東南アジア旅日記
・11月3日(金)バタワース→ペナン島 睡眠不足と鼻風邪でビーチは遠く
昨夜も列車の中でこれを書いていて、床に着くのが11過ぎになった。書かずにゃあいられないとは言え、何か睡眠の妨げにしかなってないような。もっとも、寝床に着くのが遅かろうが早かろうが不眠は相変わらずではあるのだけど。寝ついたのは多分1時頃で、目的地のバタワースに着くのは6時という話だったので、5時半に目覚ましをセット。しっかり目覚めたが、到着は7時過ぎだった。何だよ〜。ボーっとしつつ、人の列について歩けば、ペナン島行きのフェリーの乗り場。60セントを払って乗りこむ。24時間運行で、この時間はちょうど出勤時間の人たちみたい。本当は観光客っぽく一番前に行って写真撮ったりしたいのだけど、なぜかみんな妙に静かに座っているので、動きづらい。すると15分位で到着。要するに時間が短すぎるのだろう。
歩いて5分位、一番最寄と言えるところに宿を取る。D’バジェット・ホステルなるこの宿はでかい看板が出ていて夜でもわかりやすい。いくつか部屋を見せてみらった後、結局、エアコン・シャワー付の一番高い角部屋に決める。38リンギ。トイレも近いのと、電源があったから。ちと贅沢だけど、体調がまだ万全でないから仕方ないだろう。シャワーを浴び、昨晩買ったパンを食べ、薬を飲んで、早速寝る。もう眠くて。3時間は寝ただろうか。まだ眠いけど。1時頃やっと外出。コーンウォーリスなる砦のある海沿いに歩いて行くと、フード・コートを発見。遅めの昼食にする。ビジネスランチ需要のとこらしく、明るくいい感じ。ただ、それ程食欲はなく、スイカ・ジュースとフツーのチャーハンで済ます。一応、観光に向かう。例の砦は入場料を取られるのでパスして、しばらく歩くとまたホーカーズあり。もう少し庶民的な雰囲気。ここでも食事は困らなそうだ。
角を曲がって真っ直ぐ進むと、このジョージタウン市内の名所と言える場所が大体並んでいる。まず中華系の寺院に。みんなかなり熱心にお参りしている。どうも拝む類が苦手な僕としてはブラブラ見てまわるだけ。すると雨が振り出した。これがまたしばし続く。合羽を着て歩くが、これって蒸し暑いところには向かないシロモノだ。少し止んできたので、次のモスクへ向かうが工事中で入れず。もう一つのモスクは小さめでシャワーもしょぼかった。一番大きいはずの寺院がこれまた工事中。シーズンオフなんすかね。マーケットの上に小さな食堂街があり、缶チンチャウで一休み。今度は、安宿街、チュリア通りを目指す。思った程賑やかではないが、如何にも欧米人向けっぽいカフェとかが並んでいる。こういうとこでは飲み食いしたくないなあと思うのだけど・・・通りの端まで行くと、またしてもインド映画の映画館。時間がキッチリ、12,3,6,9時ってのがおかしい。因みに、マレーシアで小だか中だかの学校で、尊敬する人のアンケートを取ったら、あの「踊るマハラジャ」のラジニカーントだったそうだ。何だか、マレーシアはインド色や中華色に押されてマレー系の陰が薄いような気がする。
更に歩いて、街の中心部であるコムターというタワーに行く。下はスーパーマーケットやら何やら、映画館もあったが、どうしてこうつまらない作品ばかり上映されてるのだろう。「シー・デヴィル」だって。後は、ジェームス・スペイダーとキアヌの「ウォッチャー」なる映画。インフォメーションは発見できず。歩いていたら、また眠くなってきた。体調もやや今イチだが、鼻水がやたら出るということは、風邪も末期なのではあろうが。
街の印象としては、かなりチャイナ・タウンっぽい。最後に再びフェリー乗り場を目指すが、途中、水上生活者の家が並んでいるというので、ちと見に行く。成程あったあった(左画像)。でも、なぜあんなとこに?蚊とかもいるだろうし、衛生状態良くないだろうに。貧しいのかな?何か中華民族って、世界で一番バッチイのが平気な民族では?とか思えたりして。ま、アフリカとか南米も何だろうけど。しかし、「地球の歩き方」には、フェリー乗り場の側に電車のチケットが予約できるところがあるなぞと書いてあったが、らしきものは見当たらなくてガックリ
6時近くなり、雨にも濡れたので宿へ戻る。シャワーを浴びて大便して、また寝る。ヤレヤレ。8時に起きて夕食へ。ところがこの辺は、さすが都会と違い、夜が早いらしい。朝見かけた屋台とか昼行ったフード・コートとかめぼしいところは閉まっている。これは困った。バナナの葉っぱの手掴みカレーの店は欧米パッカーに先を越されてしまったし。リトル・インディアに紛れ込んでしまったが、インド系でビールが飲めそうにない。ああ、今日こそはサテーでビールといきたかったのに。仕方なく、確実に開いている店があるチュリア通りに。でも、欧米人もそれ程多くない。ここも例に漏れず、ネット・カフェはいっぱいある。結局、欧米人向け安宿の庭にある食堂でアンカーとタイ・カレー。まずまずだが13リンギという値段。またギネスを一本買って、宿に帰るとする。どーも今日はついてない。鼻水は止まらないし。リトル・インディア近辺にやたら貼られてあるポスターで、明日どこかでインド系のコンサートがあるらしい。リトル・インディアのCD屋で聞くと、場所はすぐ近くらしい。これは唯一の光明。ついにツアー中初のライヴ見物が出来るかも知れない。明日は自転車借りてビーチに行く予定だが、こういうのがあるなら最優先だ。宿はインド系家族の経営なので、場所を聞くと丁寧に教えてくれた。とまれ、今日は旅に出て、初めて一抹の寂しさを覚えた日だった。明日は体調も万全に元気にいきたいところ。

・11月4日(土)ペナン島2日目 ビーチと焼鳥にコークと、インド演芸大会!
またしても9時起き。夜中に騒いでいるバカ・パッカー?のせいと、タイマーがないエアコンのせいだ。また、睡眠不足。それに、回復傾向の風邪も、咳と鼻水は止まらない。誰か止めてくれーって位、鼻水が出る。お陰で、出発前に街中で掻き集めたティッシュが、もうそこを尽きそうだ。でも、めげずに今日はビーチへ行く。宿の洗濯サービスにジーンズ等を頼み(よく見たら履けるパンツが無かった)、朝食に出る。近所のバナナ葉っぱカレー屋で、何やら揚げ物4つとコピを頼む。やっぱ、朝からはちと油こかった。チュリア通りのぼろい自転車屋で自転車を借りる。14リンギのところ、2リンギまけさせる。しかし、保証金に50リンギも取られてしまい、キャッシュが心細くなる。今日は、インド系コンサートのチケットとかバンコク行きの鉄道切符とか、物入りなのに。とまれ、ビーチに向けレッツ・ゴー。
基本的にビーチまでは、海沿いの道を真っ直ぐ行けばいいわけだけど、こちらはアメリカとか同様、自転車も車道を走らなきゃいかんみたいだし、ルールも車のに従うようなので、一方通行を避けながら行くと、結構回り道をしなくてはならない。それに、こちらのドライヴァーたちは、か弱き自転車に譲ろうなんて気はさらさらに無いから、危うく轢かれかけってのが2,3回あった。大体、自転車で走ってる奴なんて滅多にいないし。まさに命がけのサイクリング。それでも、1時間近く走ると、リゾート・ホテル群が見えてきた。僕が目指したのは、タンジュン・ブンガという、どちらかと言えば地元民が多いという、名前通りシンプルなビーチだ。ちょうど、浜に近いところに自転車が置けたので、早速、と行きたいところだが、何と、海パンを忘れてきた。宿に、ではない、日本にだ。この近辺は、もっと先の本格リゾート・ビーチ、バツー・フェリンギに較べ、店とかも少ない。しかし、どうにか、海パンを売っている店を見つけ、12リンギで派手なのを買う。その店で着替えをさせてもらい、今度こそと思ったら、水のボトルを忘れた。戻ったついでに、ビールを飲んでしまう。
改めてゴー。人気は少なく、近くから来たみたいな子供たちとか、欧米人も腹ボテ中年とかで、およそ、色気には縁の無いビーチだ。セキュリティのしっかりしているホテルに肝心なものは置いてきて、この日は最小限の身軽さで来た。従って、ビーチの画像が無いことをお許しを。と言っても、このビーチ、確かに水もきれいじゃないし、泳ぐにはちと深い。せいぜい、浅瀬でパシャパシャやっているだけ。パシャパシャやっては砂浜に寝転び、を繰り返し、1時間半位経った頃、何と、スコールが振り出した。これまた、しばし続くので、まあいいかとお開きにする。砂もついたままだし、海パン状でホテルのレストランも気が引けたので、先程、海パンを買った店へ3度赴く。キャッシュが少ないのでセブンアップとやきそばで済ます。ふと見ると、ビールを飲んで割といいものを食べている日本人風の男が。案の定、ツアーで来て、向かいのクラウン・プリンス・ホテルに宿泊している人。この辺は何もやることがないけど、それがいいそうだ。ま、それが休日ってもんだよね。
ひとまずビーチを離れ、見所である極楽寺だの、リクライニング・ブッダ等を見に行こうとは思うが、ガードなしの自転車は水溜りだと水がもろにはねるので、街に近めのとこkろだけ行くことにする。ところが、帰りは一通なしでスムーズに来てしまい、1時間弱で街の近くに来てしまった。何か、ビーチ行って帰ってくるだけなら、バスでよかったんでは?癪だからせめて夕方まで自転車を乗り回すことにする。、あずは、今日のメイン・イベントであるインド音楽のコンサート会場をチェック。海際のホーカーズの近くだった。時間はまだ4時。フェリー乗り場に自転車を止め、フェリーでバタワースへ。バンコク行き列車のチケットを買うため。予約しないと難しいとの話だったが、日曜分だったせいかアッサリ買えた。寝台で88リンギをカードで。出発は明日の2時とちょうどよい。ついでに、駅周辺をチェックするとフード・コートもあった。万事オッケーと意気揚揚と、帰りのフェリーに乗船。割と空いていて、一番前の席に陣取る。1リンギのスイカを食べながら、気分は「アイム・ア・キング・オブ・ザ・ワ〜ルド」だ。チュリア通りに行き、自転車を返す前に、4千円分ほどをタイ・バーツに両替する。こういうことが、スムーズに行くと、実に気持ちがいい。
自転車を返して無事保証金を返してもらい、宿に戻ってシャワー。6時過ぎに出て、コンサート会場を目指す。チケットは20リンギで無事買え、近くのホーカーズ(右は昼の画像、海のすぐ側)で夕食。今日こそは、焼鳥にビールといきたかったが、サテーはマレー料理だから、同じ店では酒を扱わない。それどころか、このホーカーズ全体にアルコールがない。仕方なく、サテー10本にコークとなる。も少し何か食べようと、近くの人が食べていたパスタ状のものに目をつけ食べに行くが、これが、揚げ物やら肉やらを選んで、それをおっさんが包丁でドカンドカンと細かく切り刻み、それに、キャベツと大根?の千切りをのせ、ソースをかけたものだった。おっさん、手で具をつかんでてちと不安になる。具をいくつか選んで6.5リンギと少し高くつく。おまけに、飲みかけのコークは片付けられちゃうし・・・
さて7時半、いよいよ開演時間だ。入口で「写真撮っていいの?」と聞くと、やんわりとだけどダメみたい。まあ仰せに従いませう(従いまして、画像は街中のポスターでご勘弁)。勿論、会場内はインド系レディス&ジェントルメン・
オンリー。華人系さえ皆無。この会場内の日本人は、間違い無く僕一人でせう。ステージでは、もう既に女性歌手が歌っているが、ポツポツと席が埋まり出したところ。僕の席はストレンジャーらしく一番端っこだが、前から3列目ではあった。隣に座ったのが若いお姉さんだったのがラッキー。この第一部というか、まずは、女性歌手二人、そして男性歌手、デュエット等で、割と演歌っぽい調子の曲が続く。無名どころなのか、拍手もまばら。ずっとこの調子だと退屈だなあと思っていると、次第にポップ調の人も出てくる。しかし、ほとんどシンセだけで演奏が事足りてしまうのが、インド大衆歌謡のすごいところ。基本はあのタブラのリズムなのだが、それも打ち込みでオッケー。バンド、というものは、最後まで登場せず。そのポップ調だが、段々、振りつきの歌手が出てきて、これが笑える。華麗に舞う男性シンガーとか、マイケル・ジャクソンばりのジョン・オーツみたいなお兄さんとかが次々に登場。デュエットものは、大体女性は高音の甘ったるい声で歌い、対する男性も甘いのには変わらない。勇壮な歌い手とか、叫ぶ人とかいないのだ。例外無く、女性はあくまでか細く可憐に歌い、男性もクルーナー系なのだ。
6曲目位だったか、最もポップというか、最も笑えたのが、男女4人による、曲の名も“シャカラカ・ベイビー”!ミニスカお姉さんとラップ系お姉さんが“シャカラカ・ベイビー”と歌うと、男性二人が合の手?を入れるのだが、これが間抜けでおかしい。しかも、リズムはドラムンベース入ってるし。やはり、インドも基本はリズムもんなんですんね。マレー歌謡とかが演歌っぽいのとは対照的。朗々と聞かす曲もあるが、バックにはしっかりタブラの強烈なリズムが彩る。インド系CD屋とかの前を通ると、そのボリュームのでかさに驚かされるが、ホント、音はでかい程いいって世界みたい。歌だけではなく、ところどころ踊りも入る。まずは、男性6人のパーカッション隊によるトラディションっぽい曲。僕にはこういう方が嬉しい。そして、女性群舞はところどころに。伝統っぽい曲もあれば、マサラ・ムーヴィー・サントラ風の曲で踊るのも多い。基本的に、この歌モノ4、5組を経て、踊り2、3組位のパターンが繰り返される。加えて漫才も。如何にも馬鹿でーすっぽい二人組のやり取りに、会場大受け。隣のお姉さんも、むせ返るくらいケラケラと笑っていた。インド女性って、余所者にはあまり微笑みかけないので、笑っている人を見ると何か嬉しい。
更に、ダンス。衣装と装飾も鮮やかな若い娘さんたちのダンスもあれば、演劇的にメイクした男女混合20人位の群舞もあり。ついでに、おかま?ダンスまで。パーカッシブな曲に乗せて踊るインドの踊りは、なかなかの迫力。相当な運動量だと思う。そんな調子が続くが、まあマサラ・ムーヴィー同様、3時間位は演るのかなと思っていたら、まだまだ。最初は一つ一つを興味深く見ていたが、さすがに3時間を超えると、ちと飽きてくる。しかも、後半に大物が出てくるとかいうのではなく、一アーティストが繰り返し、3回位ずつ芸を披露するのだ。ちとメリハリがないっつーか。会場は、声援というか野次と言うか、口笛なんかはやたら聞かれるが、立って踊り出す人とか、ノリノリの人みたいなのは、ついぞ現れない。拍手はそこそこなんだけど、ま、昔の日本レベルのノリとでも言うか。そも、この出演者たちはインドから来たのかな?むしろ、マレーシア国内とかシンガポールとかで活躍している人を集めたようではある。終盤、何やら表彰式みたいなものもあり、これはチャリティか何かの意味合いがあるのだろうか?何せ、タミル語らしいMCなので、その辺はサッパリわからない。
斯様に、盛りあがっているのか盛り下がっているのか、よくわからんうちに、主要歌手がステージに登場して、“ギリギリポン”とか歌い出し、どうやらこれがフィナーレ。何か、最後に一発盛り上げるとかそういうのは無かったんだよね。しかし、時計を見れば深夜零時。何と、4時間半もステージが繰り広げられたわけだ。それも、マサラ・ムーヴィーも真っ青の、総勢165人の芸人による、何でもありテンコ盛りの大演芸大会。イヤ〜、疲れた。極めて貴重な体験をさせてもらった事には違いないが。土曜の夜なのに、素面だが、もうギネスを買いに行く気力も無く、日記を書く体力も無く、シャワーも浴びずにベッドに横たわる。因みに、このショウのタイトル"KANDUKONDAIN"とは、宿のインド系のおばさんに聞いたところ、"I have seen you"の意味だそうで、まあ豪華スター勢ぞろい的な意味なのだろう。イヤハヤ、実に濃〜い一夜ではありました。グッタリ。

ペナンの宿D’バジェット・インのでかい看板
→ ついにタイ入国。バンコクへ!
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