囚われないどころか、僕が出会ったインド庶民たちは、大人も子供も須らく“物欲の塊”のような輩ばかりだ。人の顔さえみれば何かねだってくる。物乞いだけではない。リクシャの運転手にしろ、幼くして働いている子供にしろ、とにかく僕ら旅行者、日本人に対して求めるのは、金なりペンなり“物”だ。一体、ホーリーなインド、インド人には、どこに行けばお目にかかれるのか?プシュカルか、ヴァラナシか?でも、そんな聖地はインドのごくごく一部に過ぎない。後の大半の地の大方のインド庶民たちは、やっぱり俗物に過ぎないなのではないか?でも、裏を返せば、そんな俗物たちの欲望剥き出しの生き様を見られるのが、インド及びインド人の魅力ってことになるのかも知れない。もっとも、それって僕にはちっとも魅力的には映らないのだけども。
ようやく宿に辿り着き、まだムカムカしながらも日記。結局、プシュカル行きは断念して、ほぼジャイプル行きのセン。早めに起きて、政府系バススタンドに行けば、ジャイプル行きはたくさん出ているだろう。しかし、こんな時に目覚まし時計がない。インド人ご用達宿は、やっぱり遅くまで大声で語り合っている輩がいたりする。こんな調子でこの先、イライラしっぱなしで旅することになるんではないだろうなあ。インド滞在1ヶ月半、期待していたものを概ね体験してしまった今、これからの旅に期待すべきものは、一体?
本日の出費:バナナ20Rs 水20Rs トイレ2Rs バスの荷物チャージ5Rs サムズアップ15Rs 夕食45Rs 宿代150Rs 計247Rs

・12月30日(水) ジョードプル → ジャイプル 続・怒りの?脱出!
再び7時位に目が覚めた。少し睡眠不足だけど、どうせ今日はずっとバスに乗ってることになるだろうから構わないだろう。9時前に宿を出て、ここは仕方なくリクシャを拾うかと思うが、よく見れば、この町、バスが走ってるではないか。たまたま通りに停まっていたバスに、“政府系バススタンドに行くか?”と聞くとビンゴ。リクシャを使わずに3Rsで目的地に辿り着けた、ザマミレ。目の前に停まったバスが、まさにジャイプルに行くという。でかい荷物を背負ったまま乗りこむ。130Rsの値は、ボリではないようだ。
しかし、プシュカルまでなら4時間程度で済んだが、ジャイプルとなると8時間の距離。でかい荷物は通路に置いたままで、後の誰かが通過する度にどかさなくてはならず、面倒くさいこと夥しい。昨日からの続きで、何かイライラしている。バス停に停まったのでトイレに行こうと降りたら、バスが走りだし慌てて乗り込む。ただでさえトロトロで運行時間なんぞテキトーそうなインドのバスが、なぜ人の用足しの数分を待てないのか?頭に来て、車掌に駄々こねて途中で無理やり止めさせて用を足す。勿論、インド人式の“どこでもトイレ”にて。インドでは、最早、自分の立ちション姿を人に見られることに抵抗がなくなった。更に、前のオヤジが何だか黒いものを吐き出したのが僕の靴にかかったり、荷物の後に座っていた母親の抱いた赤ん坊が、むせて食べたリンゴを吐き出し、それが僕のバッグパックにかかったり。そんな細かなことで、いちいちまわりのインド人に悪タレをつき、始終仏頂面でバスに揺られ続ける。いい精神状態たあ言えないね。
“いっそのことデリーに出て、そのままインドを去って他の国に行こうか”、そんな事さえ考えた。インドの旅に急速に疲れと飽きを感じ始めたのだ。この日記を読まれている奇特な方は、旅における僕の興味のあり様が、他の人とは微妙に異なる事にお気づきになられることだろう。勿論、その国特有の遺跡や歴史的建造物等も見物はするものの、より僕が興味を持って接するのは、その国の文化や芸能、音楽であり映画や踊りであったりするのだ。その点、インドに関して言うと、僕の気分としては、見たかったものは大方見てしまったという気がしている。ラヴィ・シャンカールを始めとする古典音楽の巨匠たちの演奏を聴き、映画も色々観た。砂漠の音楽師にも出会えたし、民族舞踊も色々味わった。これから先のインドの見所と言えば、アーグラーのタジ・マハル、カジュラーホーの彫刻、そしてガンガー・・・。フツーの旅行者にとっては、これぞインドの見所と言うべきものが、僕にとっては、“まあ一応見ておくか”という程度のものに過ぎない。正直言って、これから先のインドの旅は、僕にしてみれば“流していく”感じとでも言おうか。
一方で、アーグラーやヴァラナシは悪名高き地でもある。その最たるデリーは最早寄るつもりもないが、インドで騙されたりイヤな思いをしたという人は、大方が前記の諸都市で遭遇していると聞く。今のところ大きな被害を受けていない僕とて、これから先はわかったもんじゃない。ただでさえ、さして興味が無いのに、トラブルに遭うのを覚悟してまで、インド北部の旅を続けていくべきか?そんな風に考えたのだ。しかし、一般的にインドと言えば、この北部こそがインドとして語られているという印象だ。ムンバイで出会った人は、ムンバイを“インドらしくない”と語っていたが、では、インドらしい地とは、どの地をさすのか?それはおそらくデリーでありヴァラナシであるのだろう。ムンバイが“インドらしくない”とすると、僕の見た限り、ゴアもバンガロールもハイダラーバードも、同様に“インドらしくない”地だった。インドは意外に多様だ。北部のイメージでひたすら語られるだけでは収まらない国と言える。もっとも、そんな北部に寄らなかったら、やっぱり、僕は、“インドを見たことにならない”のかも知れないけど。とにかく、どーも今のままではいけない。インドの旅を続けていくのであれば、どこかで少し休養なりをして、気分を新たにしないと、イライラしたり喚いたりばかりで、旅が楽しくなくなってしまいそうだ。
さて5時ちょいにジャイプル到着。中央バススタンドらしき所に着いたので、目指すはそこから最寄の政府系の安い宿だ。例によってハエの様に群がり来るリクシャどもを悉く無視し、さて歩き出そうと、コンパスを取り出そうとすると、ない!僕は方向音痴なので、100円ショップで買った安物のコンパスが、今回の旅でどれだけ役に立ったか知れない。その旅の重要なアイテムが紛失してしまった。これはかなり深刻な事態だ。目覚まし時計といい、ここに来て肝心の品々が失われてしまうのは、何か不吉だ。やはり、インドの旅は切り上げるべきなのか?困った。しかし、とにもかくにも宿を捜さねばならない。群がるリクシャ連中を一喝して退けた後、近くの食堂の兄さんに政府系宿ツーリスト・ホテルへの道を尋ねる。尚もしつこくつきまとうサイクルリクシャ数台を引き連れつ、教わった方向に向けて歩く。しかし、ここでも「歩き方」の地図は不正確のようで、バス停に近いはずの宿は、バカ荷物を背負ってさんざ歩かねばならない距離にあった。次の移動を考えての選択だったのに、これでは意味がない。おまけに、やはり表記より値は張ったし読者割引もなし。しかし、今日は最早疲れた。200Rsと久々に高めの宿だが、今日はここに1泊するよりあるまい。事によると、新年はここで迎えることになるのかも。
政府系の宿だけあって、レセプションの対応等もそれなりにしっかりしている。シャワー・ルームの清潔度は今一つながら、24時間湯も出るそうだし、シーツも敷いてくれた。嬉しいことに、部屋のすぐ横にバーもある。客層がインド人ばかりなのが玉にキズではあるが、まわりの環境は静かそうだ。少し寂しいが、ここで年越しも悪くないかも知れない。とにかく、まずは湯を出して体を洗う。その後は、早速にバーへ。ストローズなるビールを初めて飲む。少々冷えるけれど、約10日振りのアルコール解禁で、いいコンコロモチとなる。最早夜なので、今日は食事も宿のレストランで済ますとし、町歩きは明日からとする。食事は部屋に持ってきてくれると言うが、それも寂しいのでレストランへ出向くと、ショボイ店内に客はゼロ。これなら同じだってことで、部屋に運んでもらうことに。久々に野菜カレー+ライス。チャイも飲んで満足。たまりたまった日記書きに入る。
ジャイプルはそれなりに大きな町で、シティバンクの支店らしいのも見かけた。映画館も色々あるそうなので、ムンバイ以来の映画鑑賞に精を出すのもよいかも知れない。観光はツアーでお手軽に済ませよう。洗濯や骨休めをしたら、アーグラーへ移動だ。パキスタンに近いラージャスタンから早めに離れた方がよさそうだし。しかし、目覚ましはともかく、コンパスは入手出きるだろうか?些細なことながら、このことは結構今後の旅に陰を落としそうだ。
本日の出費:宿代バック△15Rs バス3Rs ジャイプル行きバス切符130Rs チャイ+揚物10Rs
宿代200Rs ビール55Rs 夕食52Rs 計435Rs
→ 映画見物で年越しか? ジャイプル 続き
東欧・中東旅日記メニュー