露・土・印 旅日記
・10月24日(水) ディヤルバクル → キャフタ バカチュルクにイライラ
また9時過ぎ起床。寄りによって朝の停電。これじゃ荷物がまとめられん。程なくついたけど、シャワーを浴びヒゲを剃ったりしていて、チェックアウトは10時半頃。また朝食抜きでオトガルへ。遺跡見物の最後に控えたネムルトダーウを目指すのだ。当初はマラテヤかシャンルウルファへ行き、そこからネムルトのツアーに参加するつもりだったのだが、遺跡最寄の町キャフタに直接行くバスもあるとかないとか。せめて近くのアドゥヤマンまでは行きたい。オトガルで聞くと、生憎キャフタ直と言うのはなく、まずアドゥヤマンへ行かねばならない。道のり的にはキャフタの方が近いのにねえ。ところがアドゥヤマン行きは午後4時発1本だけとのこと。そんなに待っておられんし、キャフタ行きミニバスは5時で終わるらしいし。で、まずシャンルウルファに行き、そこからアドゥヤマン行きに乗りかえることに。遠回りだし金も余計にかかるけど、やむを得ないだろう。
余裕があればシャンルウルファで1泊もいいのだけど、ここにきてスケジュールがタイトになってきたのだ。まず、これは電話してみた結果だけど、前回まだ届いてなかった、日本からアンカラの大使館宛に送ったインド等のガイドブックを可能なら受け取りたい。もし届いているなら、遅くとも土曜の朝にはアンカラに行きたい。もう一つの都合は、29日の月曜の朝までにイスタンブールへ行きたい。29日はトルコの共和国宣言記念日。きっと市内でパレードやらコンサートやらのイベントがあるだろうから。何とか最後にもう一度コンサートを見たいものだ。そうなるとコンヤは止む無くカットか。セマー(旋舞)も見たいのだけど。従って、キャフタへ行ってもネムルトを見たら、そそくさと移動しなくてはならない。その慌しい様を考えているだけで、何か落ちつかなくなってくる。
例によって朝兼昼食をオトガルのロカンタで。かなりメニューが充実してたが、値段は高かった。11時半発のバスはイスタンブール行き。隣に乗ってきたおじさんは、何か喋りたくてしょーがないという風情。イエニ・ディヤルバクルという会社のバスはなかなか立派で、チャイ等のサービスもしっかり。でもシャンルウルファ到着は3時間後だった。歌手イブラヒム・タトルセスの出身地だけあり、彼のバス会社タトルセス・ツーリズムの看板が目立つ。オトガルでアドゥヤマン&キャフタ行きのミニバスがあり、乗り込む。客引きのオヤジにキャフタの町中まで行くんだなと確認した上でのはずだったのだが。5ミリオン払ったけど、後から車中で運転手に払っていた客は4ミリオンだった気が。今更ながら気づいたけど、客引きにつれられていってバスに乗ると、その客引きのコミッションが取られている場合があるよう。以前も1ミリオン余計に取られたっことがあった気が。ホイホイ客引きなぞについていってはいかんわけですなあ、今更ながら。我ながら旅慣れない奴だよね。
しかし、ミニバスに2時間半揺られアドゥヤマンまで来たところで、運転手、停止していくらかの金を返す。そこでまた乗換えろというのだ。話違うぞ!何回バカ荷物を積みなおさなくちゃいけないんだ。キャフタ行きは程なく来たものの、どうも納得いかん。まあ30分程でやっとキャフタに着いたけど、カッパドキアやボアズカレのようなのどかな村ではない。何だか中途半端な田舎だ。車中、宿をどこにするか考えていたのだけど、安さを取って町の一番東寄りのアナトリア・ペンション(カッパドキアで泊まった宿とは関係なし)へ。実は、いつぞや見た情報ノートで、ここで盗難があったとの記述が。でも、部屋もツアーもここが一番安いらしいので。宿前はチャイ・エヴィでヒマおじさんたちの溜まり場。何か観光宿っぽくないなあ。出てきたおじさん、何か暗い感じでやる気なさそう。宿はシャワー等別で6ミリオン。ツアーは1日で35ドル、あまり安くないなあ。どうも雰囲気も好きになれず、やめる。となると、次の候補メソポタミア・ホテルまでは5,600mの道のり。コンマゲネというホテルは盛んに声をかけてくるが、前記の情報ノートでここは不評。それに10ミリオンと高い。で、やっと町の入口のメソポタミアへ。宿の兄ちゃん、迷った末、7.5ミリオンに。部屋はシャワー・トイレ・エアコンつきでクリーン。アナトリアより全然マシだった。
問題はツアーだ。やはり40ドルということで、参加者は僕一人みたい。日本人の一人もいるかと思ったのだが。高いツアーはドーバヤズットで懲りたのだけど、ここはまあ仕方あるまい。結局、明日の時点でも一人なら60ミリオンということになり、前金半額を払う。ここの宿は兄ちゃん連中が気さく。英語の話せる兄ちゃんは、バスの中で足に熱湯がかかって火傷治療中だが、そこそこ英語を話す。フロントにいたもう一人の兄ちゃんがいきなりビールを買ってきてゴチになる。まあタダじゃないんだろうけど。兄ちゃんが半分飲んだぞ。日本の女の子はどうだとか、しばし談笑。昼以来のご機嫌斜めが多少直る。
兄ちゃんオススメの斜向いのロカンタでピデとチョルバ。後はやることと言えばネット。このところのFTP転送不調の原因は、実はフロッピーのせいだった可能性が。さんざ使っていてどうも不具合が。で、フロッピーを替えて4日ぶりの更新をと思ったのだが、何やらどこのネットカフェもプロブレム。何でも警察に禁止されたとか。ミャンマーかいな、ここは?どうやら免許を持ってないと営業してはいかんというお達しが出たらしい。まいったね、これじゃ当分更新が出来ない。そういうのは、ここだけだろうね?しばし町中をウロウロするが、通り掛かりに(多分)こっちに向って鼻をブーとか鳴らしたやつが。さすがに頭に来て、日本語でからむ。似たような奴がもう一人いたからマジキレ。東部エリアでは、やたら陰で“ジャポン”と言われ、何となく蔑み気味の態度を取る輩がいるのが少し気になっていた。ここはもうクルディスタン・エリアではないはずなので、そういうのももう終わりかと思いきや、逆に何だか多いぞ。まあイランとかはもっと露骨らしく、この辺のはマジメに怒る程のレベルではないのかも知れないけど、どうも気分が悪い。更に歩いていて、ガキが“チン、チン”とかヌカすので、怒鳴りつけてやった。どーも、この町気に入らんなあ。またご機嫌ナナメに。
コンマゲネ・ホテルの前でツアーの勧誘を受け、“メソポタミアではいくらと言われた?”と聞くので30ドルと言ったら、25ドルにすると言われた。クソ、遅いよもう。どうもこの手の観光地、季節はずれに来るといいことないね。30ドル位で真っ当なツアーだったのはカッパドキア位。そうは言ってもなあ、観光のために来た地だからしゃーないとは言え。一人旅も何かと高くつくね。複雑でんなあ。
本日の出費:宿代x2+朝食 1550万L ウルファ行きバス代400万L 朝兼昼食350万L トイレ25+25万L
アドゥヤマン行きミニバス500万L ツアー前金3000万L 夕食250万L 計6100万L

・10月25日(木) キャフタ 2日目 トルコ最後の遺跡見物
昨日の日記にバカチュルクと書いたけど誤り。この辺はまだクルディスタン・エリアでした。キャフタも95%はクルド人、ウルファはアラブ系も多いとのこと。一昨日バスで会ったような、ベール被りで股間にタップリ生地を使った土方風ズボンを履いているおじさんもチラホラ見かける。だから正しくはバカクルドなのだ。そも、日本人は判官贔屓で少数派の味方なんだから、おちょくったりせんで欲しいよな。まあ、敵意を感じるとこではなく、ホントからかう程度のもんなんだけど。イランではこれがもっとあからさまらしい。
とまれツアーの日であります。8時に宿の兄ちゃんに起され朝食。つっても昨日夕食食べた斜向いのパパトヤ・ロカンタで。チョルバとアイラン。ま安く済んでいいけど。9時に車が来るが、案の定僕一人で、残りの30ミリオンを払う。おじさんがガイドするのかと思いきや、運転手と二人だけ。連れて行かれて勝手に見なさいパターンであります。ウ〜ン、60ミリオンかあ。でもって道の途中で、ジャンダルマの連中やら何やらを乗せる。金払ってるのはオレなんだから、この分値引きしてもらいたいね。
ネムルトダーウまでは約1時間要す。途中からの道がガタガタ道で時間がかかった。入場料はツアーに込み。入口から石像ゴロゴロまでは10分位丘を登る。人工っぽい細かい石の丘がてっぺんにあり、その麓に石像が転がっている。地震等で首の部分だけ落ちたという話だが、たぶん位置や並びには後世の手が加わられていると思う。ただ写真等で見る印象と異なり、意外と範囲は狭い。ゼウスだのの神々の顔の像、そして元は首があったのであろう台座、ライオンやワシの像が並んでいる。日の出を見るツアーってのもあったようだけど、午後2時半発とか。山頂故に風がビュンビュン吹いて寒いのなんの。とてもじゃないが私は無理です。この辺りもあと20日もすれば雪が降るそうで、そういう意味では滑りこみセーフ。宿の兄ちゃんの話では、エルズルムでは3日前に降雪があったそうな。やだやだ。管理人+土産屋みたいな小屋があり、そこで少しストーブに!あたらせてもらって人心地つく。


ま、如何にもらしい画像を2枚程
1時間位見ていたので、運ちゃんは車の中で寝てる。で、こちらは売店でチャイを。ベダットとかいう兄ちゃんとしばし話す。旅行者ノートにまたぞろ日本人の書き込みがあったけど、確かにこの兄ちゃん勉強家。ノートの後に日本語対照表を作って学んでる。冒頭のクルドの話も彼から聞いたもの。悪い奴じゃないです。で、続いてはアルサメイアへ。ここは丘を少し登ったとこに、洞窟と岩のレリーフがある。頂上はお城だったみたいだけど、ほとんど外観をとどめてない。そこはエスキ・カレ(旧城)なんだけど、運ちゃん、イエニ・カレ(新城)の方は通り過ぎてしまった。
で次の目的地はジェンデレ橋。ローマ時代に作られた橋でなかなかの大きさ。現在でも立派に使用されている。ただ5トン以上の車は通行禁止のようだけど。袂に流れるキャフタ川は、かのユーフラテス川の支流。ディヤルバクルでしょぼかったティグリスと並ぶ、メソポタミア文明を育んだ、あの川であります。1日ツアーはそのユーフラテス川のとこまで行くのもあるらしいけど、僕の40ドルのこれは半日ツアーってことらしく、ユーフラテスは拝めず。悲しいなあ。やっぱこういうとこはシーズンに来ないとダメっすね。キャフタ川、浅いので靴を脱いで裸足で渡ろうとしたが、意外と滑るので途中でやめる。袂の土産屋でアラブ系のベールを薦められ、頭に巻いてもらううが、鏡で見たら全然似合ってねえ。勿論買わず。
もう最後の場所カラクシュへ。これまた岩が積まれた丘の周りに4本程柱が立っている(実は墓)。そこの丘はネムルトと違って登っちゃいかんと書いてなかったので、登らんとするが、後が怖そうなので途中で止めておく。登山とかが趣味って健康的だし、心が豊かになりそうでいいなあ、オレも日本帰ったら登山始めようかなあ、なんてちょっと思ったのだけど、考えてみれば高いとこダメな奴が登山も何もないだろう。ってことで、やっぱ私には登山家無理です。カラクシュからはキャフタはわずか8km。運ちゃんが何も言わない人だったので、結構個々の場所を時間かけて見たけど、でも2時には終了。まあそこそこ満足。宿へ戻り、また斜向かいのロカンタでラフマジュンの昼食。
やるべきことが一つ。コントリュル・テレフォン(中国の公用電話みたいな店先有料電話)でアンカラの日本大使館へTEL。出発前に送ったインドのガイドがいい加減届いてないか。届いていればアンカラ行き、届いてなければコンヤ行きとスケジュールが変わる。果たして、届いてなかった(・・・)。もうあのLP2冊は諦めですな、仕方ない。てなわけで、アンカラには用が無く、コンヤ行き決定。今夜はキャフタに泊まるけど。ネットは相変わらずダメ。前記の電話で、久々にPC直接接続でサイト更新も考えたが、アンカラに数分かけただけで3ミリオンかかったので、やめておいた方が無難でしょう。う〜ん、最早やることがない。下手にまた町中ウロウロすると不快な思いするかも知らんし。
宿では火傷治療中のアリが一人でKRALという音楽ビデオ・チャンネルを見ていた。これが大好きなワタクシ、しばし付き合い英語が堪能なアリと話す。何でもクルドの音楽は、ラジオ、テレビ等で流すのを禁止されてるそうな。しかしトルコの人口7千万の半分はクルド人。ところがクルディスタンでも警官はトルコ人オンリーだそうで、そりゃあ反感買うわな。何事も無かったディヤルバクルだけど、4月には警官殺されたらしいし。これはいつぞやバスで会った学生に聞いた話だけど、僕らには区別つかないトルコ人とクルド人、実は起源は全く別物とか。クルドはペルシャ系、トルコは中央アジアとかのアルタイ系、従って言語も大きく違うのだそうだ。アリもクルド人だけど、2年後にはフランスに留学するとかいう話なので、お坊ちゃんなのかも。彼に、買うべきクルド音楽テープをお薦めしてもらう。それとは別に、テレビで流れていたアセナというベリー・ダンサーのダンス・ヴィデオ、どっかで入手できないかな?ありゃあいいぞ。ともあれ、明日は一旦ウルファに行って、オトガルに荷物預けてウルファ市内観光のプラン。で、夜行でコンヤへ。何とか29日の早朝にイスタンブールへ着いて、パレードなり何なりを見たいもの。逆に、このところ荒れ気味みたいなので、物騒な事が無けりゃいいけども。
さて、しばし部屋で日記を書いた後、日も暮れてきたので下へ。宿の地下にはカサブランカ・サロヌならバーがある。そこでまたラクでも飲んだろうかと赴く。しかし、宿の兄ちゃんがついてきて、とりあえずビールを頼むと、彼が出してくれる。アレ?何だか結局、宿の人間がここの店も兼ねてるみたい。しかも出された後は、ポツンと一人置いてかれる。音楽のみが流れる店内。こんなんなら上でテレビ見ながら飲みたいよお。しばらくすると兄ちゃん戻ってきたので何かつまみはないか?と聞くと、向かいのロカンタから持ってくるという。何だそりゃ。で、ロカンタの黄色いシャツの兄ちゃんがやってくる。ラク飲むのでメロンとチーズ欲しいと言うが、ないという。結局、宿の兄ちゃんがまずラクを、更にリンゴとチーズ買って来て、それがつまみ。イヤハヤ。
しかし、しばらくすると、何人かの客が。ドサクサに紛れて宿の兄ちゃんたちや17歳のアリも加わって飲む。宿の兄ちゃん、徐にエフェスの瓶と僕のペンを指差し、前者がクルド人のペxx、後者が日本人のなどと言い出す。アホか。未成年のアリもラクを飲む。そんなんで僕も調子に乗ってラクを3杯。結構、割合が濃かったので酔う酔う。いい加減腹が減ったので、向いのロカンタに食べに行くが、顔が真っ赤でヒンシュクを買う。ケバブ食ったら気持悪くなってきた。記憶が薄れてんだけど、何だかすげー金取られた気が。後は前後不覚で寝やした。本日、以上。
本日の出費:朝食100万L ツアー代残り3000万L チャイx2 50万L トイレ30万L ビスケット50万L
昼食170万L 夕食300万L 飲み700万L! 計4400万L
→ とりあえず、メシ食いに シャンルウルファ へ
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