露・土・印 旅日記
・9月9日(日) フェティエ → オリンポス “永遠の炎”を見たぞ!

岩場で消えることなく燃えつづける神秘の炎
またまた移動の日であります。早めにでようと朝食抜きで宿を後にし、ドルムシュでオトガルへ。10時15分のオリンポス行きに乗るつもりだが、メトロのオフィスで切符を買い求めようとすると、プーチンみたいな受付のおっチャン“ノー・プロブレム”とか言って切符は売らない。中で買えってのか?で、しばし待つ。しかし時間を過ぎてもバスは来ない。ターキッシュ・タイムなんかいなと更に待つ。しかし、もう30分過ぎ。いくら何でも遅い。待っている様子に気づいた別のおっちゃんが、“どこへ行くんだ?”と言うので答えると、“あのバスに乗れ”とちと離れたとこに停まっているアンタルヤ行きバスを指差す。アンタルヤ行きなら、さっきも停まっていた。確かに、オリンポスはアンタルヤに行く途中だから、そのバスに乗ればよかったのだ。つまり、思いきり1本乗り逃がし。トルコでもこういうことはある。あのプーチンの野郎のせいだ(やはり元凶はロシアか?なんて)と思うも、これはトルコのイージーさ故、自身の緊張感の欠如が招いた事態であろう。メトロで切符を買ったのだから、バスは当然メトロのでかいきれいなバスで、メトロ・オフィス前に停まり、オリンポス行きという表示がデカデカとあって、誰かが教えてくれるだろう、そんな風にタカをくくっていたのだ。しかし、大手会社メトロでも全ての路線を網羅しているワケではなく、提携会社のバスを使うこともあろう。それにオリンポスのような小さいところは直行バスではなく、どこか他の大きな町へ行く途中に寄る、というのがフツーではあろう。そういったモロモロを考えていなかったミスだ。結局1時間遅れの11時15分発のバスに乗る。小さくてあまりきれいではないバスで、サービス等は期待できそうもなかった。
乗車2時間経過の1時半頃レストランのようなところに停まるが、停車は5分。またしてもケバサンのテイクとなるが、“イエス・プリーズ”なんぞと寄ってきたケバ屋、チキン・ケバブと缶ジュースで3ミリオンを要求する。2ミリオンの高級ケバブだあ(怒)?ざけんな、と抗議しようとすると、バスの出発のクラクションが。仕方なく3ミリオン払ってバスに乗るが、これ本日のファックド・アップその2。どうも朝からイライラさせられることが多い。バスも冷房が効いてなくて暑く不快だ。しかも4時間程度と思っていたオリンポスには5時間過ぎても、まだ着かない。どうも疲れが出ているようだ。旅も1ヶ月を超えたところで、そろそろ疲れ時か。今まで不思議と体調は問題なかったが、そろそろ体調にも異変が現れるやも。不幸にもこの予感は的中してしまうのだった。
結局、オリンポス着は6時間後。出足が遅れたせいもあって、今日は移動で終わりっぽい。降りたのは、やはり旅行者の白人ばかりだった。もっとも、降ろされたのは田舎の小さなレストラン。そこで、本当のオリンポス行きのドルムシュを待つのだ。5、6人程の他の白人は、もうお友達状態。唯一のエイジアンである僕はポツンと一人という嫌な状態。でも、疲れとイライラのせいで、彼らの仲間に積極的に入ろうって気分ではない。むしろ、窓からは青いきれいな海が見えたのに、その前にいる、毛むくじゃらの汚い足を晒した白人が不快に思えて仕方なかった。柄の悪そうなこいつもオージーか(かなり偏見入ってる)?どうも疲れてるな。とまれ、3,40分待ってドルムシュが来る。途中で乗ってきたトルコ人らしき旅行者が、カディルという有名なペンションを薦め、他の白人は皆そこで降りる。だけど、そこは混んでいるし、如何にも白人御用達な感じの宿だったのでやめる。一人、もう少し先のシャバン・ペンションを目指す。そこは、フェティエの宿のオウナーが薦めてくれたところだ。

成程、カディルよりは落ち着いた感じ。しかし、ここらの宿は皆、トゥリーハウスを売りにしている。木の上にしつらえられた掘建て小屋風バンガローに泊まる(右画像)のだ。しかし、電気もきているしシャワーはお湯も出るということで、あくまで擬似アウトドア体験に過ぎないのだが。正直、今の気分としてはこういうお遊びっぽいとこではなくフツーの部屋にとまりたかったのだが、真っ当な部屋はスイートで高いので仕方ない。しかも、その掘建て小屋を誰かと二人でシェアなのだ。もっとも、まわりに何もないとこなので、朝夕食つきで7ミリオンのお値段だが。
オリンポスに来たのは、再三書いているけど、“永遠の炎”を見るためだ。日本ではスカパーのディスカヴァリ・チャンネルで放映されているテレビ版の「ロンリー・プラネット」。そのトルコ篇で、何やら岩場から炎が噴き出している映像が印象に残った。「歩き方」等のわずかな記述によれば、どうやら、このオリンポスこそが、その“炎”の地なのらしい。それ以外は何があるのか皆目見当がつかないまま、ここへやってきた次第。宿の人に聞くと、果たせるかな“炎”こそが、ここの最大の呼び物であり、夕食後に見に行くツアーが出るという。後はビーチと少々の遺跡があるくらいのとこらしいので、炎を今晩見てしまえば、明日には去ってしまっていいとこかも知れない。期待とは裏腹に、どうもメンタル面不調なのだ。
8時の夕食まで、することがないので、ネットを試そうとする。しかし、宿のPCはマネジャーの弟が、やたらにMP3ファイルで音楽をつめこんでいて、日本語フォントをダウンロード出来る容量が無い!で、他のネットあり宿をあたる。向かいのコレッタ・コレッタなる宿にありとのことで行くと、ノートPCが一台。接続したと思ったら、突如停電。エリア一体がである。この辺ではよくあるそうな。仕方なく小屋に戻り、蚊の猛襲に備え、初めて蚊帳を張る。小屋のようなところだから張るのが可能だったのだけど。1時間位して電気が回復したところで、ネット再トライ。やはりここは日本人旅行者は少ないらしく、フォントはダウンロードしなくてはならない。速度的に厳しそうなので、サイトのアップのみ。ニフティのローミング設定変更に早く対処せにゃと思ってるのだが、ここはネットをやるような環境ではないのだから仕方が無い。どうもここは、僕のような電気器具いっぱい持参小僧には向かないところ。つっても、それ以外は何不自由無い環境であり、さっきも書いたけど擬似自然生活体験に過ぎないのだけど。正直言って、今の気分では、白人のアウトドアごっこに付き合ってる心境にないのだ。
でも、コレッタのオヤジさんはいい人だった。しばしお国談義。何人か話したトルコ人は、皆、国の現状を憂いてる。政府が金が無くて、もうトルコはこれ以上の発展が期待できないという。確かに観光的には魅力的な国だが、経済や産業的には取り柄が少ない。これは、ヨーロッパの国は得てしてそうだが、輝ける過去に比してみると、明らかに“終わってる国”っぽい印象なのだ。そうコレッタのおじさんも言っていたのだが。曰く、“日本人はよく働くだろ?トルコ人は休みは少ないが、勤務中に皆寝ている”。そう、トルコは日本以上に休みが少ない国らしい。代わりに勤務ぶりはイージーってことだろう。僕がロシアにいたというと、訪ロ経験もありのおじさん曰く、ロシア人は“教養ある石器人”。彼らは文学やら音楽やら、文化・教養面では豊かなものを持っているが、インフラや社会システムは原始人社会並ってこと。ハッキリ言って、言い得て妙だ。この日記で、トルコに来て以来、再三“ここは文明国じゃ”などと失礼なことを書き連ねているけど、裏を返せば、“ロシアは文明国じゃなかった”と書きたかったわけだ。何だかまだロシアを引きづっているなあ。イスタンブールに戻ったら、アクサライのロシア人街でもうろつこうか。
宿の夕食はバイキング形式。一人で食おうとしていると、白人カップルがテーブルに招いてくれる。ハネムーン中のカナダ人。ブリティッシュ・コロムビア出身だそうだ。そんな新婚カップルを前に、ロシアのグチをたれてしまうオレ、やっぱ疲れてるなあ。9時になり、炎を見るツアーのバスが来る。TV版LPではリポーター一人で、秘境っぽく見えたが、実際は既にかなり観光地化されていて、1台のミニバスに20人位をつめこんでいく。30分位ギュウギュウのバスに揺られる。この時点で気づいたのだが、夕食でビールを飲んだところ、どうも体調に異変が。喉のリンパ腺が腫れている感じだ。やはり来たか。どうも朝から調子が変だと思った。やはり疲れが来る時期だったのだ。この辺の夜は冷えるようなので、ますますやばそうだ。とまれ、着いて、今度は夜道をひたすら登る。しかもかなりの岩場。懐中電灯は持参したが、肝心な時に電池が消耗してきている。白人連中は歩が早く、不調の身だと、ついていくのが結構辛い。15分位険しめの道を登ったところで、おっ、確かに何やら灯りが・・・
まさしくテレビで見た、あの“炎”だった。ガスが噴き出しているのであろう、岩と岩の間から、あるところは微かに、あることろは盛大に炎が噴き出している(下画像)。この火は昼夜問わず、耐えず燃え続けているという。トルコ語で“ヤナルタシュ”。あのオリンピアの元となったオリンポスとここは、たぶんまた別なのだろうけど、期待通り、この不思議な自然現象はなかなかの見物だ。もっとも、ホント、秘境どころか、4、50人が火を取り囲み、タバコの火をつける奴もいれば肉焼いて食う奴もいる。湯沸してコーヒーいれたりして、商売してる奴さえいる。その辺はイメージ狂ったものの、しかし、炎そのものはやはり驚きだ。他の岩場もところどころガスが吹き出ているらしく、ライターの火を近づけると新たな炎が燃え始める。自然のキャンプファイアを囲んで、一時語り合う。どういうわけか、「歩き方」には詳述されてないけど、ここはトルコ西部の見所の一つに加えていいとこだと思う。体調さえ良ければ、あの木の小屋泊まりも悪くないだろうし。

焚き火ではありませぬ、自然発火であります。これが見たいが故にここに来たのでありました
もっとも、そういう環境だからって、全く静かかっていうと、そうでもない。宿へ戻って、体調が悪いので日記も書かず、シャワーも浴びず寝床へ入るも、12時過ぎても、REMだ何だの洋楽がジャンジャン鳴らされて、白人連中が飲んでる。連中は静かなところで静かに過ごそうっていう発想はないんか?音楽好きのオレだって、自然の中では自然の音楽(虫の声とか川のせせらぎとか)に耳を傾けるぞ。だから何度も書くけど、これって白人連中のアウトドアごっこに過ぎないのだ。こっちゃ、寒気がするんで長袖を着込んで首にタオルを巻いて毛布被って寝る。ま、炎が見られたからいいや、とりあえず。
本日の出費:フェティエ宿(3泊)+朝食2日+洗濯代3900万L ドルムシュ40万L オリンポス行きバス650万L
朝食125万L アイスティ75万L トイレ25万L アイラン45万L ドルムシュ125万L
ヤナルタシュ・ツアー300万L アイス75万L 水25万L 計5645万L
→ 旅程変更、休養のため アンタルヤ へ
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