東南アジア旅日記
・12月6日(水) 大理 → 昆明 ヴェトナム行き決定!
*ここから3日分の日記は、誤って消してしまい、後で、もう一度書きなおしたものです。
一人、朝6時半に起きる。用意をして、どこかで朝食は取れぬかと捜すが、見当たらず。朝食抜きのまま、7時半にはバス乗り場へ。乗客は僕の他、第4ゲストハウスに泊まっていた日本人一人。途中で白人4人位を乗せたが、この調子では、スムーズに行くかどうか。町中でしばしの停車時間があったので、中華まんを二つ買って朝食にありつく。バスはようやく高速に乗り、順調に走り出すが、料金所のようなところで、またしても、大荷物軍団が乗り込んでくる。昼近くなり、昼食停車。めぼしいものがなく、2元のぬるいそばで済ます。そこで、大荷物軍団は降りて、旅行者ばかり残り、まあ平和が訪れた
大理から昆明は5時間程度の道のりと聞いていたが、結局6時間半かかって着いた。昆明は標高2000mにある都会。今まででは一番シティらしい。道端唾吐き度はグッと減り、市バスも禁煙。ゴミ箱も多い。ただ、町を歩いていて、流血ものの喧嘩には2度出くわしたが。とりあえず宿。同乗した日本人の言っていた昆湖(発音するとクンフーになる)飯店は、バス停から歩いて行ける距離で、地理的には便利。しかし、どうも同乗していた日本人が今イチ好きになれず、彼がチェックインし、姿が消えたのを見計らって、僕もそこへチェックイン。ドミは25元だが、久々に通信をしたい。電話付きの128元の部屋を90元にまけるというので、初日はその部屋に泊まることにする。部屋はなぜか電気が点かないが、その時は、夕方になるまで点かんのかなあ位に思っていた。
町歩き。ある意味では大理より寒い。大理は山だから、日中の日差しが強かったが、ここは日中もあまり気温が上がらない。宿の前を走る北京路がメイン・ロードで、ここを走るバスは割と便利。1元で、停車場には必ず停まるシステム。まずは、鉄道の駅へ行って、ヴェトナム行きの切符を買わなければならない。ただ、中国で個人が鉄道の切符を購入するのは至難、と聞いていたので、ダメモトで様子だけでもというつもりで。バス停側の南駅へ行くと、ヴェトナム行きは、反対側の北駅だという。案内された23路のバスに乗って北京路を6km程行った北駅へ。そこの切符売り場はすいていて、列も出来ていない。紙に河内(ハノイは河内なのだ!)行き、寝台中段と書いて出す。国際列車は、木土曜日と聞いていたが、金日曜日で、10日日曜日を希望。すると、何と、アッサリ希望通りに買えてしまった。これは嬉しい誤算。中国も少しずつは変わっているということらしい。何だかお祝いでもしたい気分だ。
コーヒーと軽食を取りたかったが、この辺にはそういう店はなかなかない。駅から宿まで歩いてみようかと思ったが、さすがに遠く、途中でバスに乗る。いくつかデパートらしきところ等をあたってみたが、大したことはない。映画館は、宿の斜向かい(「ソルジャー」なんてつまらないのをやっている)も含めいくつか発見。どうも洋画は古い作品が多い。噂の“ピンクの床屋”も発見した。しかし、どうも通りの店の店内が薄暗い。中にはローソクを立てている店もあって、どうやらこれは停電らしい。宿のある側の通りが停電らしく、これはひょっとしたら我が宿も・・・・
案の定だ。服務にローソクを渡されるが、これでは、シャワーを浴びるのにも難渋する。大体、わざわざ90元も出してこの部屋にしたのは、通信と充電のためなのに。全くクソ中国は!ローソクで照らすなんて、戦時中の日本じゃねえんだぞ!何も言わなかったフロントに断固抗議してやる!と切れかかっていた時、7時半頃に電気が復旧。そのせいか、湯も先程シャワーを浴びた時よりは暖かくなっていて、これは久々に湯船に浸かれそうだ。とりあえず夕食なのだが、久々にぶっかけ飯か、おかず選び飯を食べたいが、近所には見当たらない。結局、バスでさっきの北駅まで行って、おかず選び食堂を見つける。おかず3品で4元。都会でも飯は安いところがある。寒いし、日記もあるので夜の徘徊はまたにして宿に戻る。
夕方、洗濯した下着類を出して、バスタブに湯を入れる。アッチチとまではいかないが、久々に湯に浸かる。その残った湯で、大物ジーンズの洗濯。長袖シャツも洗うが、案外、乾燥してるから明日までに乾かないかなあと期待をこめる。またNBAのゲームが見れぬかと期待したが、中国のゲームをやっていた。通信は明日朝にするとして、青島ビールを飲んで早めに寝る。

・12月7日(木) 昆明 2日目 温泉シャワーで風邪ぶり返す
9時近くに起き、まずは部屋の電話で通信を試みるが、発信にいかない。フロントへ聞きに行き、ここで初めてここの電話がオペレーター式であることを知る。結局、90元の取り柄は風呂に浸かれたことだけか。何とかならぬかと、英語の通じるデスクに言うと、3階にある旅行代理店事務所に行ってみろという。時間が無くなってきたので、それは後にして外出。まずはミャンマーのヴィザを取らなくてはならない。しかし、洗濯したジーンズは、やはり、乾いていなかった。これは、歩いて自然乾燥を待つしかない。トホホ。
ミャンマー領事館は、茶花飯店というホテルのドミトリーのある建物の中にある。地図上は宿から2ブロック言って折れてしばらく行ったところだが、これが結構遠く、バスを使う。申請書には写真が3枚も必要で、合うサイズのものがなく、新入社員の頃に撮った古い奴で間に合わせる。それと、職業:学生、というところで、何か言われやしないかと思ったが、大丈夫だった。ただ、申請書には、髪、目、皮膚の色、身長等を書かされ、少し質問を受けた。空路入国であることは、再三、確認された。本来185元のところ、50元追加して、翌日発給にしてもらう。朝食も取ってなかったので、そのホテルの並びにあったそば屋で4元のそばを食べる。アッサリ塩味スープで野菜がタップリ入っていて、うまかった。
ところが、この後、俄然、腹の具合が悪くなる。この数日、軟便が続いてはいたが、どうも今度のは本格的みたいだ。そばにあたったというよりは、風邪の症状だろう。寒い雲南では、いつ風邪がぶり返してもおかしくなかった。しかし、まだそれ程ではなく、ひとまず午後にどっかサッと観光をしようと思う。石林と雲南民族村は行きたいが、他で、時間的に午後からでもオーケーそうで、優先度が高いのは、やはり、温泉だ。バスで1時間位行ったところに安にん温泉というのがあるので、そこへ行くことにする。一度、宿へ戻り、完全にピーピー調と化した便を済ました後、フロントで行き方を聞く。まずは、近郊へのバスが出ているターミナルまで、バスで行かなくてはならない。そこから18路のバスで約1時間。成程、ちょっと寂れ気味の印象だが、温泉街があった。
温泉賓館という宿へ行くと、いきなり中国語でまくしたてられ、訳がわからない。とにもかくにも10元を払い、浴槽とシャワーのある個室へ案内してくれる。いつ、湯を出してくれるのかと待つが、一向に誰も来ない。フロントへ聞くと、シャワーを指差し、どうやらそれを浴びろということらしい。つまり、これは、温泉シャワー。「歩き方」には、浴槽に栓をしてくれて・・とか書いてあったが、いつのまにかシャワーになったらしい。オレは往復2時間かけてシャワーを浴びに来たわけか。やることがセコ過ぎるぜ、中国!ただでさえ具合悪いのに、これじゃ風邪が悪化するのは必至だ。とかブツブツ文句を言いつつも、元を取らんとシャワーを浴びる。止めると寒いのでひたすら出しつづけるしかない。こんなんだったら、湯船に貯めた方が湯の消費量は少ないだろうに、全く。1時間弱で切り上げてバス停へ。6時近くに宿へ。
ドミには5泊目のアメリカ人、今日の午前中に来た日本人等。最初は談笑していたが、案の定、具合が悪くなってくる。便は完璧に液状と化している。これは、ちとヤバイかも。朝、フロントに言われた3階の代理店事務所で無理やり電話を借りて、通信しようとするが失敗。何だか踏んだり蹴ったりの1日。他の二人が夕食に行く中、食欲の無い僕は、パンを買ってきて、日記をつけながら、お茶で食べる。しかし、食べたすぐ後にトイレだ。これはひょっとすると、明日は、道中初の寝たきりの1日か・・・

・12月8日(金) 昆明 3日目 初の寝たきりの1日
夜中の3時頃に便意を催して目が覚める。我慢して我慢出来ない下痢ではないが、腹がキリキリと痛むのが辛い。眠っている分にはいいが、目覚めると便意と腹痛。その繰り返しであまり眠れず。これは、とてもじゃないが観光は無理だろう。一人部屋に残って寝ているが、それでも、ミャンマーのヴィザだけは取りに行かなくてはならない。少し寝て、便を済まし、10時位にようやく外出。60路のバスで、茶花賓館を目指すが、バスは目的地の手前で左折して、2ブロック位進んでしまう。仕方なくそこから歩いていくが、これがしんどい。途中、道端にへたり込みそうになった。
ようやっと辿り着き、まずはトイレ。ヴィザを受け取って、帰りはタクシーに乗る。これがまた渋滞で、一向に進みやしない。タクシーのシートで横になる。13.5元を払って宿へ。新たに50代の日本人が加わるが、饒舌なこの人の相手をするには、現状ではちと辛い。しばしウンウンうなりながら横になる。昼過ぎにもう一人の日本人も戻って来たので、抗生物質を1状分けてもらう。本当は何か胃に入れてから飲んだほうがいいのだろうが、そんなことを言っている状況ではない。ひたすら布団をかぶって耐える。それにしても、朝から何度トイレに行ったことか。こんなひどい下痢は数年振りだ。足が痺れさえしなければ、ずっとトイレにいるのだが。尻が切れて痛い。ただ、出具合からすると、食中毒とかではないらしい。悪性の風邪には違いないのだろう。
夜になって、幾分薬が効いてきたらしく、起きれる程度にはなる。ただ、下痢と腹痛はまだ続いている。結局、まる一日何も食べず、日記を書く位でまた寝る。他の人たちと話せる程度には回復してきたが、誤って、昆明分の日記を消してしまったこともあり、大事を取って明日も寝たきりか。結局、昆明では観光出来ず。ホント、中国ではさんざんだ。ヴェトナムはお手柔らかに願いたいが・・・ → 昆明の続き
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