露・土・印 旅日記
・1月4日(金) アーグラー → カジュラーホー 1ヶ月振りの日本語会話の相手は、インド人
昨晩、釘を刺しておいたのにも拘らず、従業員の話し声がフロアに響いてうるさい。おまけにテレビは切っておくなんて言ってたのに、深夜過ぎもバンバンかかってる。どうしてもインド人が好きになれないのは、こういうまわりを配慮する姿勢が皆無な点だ。ジコチューとは言いきれないかも知れないが、とにかく人が列に並んで待っていても平気で前に割り込むし、人が寝ていてもお構いなしで音をたてる。当然、眠りは浅い。おまけに露店で買った目覚まし、セットした30分前に鳴り出した。3時半起きっすよ、お陰で。とにもかくにもバナナを2本食べて大用を足し、すぐさま出発。テレビつけっぱなしで寝こけていた従業員が目を覚まし、何やら伝票を広げ、サービスチャージが10%云々言い出す。この期に及んでまで訳わからない金を取ろうとするつもりか。ホント、アーグラーの奴らは骨の髄までクソだ。というわけで、このローズ・ホテルが、そんなアグリエスト・シティ・イン・ザ・ワールドを代表して、名誉の悪の殿堂・久方ぶりの“行ってはいけない”入り決定。ホント、毛布の1枚も盗んできてやりゃあよかった。
暗くて霧は出ているが、懐中電灯を照らして歩けば何とかわかる。カジュラーホー行きバスはどこから出るのかよくわからずウロウロしてたら、それらしいのがあり。何だか乗ってるのはショール巻きの怪しいインド人?ばっか。ツーリストいないの、一人位?暗くてよくわかんないけど、今まで乗った中で、最もボロくて汚いバス。これで12時間走ったらぶっ壊れるんじゃない?ともあれ、5時ちょいに動き出す。外の風景も見えないし、とにかく寒いわで、ショールを膝にかけ、ひたすら耐え忍ぶのみ。さして寝てはいないはずだけど、既に5時間位経過。
ようやく霧も晴れたところでバス停に到着。ジャーマンらしい太ったおばちゃん二人が乗りこんできて、少しホッとする。このバス、確かにカジュラーホーに行くようだ。例によって食事はバナナだけである。例の細菌性下痢にかかって以後、何だか消化能力が向上しちゃったらしいのは、前にも書いたけど、別に軟便ではないんだけど、最近、1日に3回は大用を足す。バスに乗ってると、大体行きたくなってくるのだ。だから、移動中はあまり食事を取らないことに。目的地に着くと、すぐさまトイレっていうパターン。
5時間も経過すれば、もうあの憎っくきアーグラーは彼方。田園風景が広がってきて、インド特有の汚さも薄れ、少し心和む。何せ、このところ、日記の語調もかなり荒いものが目立ってるはず。インドの旅に疲れを感じ始めている今日この頃。次のバス停で停まった際、小用を足して戻るとバスがいない。アッチャー!行っちまったかと、マジ焦っていると、物乞いガキんちょが、“アレアレ”と指差して教えてくれて、事無きを得る。ちょうどパイサもあったので、2人に50パイサずつ、久々のバクシーシ。少な過ぎてもっとくれと言われるかと思いきや、バスの去り際には、バイバイと手を振ってくれた。こういうことがあると、少し気持が優しくなる。このところ、しつこい物売りは罵倒したりしがちだったけど、この日はからかったりする余裕も。別の物乞いガキがバスに乗りこんできた時も、バナナ1本やったし。ここいらまでくると、物乞いや物売りもそうしつこくない感じ。カジュラーホーもこういう調子ならありがたいのだけど。
しかし、そうは簡単には事は進まない。12時間バスに揺られ、チャパなんとかというとこに着いたとこで、いきなり乗換えが必要と言われる。道理で車掌みたいのが、朝からチャパなんとかって言ってたわけだ。20Rs払って、フツーの市バスみたいのに乗せられる。中国以来の異常スシ詰めバス。後方にはコリアンの団体が乗っていて、修学旅行感覚で盛りあがっている。しかし、疲労困憊のこちらは、それどころではない。そこからカジュラーホーまで1時間とのことで、完全に日が暮れる。またリクシャを使わずに宿まで歩くつもりだが、果たして道がわかるか。つくづくコンパス失くしたのは大きな痛手だ。
バス内には既に宿の客引きらしいのが乗りこんでいた。コリアの団体相手に勧誘してるが、こちらにも矛先が。僕もコリアンだということにしてダンマリを決め込む。すると、実は泊まろうと思っていたレイクサイドイ・ホテルの客引きのよう。しめたと思ったが、ホテルのスタッフではない単なる客引きかも知れないので、やはり宿までは自分で言った方がいい。で、引っ付いてくるのを無視して、道を聞いて方向を定めて歩き出す。1km弱、目的の宿はそれ程の距離ではなかった。しかして、客引きの兄ちゃんは、本当に宿のスタッフだった。いやあ悪い悪いと誤り、無事チェックインしたのは8時近かった。都合14時間以上バスに乗ってたわけで。
さて、この宿は、「歩き方」によれば“日本人宿”とのことだが、コンヤ・ペンションのようなガチガチのところではない。日本人以外の客も多く、割とフツーのとこ。ただ、オウナーが日本語ペラペラ。日本在住経験があり、それがよりによって僕と同じ東武東上線沿線だったりして。何せ、この後ヴァラナシ、カルカッタという極めつけインディアな2大都市を訪れるので、今のうちに情報を仕入れておきたい。加えて、久々に日本語も話したかったし。でも、ドミ宿ってわけじゃないから、同胞とめぐり合うのは難しいかな?
同じオウナー経営のレストランへ行ってみる。オウナーが待っていて、サラダやらウイスキーのソーダ割をご馳走になる。日本へは美術品の販売か何かで行っているらしいが、本職は弁護士とか。経営者らしく、会話の最中にも、従業員に口やかましく注意をするのを忘れない。“ラディンのお陰で客が激減”とのことだそうだ。やっぱり、インド、日本人が意外に少ないのも、その影響か。この上、印パ戦争じゃあ踏んだり蹴ったりですな。久々に魚のカレー。確かにカジュラーホーはのどかそうなとこで、ここんとこツーリスティックなのにイライラさせられていたのが、少しは和らげられるかも。また風邪引くかもしんないから、ここで半日寝て休んで、いよいよヴァラナシに臨むってのもいいかもね。
本日の出費:バス切符代167+20Rs 荷物預け10Rs バクシーシ1Rs 夕食65Rs ミルクパウダー8Rs 計271Rs

・1月5日(土) カジュラーホー 2日目 ここはインドのオアシス
宿はとっても静かでありました。寝ながら考えたけど、インドがこの寒さならネパールの寒さは、多分僕には耐え難いレベルだろう。情勢もあまりよくないし、ヴァラナシからの陸路は相当な悪路という話でもあるので、今回は思いきってネパールはパス。じゃあインドかと言うと、ここはいいとこだけど、先はやっぱりインドであろうから、ヴァラナシ、可能ならボドガヤ、そしてカルカッタへと、そのまま東進し、カルカッタで安い航空券を入手してインドは脱出。ではどこへ行くか?飛行機に何度も乗れるほどの金銭的余裕はないので、できれば経由なしで行けるとこがいい。バンコクもあまり好きなところではないのでストップしたくない。となると、やはり香港か。香港で2週間はちと長い気もするのと、如何に情報を入手するかが課題。とにかくインドの旅はそろそろ終わりにしようと思う。まだ無事なうちにね。
さて、髭を剃って、昨日の残りのバナナを食べた後、しばし屋上へ出て風景を眺める。わざわざ高い朝食を取る気はないので、近くの屋台のサモサとチャイで済ませる。今日はどうしたものか。昨日の時点では今日は、やや距離のある東と南の寺院のみを見て、翌日宿をチェックインし、夜行バスの時間まで西の寺院を見るという予定だった。とりあえずバス停まで歩いて、バスの時間チェック。ヴァラナシ行き直行バスは午後3時発。14時間の道のりで朝5時着だそうな。電車の方が安いかも知れないけど、不便なのでバスに決まり。宿方面へ戻り、とにかく自転車を借りることに。6時までで20Rs也。閉まっている観光局で、置いてあった地図だけもらって、いざ寺院見物へ。

ちょっとヘソ曲がりだけど、肝心要の西の寺院を後にして、観光客のあまり多くない東から。西は250Rsも取られるけど、こちらはは入場料5Rs。3つ程寺院がかたまっていて、一番見物はアーディナータ寺院(左画像)。ヒンドゥ寺院らしい作りと、中の装飾が見所。外側には彫刻もあり。西の寺院のようなモロ・エッチ系ではないけど、男女が並んでいて、男の手はしっかり女の胸を触っていたりする。周囲では子犬たちがたむろしていて微笑ましい。隣のシャーンティナータ寺院は何だか写真展示が多い。仏像もいくつかあるが、本当にどーでもいーのだけど、皆肝心なところが皮かぶってますね。見に来ているのは主にインド人。ヒンドゥ教徒じゃないので悪いけど寄付は致しませんでしたが。
そこから南進。2、3の寺院がある。途中でついてくる自転車少年数名。また自称ガイドかなあとテキトーに相手しておく。素朴な村の中を突っ切ってガタガタの道をしばし行く。川を超えて行ったとこに小規模な寺院がいくつか。ドゥラーデーオ(右画像)、チャトルプジャ等の寺院を見る。しかし、これを見終わった時点で、まだ1時位。ホント、ここ寺院だけ見るなら1日で充分。でも西を見てしまったらやることがなくなるので、もう少し引っ張ることに。今度は更に東の寺院郡へ。しかし、こっちは更に小振りである。最早インド人位しか見に来てない。なぜか2、3人からうちへ来ないかのお誘いあり。なぜここの人達は家に招きたがるのかね?トルコだったらついて行くとこだけど、正直言って、インド人は心の底からは信用できてない。タダ程高いものはないってことで、丁重に辞す。せっかくの機会を逸してしまっているかなあ。4つの寺院見て、更に先にもう1個あるから、そこへ行こうとインド少年に言われたが、2時過ぎて腹が減り過ぎたのでパス。西進して宿付近へ戻る。
しかし、徒歩でも余裕な距離だったなあ。その方が時間稼げてよかったかも。宿の隣の2階に韓国料理が食べられるシヴァ・ジャンタというレストランあり。僕は和食が食べられないのには全然平気なのだけど、むしろ石焼ビビンバとかの方が恋しい位なので。そこはコリアンさんたちの溜まり場状態。生憎ビビンバはないみたいだけど、キムチチャーハンを頼む。気温の高いうちにということで昼ビールいってしまう。ここは「歩き方」にも載ってる店で、主な客層はコリアン+ジャパニーズ。日本人は3月位から増えてくるとか。それにしてもコリアンの多いこと。ここに来て日本人らしい人には一人も会ってないけど、コリアンは100人位いるかも。店もすっかりコリアン・モードで、独自にキムチなぞ作っていたりする。インドでキムチですよ。ハッキリ言ってキムチ・チャーハンの味は今イチだったけど、情報ノートを見せてもらったら、ここのおじさんのことを皆誉めちぎっている。確かに押しつけがましさのない人で好感。沐浴池も目の前で、ビールを飲みつ、しばし和む。
情報ノートは感想文的なものばっかだけど、やはり皆カジュラーホーに来てホッとしている様子がありあり。南から来た僕でさえそうなんだから、デリー、アグラー、その逆のカルカッタ、ヴァラナシを経由して来た人には、ここは天国に感じられるんじゃないか。日本語使いとかもいるけど、まあイスタンブール並というか、気にする程のもんでもない。レンタサイクルがあるからリクシャも使わずに済む。ただ何せエッチ系彫刻がウリのとこだから、発情インド人が多いかも知れず?、女性はちょっと困ったりすることもあるやも。今泊まってるレイクサイドも、「歩き方」に寄れば“女性にはオススメできない”とのことで、或いはオウナーや従業員がくどいてきたりするのかも。まあとにかく、インドでこういう場所は貴重であることには違いない。東西に待ち受けるハード・プレイスを前にして、一瞬心安らぎ英気を養える地。もっとも、もっと南や内陸部は、おしなべてこんな感じであって、僕らが思い浮かべる憎たらしいインドというのは、観光地としてメジャーなとこのみなのかも知れないけど。
酔い覚ましに、沐浴池をしばし眺める。ここの水もあまりキレイとは言えないが、子連れのお母ちゃんたちが洗濯している。子供たちが寄って来て、例によって“ペン、ペン”だが、ここのお子たちは何か許せる。勿論、ペンをあげる代わりにお尻ペンペンだけど、喜んでくれましたですね。まだ自転車を返すのは早いので、しばし周辺をウロウロ。観光局が閉まっていて情報が得られないけど、遠出すれば滝とか色々あるにはあるらしい。ただ2,30km自転車漕ぐ気はないわなあ。
果物を買って宿へ。屋上でザクロを食べながら、沐浴池に沈む夕陽を眺める(左画像)。ザクロは割とインドでポピュラー。細かい実がいっぱいで食べるのに時間がかかるから時間つぶしにはいい。寒くなってきたとこで部屋に引っ込む。まだ腹も減ってないので、ちと金は使うけど、西寺院で毎晩行われているサウンド&ライト・ショウを見に行くことに。寺院がライトアップされ、英語で歴史等が語られる。こういう場所だと、多少は金使ってもいいかなって気になっちゃうから不思議なもの。6時半に行くが、料金が高い(200Rs)ので、いるのは金持ちそうな白人ばかり。コリアンたちは何やってるんだろ?とまれ、いくつかの寺院が交互にライトアップされ、それなりにショウの体裁をなしていた。ここの寺院も、アジャンタ同様、長い間忘れられていたのが、イギリス人によって発見されたのだそうな。イギリス人も多少はインドに貢献している点があるわけだ。しかし、1時間屋外にいたので寒くてまいった。震えながら宿へ。
夕食は、忠実に?昨日と同じブルー・スカイ。今晩は白人客で繁盛。しばらくすると再びオウナーのティワリさんがやって来て、またしばし日本語で語らう。この店、ブルー・スカイ(サクラ)という名前になってるけど、日本名を併記することで、白人も日本人も呼べるという点でなかなか賢い。ただティワリさn曰く“サクラだけだったら、すぐ潰れちゃう”とのこと。なぜかと言うと、 日本人客は食事にお金を使わないからだそうだ。僕が“日本人はマジメだから、その国の庶民が食べるようなものを好むからでは?”と言うと、ティワリさん“それが大きな誤解。日本人は、庶民といっても最もロウワーなレベルに行ってしまう”。成程、僕が好んで食べる20Rsのターリーとかは、インド人の中でもとりわけビンボーな人たちが食べるレベルのものかも(今日は僕としては大奮発で60Rsのスペシャル・ターリー!を食べていたのだけど)。ティワリさん曰く“ここらに旅行に来ているインド人こそが本当の庶民”。そーかなー。旅行出来るインド人って10億人のうち、何人位いるんだろ?ティワリさんだって相当上のレベルの人という感じ(何たって弁護士だもん)だし、やっぱり庶民は20Rsのターリーなんじゃないのかなあ?
とまれ、一方で白人たちは食事には金を惜しまないという。確かに白人たち、よく食うしよく飲む。だけど、インドに来てまでパスタなんぞ食べてる白人が多くて、彼らは自分の食生活を変えない分、敢えて高い金払って食事してるという気も。ティワリさん曰く“白人は味は気にするけど値段は気にしない。そこが日本人との旅行に対する考え方の違いで、彼らは安い宿に泊まっても、食事は楽しもうとする。日本人はインドに何ヶ月いてこれしか使わなかったとか、変な事を自慢したりする”。成程、一理あるなあ。ただ、僕には白人が多い店ってのは高くてまずいって印象があるのだけど。日本人でもいいホテルに泊まって大名旅行している?人たちは、それなりに食事にも金を注いでいるはず。つまり、同じ安宿泊まりでも、白人は食事には金を使い、日本人はやっぱり使わないってことなのだろう。これも日本の物価があまりに高い事に起因するのか、日本人、何か根本的にセコさが身についちゃってるのかもね。貴重な意見をうかがわせてもらいました。
ブルースカイではネット・コーナーもあり日本語打ちも可なので、サイト更新をせんとするも、なぜかFTPサイトにはうまく繋がらず。寒いからラム酒を買って宿へ戻る。宿、静かっすね〜。とにかく、ここには余計にもう1泊して、明後日ヴァラナシに向けて出発することに決める。インドを出るのが多少遅れる分には問題ないからね。
本日の出費:貸自転車20Rs 寺院5Rs サモサ+チャイ15Rs 昼食120Rs サウンド&ライト・ショウ200Rs 夕食60Rs ラム酒Rs 計470Rs
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