露・土・印 旅日記
・9月29日(土) ボアズカレ → カッパドキア ピーピー+ピーシーの日々
割と早起き。腹は相変わらず。もう5日目か、体調に影響出ないんかね?しかし、ホント、イスラム便所は助かるね切れなくてって、もういいか。部屋が広いもんだから、2ヶ月ぶりにストレッチする。硬い硬い。8時ちょいに朝食の後、外をウロウロすると、いたいた、ショーン・ペン似のドルムシュ運ちゃん。野次馬?のおっさんたちに囲まれてチャイを飲みつ、交渉。結局、5ミリオンねぎって、25ミリオンのヨズガット行きで手を打つ。11時出発なので余裕あり。10時にはネットカフェが開いたので、また行く。最近ヒマなもんだからPCに向ってばかり。しかし、ここは速度好調なのでよろし。ブックマークの登録に精を出す。
で、ヨズガットに向けて出発。また友達を3人位乗せてる。都合1時間位かかって着いたヨズガットは、そこそこ町だ。セスという会社がカッパドキア方面行きバスを1日1本出している。バスそのものは、カッパドキア拠点のネヴトゥルだったので、これは直ギョレメ行き?切符には“ネヴシェヒル(ギョレメ)”とあるが。“ヨズガットでマダムを云々・・・”言っていた運ちゃんに、約束の金を渡す。3日で65ミリオンだから、いい稼ぎ。“これでマダム買うんか?”とか言ってやったら、さすがに“声がでかい”的にビビっていたっけ。それにしてもボアズカレでは、若い娘って全然見かけなかったな。子供とミハル嬢だけ(笑)。そうなると、さすがに精錬潔白なるはずのムスリムも、やはり、そういう用足しはなさるものなんかいなと下司の勘繰り。とまれ、近くのショッピングセンターで電池、紅茶等を買った後、昼食。ラフマジュンにアイラン、チャイで2ミリオン。食事代が妙に高くついた宿といい、少しずつながらボラれている気がする。
観光地へ行くというのにバスは空き気味で、ジモティばかり。2時間半位という話だったけど、4時間超かかる。しかし、降ろされたのはネヴシェヒルだった。セルヴィスもなし。ギョレメにはドルムシュを拾わなくてはならない。何だい。程なく来たドルムシュ、ジモティですし詰め。途中で乗り込んで来たバカ白人、人の荷物に座ろうとする。“ダメかあ?”ってあたりめーだろ、どアホ!テメーんちに飛行機落とすぞ(失礼)。ギョレメに着くも、宿の客引きが来るわけでもなく、至って静かなもの。目的の宿へ行くも、ドミ7ミリオンと高い。まわりの宿をあたり、4ミリオンのとこがあったので、そこにするが、朝食を入れると6.5ミリオンと、ほとんど変わらなかった。結局、イスタンブルのアーセナルのオヤジ推薦のアナトリア・ペンション。あてがえられた部屋は、いわゆる洞窟部屋(右画像)。6ベッドだが僕一人。しかも鍵なし。大丈夫なんかね?でも、ここはレストランなし。結局、前の宿(ウフク)の方が何かとよかったような気も。
ただまあ、ここの兄ちゃんはいい奴ではあった。地図くれてお茶飲みつ、色々教えてはくれる。とりあえずは町歩き。本屋でシリア、エジプトのLP発見。ここで買っておくかねえ、高いけど。意外と狭い規模の町で、絨毯屋等の前通っても、声かけられない。もっとツーリスティックなとこを予想していたのだけど、拍子抜け。日本人はチラホラ。まあオフシーズンに入りつつあるってことでしょう。この先の東は寂しいだろうなあ。10分も歩いたら一回りしてしまった。しかしねえ、ここ何なんでしょ?この変な岩の数々は全部自然に出来たものなわけ?僕の親の家の近くに古代人竪穴式住居跡の吉見百穴ってのがあるけど、ここはまわり全部が百穴状態。奇妙な光景っすね〜。
7時半になったので夕食へ。宿のオウナーのサイン入りカードを持ってけば20%割引というので、近くのローカルというレストランへ。値段はそう安くない。涼しいけど、トロイがあったので、1日ぶりビール復帰。マントゥ一品頼む。少し足りないので、パン全部食べてしまった。如何にもビンボーっぽいっすね。カードを出すも、割引は10%だという。安くなるっつーから来たのにと粘ると、20%割引になったけど。4ミリオンのとこ、間違えて40ミリオン出しかけたけど、ヤレヤレ。
帰ってもまだ9時前。飲めないと夜は長いね。日記書いて、またネットカフェってパターンか。洞窟部屋で音楽を鳴らしつ、一人、日記を書く。ドミ泊まりの意味ないなあ。寒いからシャワーは浴びず。これで2日目だな。しかし、アジア旅行の時も、夜、こんなヒマだったかなあ?本でもないと、これからはちと辛いかもなあ。もっとも、本読むには部屋の電気が暗いけど。皆様がいっぱいメールでも送って下されば別なんだけどね・・・
本日の出費:宿代+食事代3415万L ヨズガット行きドルムシュ2500万L ネブシェヒル行きバス700万L トイレ25万L
電池+アメ+紅茶455万L 昼食200万L コカコーラ75万L ドルムシュ100万L 夕食400万L 計8500万L

・9月30日(日) カッパドキア 2日目 洞窟づくしにゲンナリ
やはり、この辺の朝晩は冷える。洞窟部屋は意外に暖かいのだけど、時折目が覚めてしまい、8時ちょいと寝坊。効き目の無い正露丸に見切りをつけ、医者からもらった下痢止めにチェンジするも、もう一息って感じ。寒いけど、がんばってシャワーを浴びて、少し洗濯。2.5ミリオンの朝食はセルフサーヴィス式。アナトリア・ペンションはオウナーがフレンチで、客もフレンチ多し。あのフランス語の響き、個人的には好きになれんのだけどね。早速、バイクを借りにゴー。
一番目に付くとこにあるヒッチハイカーズ云々という場所は、ちょっとでも傷つけたりすると、金を取られるというような話を聞いていたので、その向いの店へ。プジョーのスクーターを8時間22.5ミリオンで借りる。2ヶ月ぶりに乗るスクーター。プジョー製、排気ガスの量は多いけど、走りは快調。どうもウインカーが点かないみたいだけども。とまれ、まず向ったのはチャウシン。村の合間から奇岩を目指していくと、これはなかなか。山の至るところに穴ぼこが開いていて、元住居だったらしい様子。これはまさしく、我が吉見百穴の拡大豪華版(右画像)。この辺りは無料だが、もうしばらく行くと、保存状態のいい壁画の見られるところがあり、そこは有料だった。量は少ないが見物ではあった。
カッパドキアは、見所が多くて何かよくわかんないのだけど、とりあえず、あのキノコ岩を見ないことにゃ、カッパドキアに行った!とは言えないだろうから。5分も走ると、オオ見えてきた見えてきた。何とも奇妙なる、まさにキノコ状の岩の群れが。中が空洞で登れるものもあるのだけど、狭いし急だし、結構怖い。ツアーご一行の中にいた日本人女性は、トルコで見かけた中では一番キレイだったなあとか。景観を見ないで何を見てるんでしょ。この辺がパシャバってとこなのかな?後で画像をチェックしたら、確かに3本のキノコ岩があったな。実物を前にして、なぜか気づきませんでしたが。


左:こんなんがゴロゴロ、右:キノコの山は食べざかり
次はその先のゼルヴェ。屋外博物館と言っても、これまた吉見百穴系、穴ぼこだらけの峡谷の洞窟内をこ見物するというもの。住居だったり教会だったり。しかしまあ、洞窟は狭いし登りも急だし。バイクで風を切って寒いので、ウインドブレーカーを羽織っていたが、黒だから、石灰系の白い汚れが目立つ。頭もゴチゴチぶつけた。アンカラから来ていたトルコ人たちはキャアキャア言いながら、崖をおりていたけど、僕にはあんな芸当とてもできましぇん。壁画らしいものは1箇所しか見かけなかったけど、他にもあったのか知らん?
メインロードに戻ってアヴァノスを目指す。陶芸の町らしいけど、工房がどこにあるのかよくわかんない。壷とかが展示してある店に行ってみるが、考えてみれば見学すると、買えと言われそう。そも、陶芸関連あまり興味がない人。だから工房見物はまあいいやってことで、とりあえず昼食にする。フツーのロカンタでキョフテ煮。今度はユルギュップを目指す。ここはとにかくおっきな岩状の山の麓に住居が(これは現在も居住中)あるというとこ。続くオルタヒサルは、いかついでかい岩があちこちにゴツゴツってとこ。しかし、「歩き方」と宿でもらった地図のみを頼りに見てるもんで、果たして自分が見てるのが正しき場所なのか、肝心なものを見逃しちゃいないのかとか、どうもよくわかんなかったりする。とにかく、ここは色々有り過ぎっす。

一旦、ギョレメに戻り、宿から徒歩圏内の野外博物館は後日ということで飛ばし、ウチヒサル(左画像)を目指す。ここも奇岩なんだけど、そそり立った山に、まさに鳩ノ巣状態の小さな穴がいっぱい。グルグルまわって登り口に辿りつく。てっぺんまで登れるというなら登ってみようとするのが人情というもの。しかし、登ってみて遅れ馳せで気づく、そうよワタシは高所恐怖症。てっぺんからの眺めは“絶景”には違いないが、僕にとっては、“絶望的な光景”の略となる。おっかなくって、とてもじゃないけど景色を楽しむ余裕なぞありゃしない。早く安全に降りることばかりを考えてしまう。降りるのがこれまた怖い。あんまり人がいなかったからよかったようなものの、見られたらお笑い草のヘッピリ腰で階段を下った。高所&狭所続きと、何か僕には辛いとこだな、ここ。
チャイ飲んで休んで4時半。やや中途半端ながら、もうちょい行けるかもってことで、ネヴシェヒルへ。この辺、町だから交通量が増えてくる。スクーターは快調だけど、日本で乗ってるやつは50km以上出ないやつ。プジョーのは60kmとかバンバン出るので、ちとおっかない。何せ保険がきかないから事故ったら金額が大きい。自分の体もバイクの方にもである。ここは一つ慎重に。ネヴシェヒルは山の頂上にお城があるみたいだけど、まずは地下都市の方が優先なので、先を急ぐ。しかし、標識では“カイマクル28km
”、え〜、そんなにあんの?地図では近いはずなのにぃ。ま、ここまで来てしまったら行くしかない。5時をまわり日没まで微妙な時間だけど。
日が陰っているところは結構寒い。60km位出して走ってると、目に涙がたまる。日本では顔を覆うメットを被っていたが、こちらはグラサンしてる目以外は丸出し。顔に風があたって結構辛いものがある。30分位走り続けて、ようやく地下都市へ。4ミリオンと高い入場料の上、入口にいたかつらオヤジが1000円でガイドを、などとヌカす。構わず一人で入っていく。中は明るく、矢印があるので問題なし。だけど、確かに見ることが出来ているのは10分の1位かなって気はする。この辺に昔住んでた連中は、何でこんなに洞窟好きだったのでしょ?(右画像)何か篭もらなきゃいけないワケでもあったのか?またしても頭ゴチゴチぶつけまくり、服汚れまくりでウンザリ。洞窟もーいいです。てなわけで時間の都合もあり、近くのデリンクユの地下都市はパスしてギョレメに戻ることにする。それでも、本来の返却時間には遅刻だな。とりあえず日が暮れる前に戻らにゃ。
6時半頃着。最後のカイマクル行きでガスが半減し、そのガス代と超過料で追加料金10ミリオン近く取られる。結局、30ミリオン超とツアー並の値段を払ったわけだ。まあ自由を取るか、効率を取るかってことだね。でも、明日はツアーにしよう。何せ寒いのが辛い。カッパドキアの風を感じてったって、感じ過ぎっす。で、早速ツアーの申込みに。今日行かなかった場所を中心に組んでいるものを2社程較べ、見たり無かったアヴァノスに行く方を選ぶ。28ミリオン也。ただ都合により、これは更に1日後に延期するのだけど。
宿へ戻ると、ドミには2人加わっていた。一人は中央アジアから来た日本人。もう一人はどこぞの白人。日本人の方は早くも寝の体制。寒いけど、今日はシャワーを浴びないわけにはいかんでしょ。ここの湯、出だしは好調だけど、しばらくするとぬるくなる。これから先のエリア、季節は辛いだろなあ。とまれ夕食へ。高そうなツーリスティックなレストランは避け、オトガル横の食堂へ。チョルバ+イシュケンダルを頼むが、ここも決して安くはなかった。下のチャイハネでお茶。どうしても観光客とみると、でかいカップで出てくる。きっと白人あたりが、あのトルコ風チャイカップじゃ量が少ないとか文句をたれたせいだろう(と、勝手に決めつける)。部屋へ戻ると日本人はもう寝ていた。まだ9時前なんだけど。しかし、いつでもどこでもすぐ寝られるってのは、旅人には不可欠の要素だよね。ワタクシは、そういう点、まだまだ修行が足りませんと思いまする。
寒いので、今回の旅で初めてスエットを着こんでネットカフェへ。さすがに日本語環境ありだが、速度はそう速くない。このとこブックマークの登録に精を出している。ま、日本でいつも見てたサイトを海外でも見れたからどうってこたあないんだけど。それも渋さ知らズのサイトとか(笑)。本日来ていた唯一のメール、何とNGOでケニアにいる方から。現地日本人スタッフが撃たれてPCが盗まれて、日本との連絡が取れずに困っているとのこと。で、日本語打ち用ソフトのダウンロード・サイトを教えて下さいというもの。何で僕になんだろ?とは思うものの、とりいそぎ返信。僕だって、教えてもらったに過ぎないのだけど。やっぱブラック・アフリカ、怖そうだなあ。
明後日、スィワス行きの夜行バスに乗るつもりなので、時間つぶし等を考えると、ツアー参加は明後日の方がよいと判断。従って明日はまたスクーターかな?近場を攻めるとしませう。例のピーピーの汚染源の可能性大なんだけど、あまり冷えたもんだから、サフランボルで買ったワインを少し飲む。これで明朝、便が水状に戻ってたら動かぬ証拠が掴めるわけで。ま、そーなったって、ちっとも嬉しかないけど。
本日の出費:レンタルバイク3090万L 観光100+150+400+400+125万L 昼食300万L 茶50+50万L
ツアー2800万L 夕食4350万L 水25万L ネット100万L トイレ25万L 計11965万L
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