東南アジア旅日記
・12月21日(木) ホーチミン ヴェトナムのゴーヤ・チャンプルー
シン・カフェ前にバスが着くと、早速、客引きみたいなのが寄って来る。無視していたが、そいつの持っていた宿の案内を見ると、悪くない。シングルは、電話、衛星放送付き。実際行ってみると、かなり、いいところだった。ところが、安い部屋は満室で、18ドルの部屋しかないという。バイタクに乗ってグルグルまわるが、朝早いので開いてなくて、そのバイタク・ドライヴァーが宿の人間を叩き起こす形。どうも、こいつは、あまり好かれてないみたい。うざったくなってきたので、もう自分で捜すからいくら払えばいいんだというと、10000。値切って8000。結局、そいつが、ここは電話があるという宿、ホン・ヴィなるホテルにするが、ここの8ドルの部屋は失敗だった。
とにもかくにも睡眠。10時までぐっすり。目覚めたところで、まずは朝食。近くの評判のフォーの店。うまいけど、9000Dと高かった。シン・カフェへ行くと、日本語のうまい従業員が声をかけてくる。彼は英語の方はダメみたいで、何だか、この町は日本語を話す人間が妙に多い。カンボジアのヴィザを取りたいんだと言うと、領事館は遠いからバイタクで行けと言う。15000で手を打って、4キロ離れたカンボジア領事館へ。明日、受け取れるということで、ホットする。やはり、申請に来ていた日本人と話す。郵便局へ向かう彼と別れ、こちらは戦争証跡博物館へ。しかし、生憎、昼休憩。近くの大統領邸も昼休憩。仕方なく、スリが多いらしいけど、ベン・タイ市場へ。それにしても、ここは暑い。待望の暑さなのだけど、ちと半端でない暑さだ。市場の屋台で、ちと早いけど、ビア・サイゴンを飲む。飲んでいると、コーヒー豆売りの娘とかが、“オニイサン”とか声をかけてくる。“後で”とか言うと、“カワナイノニ、ナンデ、アトデトイウ。ナゼ、カワナイトイワナイ”とか、こまっしゃくれた事を言うので、“じゃ、買わない”と言ってやった。おかず選び食堂で昼飯。何と、ゴーヤチャンプルーがあり、喜び勇んで頼む。ヴェトナムでゴーヤの食べられる嬉しさや。しっかり苦かった。
昼休みの終わる時間になり、戦争証跡博物館へ。割と素朴な作りで、エアコンさえなかったが、展示品はなかなか充実。コンセプトもしっかりしたものを感じた。ただ、ホルマリン漬けの奇形児とか、やっぱり見た後は、しばし気が滅入った。入場料10000Dのはずだけど、なぜか、払わないで済んでしまった。その後は、15000D也で、旧大統領邸へ。白亜の堂々たる建物で、アオザイお姉さんがガイドしてくれる。英語組は、僕とマンチェスター出身のイギリス人の2人。今は、ほぼ博物館状態だが、贅を凝らした部屋が見られる。シェルターやら、緊急脱出用のヘリとか、至れり尽くせり。ガイドのお姉さんは、フランス語も堪能で、きれいだけどインテリっぽい。40分のビデオ上映があり、そこだけは、ばっちりエアコンが効いていて、飲み物片手に休むことができた。何せ、フラフラくるような暑さなのだ。
安宿街のファングラオ通りを目指す。途中で、評判のアイスクリームの店によるが、フルーツ・アイス16000Dの高さ。また両替をしないといけなくなる。そこの向かいが映画館で、ヴェトナム映画を上映中。隣はコメディ・シアター。因みに、映画館はここだけらしい。フエに一軒あったらしいが。高級ホテル・エリアを冷やかした後、町の中心のバス・ターミナルへ。しかし、ここからファングラオ通りは、ちと距離があった。再び、シン・カフェへ行き、明日のクチ・トンネル見物・半日ツアーと、明後日のプノンペン行きのバスを予約する。メコン・デルタ・ツアーはパス。ホーチミンは、戦争がらみで固めることにする。しかし、町並みに戦争の陰というのは感じられない。思った程の殺伐たる大都会ではなく、ラオス程でないにしろ、田舎っぽい国なんだなと思う。
宿へ戻るが、実は、ここの宿の電話では国際電話は出来ないという。それでは8ドル払った意味がないので、強引に、後で、フロントのファクスの回線を借りるということにする。とりあえず、シャワーだが熱くない。やり方があるのかも知れないが、ここは水シャワーでも充分な感じなので、特にクレームは言わず。ここは、あまりきれいとは言えず、何より水まわりが良くなく、テレビの映りも悪い。やはり、明日は宿替えか。夕食に出ると、同じ通りには、もっときれいな宿がたくさん並んでいる。その中で、部屋の電話で国際電話オッケーで、最低7ドルという宿があり、がんばって早起きして、ここを目指すとする。そこの向かいでビアホイ発見。3000Dは高めだなあと思っていたら、ミニタンクみたいので、1リットル出された。味は一段と薄いが、この量は満足。またしてもホイホイ気分が良くなってきた。近くのおかず選び食堂で夕食。野菜の煮物、肉のカレー煮、そしてイワシの煮付。食べていると、カンボジア領事館で会った日本人と再会。彼としばし談笑。興がのって、またビアホイを飲みに行く。彼のエッチ系の失敗談を楽しく拝聴する。ビアホイを飲み終わった後、その勢いで、ホンダ・ガールらしいのがいたので、ひやかしに行こうということになる。ホンダ・ガールとは、バイクに乗って客を引くお姉さんたち。角の通りでらしいのを見かけたので。しかし、あまり声をかけてこないし、しつこくもない。聞いていた程、ここの物売りはしつこくないのが、ちと意外。因みに、バイクに乗った二人組みでかっぱらいするのは、ホンダ・カウボーイというそうだ。出会いませんように。
こうしてみると、この町はなかなか面白い。アオザイ女学生も多いし、お姉さん方は発育もよく、なかなかきれいな人がいる。ここは、もう少しいてもよかったかなと思う。怒ってばかりいるヴェトナムだけど、意外や、もう一回位訪れることがあるかも。関西弁の彼と別れ、彼お薦めのシン・カフェ向かいのジュース屋で、久々にスター・フルーツ・ジュースを飲む。うまいし、3000Dと安い。意外や、ホーチミンの第一夜は大いに楽しかった。満足して宿に戻ったのは10時半。酔ったので、もう通信をやる気がなくなった。明日、宿を替えてからにしよう。大体、この宿はゴキブリもいたし、通りに面していて、結構うるさい。がんばって早起きしませうね。

・12月22日(金) ホーチミン 2日目 ヴェトナム人の強かさのルーツを垣間見る?
今日は、またシン・カフェのツアーの日。難航不落のクチ・トンネルを見に行く半日ツアーだ。早起きして荷物をまとめ、まずは、昨日目をつけた宿に行って、部屋があるかを確認。あてがわれた部屋は9ドルで、エアコン、テレビ、冷蔵庫、電話、ベランダつきの清潔な部屋。お菓子やお茶まで置いてある。唯一の欠点は、この部屋がエレベーター無しの6Fであること。ともあれ、前の宿をチェックアウトして移る。これをどうにか8時までにやり遂げ、シン・カフェへ。向かいのジュース屋で、パンとグレープフルーツ・ジュースの朝食。ホイアンで会った日本人女性に出会うが、昨日、着いて、一人で歩いていたら、いきなり男にネックレスをちぎられるという怖い体験をしたとか。やっぱ、ここは穏やかじゃないみたい。
ツアーには、ナチャンで会ったつんく系の青年他、日本人が他に6人。バスの隣の席は和歌山出身の女性だが、オーストラリアに1年ワーキング・ホリデイに行っていて、その帰りにヴェトナムに寄っているという。それでいて英語も話せないし、ここではぼられまくっているという不思議な人。約2時間かけてクチへ着くが、ガイドのおじさんは、ホーチミンの人口からバイクの台数の話に至るまで、喋りっぱなしだった。クチではまず、ヴィデオ鑑賞。そして、ヴェトコンの罠の数々などを見物。これは、アメリカ兵怖かったろうなあという、シンプルながら、はまると効果絶大の仕掛けの数々。1発1ドルで、実弾ぶっ放しオーケーのコーナーもあり、滅多に撃てない日本人たちは、ここぞとばかりトライ。僕はと言えば、もうあの音だけでパス。当たると痛そー。「プライヴェート・ライアン」を思い出しました。
そして、いよいよトンネルの実物に潜ることに。ガイドのおじさんが“スチーム・バスへようこそ”と言う通り、中の暑いこと。それに狭い。小柄な僕でも中腰。ブクブクの白人お姉さん方は、入ったけど途中で断念。息苦しい狭い穴が続く。前の白人たちが、やたら写真を撮るのでストップするので、後続はたまらない。入った部分はほんの一部だが、これが、延々200kmもあるというのだからすごい。アメリカ軍もここだけは攻略できず、大量の枯葉剤を蒔きまくったそう。今は、しっかり草木も回復しているが。シン・カフェの案内に日本語で、“ここを見れば、物売りのしつこさにも納得”という文句が笑えた。確かに、あの中に篭もり続けたヴェトナム人はすごいわなあ。当時10代だった人たちが、今40代位なわけだから、シクロの運転手なんかにも経験者がいるわけだろう。そう考えると連中も侮れないなあと思う。

クチ・トンネル画像。左は内部の様子。前の白人の尻です。右、出るとこんな感じ
帰りのバスでは、つんく青年がうざったいと言っていた日本人の隣。大学生だが、何だか妙に疲れた顔立ちで、どう見ても30代。旅の経験談等の話し振りは、妙に自信に溢れているのだが、実際の体験の方は、賭博に巻き込まれてかもられたとか、昨日は足を怪我して縫う派目になったとか、何だかさんざんの様子。疲れた疲れたとかぼやきが多く、確かにうざったいわ、この人。「地球の歩き方」のヴェトナム篇を見せてもらうと、歌謡ショーのこととかも色々書いてあった。今更知ると悔しい。今日は、もうヴェトナム最後の日なのだから。2時にファングラオ通りに戻り、一旦宿へ。朝食しか食べていないのに、何だか腹の調子がおかしい。「歩き方」には、ビアホイは不衛生と書かれていたっけ。ま、その通りなのだけど。やっぱり、知り過ぎないことが、幸せである秘訣かも。
シン・カフェの店員にバイタクを捕まえてもらい、またカンボジア領事館へ。店員に話してもらったせいか、10000Dと安めだった。無事、ヴィザを獲得して、帰路は歩き。「歩き方」の記憶で、歌謡ショーがよく行われるという大きな劇場へ。子供関係の催しだったみたい。シンガポール航空のオフィスへ行ってタイムテーブルを入手するが、意外にアジアに路線は少ない。やはり、バンコクに寄らねばならないか。カオサンで年越しだけは避けたいのだが。しかし、またドンが余ってしまいそうなので、今日は少々無駄使いをしなくては。いっそのこと、今日は、ボリボリ値段も甘んじて受け入れるボラレ・デーにしようかとか考える。とりあえず、昨日も行ったアイスクリーム屋で、一番高いココナツ・アイスを食べる。そこで、座って、落ちついて有り金を計算すると、実は、そう潤沢ではないことが判明。とりえず、Tシャツとヴェトナム・コーヒーのカップと、音楽カセットは欲しいのだが、それらを買って夕食を食べたりすると、むしろ、足りなくなりそうな気配。これは逆に締めなくては、アイスが余計だったなあと思うも今や遅し。冷やしナプキンが出てきたので何気に使ったら、何と、1000D取られ、計28000Dだった。ヴェトナムという国は!
国営デパートへ行き、買い物。333ビールのTシャツ、20000Dから、15000まで下がるが、ここはもう1000D下がるまで、じっくり粘る。ついに売り子のお姉さんも折れる。悪いけど、おしぼりの分はこれで取り返した。コーヒーカップも、安物の2個で1ドルのものだが、1個で10000Dというのは、アッサリ7000になった。更に、比較的大き目のCD屋で、人気女性歌手のコンピレ・テープを9000Dで。ヴェトナムの土産は以上。道を渡るところで、KL出身というお姉さんが話しかけてくるが、スリの多いところなので、警戒して離れる。本当にツーリストだったかも知れないけど。全く、悪いヴェトナム人が多いから、真っ当な人まで悪者に思えてくるぞ。ホント、ちと反省して欲しいですよ。
とりあえず、用が済んだところで、ファングラオ通りへ。後は両替。銀行で200ドルのチェックをキャッシュに。これでカンボジアは大丈夫なはずだけど。映画館や歌謡ショーにも惹かれるものはあるが、今日は移動に備えて、大人しく部屋で過ごすつもり。宿のアメニティをフル活用せんと、6時前に帰る。シャワーと洗濯。ちと時間をかけていたら陽がくれてしまったが、せっかくあるベランダでビールを。冷蔵庫の中の333は、6000Dといい価格。お菓子類も適正(かっぱえびせん2500!それ見たことか)な値段なので、いただいていくことにする。暗くなったベランダで、有り金や今後の予算を計算する。問題は最後の4つのフライト(シェムリアップ→バンコク、バンコク⇔ヤンゴン、バンコク→シンガポール)の代金だなあ。これで、10万位すっとぶのではないか。もう少し日にちがあればなあ。そういえば、昨日は、日本に帰る夢を見た。ヤレヤレ。
テレビでMTVをしばし見た後、7時過ぎたので夕食へ。別のおかず選び食堂で、豚肉の焼肉と野菜の煮物とスープ。小海老を選んだら、22000と言われたので、それをはずし、12000で済ます。最後までせこいよなあ。デザートに、また、シンカフェ向かいの店にジュースを飲みに行くが、またホイアンで会った女性に会った。ストロベリー・ジュースを飲んで宿近辺に戻ると、向かいのビアホイの店では、昨日、一緒に飲んだ青年が、先程のホイアンの女性の連れだった人と飲んでいる。結構、皆、コースが同じで、先々で再会するのだ。ちょっと前に、彼らの目の前で、白人がかっぱらいに遭ったそうな。怖いですなあ、やっぱ。今日は彼らには付き合わず、宿でネットをすべく帰る。しかし、この宿のネットは異様に遅いので、別の店へ。そこも何かと遅く、メールを送ったり、掲示板に書きこんだりして1時間費やす。メールがめっきり減ったなあ・・・宿へ戻るが、先程の二人はまだ飲んでいる。こちらも冷蔵庫の333をもう一本もらって日記。ニャチャン分を間違って消してしまっている。もう11時で、そろそろ寝なくてはいけないのだが、書きなおしに、これから通信かあ。ま、明日もバスで寝ればいいのだけど。プノンペン行きは7時発であります。荷物検査なんか無ければよいが。というわけで、ヴェトナム篇終了。アオザイ女子高生とホンダ・ガールの画像を期待されていた方には、ごめんなさい。 → つーわけで、いよいよカンボジアは、プノンペンへ!
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