露・土・印 旅日記
・10月27日(土) コンヤ 1日目 コンヤは寂し・・・
今回の夜行バスはまたよく停車する。出発して2時間位で停まったのは、たぶんビレジッキというとこ。車窓から見えた川は、かのユーフラテス川。昼だったらなあ、写真撮ったのに。ティグリスよりは立派な川だったよ。次に停まったのはガズィアンテップでしょう。兵隊が乗り込んできたので、またパスポート・チェックかと思いきや、純粋に客として。しかし何もあんなでかい機銃持ったまま乗らんでもと思う。バスが揺れた拍子に暴発でもしやせんかとヒヤヒヤする。それにしても、トルコはどこへ行っても兵隊がいて、何かすっかり市民生活に溶け込んでいるというか。警官たちも物騒な銃類をいつも振りかざしていて、でもその割にそう物々しい雰囲気は感じられないのだけど。やっぱ平和がいいすね。ロシアにもいっぱいいたけど、どうもあの迷彩服ってのは好かんわ。
さて、ようやく寝こけていたところで徐に起される。コンヤには朝6時半着。しかし降りるなり、何じゃ!この寒さ。メッチャ寒。着いたのはどうやら新オトガルらしいが、ドルムシュどこに来るのかわからず、あまりに寒いのも重なって、トルコ旅初!オトガルからタクシー使って市内に出る。あ〜あ、パッカー失格であります。タクシーが走る横をずーっとトランバイが走っていて、おまけに前方には市内行きミニバスが。寒さに負けたとはいえ、かなり後悔。7.25ミリオン払って、目的の宿へ。ベイというホテルは予想してたより、ずっといい宿。広い部屋にテレビつき、12ミリオンのとこ1ミリオンねぎる。朝食付きだといいうので、寝るのは後にしてシャワー。しかし、これはぬるかった(泣)。トルコ式朝食を取った後、しばしテレビ。ちょうどこの時間帯は、チャート番組をやってるので。旅の前半はテレビというものが全然見れなかったが、もっと早く見られていればなあ。KRALというチャンネル、夜は映画かなんかが始まってスクランブル入ってしまう。イスタンブール戻ったら、テレビ付き宿で日中はずっとビデオクリップ見てようかとか思ったりって、前にも書いたっけ?
1時に起きて外出。昼は近くのピデ屋でメブラーナ・ピデというやつ。折り返し生地の挽肉ピデに溶かしバターがのる。店の連中の感じよし。会計のおじさんは、突如、“ジャポン?カムチャツカ、フィリピンのどうこう”と戦争絡みらしいことを話かけてきた。まあ親しみをこめてなのだろうけど。ところで、町へ着くなり気になったのは、またコンサートっぽいポスター。サズか何かの弾き語りものと、ダンスらしいのが今晩あるみたい。しかし、こういう情報が欲しい時に限って、ツーリスト・インフォメーションは土曜日につき、休み。観光客ってのは休みの日に来るんだから、土日こそ開いているべきだろが、全く。市内最大の見所であるメブラーナ博物館近くで、ポスターをボーっと眺めていたら、“どうしたんだい”と声をかけてくる兄ちゃんあり。地元セルチュク大の学生とのこと。かくかくしかじか訳を話すと、その弾き語りみたいのをやるらしい場所へ連れてってくれるという。ディヤルバクルでの件もあったので、全く警戒心は感じずついていく。途中で大学の友人というのにも数人会って談笑したりして、まあ学生というのはウソじゃないみたい。彼曰く、ダンスの方は市内から45分位離れた遠いとこだという。では弾き語りの方なんだけど、コンサートというより、要はストーリーを語るものなので、言葉がわからないとツライだろうという。フーム、しかし、せっかく文化香る町へ来たのだから、何か見たい。どこかでセマーは見られないだろうかと聞くと、彼が携帯で友達に電話して聞いてくれたりするも、夏の時期ならホテルとかで見られるが、今の時期は難しいという。ウーン、ここまで来て収穫無しは悲しい・・・
しかし、この兄ちゃん、よくここまで付き合ってくれるよなあと感心。ひょっとしたらの可能性も無いでもないが、とりあえず寒いからチャイでも飲もうと誘う。でまあチャイ代は払ってせめてもの例をのつもり。すると、彼がチャイなら店で飲もうという。ウン、店とは?果たせるかな、彼が僕を導いたのは絨毯屋でありました!おおー!思えばトルコにいて2ヶ月、ボアズカレのハットゥシャシュ・ペンションでちとばかし講釈を受けた以外は、日本人旅行者誰もが体験しているはずの絨毯屋連れこみをまだ未体験であった。トルコの旅、終盤にしてついに訪れた、その機会。こちらは恐れるどころか、むしろ、これでやっとトルコが語れる?とばかりにワクワクと臨む。絨毯屋は彼のお兄さんが経営する店でありました。当然ながら、チャイが出てきたのであります・・・
道すがらの話では、学生である弟は、大学卒業後オーストラリアへ留学予定。なぜなら、今のトルコでは大学出たって仕事がないから。彼曰く、正しきトルコの失業率は35%だそうだ。成程。で、絨毯屋主人のお兄さんの奥様はアメリカ人で、今はアメリカ在住とか。そこで数枚の絨毯が広げられ、いよいよ始まる絨毯講釈。でも、何時の間にか話はテロの事とかになって、期待した程?しつこく買え買えとは言われない。大体、講釈を受けた後、買わないと言うと罵倒されたりして、これでトルコ人が嫌いになったという日本人旅行者も多いようなのだけど、僕がやんわりと購入を断ると、それ以上は無理強いされなかった。ビンボーな奴と思われたのかなあ?そういう意味では彼らは良心的?だったのではないか。まあ、そういう可能性は高く無さそうだけど、こう言っておいた、“今回は僕一人で貧乏旅してるから買うのは無理だけど、次にトルコに来る時はかみさんでも連れて来るやも知れない。その時は絨毯買う可能性もあるよ”とか(笑)。意外と彼ら、納得してたりして(笑笑)。だからせめて店の名でも書いておきませう。メブラーナ公園、向って左手、高そうなレストランの横に彼らの店Ottomanがあります。シンプルで小さなお店。イスタンブールやカッパドキアより、同じものでも安く買え、かつ文化の町故に品質も良い、というのは真実かも知れません。トルコで絨毯買ってみたいって人は、コンヤの彼らの店で買って下さいな。
以上、宣伝でした(また笑)。
さて、結局、全然観光をしてない。メブラーナ博物館はジモティで大変混み合っていて、学生の兄ちゃんが言う通りなら、空くであろう明日訪れることにする。もう夕方故に、博物館系のここは軒並み明日ってことになる。となるとネットだ。市内もう一つの見所であるアラアディン周辺にネットカフェが多いらしいので捜す。町中を女性が闊歩するのがフツーに見られる。これでなくっちゃ。クルディスタン・エリアは何か女性が少なかった。とりわけキャフタなんか皆無に等しく。逆に店なんかで女性多いとドキドキしたり。ボアズカレとかキャフタにいる男どもの気持わかるなあ、あれじゃあ日本人旅行者に片っ端から声かけたりしたくなるかも。それに、この辺では、いちいち僕が通る旅に“ジャポン”なんて声は聞こえない。まあ珍しいからってことがあるのだろうけど、クルディスタン、外部の人間を意識し過ぎ。気楽なトルコに帰ってきた気分。
とまれネットカフェで久々にサイト更新。ミスで最新版がフロッピーに入ってなかったが、速度も良好。今まで更新できなかったのは、フロッピーディスクと共に通信環境の問題もあったのだろう。明日、完璧にしませう。例の弾き語りが、夜行われるらしい場所を見つけて覗いてみるが、何やら別の催しが行われているらしい。何軒か大きなホテルをあたってみるも、セマーはやってないらしい。おまけにやたら寒い上に雨までパラついてきた。あ〜あ、こりゃあワインでも飲みながら部屋でテレビかあ。しかし、ここは清貧を尊ぶスーフィーで知られる地故、酒場どころか酒屋も一軒も見当たらない。こんな寒くて、何にも娯楽がなくて酒も飲めないんじゃ寂し過ぎ。一旦、宿へ戻り、夕食ついでにさっきの会場へもう一度行ってみようかと思うも、寒くてやめる。結局、最寄のシファーというレストランで食事。イシュケンベと名物のフルン・ケバブ。確かに油っこいけど、うまかった。店の感じはあまりよくなかったけど。後で「歩き方」を見ると、今日食べた店2軒とも載ってた。前も書いたけどクヤシイねえ、何だか。
しばし酒屋を捜してウロウロするが、マジでない。宿の兄ちゃんも知らないと言う。今晩のお供はテレビとお茶でっかあ。寂し過ぎ。大体、トルコのテレビ、音楽ビデオとか古い映画とか、面白いものは昼やっていて、夜は概してつまらないってことが、最近わかってきた。コンヤは最高ってわけにはいかんですねえ。しかし、夜行の時間までウロウロする明日も、今日みたいな寒さだったらたまらんなあ。せめて最後を飾れるようにイスタンブールでパーッと大きいのが一発欲しいね。
本日の出費:タクシー代725万L 昼食170万L ネット125万L 夕食350万L 計1370万L

・10月28日(日) コンヤ 2日目 コンヤはさんざん・・・
雨天であります。少し晴れ間ものぞいたものの基本的には曇天。当然ながら寒い。そんな中、今日は夜行バスに乗るまで時間をつぶさねばならない。9時頃に起きて朝食には行くが、チェックアウトは12時とのことなので、ギリギリ・アウトを決め込む。部屋に戻ってKRALでひたすら音楽ヴィデオを見ている。11時にようやくチェックアウトして荷物を宿に預けて外出。まずは昨日行き損ねたメヴラーナ博物館へ。ただ展示物そのものは、そう多いわけではない。でも熱心なムスリムたちは感動でウルウルきたりしている。そういう人達を尻目に、いかにも観光客っぽくパチパチ写真を撮るのは、どうも気が引ける。宗教色の強い施設はどうも苦手だ。30分程見て、メヴラーナ音楽のテープを買って終了。近くにあった垂れ幕によると、月水金は近くでセマーが見られるらしい。時既に遅し。
早いけど昼食。昨日も行ったピデ屋でラフマジュン。店員が僕が持っていた「歩き方」を見つけ、ここにオレが写ってるとか得意そうに見せる。それでご機嫌になったか、1ミリオンにまけてくれた。後、アラアディンの丘に向うが、途中、数軒あるジャミィは外観を眺める程度。で、丘に着くが、丘だけだった。丘の麓にあるインジェ・ミナーレ博物館は工事中みたいな様子で閉まっている。では、カラタイ博物館へと行くも、ここはランチ休憩で、やはり閉まっている。悉くハズしてるね。仕方なく、映画館もあるらしいショッピングセンターを目指すが、場所がよくわからないし人が多くてイヤになってくる。結局、一周してカラタイに戻る。僕が行ったら開けて電気つけたというパターン。いわばタイル博物館。ここも30分程度で充分。さあもう行くことがないぞ。
で、早くもネットカフェであります。昨日のエクスプレスはいっぱいなので別の店へ。ま一応更新が出来でスッキリはする。それにしても、日本から来るメール、同期が結婚したとか、アメリカンロックの誰々の新譜が出たとか、実に卑近な話題。こちらの意識とのギャップを感じる。日本は置いてきたようなつもりでも、日本の方の生活は確実に続いているのであります。パスタネで甘いもの食べて少し腹ごしらえの後、久々のハマム。それも久々にフル・サーヴィスで。ケセは甲高い声の兄ちゃんでオカマっぽい気もしないでもなかったが、マッサージ等もそれなり。垢をタップリ出してサウナもゆったり使ってサッパリ。時間も6時とちょうどよし。宿に荷物を取りに戻る。
ところが宿の時計はまだ5時。サマータイムが終わったってことらしく、今日になって時計を1時間遅らせたのだという。おいおい聞いてないぞー!オトガルに7時に行って8時のバスに乗れば、イスタンブール着がちょうど6時位とふんでいたのに。オトガルで当分時間をつぶさにゃあならない。まあ、もう行くとこもないし、とりあえずオトガルなら暖かいだろうということで、宿前でバスを拾う。そう、このオテル・ベイのすぐ前がミニバス乗り場なのだった。新オトガル行きに乗るが、あっちこっちをグルグルまわって、目的地は一番最後。結果的に30分以上かかって6時近く。まあ遅くなった分にはよいか。まあそれにしても、コンヤ、散々でありました。
最後のバスはどこを使うか。大手メトロに行くも、イスタンブール行きは10時という。で、結局地元コントゥアーの8時半発の切符を買う。巨大なコンヤのオトガル、荷物預けは地下で一括で有料だった。ここはロカンタ、カフェテリア、チャイ処に加え、何でも揃うコンビニまである。土産物屋もいっぱい。まあ暇つぶしができるところが多いのは助かる。ネットカフェでもあれば文句無いのだけど。ウロウロしたりチャイ飲んだりして時間つぶす。心配は腹の方だ。何だか昨晩よりギュレギュレ。正露丸も今のとこ効き目無し。それでも夕食は、また腹パンパンに食べる。出発時間ギリギリにトイレに行くも、用を果たせず。もしも途中でまたギュレギュレきたら・・考えるだに恐ろしい。
バスはアンカラ経由だった。3時間位でアンカラに着いて長く停車するだろうからと思いきや、5分で出発。大は大丈夫だが小の方が問題。それでも耐えられないレベルではなく、寝に徹するとする。しかし途中から隣に座ったおっさん。何やらやたらに落ちつきなく動く。最も寝たい時間帯なのに、場所は取るは、擦れる袖で人を揺り動かす。おなけに風邪を引いているらしく、さかんにクシャミを放って風邪の菌を撒き散らす。ホント、バスから放り出してやりたかった。途中で隣が開いて、おっさんそちらに移るも、時既に遅し。夜中の3時にようやく長い停車がある。最後のバス旅は色々かなりハードでありました。
本日の出費:宿代1100万L 昼食100万L メヴラーナ博物館200万L ネット75万L カラタイ博物館100万L
トイレ20万L ミニバス40万L パスタネお茶175万L ハマム600万L
夕食520万L イスタンブール行きバス代1800万L 昼食170万L ネット125万L 夕食350万L
チャイx2 50万L ビスケット25万L 荷物預け150万L トイレ25万L 計4970万L
→ トルコの旅もいよいよフィナーレ!バック・トゥ・イスタンブール
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