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露・土・印 旅日記
・10月12日(金) エルズルム → カルス ネット不調につき体調も?
テレビがあればどうしても見てしまいます。情報収集のためのCNNなども勿論だけど、どちらかというと音楽系。トルコでは、夜は“演歌の花道”?じゃないけど、割とトラッドなスタジオライヴ音楽番組がよく放映されている。昨晩もそれを見ていて、ついつい夜更かし。従って早起きはできず。でも予定通りにシャワーを浴び髭を剃り、昨日、中途半端に終わったチフテ・ミナーレ等の見物。急いでいると、結構距離を感じるもんで。10時ちょいに宿へ戻り、併設のロカンタで朝食。プディングを食べたかったが、無し。で、フツーの煮込みものにピラフと、朝から腹いっぱい食べる。でも、これ正解。昼頃のバスって、昼食休憩無しの場合があって、このところ、いつもランチ食いっぱぐれて、ペコンペコンで目的地に着いている状態。だから、朝昼兼用飯を食べちゃえば、当分は持つのだ。これで、夕食までは焼栗かなんかで持たせて、夜はゆっくりタップリと。ま、ちと太りそうだけど。
宿を出たのは、やっと11時。すぐ横がバス停で、2番のバスがオトガル行きで、順調に到達。また客引きに連れられるが、今回はカルスが拠点の会社トゥルグット・レイスだったので、素直に従う。11時半カルス行きの切符が買えたので、チャイを飲みながら待つが、バス、なかなか発車せず。11時半過ぎても出ないので、どーなってんだよ〜と窓口に2回位行くが、埒があかない。なぜ焦っているかと言うと、カルス行きの目的であるアニ遺跡見物は、前日までの申請が必要なのだ。申請はツーリスト・インフォメーションになのだけど、ここが5時に閉まる。冬季は土日休みらしいので、もし今日を逃したら、月曜までカルスで無駄に過ごさなくてはならない羽目になるのだ。しかし、こっちのそんな都合も知らず、オヤジ連中は何やらチンタラやっている。どうもカッパドキア以東は、バス絡みでストレスがたまるようになってきたぞ。
12時頃ようやっとスタートしたバスは、汚れたミニっぽいバス。どうもこの辺に来ると、バスはこのサイズらしい。ただ今回はソフトなおじさんが添乗していて、コロンヤと水だけはサービスあり。人間、どうしても一度贅沢?に馴れてしまうと、そのレベルを求めてしまうものです。しかし、1時間半位過ぎたところからイライラも沈静。何せ、車窓の風景が雄大なのだ。ま、広がる山々とか地層が見られる断崖とか、トルコをバスで旅してると、もーあったりまえなのだけど、この日はまた一段とスケールが大きかった。途中、川沿いでは野生馬?らしいのもみかけたり。つくづく、トルコってホントにすごいねと思う。海アリ山アリ遺跡アリ歴史的建造物アリ自然の驚異アリ。前にも書いたけど、全てがある、無いのは金だけ!これで何か観光以外の優れた産業があって、国が金持ちなら、現代においても誇り高き輝く国に位置付けられるのだろうけど。
3時半やっと到着。オトガル到達前に、目的のツーリスト・インフォメーション近くにいることを確認したので、そこでおろしてもらう。まずはとにかくアニ遺跡見物申請と、でかい荷を背負ったままiへ。カツラっぽい頭のおっさんが迎えてくれて書類を記入してくれるが、遺跡見物はタクシーのみで可で、締めて35ミリオンとのこと。代理店のツアーとかないの?と聞くが、無いと言う。宿で誰か人見つけてシェアとかできんかな?と言うも、基本は個人個人らしい。で、タクシーまで呼んじゃう。警察に書類届けるのにタクシー使えって言うのだ。歩くからいいよって言うが、この送迎も料金のうちなんだって。まだ宿をとってないと言うと、宿まで乗ってっていいと言う。フ〜ム。で、別の職員らしいおばさまがご同伴で、ちと離れた警察へ。と言っても、正確にはツーリスト・ポリスらしい。パスポート・チェックを受けて許可を受領。ソフトなタクシー運ちゃんは、その中年女性職員の父君だそうな。宿はLPに載っていた、一番安いケルヴァンサライというとこにして、そこに明日9時にタクシーに来てもらうということになった。
宿をそこにしたのは、一度ケルヴァンサライ(隊商宿)という名の宿に泊まってみたかったという単純な理由だ。しかし、この町に来て、今のとこ英語を話したのは、iのオフィスのおっさんだけで、後はこの宿の人も含め、モノの見事に英語不通。なのに、イスラム原理主義者?みたいな険し目の宿の爺さん、いきなり、日本人旅行者情報ノートを取り出して見せたではないか。イヤ、ホント、日本人マメだわ。書き出しは昨年末なのに、既に結構な量。何でも、iに行くと加山雄三みたいな英語使いが現れるらしいが、実は職員ではなく、単なるタクシー運転手で、英語が話せるのをいいことに、お呼びでないのに出てきて、コミッションをとるらしい。僕が会ったのは、加山雄三には全然似てなかったし、職員っぽかったけどなあ。30ミリオンにねぎった話とか書かれていたりして、こういうのがあると、ノートなんか見なきゃよかったって、いつも思うんだよね。情報がありゃいいってもんじゃない。もっとも、こちらは場所柄イラン等の情報多し。
そうそう宿は共同シャワーというのがない。シャワーつき8ミリオンか、シャワーなし6ミリオンの選択となる。さっきカルスに着いてから、風がビュウビュウ吹いていて、今までで最高の寒さなので、こりゃぬるいシャワーなんか浴びたら一発で風邪を引く。ハマムがあるだろうから、また入浴だけ利用するとして、シャワーなしの安い部屋を選択する。ダブルの部屋で広くて、まずまず清潔。テレビはないけど。アニ遺跡の件が一件落着となったので、町歩き。ネットカフェ数軒。城跡を目指して北に向うと、バッチそうなハマムあり。酒屋やスーパーもあり。しかし、肝心のドゥバズヤット(ウードゥルというとこで乗換え用らしい)行きバスを扱っているバス会社オフィスは見当たらない。なぜか「歩き方」、ここに関しては、オトガルへの行き方が書いてないし。とまれ、城跡である。
結構な山の上に聳えている。麓には何やら墓の後も。町中もそれなりに見所あるではないか。目の前に山があれば、登ってみるよりないでしょう。たとえ高所恐怖症であっても。てことで、途中またぞろガキ連中に取り巻かれたりしながら、頂上へ。なかなかでかい。13世紀のものらしい。眺めもよいのだけど、如何せん風が強くて寒いのなんの。カメラも忘れたので早めに下山。途中のスーパーでワイン買って一旦宿へ。町中を歩いていて気になったのは、何やらテアトロス(劇場)で、今日明日あるらしいコンサート?の張り紙。INEKとか書いてある。ロックバンドかいな?チケットブースが近くにあって、値を聞くと、何と1.5ミリオンの安さ。劇場も宿の斜向いってことで、勇んで購入。本日の夜の娯楽ができたわい。
そのコンサートらしいのが7時からなので、早めの夕食。LPオススメのクリスタル・カフェというとこに。マントゥの表示があったので聞くが、切らしてるとのこと。ガックリ。こういう寒い日にはいいのに。そうなると、ここは選択肢があまり多くない、フツーのロカンタに過ぎない。出来合い料理を数品とイシュケンベを。ニンニク汁は出てこなかった。料理数品は少しずつ一皿に盛ってくれりゃいいものの、別々の皿に盛ってくるもんだから、量も多いし値も高くつく。実際、一皿盛りで頼んで食ってるおっさんもいるのに。この辺は言葉の障壁故だよね。案の定、ドルマに煮込み、チャイも飲んだら4ミリオンかかってしまった。
ロカンタを出て劇場へ向う際、クルドっぽいおっさんに英語で声をかけられる。曰く“ツーリスト・ンフォメーションのもの”、で、“タクシー・ドライヴァー”、何じゃそりゃ?待てよ、よく見ると、こいつが噂の加山雄三では?成程、似てないこともない。どういうわけか、ぼくの行った時間にはいなかったらしく、明日申請に来るのか?なんて言う。“アンタ、日本人旅行者の間で有名だよ。フェイマス・アクターのユーゾー・カヤマに似てるって”と言っておいたので、本人もその気になっていることでせう。とまれ、この辺まで来ると、日本人は結構注目の的である。町中を歩いていても、よきにつけ悪しにつけ関心を持たれる。例によって親しげな人が多いものも、唾吐く若い奴なんてのもたまにいる。イランから来た人に聞くと、結構、この手のことで不快な思いをした人が多いみたいだけど、さすがのトルコでも、若干そういうのありか。
とまれ劇場へ。若い人が大半で、子供も多い。15分遅れでやっと暗転して幕が開くが、アリャアリャ、コンサートじゃないです。お芝居でした。登場人物は5人。恋愛絡みのコメディらしい。しかしねえ、いくら何でもサッパリわかりませんよ。こりゃあ困った。ま、映画でさえ休憩が入るトルコのこと、1時間位でブレイクがと思いきや、案の定。悪いけど、途中で出てきやした。昨日の“映画”といい、どうもはずしてる。とまれ劇場へ。
さあネットだ、ネットだ。しかし、宿最寄のとこはCDドライヴ不備ありの上、FTPサイト繋がらず。別のとこへ行くが、ここはファイル転送が途中まで進むも、どうしても表紙ファイル、つまりindex.htmlが転送できない。サイト見てみたら、“見当たりません”状態になってしまった。コレ最悪。カッパドキア以東、どうもトライポッドのファイル転送が不調だけど、どうしてよりによって、最も軽いファイルが転送できないのか理解できない。慌ててサイト不調のお知らせメールをアドレス調の全員に送る。トルコの田舎のネットカフェは、ほとんどがガキんちょゲーム需要のもので、やたらにゲームソフトがつめこまれていて、要領不足のマシンってのが多い。僕の台も御多分にもれずで、動作がのろいの何の。無茶苦茶イライラさせられて、一人、日本語でブツブツ文句をたれていた。結局、1時間半かけて1.25ミリオンもとられ、ファイル転送失敗とメール・チェックできただけ。ニュースも見られず、銀行サイトもチェックできず。困ったねえ、明日も来なきゃ。また別の店を捜すか。
本日は風呂抜きで帰る。大体、明日のために早く寝るつもりが10時過ぎてしまった。宿はチャイハネも兼ねてるらしく、フロントはおっさんたちで一杯、皆でテレビ見てる。僕も見たかったが、タバコの煙がすごくてダメ。日記書いてたら、あーあ12時。どーも、うまくいかなくてイライラすることの多い本日。疲れ&風邪の予兆ではある。寒い東部は早めに切り上げたくなってきたぞ。
本日の出費:朝食240万L オトガル行きバス35万L カルス行きバス500万L コーク75万L
チャイ25万L トイレ20万L ポテトチップ10万L 宿(カルス)600万L ワイン450万L
夕食400万L 芝居切符150万L ネット125万L 計2280万L

・10月13日(土) カルス 2日目 遺跡の威容も寒さの前では・・・
また4時頃目が覚める。寒いのでトイレが近い。続けてエザーンだ。やば、目が冴えてしまった、最悪。ウツラウツラきたら、もう8時。この気温で、この睡眠不足では、ますますやばいなあ。とにかく体弱いんで。朝食は宿の数軒先の店へ。プディングにアイランで1.5ミリオンというので、“チョク・パハル”(高い)と言うと、1.25にまけたが、尚高い。とまれ9時ちょうどにタクシー来る。昨日のおじさんも来ていたが、本チャンの運転は、若い知的な風貌のお兄さん。でもその風貌に似合わず、やたらテンポの速い曲ばかりかけて、一人でノッテおられましたが。
町外れの博物館でチケットを買う。4ミリオンと出ていたが、なぜか3ミリオンに値下げ。約1時間弱、ひたすら草原の間の道を走る。遺跡に近づくと、パスポート・チェックあり。遺跡の入口でも再びチェック。番してるのは兵隊さん。このモノモノしさは、国境近くで軍事的要所でもある故のよう。運転手は12時待ち合わせでどうかと言うが、まあ2時間15分程あるので、よしとする。LPには2時間半は欲しいとの記述だったが。
いざアニ遺跡見物開始。11世紀のアルメニア王国の遺跡。城壁に囲まれた2,3kmの荒涼たる草原の中にいくつかの廃墟が点在する。この荒涼さに加え、アルメニア王国ってのが何かロマンを誘いますね。当然、現在の国境では、たまたトルコなのだけど、今まで見てきた遺跡群とは趣を異にする。ただですねえ、メッチャ寒い。やや曇り気味の上に風がビュンビュン。おまけに雨も少しぱらつく。念の為スエットを着こんでウインドブレイカーも持って来たけど、それ着てフード被り、首にタオル巻いていても、まだ寒い。鼻水はジュルジュル出るし、かなり辛い状況。見学客は、夫婦らしい一組が他にいるだけ。ところどころ牛のクソがちらばっていて、踏まないように歩くのに一苦労。
見所は10ヶ所位あるのだけど、ひとまず向って左、つまり川のある東側から攻め、一番遠くにある城砦を目指すとするが、ここらはかなり足場が悪い。とりわけ、城砦に登るにはゴロゴロの岩を越えていかねばならない。枯草も行く手を阻む。これでだいぶ時間をくってしまう。城砦の下の谷に向うとこにも城壁みたいのがあって側に行きたいが、その手前に牛の大群。何でこんなとこに?と思うが、しっかり牛飼いさんがいて、どけてくれました。モノモノしい警備の割に牛の群れがウロウロしているってのは不思議なもんですね。
とにかく道が登りやら岩場やら辛いす。トルコの遺跡はカッパドキアあたりでさえ、こういうとこが多くて、運動神経の鈍い人(僕も)は足を挫いたり頭を打ったりしかねない。行方不明になっている日本人女性がいるらしいけど、例えば、人知れぬ遺跡でバランスを崩して打ち所が悪くて、なんて可能性もあるのではないか?とまれ、谷を流れる緑の美しい流れを見つつ、西側へ移動。実は見所はこの西側に多かった。フレスコ画の残る教会や保存状態のいいジャミィ、そしてシルクロードへと続く道等々、東側で時間がかかり、西側は少々マキが入ってしまった。この遺跡の建物は、赤い煉瓦のような石が使われているのが目につく。ゴツゴツしながらも洗練された作りが目を惹く。そんなこんなで早2時間過ぎ。やはり2時間半、できれば3時間あれば文句無く見られるだろう。僕はまあ、寒いからこの位でいいです。遺跡内は撮影禁止なので、画像は門のとこだけです(左:如何にも寂しいすね)。
帰路はひたすら寝ていた。昨日見に行った市内の城砦へ向いがてら昼食。イシュケンベにビーフのドネル・ケバブ。イシュケンベには風邪予防のために、ニンニク汁と酢をタップリ入れたが、トルコ人の調味料のかけ方を見ていると尋常ではない。塩なんかも数秒ガーっとふっている。そも、味付けの淡白なトルコ料理故、塩味や辛味などは各人が腕を振るう?ってことか。城を眺めていると、またぞろガキンチョが写真撮れ撮れと寄ってくる。どうせ消せばいいからってことで、大盤振る舞いでいっぱい撮ってやる(右画像:バックはハマム跡らしいす)。その側に現役のハマムがあるのだけど、女性が出てきた。ひょっとして、と確かめてみると、どうやら女性専用らしい。これは今までで初めて。しかし、ということは、アニから帰る途中見かけた、結構町外れにある銭湯風作りのとこまで行かねばならないってことになる。宿に帰るまでに湯冷めしそうな距離だ、トホホ。
まだ日は高いがネットカフェ。何せ、サイトの表紙が見られないんじゃ話にならない。昨日とは別の2軒をあたるが、いずれも不備ありで、ただ茶を飲ませてもらったのみ。結局、昨日の店へ行くが、今日は速度順調で、アッサリ、表紙ファイル転送成功。スッキリしてニュース等チェックすると、アメリカへの生物兵器攻撃が始まったみたい。世も末すね。日本でも対策の演習が既に行われているってのは、妙に対応が早いけど。ラディンはインドネシアへ潜伏とかいう噂もあって、いよいよ東南アジアまでテロの舞台になりつつある。どこへ行きゃあいいのかねえ?
寒くなる前にハマムへ。ここはアカスリ等は頼まなければ最初からなしってシステム。ただしサウナ別室はなし。大理石はあるのだけど、これが火傷しそうに熱い。仕方なくタオルを水で浸して敷いて、その上に寝る。でも暖まるのは局部的。熱湯冷水を交互にかけるが、体が芯からあったまるって感じには程遠い。おまけに、ここアカスリなしでも4ミリオンの高さ。対応は悪くなかったけど、ちょっと“行ってはいけない”寸前の店だぞ。風邪引いたらのせたる。体の冷えないうちにビールを買って宿へ。ビールでカッカした後に、また夕食に出るのは逆効果だったか。割ときれいなピデ系の店に行くが、寒いのでまずはスープ。濃い目の味付けで暖まる。ピリチ(チキン)・ドルマ(本来ピラフ詰めのことなのだが)というのは何じゃろ?と頼んでみるが、チキン・シシ、ピラフ添えであった。でもうまかったけど。それにしても今日は寒い。フード被って歩いている人もいる位。次のドゥバズヤットは少し南だから、もう少し気温が高いことを祈る。風邪引いて静養するにしたって、もう少し暖かいとこじゃないとね。
本日の出費:朝食125万L 水25万L アニ遺跡見物3500万L 入場料300万L 昼食225万L
ネット90万L ハマム450万L 夕食325万L ビール85万L 5200計万L
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