[PR]背中ニキビケア:29日間でスベスベ背中の秘密
東南アジア旅日記
・10月31日(火) マラッカ→クアラルンプール 公害天国で風邪を引く
ヒマヒマなマラッカを脱出し、大都会クアラルンプールへと移動する日。結局、起床はまた9時近く。それでも、寝つきは悪いは明け方目は覚めるはで、実睡眠時間は何時間なのやら。睡眠不足は最早、常態化している(これは日本でもそうだった)。いっぱいある荷物をめんどくせーなーとつめていたら9時過ぎ。呑気に外で朝食を取っていると出発が遅れるので、近くのパン屋でパン3つとコーヒーをテイクアウト。レジの娘(華人系)は可愛かったが、持ち帰りと言ったら、隣の母親らしきおばちゃんが、「持ち帰り料足しなさい」とか言ったらしく0.2リンギプラスされた。宿に戻り、昨晩のうちに作成したHPファイルとメールを送信すべく、通信設定をして、いざ、電話回線貸してくれ!とフロントへ行くが、フロントの電話は故障中だった。アガ〜、だったら置いておくなっての。
仕方なくすぐ近くのインターネット・カフェへ。華人系女性二人が窓口のその店で、回線だけ貸してくれと言ったら、原則ダメ。「でも、メールならサーバー名がわかるなら見られるわよ」と、リーダーらしき美しき女性スタッフが、ホットメールをちょちょいと設定してくれる。アレ〜、ホットメールって、他のサーバーのメールでも送受信できるのね。これ、常識なんだろうけど、恥ずかしながら初めて知りました。イヤ〜、いいこと教えてもらいました。でも、更に「FTP送信もしたいんだけど・・・」とねばると、ついに回線を貸してくれることになりました。先程の女性が甲斐甲斐しく設定してくれます。マラッカのアクセスポイントというのは無いので、グリック・ローミング・サービスの全国1515というのにダイヤルしてみると、2度目で見事接続。目出度く、マラッカ篇日記が更新されたわけです。もう、その女性がますます美しく見えてきました。念のため、ウエブでちゃんと見られるかを確認して万事オッケー。時計は11時を指しているけど、まいいでしょ。先程の女性に改めてお礼を申し上げようとしたら、何やら打ち合わせに入ってしまいました、残念。
てなわけで、ようやくチェックアウト。ソファーに寝そべっていたインドネシア系のおっさん(青年?)に鍵を渡し、「昨日の日本人女性はもう行っちゃった?」と聞くと「そうみたい」とのこと。あれ、アップロードに夢中でアドレスやら何やら聞くのを忘れてしまった。ま、典型的な旅先の出会いと言えませう。で、バス・ターミナル行きのバスに乗れる、一番近い場所を聞くが、一向に要領を得ない。実は、このインドネシア人、客だったのだ。何かえーかげんだなあ。とりあえず宿を出て、昼飯用に、隣の中華食堂で肉まんを3つ買う。近くの警官だか駐車場管理人だかよくわからない華人さんに、「バス乗り場は?」と聞いたら、目の前だと言う。成程すぐにバスがやってきた。12時のクアラルンプール(以下、KL)行きバスに間に合い、また一番前に座ると、また隣に華人系おばさんが座る。しかし、案の定、喉の腫れが悪化している。早めのパブロンと咳・声・喉に龍角散で応戦するが、どーも、風邪一直線の様相。ヤレヤレ。
2時間ちょいでKL到着。このバス・ターミナルから4,5分という安宿エリアに向かう。シンガポールと同じようなビルの2、3階にフロントがある。トラヴェラーズ・ホームなるありがちな名の宿にする。日本人もいるみたい。トランプ賭博に巻き込まれる日本人の被害が増えているとか、日本語で貼ってあって、「あんたも気をつけなさいよ」と宿のおばはんに言われる。マレーシアのトランプ賭博詐欺って、何かで読んだなあ。かなりトラディショナルな手みたいで、何でそんなのに騙されるのがいるんだろ?そういえば、ネットカフェにさんざ行っておきながら、株価チェックを忘れていたことを思い出した。とまれ、ファン付のダブルの部屋。安い方は窓無し牢屋風で、しかも壁に穴が開いていたので、道路沿いの広い部屋にする。ただ、思いきりバスやら何やら走りまくっていて、「これウルサイんじゃないの?」と聞くと、「夜8時位までよ」と言われる。今10時だけど、結構ウルサイ。お値段は33リンギ(千円近い!←安いことにではなく高いことに驚嘆している)とマラッカの倍であります。早速、シャワー(共同)だが、トイレと一緒で、シャワーを浴びるとトイレの足元がビシャビシャになる。勿論、水しか出ない。よく見たら便所のタンクからシャワーが出ている。成程、これぞ安宿って感じだ。自由に使える(錠前は自分で用意する)ロッカーってのもあるが、開けると、鍵のとこをはずせるようなミニ・ドライバーが入ってたり。イヤハヤ
とりあえず、KLでの最優先事項は、タイの入国ビザを取ること。宿の壁に貼ってあった大使館一覧でチェックして、早速、下見に出発。しばし歩くと、地下鉄のパサル・セニ駅へ辿り着き、10分弱のアンパン・パーク駅で下車、1,1リンギ。この辺に各国大使館が集中している。しかし歩くこと15分強の距離だった。明日朝申請すれば、翌日に取得できるとのことで、それなら、KLを1日早く発てそうだ。つまるところ、KLはフツーの都市。シンガポール程洗練されていなくて、見所も大してない。なら、タイやベトナムに割く時間を一日でもということだ。帰りは、マレー鉄道に乗る、KL中央駅を目指して歩くが、これがなかなか辿り着けない。KLは、その名の通り(どぶ川の交差する場所)、川が複雑に交差し、道路も同様。おまけに、横断歩道のようなものがほとんどない、完璧な車優先社会。しかも、車を制限しているシンガポールと違い、バイクも含め、その量は半端じゃない。まさに、公害天国。この地では、信号がどーあろーと、車が来ない隙に渡れ!が鉄則だ。ただでさえ喉が痛いっつーのに、暑いは、スモッグだわで、体調がよくなるわきゃあない。
駅は、でかくてなかなか味のある建物だった(左画像)。東京駅同様、上にホテルがあるが、何だか今はプロモーション値段ということで、69リンギで泊まれるという。部屋には電話もあるそうだし、タイのビザが早く取れるなら、明日早速こちらに移って、翌日、夜行列車の時間まで荷を預かってもらえばよいではないか。これはラッキー。受付のおじさんに「今日はチャイナタウンの安宿泊まりなんだ」と言うと、「ファンしかついてなくて、水シャワーしかでないようなところだろ?お気の毒様」って、まさにその通りだものね。駅の近くにでかいモスクがあった。短パンとかでは入れず、欧米人パッカーもマントのようなものを着させられていた。明日、ジーンズを履いて来るとしよう。
更に川向こう側の道を進むと、どうやら官庁街。マレーシア独立記念公園のようなとこにも出て、結果的に街の要所を観光できたわけだ。しかし、本当は、セントラル・マーケットで休みたかったのだ。もう6時過ぎでビールの時間でもある。しかしなあ、このお堅いイスラム・カントリーで、レストランとかでなくビールが飲めるとこは望み薄だわなあと諦めつ、とりあえず、マーケットのフード・コートを目指す。一階のところで、お兄ちゃんが何やらチケットを売っている。市内での、絵柄からすると、地元アイドル系のショウ。こういうのを見たいんですよと喜び勇んで20リンギを払って購入。や〜、今日の夜の娯楽が出来たと大喜び。それに、フード・コートの端っこのドリンク屋は、唯一ビールを置いており、アンカーにありつく。シアワセ!ガイドを読むうち、先程のチケットをよく見たら、何と11月4日の日付ではないか。そんなにいられるもんですかい、この公害天国に。慌てて払い戻しに行く。トホホ。
落ち着いたところで、夕食処を捜しつ、街歩きを続行。ホーカーズがあるというエリアは宿の近くだったが、欧米人パッカーだらけではないか。まLPに出てるんだから当然だろうけど、これはちと抵抗を感じ、別を当たる。結局近くのショッピング・センターの5階にあったフード・コートで、シンガポールで食べ逃したホッキン・ミーとサトウキビジュース。合せて4.5リンギ。ホッキン・ミーは、要はオイスター・ソースのソース焼きうどんですな。ちと寂しかったけども、段々体調が悪化してきてそれどころではない。いよいよ本格風邪っぽい。全く、因果な体だわなあ。恨めしや「キッド」の映画館。更に、ライトアップされた官庁街を見るべく歩くが、もうKLって歩いている人いないなあ。今回、かなり人気の無い場所を一人で歩き回っている。これから行く国はこうはいかないんだろうなあ。さすがに、体調不調のため、切り上げることにするが、こういう時に限って道に迷ったりする。やっと宿に辿り着くが、待っているのは、暑くてウルセー部屋とシーツの無いベッドと水シャワーであります。これは体調悪化必至。向かいのセブンイレブンで、水と、寝酒の代わりに、たぶん日本のリポビタン(大正製薬製だった)にあたるものを買う。しかし、この部屋の最大の難点は、トイレが遠いこと。行っている間に、充分荷物が持ってかれそうだ。毎回書いているけど、今日こそは早寝早起きが出来ますように。

壮麗なる夜のモスク

・11月1日(水)クアラルンプール2日目 依然、体調不調の中、禁断の初体験!
ちゃんと寝れたんだかどうだか。でも7時半位には起きて出発。朝食を取れそうな適当なところが見当たらず、朝飯抜きのまま、タイ大使館へ向かう。体調はますます良くない上、相変わらずのジリジリの暑さが、まさに泣きっ面に蜂状態。大使館へ着くと、受付は9時半からで30分待つ羽目に。その間、財布の中身を確認すると、いつのまにかかなり減っている。1万円分両替したが、大体一日6〜70リンギ使っているので、確かに少なくなるはずだ。有り金は120リンギ位で、これでヴィサ代が払えるのか不安になる。両替商は10時頃まで開かないみたいだし・・・再び、大使館へ。申請はまあスムーズだったが、ヴィザがもらえるまでパスポートは預かられてしまうのだった。これはかなり不便なことで、この先、何カ国もビザを取らねばならない事を思えば、不安なものがある。2回入国分で66リンギで済み、ホッと一安心。。日本で取るより格段の安さだ。しかし、いよいよ残金は少なくなってきた。今日移る予定の宿代が払えないので、両替をしにセントラル・マーケットへ。ここの両替商は銀行よりレートが良いという噂。結果的には、同じ1万円分でシンガポールで両替したときより、4リンギ(120円)少なかった。


この部屋の違いを見よ!左1000円、右2700円也
朝食は中華の店で肉まんとコピ(コーヒーのこと)といきたかったが、見当たらず、安宿近くの明治屋と言うパン屋で済ます。宿へ戻り、早くKLを出ることになったからと言ってチェックアウト。タクシーを拾って、KL駅へ。駅内のヘリテージ・ステーション・ホテルが今ならプロモーション価格で泊まれるはずなので。ところが、69リンギの部屋は一杯で、89リンギのスーペリアル・ルームになるという。ままよ、体調には代えられない。さすがに広く清潔な部屋。ホットシャワーだけだが、エアコン、テレビ、電話つき。久々の清潔なベッドでしばしウツラウツラ。とにかくやたら眠い。1時位に起きて、念の為、医者に行く事にする。地図上、一番近いタンシン病院というところに電車を乗り継いで行くが、何の事は無い、昨日着いたバス・ターミナルの近くだった。この辺は、中国系の耳鼻科だの歯科が並んでいる。タンシン病院も中国系で、医者も患者も華人。伝統的なハーブ治療だけどよいか?みたいなことを言われ、結構ということで、初診料は20リンギ。英語を話す看護婦と話せない女医さんとのやり取りで、何だか話が通じていたのかどうかかなり怪しいが。まあデング熱やマラリアではなく、単なる風邪には違いないみたいだ。脈を取ったり聴診器をあてたりした後、後は薬、ということになる。これが昔の日本みたいなでかい瓶に入った苦い液状の薬。スプーンで3杯半なんてのも懐かしい。薬代が15リンギ。医療費も保険無しなのに、日本に較べ格安だ。
旧宿等も近い距離なので帰りは歩き。ショッピング・センターでコークの大を飲んで一息ついて、もう3時だったので、昼はファスト・フードのケバブ・サンドとオレンジ・ジュースで軽く済ます。再び宿へ戻り、ホットシャワーを浴び、もらった薬を飲んで、またウツラウツラ。今度は2時間位寝ただろうか。7時頃に目が覚め、さすがに空腹を覚え外出。まだ体調は今イチ。体調が悪いと顔もしかめっ面になり、笑顔が出てこない。おまけに、例によっての排気ガスと車の洪水で、心休まるヒマがない。ホント、KLは病人には辛い町だ。
夕食はマレー料理のナシ・レマを食べたかったが、セントラル・マーケットのフード・コートの店は終わっていて、隣の店の、ご飯に自分の好きなおかずをかけて食べるやつにする。チキンのカレーとビーフの煮込みと魚のカレーと野菜の煮付けをかけたら、7.5リンギと高くついた。かけ放題なわけではないわけね。腹がふくらんだところで、今しばらく夜の町散策を。古い建物の残っているというジャラン・トゥアンク・アブドゥル・ラーマンという通りへ行くべく、モスクの近くの駅から地下鉄に乗ろうとするが、昼にちょっとムッとした(つってもこっちの間違いだったのだけど)お姉さんがまだいたので、歩くことにする。しばし歩くと、レックスだのチボリだのという昔のホテルがあったが、今は閉まっているよう。今も健在なのは、有名なコロシアム・ホテルというところで、レストランは外見は古いが、中身は高級そうだった。並びに映画館があり、典型的な3時間もんのインド映画を上映していて賑わっていた(右画像、如何にも濃そう)。明日時間があれば観てみたい。因みに9リンギだったかな?更に進むと、あの“そごう”がドーンとあったりする。その、そごう近くにいい雰囲気のホーカーズがあった。酒を飲んでる人はいなさそうだったけど、健康ならこういう場所でサテーにビールしたところ。さすがに今日はビールは止めておこうと思う一方、では、アルコールと一緒には食べてはいけないものを食べようと思い立つ。そう、まさしくあの禁断の果実、ドリアンだ。
チャイナタウンまで戻り、ドリアンを売っている屋台を捜す。「これ、2,3切れだけ、食べさせてはもらえない?」と聞くが、丸ごとでしか売らないという。丸ごとは辛いよなあと思いつつも、とうとう小さいやつを5リンギで1個買って、割って中身を箱につめてもらう。明らかにドリアンを持っているなという強烈な香り。どっか道端で食べて行こうかと思ったが、やはり、これはホテルでコソコソと食べるしかないでせう。ホテルの中には臭いが残るのでドリアン禁止のところが多いというので、隠しもってそそくさとフロントを通り過ぎる。シャワーを浴びた後、部屋に臭いを残さぬよう、バスルームに持ち込む。ナイフとラジオと水をもってバスルームにこもり、いよいよドリアン本格初体験。鼻をふさぎながら、ネットリとした果肉を口に運ぶ。香りだけ嗅ぐと、これは一体何なんだという感じだけど、食べてみると、確かにこれは果物だなあという印象。しかし小ぶりなものだったせいか、あまり甘くなくむしろ苦さが目立ち、おせじにもウマイとは言えない。半分位食べたとこで、これはもういいかと、2重に袋詰めして冷蔵庫に入れる。明日こっそり捨てに行こう。或いは、地下鉄の駅のホームレスのおばさんにでもあげようか。てな具合にびびりまくった割には、あっけないドリアン体験だった。ただ、あの味は結構口の中に残る。お茶で清めようと、持ってきたティーバックの茶を飲もうとするが、電圧が弱いのか、電熱器が一向に熱くならず、お茶が出ない。やけくそで電熱器のコンセントを直接サスコムに差したら、一瞬で沸いた。まあ短時間なら多少の電圧オーバーも大丈夫でしょ。
さて、明日はホテルを昼に引き払って、タイのヴィザを受け取ったら、夜行列車でバタワースへ向かい、ペナン島へ向かう。明日もどうせジリジリなんだろうから、どこかシャワーだけでも浴びさせてくれるところはないのかなあ。汗べたクッサーいまま、夜行列車はやだなあ。もっとも、体調が良くならないと話にならないのだけど。
これぞドリアン!画像だけでも臭ってきそー

・11月2日(木)クアラルンプール3日目 体調は良くならないけど、少しKLが好きに・・・
9時起床、と言っても例によって7時頃一度起きている。ホテルの朝食の時間に滑り込みセーフ。コーヒー、目玉焼き、トーストのシンプルなもの。更に、セルフで中華系おかずがいくつかあったので、4品ほど食べて、腹いっぱい。しかし、案の定、そちらは有料で、2品だけ食べたと言って3リンギ払う。ケチなこと言わんと。ベルボーイのおじさんの子だか甥だかが東京に行ったことがあるそうで、しばし物価談義。「東京ならこの位のホテルはゼロがもう一つつくよ」と言ったら、目玉をまん丸にして驚いていた。食べた後、部屋に戻ると、明らかなドリアン臭が!慌てて捨てに行く。ドリアン罰金とか取られんかなあ。その足で駅の窓口で今日の夜行の切符を買う。シートが30リンギ、寝台が37ということで、7リンギの差ならと、寝台を買う。やっぱ、鉄道は少し高いね。11時半ギリギリにチェックアウト。今日の夜行で旅立つと行ったら、アッサリ荷物は預かってくれた。身軽になったところで、早速、タイ大使館へ。この日は駅からはバスを使う。無事、ヴィザを取得、パスポートも戻って、今しばらく市内観光をすべく、地下鉄の次の駅KLCCで降りる。
近代的なショッピング・センター街って、そればっかだな。日本にもこんなにSCあるかな?しかもこちらは当たり前のように、9時10時までの営業であります。フルーツ・ジュースを飲んで一息つくが、値段は高め。外へ出ると、カッワーリーのような祈りの歌が聞こえてきて、それにつられて広い公園内にあったモスクへ。他の人の様子を見ていると、靴だけでなく、靴下も脱ぎ、まずトイレと併設してある水道のあるところへ行く。そこで、顔や手を洗って身を清めた後にモスク内へ行くのだ。僕もそれにならい、ついでにトイレも借りると、更に念入りに清める人のために、シャワーまであった。そこで、ハタと思いついた。今日の夜行の旅で、一番の気がかりが、汗べたのまま電車に乗りたくないなあということ。ハマムのようなものがどこかにないかと思ったが、マレーシアにはないみたい。しかし、駅前には国立モスクがあるではないか。確か6時位まで開いていたはずで、あそこで礼拝と言うことで、身を清めさせていただければよいではないか!我ながら冴えている。
とまれ、次は、タイ大使館より続くアンパン通り沿いにある、観光情報局、通称MATICを目指して歩く。途中、ビルの谷間の駐車場のようなところにホーカーズ発見。昼食にする。ここでもナシ・レマにはありつけず、ミー・ゴレンにする。同じところにあったコーヒー状の飲み物をもらってみると、これが、ゼリーが混じった爽やかな甘さの飲み物。名はチンチャウとか何とか。気に入ってしまい、おかわりをする。MATICでは、日本語新聞なども置いてあった。しかし、大都会KLでこそ、コンサートの類が見れるかと思ったが、果たせなかったのが心残り。情報収集が今イチだったのが反省。やっぱり、新聞くらい買わないと。
タワー・レコードがあるという別のSC,KLタワーにバスで行く。成程、最も洗練された感じのSC街。タワーは、ロック系が一番多く、次が中華系(因みに売れ筋トップはフェイ・ウォン)、マレー系は日本もの並のスペース。マレー系チャートの売れ筋のカセットを買おうとするが、やはり、最早CDがメイン。結局、日本でも知られるシティ・ヌルハリザのものと、伝統曲集のコンピレを買う。二つ買ったら、安宿1泊分より高いのに苦笑。ところが、カセット選びの最中にまた調子が悪くなってきて、高いスタバで小休止。全く、いつ良くなるんかねえ?時間も5時近くなってきたので、都会ウロウロを切り上げ、モスクを目指すことにする。バスがなかなか来ないのでタクシーに乗ってしまう。
果たして、モスクは開いておりました。警備っぽいおじさんに「顔や手を洗えるところはないか?」と尋ねると、ありましたよ、しっかりと。個室シャワーで、全身の身を清めたのはいいが、Tシャツまで洗ってしまう、いけないワタシ。モスク内へ戻ると、先程のおじさんが来い、と手招きをして、祈りの場?のようなところへ入れてくれる。どうやら、敬虔な奴と気に入られてしまったみたい。しかし、こちらはどうやってお祈りしたらいいかわからんので、しばし、ボオーっとしていると、さすがにばれたのか、もーいいだろと出るように言われる。ともあれ、お陰様でサッパリ致しました。これからも夜行の旅の際はこの手で行こう。アラーの神に感謝。
Tシャツを少し乾かすべく、駅のホームの扇風機に当たる。何か飲もうと販売機を見ると、昼に飲んだチンチャウの缶入りがあるではないか。何か、薬草ジェリーならしい。相変わらず、薄着で我が物顔の白人たいについて、駅構内のインターネット・カフェへ行く。ここは、カフェだけでなく宿にもなっていて、5リンギでシャワーだけも貸してくれるのだそうだった。でも、こっちは無料でシャワー浴びたもんね。やっぱ、他国の文化を敬うか否かで、この5リンギの違いが出るんだぞって、世にもしょーもない言い草はやめませう。ネットは日本語打ちには対応してないので、サーフィンだけにする。久々に日本の株価をチェックすると、どうなっちゃったんでしょーね?下がりぱなしじゃないすか。これは買いどきってことで、道中で初めて銀行の残高をチェック。昨日つけでしっかり振り込まれておりました、いわゆるT金が。勤めを切り上げるともらえるアレです。とりあえず、必要分以外は証券の口座に移そうかと思ったが、ここのカフェのセキュリティとかの不安もあるのでやめておいた。しかし、チャンスだなあ、昨日見ていれば・・・ここはちと高めなので、30分で切り上げ出ようとすると、10分オーバーだという。そんなこたないと、しばし料金でもめ、憮然として出ようとすると、結局、当初の3リンギになった。「もう来るな」っぽいことを言われたが、1リンギでもめるってのは、この先の事を考えれば必要なことかも。因みに、ここの宿は、ドミトリーで15リンギのシティ・プライスだった。
まだ出発まで時間があるので、ステーション・ホテルのバーへ行く。お堅いはずのイスラム教徒たちが、飲んでダートなぞやって盛りあがっている。ギネスを飲みつ、マグライトで照らして、次の目的地ペナン島のガイドを読む。酔いが回ると、文句タラタラであったKLが何となくいとおしくなってきたから不思議。ろそろ時間も迫ってきたので、手前の食堂で夕食。ようやくナシ・レマにありつくが、ココナツ・ミルクで炊いたご飯に、キュウリ、ピーナツ、ゆで卵、小魚というプレートはちと寂しく、魚のカレーを追加する。ネスカフェと合せて5.5リンギになった。便意を催し、駅のトイレへ。買っておいたトレペが重宝。結構、ギリギリに荷物を引き取り15分前に列車に乗り込む。まあまあ清潔。トイレには紙もあった。シティのカセットを聞きつ、ガイド類を読む。あの清潔なシンガポールで、手足口病なる感染症が流行し、マレーシアにも広がっているという。まさか、俺の風邪もそれとちゃうだおろうなあ?ま、成人にはかからないって書いてあったけど・・・列車は順調に進行中。目的地バタワースに着くのは、意外と早く朝6時。今、11時だから、ありゃ、また6時間位しか寝れないわ。というわけで、今宵はこれにて。しっかり起きれるように目覚ましをセットして。 → “ザ・ビーチ”ペナン島へ
東南アジア旅日記メニュー