露・土・印 旅日記

 ・1月13日(日) ヴァラナシ → サールナート 子供に躾は不要?

 今日はサールナートへ小移動の日だが、インターナショナル・ミュージック・アシュラムで朝のコンサートがあるらしいので、それを見てから行きたい。とりあえず、近所で1Rsサモサを5個とチャイをお持ち帰りして朝食。10時にアシュラムへ行くと、掃除中(苦笑)。掃除のおばちゃんに聞くが、やっぱり夜しかやんないという。何だよ、このために今日まで残ったのに。同宿のアリカワさんとオカダさんは、朝8時頃出て向かったらしい。ネットカフェへ行くもフロッピーを忘れたり。仕方なくチェックアウト時間までゴロゴロして、近くで15Rsターリーを食べた後、やっと出発。荷物は最小限にして、バッグパックは宿へ。当分、フレンズ・ゲストハウスにいるというナカイズミさんに、荷物キープをお願いする。サイクルリクシャで15Rsでヴァラナシ駅へ。サールナート行きバスにはすぐ乗れた。

 1時間弱で日本寺到着。まずは、お寺の上人さんにご挨拶をしなくてはならない。上人さんは、齢84歳の小柄な方である。一足先に着いていたアリカワさんが、“一つ空いていたベッド、お借りしました”と言うと、“簡単に言うなよ!”と憮然とされる。僕が“ヴァラナシから来ました”と言うと、“じゃあ、ここに寄る必要ないだろ!”。なかなか一筋縄ではいかない人か。でも、ブッキラボーだったのは最初だけ、根は優しい方のようである。基本的に宿泊は認められ、宿泊にあたっての心がけを説かれる。お坊さんだから説教するのは当然だが、更にご老体にありがちの話好きの人でもある。まずは、自らのインド初体験から始まり、戦争体験(大東亜戦争、支那といった言葉使いは気になったが)、寺を建立するまでの苦労等がか細い声で次々に語られる。生まれは地方だが、育ちは深川という上人さん、口調は少々べらんめえ入ってる。かなり頑固で個性的な人だったせいか、日本の法界ではアウトロー的存在だったらしい。会社組織で出る杭が打たれてしまうように、お坊さんの世界でも外国の寺に行かされたりするのは、上にへつらったりとかが出来ない、要領の悪い人になるらしい。自分に忠実な故に損ばかりしてしまう人、上人さんの語り口やエピソードからは、そんなキャラクターが窺えた。

 共感させられたのはインド人の子供の話。インド人の親は、かなり子供を放任して好き放題させる。あれをやっちゃいけない、これをやっちゃいけないという日本の親とは対照的。だから、典型的な日本式教育、躾を受けたであろう?僕からすると、インドの子供たち、いや子供に限らずだけど“躾がなっちゃいない”って思えて、その行動がいちいち気に障る。これは、まさしく、この子供時代からの育て方に起因していると言えよう。日本では当然のマナーや礼儀が、インドでは全く顧みられないこともしばしばなのだ。だけど一方で、そういう放任主義(単に放っておかれてるだけかも知れないけど)で制限なく育ったインド人、そして中国人らは、むしろ自由に、国境も軽々と超え、世界各地でふてぶてしく生きている。逆に、制限だらけで育った日本人は、容易には外の世界に羽ばたいていけない。そうなると、果たして、僕らが美点と思っている、日本的躾、教育は正しいと言えるのか?ということになる。そう、今まで僕をイライラさせてきたインド人たちの方が、ある点においては日本人よりも優れていたりする。好むと好まざるに拘らず、それは認めざるを得ない。上人さんも、近所のインド人の子供達を見るうち、そう思い至ったようだ。

 ともあれ、無事、日本寺への宿泊が許可された。あてがえられた部屋はダブルの個室(画像左)。清潔とは言えないが、質素ながら電源等もしっかりある。アリカワさんは6ベッドのドミへ。修行者みたいな人は見当たらず、フツーの若い旅行者ばかり。皆、2,3日のつもりが、ついつい1週間、10日と長居してしまうらしい。とりあえず、日本語の本が並ぶ本棚からめぼしい本を捜す。まずはやはり仏教の基礎をってことで、選んだのは「マンガ仏教入門」(笑)。何でもマンガがあって便利ですねえ。サールナートでは一番の見所であるストゥーパ、明日ゆっくり見に行こうと思ったら、半券があれば再入場可とか。午前中見てきたオカダさんの半券をもらって行くと、成程、アッサリ入場できた。

 ここはちょっとした遺跡公園になっていて、ストゥーパのまわりに、ほとんど土台だけ残った遺跡が散らばっている。遺跡そのものはそんな調子ながら、芝生でくつろぐ家族や勉強するチベット僧等がいて、雰囲気は悪くない。100Rsもしなければ、時々訪れてのんびりしたいところだ。生憎、寺に宿泊するものの義務として、夕方の勤行に参加しなくてはならないので、駆け足で見てまわる。期待のアショカ王の石柱は、途中でポキンと折れていて、ほんのちょっとだけ(右下画像)。メインのダメーク・ストゥーパは、何やら修復中(左下画像)だったが、熱心なチベット人信者たちが数多く訪れて、ストゥーパのまわりを時計回りにグルグル歩いていた。

   


 夕方5時より、寺の勤行。仏壇のまわりに宿泊者が座り、上人さんに続いて法華経を唱える。日月山法輪寺は日蓮宗系で“南無妙法蓮華経”である。お経+上人さんオリジナルの語り?が10分位続いた後、今度は団扇太鼓をデンデンと叩きながら、“南無妙・・・”を唱える。これが結構長く、久々の正座に足が痺れを切らし始める。もう限界かという頃、やっと終わり、本堂奥の仏像前で更に“南無妙・・・”以上、約30分。あの団扇太鼓は少々恥ずかしいなあ。勤行が終わると、ご褒美に飴がもらえる。近所のインドのガキが、この飴目当てにやってきて、“ナンミョーホーレン”なぞと唱えたりしてる。どこまでもプラクティカルな人たちでんなあ。

 夕食まで少し時間があり、「マンガ仏教入門」をそそくさと読み終える。同室の人は、強烈な下痢に見舞われているそうで寝たっきり。近くの屋台のフレンチ・トーストのようなものを食べてあたったらしい。あれは何だかうまそうで、僕らも手を出しかけたのだけど・・・2冊目の本はノウハウ本、「英語は、絶対勉強するな!」。韓国のベストセラー書だが、韓国でも日本とほとんど同様に、英語教育に問題があって、いつまでたっても英語が習得できない人が多いという。やはり、日韓、国民性も驚く程共通する部分があるよう。英語習得のノウハウも勿論だけど、その辺の文化論的な記述が興味深く読めた。日本に帰ったら、マジ、この本のやり方を実行するつもり。8時近くに夕食。辛くないサブジーに、日本風ライス、チャパティ。そう、和食ではないのだ。でもインド料理とも違う、不思議な食事。味はまずまずだが。

 食後、アリカワさんと近くの屋台へチャイを飲みに行く。ここの娯楽ってこれ位かもしれない。ここらは計画的に頻繁に停電するようで、道は真っ暗。寺は発電機を持っているのでノー・プロブレム。やはりジャパーニーの寺だけあって、財力は豊かなよう。寺へ戻って、またしばし読書をした後、9時頃には眠くなってくる。外で何やら喚き声が聞こえ、“ナンミョーホーレン!!”なぞと絶叫してる。日本への差別意識を持つインド人の襲撃か?とか思ったが、後で聞いたら、寺の使用人券僧侶が、部屋の鍵を締められてしまい、部屋の人間を起そうと喚いていたらしい。仏の道に仕えるもの、あんな騒いでいいんかね?僧衣は着ていても、やっぱり中身は“躾のなっちゃいない”インド人でんなあ。
本日の出費:宿代x5 200Rs 朝食8Rs 昼食18Rs サイクルリクシャ15Rs
バス5Rs 果物23Rs お菓子13Rs チャイ2Rs 計266Rs



 ・1月14日(月) サールナート 2日目 深い河は不快な河?

 お寺のお勤めは、朝夕2回ある。朝は6時からなので、5時半起き。日の出前なので息も白く、石造りの本堂の床は、裸足で歩くと殊の他冷たい。基本的には夕方と同じパターンだが、一式やった後、団扇太鼓を叩いて“南無妙法連”を唱えながら、本堂のまわりをグルグルまわるので約1時間。チベット人たちに加え、寺に住み込んでいるインド人の子供も参加してる。こいつもインド人のガキの例にもれず、けたたましい奴だが、数日前に父親が死んだそうで、それを聞くと不憫に思えてきた。とまれ、何にもなくてダラダラしがちなサールナートの生活、この勤行と食事の時間が決められているので、結構規則正しい。もっとも、宿泊者の一人も言っていた通り、後は、その間の時間を埋めているだけって感じだけど(苦笑)。

 朝食はお粥(画像左、食事前の“南無妙法連・・”)。いいね、粥は。日本に帰ったら作りたい。食後、ここでするためにとっておいたことを早速実行。それは爪切りであります(笑)。その後は早速読書。ノウハウ本を読み終え、明日にかけての残り時間に、少しは読み応えのあるものを読みたい。果たして読了できるかわからないが、遠藤周作の「深い河」を選ぶ。映画にもなったこの小説の、重要な舞台になっているのはヴァラナシなのである。小説なんて読むのは、ちょー久々。旅の期間中、PCから離れたのは初めてだし。インドの俗界?より隔離された世界で、しばしの安息、思索の時である?

 昼は、他の宿泊者の人たちと外に食べに行く。前にも行ったチベット料理店。気になっていたスキヤキ・ミンというのを頼んでみる。チベット僧の大群が去って1時間を経過した後出てきたものは、何とスパゲッチー・ミートソースであった。寺のメシ食ってればよかった。ダライ・ラマもカルマパも既に去ったそうだが、町には尚もチベット僧多数。彼らは肉体鍛錬もするようで、見た目屈強。サングラスなぞかけてると、パッと見チャイニーズ・マフィアだなあ。食後は、他の人たちと同様、日向ぼっこしつつ、本格的に小説に取り組む。何かを求めてインドに向かう人たちが、パックツアーで一緒になる。各人は様々なバックグラウンドを持ち、色々な思いを秘めている。中心となるのは、人を愛することが出来ないヒロインと、不器用にしか生きられない神父の二人。映画では前者は秋吉久美子、後者は奥田瑛二が演じたようだが、秋吉はいいとして、奥田はミスキャストの印象。むしろ平田満あたりのイメージである。とまれ、久々に小説なぞ読むと、さすがに色々考えさせられる。文中、聖も俗も併せ呑む大きな存在として描かれるガンガー。僕は未だもって、あまり聖なるものを感じられないのだけど。

 環境が環境故、読書は順調に進み、この分では明日の午前中までに読了可という感じ。夕方のお勤めの後、また辛くないサブジーの夕食。何にもしなくても腹だけはキッチリ空くのが不思議。下痢で死んでいた隣のヨネダさんも復活してモリモリ食べている。一方で、宿泊者の中には、断食中の人が2名。水分や飴程度は補給してるそうだけど。ブッダでさえ、最終的には苦行は否定したそうだというのに、断食して何か得るところってあるのかなあ?ま、さすがインドの寺だけあって、何気に個性的な人がいる。

 食後、アリカワさんとチャイ飲みに行く。小説なぞ読んで久々に脳も働き?色々話をしたくなったので。アリカワ氏は60代手前だそうで、インドは13年前に訪れて以来2度目とのこと。タイやらヨーロッパにも色々行かれてはいるそうだけど、年季の入ったパッカーという感じではなく、どこか頼りなげ。でもオヤジ特有のクセのない人なので話相手にはいい。パッカーのルールに従って?家庭やら仕事やらのバックグラウンドについては一切尋ねなかったが。以前、ヴァラナシで久美子ハウスに泊まった際、主の久美子さんがインド人と結婚して後悔してると語っていたのを聞いたとか。どー見てもインドのおばはんだったけどなあ。年末年始はブッダガヤで過ごしたそう。あそこの日本寺は宿泊不可ながら、大晦日は除夜の鐘を皆でつき、年越しそばが振舞われたとか。僕もそんな年末を過ごしたかったなあ。僕も50代になっても、飄々と旅をすることが出来るだろうか?宿に戻って読書。「深い河」も大詰め。こいつを読み終えたらヴァラナシに戻るとしよう。
本日の出費:昼食25Rs チャイ4.5Rs 寄付10Rs 計39.5Rs

→ ガンガーの呪縛?も少し ヴァラナシ 

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