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露・土・印 旅日記

 ・9月23日(日) イスタンブール → サフランボル カップ買ったよぉ!

 7時半起き。謎のルースカヤも、なぜか8時に目覚ましかけてたなあ。宿のオヤジと、隣のホテル・ペトロルのオウナーに見送られ、トランバイに乗る。アクサライで地下鉄に乗換え、オトガルのメトロのオフィスへ。朝食と大用を済ましバスへ乗り込まんとするが、バスの行き先はカラビュック。そうか、サフランボル直行きではなく、カラビュックというとこでおろされ、ドルムシュでクランキョイいうとこへ行き、更にバスに乗り、チャルシュというとこが、いわゆるサフランボルなのだと「歩き方」にも書いてある。面倒くさそうでんなあ。6時間超の旅、珍しく女性係員さんであります。しかし、どうしていつも日向サイドの席にばかりなるのかなあ。暑いのなんの。

 ひたすらテープを聴き、ひたすら寝ているが、2時近くに昼食休憩。そこから更に2時間超、都合7時間かかって、やっとカラビュックへ。そこで降りようと思ったら、結局クランキョイまでは行った。で、チャリシ行きなのだが、バスを降りると少年のような青年のようなのが寄ってくる。タクシーの運転手なのかと思いきや、チャルシュ行きドルムシュ乗り場まで案内してくれる。彼は車掌みたいなのかと思ったら、単に案内してくれたみたい。握手して去って行く。トルコではたまにあることとは言え、あまりの親切さにしばしア然

 で、チャルシュへ。降ろされたのはハマムの側。さて目指す宿はどっちかなと動き出そうとするや否や、今度は白髪の老人が寄ってきて、“パンシヨンか?どこだ?何、チャルシュ、ならこっちだ”と僕の腕を引いていく。で、宿の見えるとこまで導いてくれた。こ、この親切さは、一体?日本政府が巨額の寄付でもしてるのか?なんて、ひねくれたことを言ってはいけませんね。これがトルコ人の本質なのだと思いたい。例のチケット代をめぐる件も既に忘却の彼方。そも、老人は、第一時大戦時の同盟国の間柄ということで、親日家が多いとは聞いてはいたけど(因みに、このご老人とはこの後も2回会った)。日本の皆さん、日本にいるトルコ人には、僕の分まで親切にして下さるよう、お願いしますよ。

 チャルシュ・ペンションはLPで見た宿で、「歩き方」には載ってないはずだけど、既に日本人2人、更に2人、まいいか。安いシングル部屋もあったが、トイレ・シャワーつきの部屋は何ともラヴリーなので、そちらにする。女の子とかが“キャ〜”と喜びそうな部屋だ(左画像)。広いし清潔だし絨毯やソファーがゴージャスであります。何だかんだボロかったイスタンブールのアーセナルとは大違い(笑)。15ミリオンという金額は、トルコ宿代最高値ながら、たまにはいいでせう。何だかきれいな部屋、味のある町に来たので、こちらも清潔にせねばと、シャワーを浴び髭も剃る。6時近くにやっと出るが、もう少し早く動いておくべきだった。町で見かけたポスター、今日まで3日間、映画祭をやっていたらしい。最終日の今日は、どこかでポップ歌手のコンサートも行われているよう。うまくいけば2日連チャンでライヴ見られたのになあ。一瞬、さっきのクランキョイへ行きかけるが、7時近くでもあったので断念。付近歩きに徹する。

 ここでまずやるべきことと言えば、最初のイスタンブール、アーセナルで出会い、何かと情報をもらった学生のテラシマさん用のマグカップを捜すことだ。彼は、やはり、この町で大変に親切にしてもらったらしく、シンプルな町名ロゴ入りカップが、トルコ最高の思い出の品だったらしいのだ。それをこともあろうにアーセナルの部屋で、酔った拍子に自分で割ってしまった(笑)。僕がサフランボルに行くと言うと、同じものを買って、日本に送って欲しいと頼まれてしまったのだ。まあ、酔った勢いの話だから翌日には忘れてるかなと思いきや、しっかり覚えていた(苦笑)。郵送の費用までもらってしまっては送ってあげないわけにもいくまい。てなわけで、ニートな土産物屋の並ぶ界隈で早速探索。程なくらしきものを発見。ちょっと小さいような気もするが、赤い文字のロゴが入ってるのでたぶんこれでしょ?(右画像)。1ミリオン也。ま、ひとまず役目を終えたということで(まだ送ってないけど)、さあビール、ビール。

 飲むとこあんのか、この町?と思いきや、宿の下に数軒バーあり。ビール一杯飲んだら腹が減ってきたので、イシュケンベの看板を見つけ、穴場っぽい食堂へ。でも、穴場どころか、店員は日本語使いだし、僕の後にペンションにやってきた女性2人組(男かと思ってました、失礼)、更に、ゲタゲタ笑うカップルもやってくる。まいいか。イシュケンベはサッパリ味が気に入っていたのだが、店のオヤジ、僕のを味見すると、いかんいかんとばかりに、ニンニク汁を更に注ぎ込み、酢とチリとコショウをタップリ入れて、よしよし。思いっきり濃い味になってしまった。ま、トルコ料理、基本的にアッサリというか大味だから、自分で味付けして食べるというのが正道なのかも。しかしなあ、生ニンニクも齧っちまったし、明日はニンニク臭そうであります。すぐ横に酒屋があったので、ワインの小ビンを買う。テレビでスィベル・ジャンのライヴをやっていて、どこでやったんじゃッコレ?と一瞬棒立ちになり、店のオヤジに苦笑される。とまれ、この町のこの様子では、ネットカフェなんてものは期待できそうにない。他にすることもないので、早めに部屋に帰り、ワイン飲みつ、じっくり日記書く。でも、やっぱこういう部屋は女の子とでも一緒に泊まりたいですねえ・・・
本日の出費:朝食125万L トランバイ50万L 地下鉄50万L トイレ30万L 昼食330万L
水25万L お土産500万L ドルムシュ25万L ビール100万L 夕食300万L 計1535万L



 ・9月24日(月) サフランボル 2日目 ヒマ故かジャポン疎まし

  なぜか爺さんの夢を見た。宿には朝食は無いと思って9時頃外へ。土産物屋に囲まれた店でアイラン、チャイ、チーズとサラミのホットサンド。1ミリオンにまけてくれた。ウレシ。宿へ戻って大用を済まし、さあ出かけようとすると、昨日は不在だったらしい宿のオヤジさんが、朝食を食べていけという。アレ、ついてたんだ?勧められるもんでパンとチャイだけご馳走になる。情報ノートを見せられるが、ほとんど日本人専用。まあしかし、日本人ってのはマメだよね。みんなビッシリ長文を書いてる。昨日会った(実は)母娘も、早速に母親自慢かなんか書いている。情報ノートって有用な情報もあるにはあるが、むしろ、何だこいつ?ってのも多くて、あまり見ない。何だか旅の思いを延々書き連ねてる輩なんかもいて、何か勝手にやってなさいって感じだけど、かくいう、こんなこと書き連ねている自分が、マメな日本人の典型だったりして。しかし何だかここ日本人宿みたい。敢えて、そういう宿を避けたつもりだったのだけど。宿のオヤジとマブダチになる趣味もないし。まいいや。

 まずはインフォメーションへ行き地図をもらう。とりあえずは町の外観を見るべく、展望できる丘へ。フムフムってとこで、早速、公開されている民家を訪ねる。最初の1軒目カイマカムラル・エヴィというとこは入場料50万L。何だ金取るのか。ま、考えてみれば仕方ないわな。でも実はここが一番安かったのだけど。民家っつっても博物館状態。ドルマバフフチェ宮殿よろしく、ビニール袋を履かされる。写真撮影は別料金だけど、誰もいないから撮ってしまった悪いワタシ。例の母娘とまた会う。町が狭いから、行動パターンは同じにならざるを得ないわな。



 次、町の中心部から反対側のカラユズムレル・エヴィ。ここは全然改修等してないそうで、一番味はある(右画像)。前の家みたいな蝋人形が無いのもよろしい。他に札がなくて75万のとこ、50万にまけてくれたし(まけてくれるといいってことか?)。そっから登っていくも見るとこなし。もう1軒の古い家ミュムタズラウ・コナウは閉まっていた。残りのキレジレル・コナウは発見できないし、もう1軒カウサラル・エヴィははずれにあるので、行くのが面倒くさい。となると、見るとここれで終わりか。え?まだ午前中でっせ。サフランボル観光これにてお終い?

 しゃーないんでバスでクランキョイへ行く。ヨリュクなる別の村を見に行くつもりで。その前にちと、メトロのオフィスをチェック。アンカラ行きはここから乗れるらしい。どうも明日出発の可能性大だな。道を挟んで向かい側にネットカフェも見つける。しかし、とにかくヨリュクである。されどドルムシュはどこで乗ればいいのかわからない。英語が話せるメトロの係員に聞くと、徐に電話をかけ、受話器からは突如日本語が聞こえてくる。その人、チャルシュのどっかの宿の人らしく、更に客らしい日本人に代わる。ハ?なんてお互い言っていて、そも、こちらの意図を全然理解してなくて電話も切れ、埒開かず。しばしウロウロしていると、お菓子屋のオヤジに“ビル・ダッカ”(ちょっと待て)と言われ、何じゃと寄れば、日本人の写真と手紙を見せられる。英文だけど、要はありがちな店の推薦文が書いてあり、お前も同じようなものを書けって寸法。写真に写ってたのがおばさん(ドイ・・コ某、タカコちゃうよな?)だから言うわけじゃないけど、“バカッ!”(映画「トゥームレイダー」で頻発)。ちょっと親切にされると、すぐに舞いあがってこういうことをするお調子者の日本人の多いこと。神経が知れないよ。

 結局ヨリュク、どうでもよくなる。トルコのことだから、聞きまくれば行き方はわかるはずだけど、そこまでして行きたいわけでもない。ここと同じ古い民家が並んでる村なわけでしょ。もーいいやっと、行った先はネットカフェ。我ながら文明に毒されております。日本語表示は可ながら打ちは出来ず。CD持ってたが、ドライヴが使えない。30分かけてグローバルIMEをダウンロードしたが、メモリー不足でインストールできず。安かったのが救い。近くの店で昼食、最近ハマッているラフマジュン。サフランボル・ピデってのもあるらしい。結局、またチャルシュへ戻る。

 でもまだ3時過ぎ。どーしよ?やることないよ、もう。ちょっと信頼性に欠ける感じがないでもないが(失礼)、宿の前にPTT(郵便局)があるので、昨日買ったカップを日本へ送ってしまおうかと寄る。トルコでの小包は、中身チェックが入るので梱包しないで持っていくべしと聞いていたので、ビニール袋で持っていくが、箱は用意せよと言われ、送れず。やっぱアンカラでか。宿へ寄ると、客らしき白人のオヤジが話しかけてきて、タオルはどこだ?とかいう。そりゃ宿の人間に聞けよというが、いないとのこと。このオヤジ、いい年こいてタオルも持ってなくて、こんな安宿で要求するんかと腹では思うも、空いている隣の部屋のタオルを持ってけやと教えてやる。コラ、礼くらい言わんかい。アジア人を奴隷かなんかだと思っとらんか?とまあ、これ位にしておいて、まだ日も高いので、もう少しうろつくことに。

 もう1軒の民家キレジレル・コナウが、どうしても発見できない。それ程見たいわけじゃないのだけど、何せすることがない。まいったね。ここが大のお気に入りのテラシマさんには悪いけど、オレ、ここかなり退屈。世界遺産ってことで寄ってはみたんだけど。そも、アンティークを見るみたいな趣味は無いもんで。ブルサでも、“サフランボルより美しい”というふれこみの村を見に行ったけど、単にぼろいなあという印象しか残らなかった。ここはもう少しキレイで、落ち着いた町並みで人々は親切だけど、観光ってことになるとねえ。どーも、ワタクシには古い家並系、向かないようです。無粋な奴とお笑い下さい。映画祭開催中にでも来ていればなあと。とまれ、時間つぶしにチャイでも飲むかと寄ろうとした店の隣がキレジレル・コナウだった。ここが一番大きいかな。それと受付の女性がキレイでした。しばしチャイ飲んで休む。ようやっと夕方近くなり、こういう時のヒマつぶしはと言えばってことで、ハマムへ。

 ここのハマムのサウナは、今までで一番の高温。こすられる前から垢出てきた位(汚くてスミマセン)。マッサージもまずまず。値段的にも今まで最安値。正直言って、ハマムそのものが物足りない思いがしてるのだけど、その中ではここは合格点であります。タップリ汗をかいたのでビール、ビール。昨日と同じバーで3杯飲むが、店の兄ちゃん、気ぃきかせたつもりか、“ジャポン!”とかいう叫びがしばしば入る謎のラジオ局にチューニングを合わせる。時折、“テケテケテン・・”という、昔のハリウッドの日本誤解映画のBGみたいなジングルが流れる。何か自分が出っ歯の眼鏡男になった気分。そんなこんなで、やっと7時。夕食は町のど真ん中のホテルのレストラン。昼に気になったサフランボル・ピデを。ホウレンソウ?みたいな葉っぱが挟まっていて、ヘルシーで美味。お値段もまずまず(そも、サフランボルはどこも安い)で、名前難しくて忘れたけど、ここマルです。

 宿に帰って、まだ8時ちょい。ここは時々断水するみたいなので、水の出てるうちに洗濯。昨日買ったワインを飲もうと思うが、古いせいか、コルクが硬くて開かない。昨日の店に開けてくれと持っていくが、コルク抜きがないという。横で見ていたおじさん、徐にコルクを瓶の内側に無理やり押しこむ。開いたのはいいが、コルク屑だらけのワインであります。ハ〜(ため息)、いいなここはもー。ってなわけで明日は・・・
→ 旅行者はいない?首都 アンカラ行き 決定であります。

本日の出費:朝食100万L おうち見物50+75+100万L バスx2 50万L 昼食117.5万L チャイ25万L
ハマム700万L ジュース60万L 夕食350万L ビール300万L 計1927.5万L


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