東南アジア旅日記

 ・12月25日(月) プノンペン → シェムリアップ 船旅はつらいよ
 がんばって6時前起床。朝食を求めて外へ。中華料理屋で肉まんを2つ買う。宿のチェックアウトを済ませた後、キャピトルのレストランでコーヒーだけ飲む。肉まんは後ほど。スピードボート乗り場行きバスは、割と年齢高めの人も含めて、日本人率高し。40代かそれに近い、如何にも真面目そうな感じの人が多い。あの無言不気味日本人もまた一緒だ。船は2台。韓国人夫妻は別の船。昨日会った日本人もそちららしい。聞いていた通り、ツーリストは屋根へ。手すり位あるのだろうと思いきや、申し訳程度のもの。これ、船が揺れでもしたら、ツルンと滑り落ちる。これで、救命胴衣とかも無いのだから、沈んだりしたら一巻の終わり。かなり無茶と言えば無茶だが、乗客はツーリストだけでも50人以上。毎日、100人強がこのおっかない船旅を体験していることになる。

   陣取ったのは、ギリギリ最後尾位のところ。前のボートに遅れ、7時15分位に出発。隣は小さい日本人の子で、時々、話しかけてくるが、エンジン音がでかく、よく聞こえない。後ろは、とにかくエンジン音と揺れが大きいし、すぐそばに煙突のようなものがあり、そこからの有毒ガス?を吸いこむ羽目になる。一方、前の方は、また水のしぶきがあって荷物がビショ濡れになる。もし、銃撃とかされるとしても、やっぱ前だろう?から、つまり、陣取るなら中間ということだ。しかし、スピードボートというだけあって、結構、早い。屋根に人を満載してぶっ飛ばすのだから、最初はかなり怖い。中は冷房が効きすぎで寒いので、屋根の方がいいという話だったが、風圧で前を向いていられないし、しぶきも来る。朝方は寒くて、長袖シャツを着ていても、結構辛い。話も出来ないし、ウォークマンとかが聞ける状況でもない。ひたすら、うずくまって4、5時間耐えなくてはならない。日焼け止めよりは、合羽が必要だった感じ(右画像:かような状態です)。

 そうなると、もう寝るのが一番。ところが、寝転がると、煙突の煙を更に吸うことになる。ちょっと異様かも知れないが、バンダナで顔を覆って、耳栓もする。寒いせいか、トイレがやたら近い。トイレは船室の奥で、すっ飛ばすボートの、ガードもない脇を通って、船室へ入る。これがまたおっかない。船室内ではヴィデオの上映なんかもあって、結構快適そう。こっちの方がいいなあ。何の因果で、奴隷みたいな乗り方せにゃならんのかなあ?そんなこんなで2時間も経つと、ようやく日が差してくる。エンジンの熱もあって、少し暖かくなる。しばしウトウトした後、目が覚めると、川はまるで大海原のよう。水平線が彼方に見える。この川はメコンではなく、トンレサップ川というのだが、地図上で見ても、かなりでかい(湖というべきか)。広大な風景だ。

 既に5時間が経過。行きは逆流なので、時間がかかると聞いていたが、確かに1時間位余計にかかっている感じ。1時半過ぎにようやく、減速し、岸辺が近づいてくる。居並ぶ住居船に水上家屋、手を振る子供もいれば、不思議そうに眺めている子もいる。3度目のトイレの後、ようやくシェムリアップに到着。既に、太陽はギラギラと輝いている。岸辺には、宿の客引きの群れ。プラカードを持った連中が、わんさと押し寄せている。ホイアンで会った人に薦められた、ハロー・ゲストハウスのプラカードを捜す。見つけて、自ら声をかけると、荷物を持ってドンドン進んで行く。どうやらバイクの後に乗せられるらしい。僕一人拾えれば満足なのかなあ?大きいところは、車で拾っていくのに。ホイアンの人が言っていたのが、この人物かどうか知らないが、人はよさそうな男だ。未舗装の道をバイクが飛ばしていく。居並ぶ家々は、これまたいかにも貧しい。魚や干物が多いせいか、すごく臭い。子供たちも裸かそれに近いかっこばっかり。本当にこの国は貧しい。ラオスを上回るのではないか?(やっぱり、国民総生産はラオス以下)インドやアフリカ並の貧しさかも知れないと思う。

   市内は結構遠かった。市の中心から、ハローは更に先。と言っても、有名なタケオやチェンラもその辺だ。もう少し先の奥まった道をしばし行ったところに宿はあった。まずまず広く清潔な部屋。離れている分静かだろう。1泊4ドルとのこと。早速、4時に出発して夕陽を見に行き、明日から2日をアンコールに割き、あと1日は少し離れたバンテアイ・スレイを見ることにする。まずは昼食。宿のレストランでツナ・サンドとフルーツ・シェイク。全てノート記入式で、後払いのシステム。使った額を覚えておかないと。ここからの飛行機のチケットも手配するというので、早速、29日のバンコク行きをあたってもらう。宿の人が、代理店らしきところと連絡を取るのは、電話ではなく無線!何だか買えそうみたいで、金を持ってついて来いという。宿のおばさんがバイクに乗せて行ってくれるらしい。近くのバンコク・エアウエイズのオフィスに行くのかと思いきや、ちと離れた代理店だった。途中で、韓国人夫妻と会う。29日、朝いちのバンコク行きが無事買えた。TCで払ったので、手数料を2%(銀行で両替しても同じ)を含め、156.8ドルだった。とにかく、バンコクまでは行けることになった。

 しかし、その先のミャンマー行きが不安だ。帰国前のシンガポール行きも。帰りは銀行に寄りたいからと、歩きで行くことにするが、銀行は3時で閉まっていた。バンコク・エアウエイのオフィスが、宿の近くのはずなので捜すが見当たらない。そうこうするうち4時。慌てて宿へ。さっきの客引きのお兄ちゃんが、スタンばっていた。どうやら、この兄ちゃんと4日つきあうらしい。マニという、現金な名の持ち主。またバイクに乗って、いよいよアンコール・ワットへ。ドキドキ。途中の高速料金所のようなところが、アンコール入場のための切符売り場だった。相当な数の観光客が来ている。この日は5時半過ぎで無料で入るのかと思いきや、しっかり日数分の料金を、今払うように言われる。慌ててトイレを借り、靴底から40ドルを引っ張り出す。顔写真まで必要で、3日間分のパスを作成される。おまけに、係員が日本語で説明だ。来る途中、日本語学校の看板が目立っていたが、左様に、ここを訪れる日本人は多いらしい。

 いよいよアンコールが見えてきた!と思ったら、バイクはそこを過ぎて先へ。降ろされたのは、かなり急な坂がそびえるところ。どやらここに登って夕陽を見ろということらしい。ここは、アンコールの何ていうところなのかを知りたいが、マニは、英語が通じたり、通じなかったりして、よくわからない。ともあれ、多数の観光客に混じって坂を登るが、これはなかなか大変だ。これだけ人が訪れる有名観光地なのに、この登り道は、どうにかならないのだろうか?因みに、象に乗って登ることも出来るんだけど。ようやく登りきると、ここも一応、寺院のようだ。アンコールとは少しデザインの違う建物。たぶん、プノン・バケンというとこだと思うが、上に登れるのだけど、この足場が、またかなり急だ。雨なんか降ったら滑りそう。日本人の団体さんやら、真面目そうな個人中年やら白人やら、すさまじい人数。とりあえず、夕陽が見えそうで、下で伝統音楽をやっている場所に陣取って、しばし、ボーっと眺める。しかし、結構、まわりが木に囲まれているので、ここからアンコールはよく見えない。雲がかかっていて、夕陽も地平線までは行きそうもない。ちとばかし期待はずれで、生憎、知った顔も見当たらない。ま、とりあえず、眺めのよいとこで夕陽を見るというのが、本日のところなのでせう。本番はあくまでも明日ということで(左画像:プノン・バケンから見た夕陽)。

 6時になって引き上げる。宿へ戻って、シャワーを浴びた後、近くにコンビニがあったので、明日の朝食用のヨーグルトと、コンニャクゼリー!と、一番安いバイヨン・ビールを買う。シャワーを浴びた後、ビールを飲みながら、取りも直さず、今日撮った画像をパソコンへ。一応、アンコール・エリアの画像を、日本の人たちにメールで送ろうというつもりだ。ささやかなクリスマス・プレゼントとして。そう、今日はまだクリスマスだったのだ。この辺は、その雰囲気のかけらもない(レストランとかには多少あり)けど。その作業を終え、8時頃に夕食へ。と言っても、とりあえず今日は宿のレストランだけど。ココナツ・カレーとライス。ココナツに入ったカレーに、揚げたてのポテトチップが大量についてくる。カンボジアのカレーは大変辛いと聞いていたが、ここは観光客向けの味なのか、タイ風だし、あまり辛くなかった。値段は割と安い。

 食ったところで、ダメモトで、近所のネット・カフェで自前接続を頼んでみることにする。アカウント取得とかもやってくれる店があったので。8時過ぎで、もう真っ暗で、歩くのにマグライトがいる。そのネット・カフェは英語が多少わかる少年がいて、話すと、あっさりOKしてくれる。ノートパソコンを驚きの目で見つめながらも、電話の線を貸してくれる。アイパスのプノンペンのAPへダイヤルするが、応答せず。この番号は、日本からかけて、一応、接続に成功している。ならばと、バンコクへかけるが、これもダメ。どうも、電話の問題らしい。仕方なく、今晩は諦める。クリスマス・メールは果たせずか。最悪、更新も、バンコクに行ってからかなあ?またコンビにに寄って、スタウト系のビールABCを買う。ここはドル払いのとこが多いが、少しリエルを減らさないと。1.2ドルは、4800Rの換算だった。

 ビールを飲みつ日記。明日は、日の出を見に行くということで、何と5時出発。ということは、4時半起きか。気づくともう11時。ありゃあ6時間も眠れないではないか。やばい、とっと寝ませう!

 ・12月26日(火) シェムリアップ 2日目 
 起きましたですよ〜、5時前に。ヨーグルトと蒟蒻ゼリーを数個食べてスタンバイ。ドライヴァーのマニももう来ている。朝夕は少し冷えるので長袖を着て、蚊よけスプレーとマグライトも持って出発。アンコール・ワットの日の出を見に行くのだ。同宿の日本人も行ったみたい。こんな朝早くからワットに来ている好き物は、日本人ばかり。ただ、声は聞こえど、姿は暗くて見えない。一体、どの辺が日の出を見る最良ポイントなのかも、よくわからない。とりあえず、門から入って、なるべく前へ進む。次の門へ来ると、先は何だか行き止まりみたい。蝙蝠もいっぱいいて不気味なので、後へ下がる。ようやく少し日が差してきたのは6時頃。例の、ゴツゴツした塔のシルエットが見えてきた。グッドポイントは、もっと後方の堀の辺りのようで、そこには人だかり。しかし、我がデジカメは、ズームが今いちなので、もう少し近づかなくてはならない。一応、フィルムのカメラも持参し、明るくなり、姿を見せ始めたワットを撮りまくる。そこにとどまること2時間。ああ、陽が昇ったなあという光景になったのは7時過ぎ。もう少し寝ていられたんじゃない?


これぞ、アンコール・ワットの日の出なり

 その後どうするか、それは、全てドライヴァーのマニまかせ。一旦、宿へ戻って朝食でも取るのかと思いきや、このまま、アンコール・トムへ行くという。アンコール・トムというのは、ワットみたいに一つの建物ではなく、その周囲全体を指す。森林が広がる中、寺院や王宮が点在し、東西南北の門には、500リエル札にもある、クメールの微笑みの彫刻が彫られている。まずは朝食。屋台っぽい店だが、メニューがある。従ってそう安くはない。ビーフン類でも5000位するので、チーズ・サンドとコーヒーで軽く済ます。有り金が乏しいのだ。店員は期待ハズレといった面持ち。さて、最初は寺を2つ位見たと思う。午前中のクライマックスは、トムの中心バイヨンだ。やや崩れ気味だが、個性的なデザインの寺院。最初は、建物そのものを見て、でかいか小さいかみたいなことを気にしていたが、見所はそういうところではない。係官らしき日本語を話せる兄ちゃんが声をかけてきて、人の足を指差す。やはり、短パンではいけなかったのかなあと思うと、そうではなく、昨日、すりむいたところに貼ったバンドエイドを差していたのだ。サッカーをやっていて、すりむくので、それが欲しいという。生憎、今は無いと言って去ろうとすると、寺の説明をしてくれる。ところどころ彫られてあるレリーフの説明で、成程、シェムリでよく目にするアプサラがたくさん彫られている。アプサラとは天女。色々な神話の壁画の中で、いつも優雅に舞っている。そう、見所は建物の大小や高さではなく、壁面を飾る彫刻の数々なのだ。そういう意味では、このお兄ちゃんの功績や大である。しかし、案の定、2ドルでガイドをするかてなことを言い出すので、丁寧に辞退する。ばんそこ買う金位払ってやれってーの!ここには、線香を買わせようとする爺さんもいました。勿論、物乞い子供も多数。ところで、このバイヨンは、修復を日本の法人が担当しているそうで、その案内所が隣接されていた。遺跡の修復に、日本が一役買っているのは、部外者でもなかなか誇らしい。それなりにお金も出しているのだろうから、日本人に金せびるのはやめて欲しいなあってのは、無理か。

 
左:バイヨン全景と、右:クメールの微笑

 更に、トム。パプーオンという大きな遺跡に続いて、リーパー王のテラス、象のテラスが並ぶ。バイヨンでちと時間がかかり、その間にマニがどっか行ってしまったため、リーパー王は、あまり見られず。マニ が見つかって、象のテラスはじっくり。これまた、壁面の彫刻が見物で、建物の内側に壁画彫刻が続く。迷路状の内部を辿って行くと、コーナー毎に物乞いさんがいる。出たところで、胡弓のようなものを弾いている人がいて、この人には100Rだけど、あげました。何か見せてくんなきゃね。ちょっとスローペース気味みたいなので、ここらは、少し飛ばしめ。何せ、全容がよくわかってないから、どの位の時間配分でいけばいいのかが、よくわからないのだ。ともあれ、午前中は、トム攻略ということらしく、更に、タ・ケオ、タ・プロームと行く。ゲストハウスの名でお馴染みのタケオは、高くそびえる寺。登れるとこは登るしかないけど、果たして降りれるのかなあ。頂上はさすがにいい眺め。しかし、行きはよいよい・・・ワタクシ恥ずかしながら高所恐怖症。ビクビクしながら、決死の思いで降り立つ。タケオはちょっと高えよと、お粗末様でした(右画像:タ・ケオ)。


 次も大物のタ・プローム。しかし、ここは、ある意味、一番悲惨な遺跡。修復作業があまり行われておらず、崩れている個所も多いし、何より、ガジュマルの巨木が遺跡に割って入って、根っこを伸ばしている。何か、人間のなせる技は、所詮は大自然には適わないのだと語っているかのよう。そういう意味では、この遺跡をもはじき散らして生えている、この木の方が見物と言えば見物。ここで、あのバスとボートで一緒だった無言不気味日本人に出会う。意外や、向こうの方から声をかけてきた。話してみると、そう悪い人でもなさそう。一ヶ月の旅程で、ラオス、ヴェトナムと来て、元旦に日本に帰るそう。何で今まで話さなかったのかね?この日あった唯一の知り合いだった(左画像:タ・プローム)。

 以上を午前5時からぶっ通し7時間見続けたわけだ。疲れるわけだし、朝食が軽かったので空腹もピーク。ちょっと白人ぽい食堂へ。案の定、高め。コカコーラと焼飯を頼むが、この焼飯が異常に遅い。普段なら切れてるパターンだけど、この日はそういうパワー残ってない。グッタリしていると、マニもクレームを言ってくれているみたい。30分以上過ぎて、ようやくスペシャル?焼飯がくるが、味はフツーだった。何か、朝にしても、ドライヴァーのマニの方がいいもん食べているような気がする。焼飯はミディアム頼んだはずだが、3ドルでコーラと併せて4ドル。全く、遅くて高くてけしくりからん。

 午後はいよいよアンコール・ワット本格見物。与えられた時間は3時間。バイヨンのところで見るコツはつかめた。ここもでかさ云々以上に、バラエティ豊かなレリーフの数々をじっくり見るとする。中央の塔なんかは軽く流して、回廊のレリーフを徹底チェック。まずは、西から「マハーバーラタ」の壁画、南へ行くと半分は“王族の行進”の様子、残りは“天国と地獄”が続く。“王族”は、バイヨンにもあった象にパラソルといったもの。東へ行くと、まずは“乳海の攪拌”。綱引きをする人々の足元にお魚や亀さん、その上にはアプサラと、ゴージャスで、最も目を引くレリーフ。これが、ワットのクライマックスと言っても過言ではない。並ぶ柱にもアプサラや何やら爺さんみたいなのが、一本一本彫られている。でかいながらも、この辺の恐るべき芸の細かさが、この遺跡のすごいところなのだ。この後は、闘いもので、ヴィシュヌと悪魔の闘い、クリシュナと魔王の闘い、神々と悪魔の闘いと続く。首が飛んだりしているのもあり、なかなかに壮絶な模様だ。そして、西へ戻って、最後は“ラーマーヤナ”だ。確かに、この辺の知識があれば、更に興味深いことだろう。トムにしても、やはり、もう少し事前に勉強してから臨むべきだった。

 一応、中央塔にも昇るが、これがまた高い。おまけに、この遺跡はどれも昇りが、かなり急で、従って、降りるのはかなり怖い。びくびくしているのを、係官も心配そうに眺めている。昔の人は足が小さかったのかなあ?それとも身が軽かったのか。回廊も、道のでこぼこに加え、いちいち、でっぱりがあって歩き難い。このワット、あまり実用的な建物では無い気がする。それに、見ていると、詰まれている石の色がかなり違っていて、これは、崩れていたものを、相当に修復して今の姿があるのではないか。何せ、ポル・ポト以降の内戦で、平気でぶっ壊していたらしいから。ハッキリ言って、今のカンボジアって、これ(だけ)で持ってるわけで、その一番大事なものを壊しちまうなんて、そういう意味でも、全く愚かな事をしたものだ。しかしです、以上のものは2時間あれば充分に見られましたですね。残り1時間は座ってボーっとしたり、またレリーフを見たり。こういう時に限って、またバカメラの電池切れ近しサインが点滅し、写真もあまり撮れない。フィルムの方も一本使ってしまった。トムの方も、後は、ニャク・ポンとかタ・ソムとかが残っている位で、これなら、下手すりゃ、トム、ワット1日制覇は可能ですぞ。聞いた話を総合して、出来ればワット&トムに3日、バンテアイ・スレイにもう1日を理想とし、結果、2日と1日の計3日になったわけだけど、1日余計だったかも。勿論、遺跡そのものはすごいが、特に遺跡マニアってわけじゃなし。バンテアイだって、半日でオッケーだろうから、もう1回バイヨンを見るとして、2日で、ほぼ見終われますよ。もう、ワットの方は、2度と来なくていいぞって位、見た気がするし。3日目はどうするかなあ?ワット&トムのよかったところをもう一度、いわば、アンコール特集でせうか?

  
  
ワット内壁画彫刻画像4連発。本物はもう少しクッキリ。解説は省きます。

 約束通り4時に戻ると、なぜかマニがヒャラヒャラ笑っている。悪い奴じゃないんだけど、ハッキリ言って彼の喋る英語はほとんどわかんない。だから、スケジュールの説明を聞いても、ほとんど意味不明なのだ。もう少し話せて、遺跡の解説もして欲しいとこだけど。日本人でも、プライヴェート・ガイドを雇っている人が多い。ちょっと勉強が必要ですね、やっぱ。さて、まだ行きます。今度はトムのバンテアイ・クデイ。せびり子供が多くて、ペンをくれだの、被っているニューオリンズ・セインツのキャップをくれとか言ってくる。バンテアイ・クデイで、金くでーとは洒落にもならん。更に、次はスラ・スラン。ここは入浴場だったらしいが、巨大な池というか濠。こんなとこで行水したのですか?この日最後は、もういちど見たかったバイヨンへ行って、夕陽を見ろという。まいいでしょ。レリーフをじっくり見なおす。ここも、よく見ると、相当な修復作業の結果、どうにか形が整うようになったみたい。日本のスタッフはえらいですねえ。何か、僕も修復作業に参加したくなる。でも、そうなると、怖いプノンペンにも滞在しなきゃなんないかなあ。ともあれ、上の方に昇り、夕陽を待つが、ここも木が多くて、お日様がよく見えない。バカメラはついに電池が切れ、2本目のフィルムも使い果たした。従って5時半位で切り上げる。考えてみれば、今日は12時間!ぶっ通しで、遺跡見物していたわけだ。

 帰路、途中のコンビニで降ろしてもらい、明日の相談。明日はバンテアイ・スレイの方に行くという。少しゆっくり寝たかったが、7時出発ということになる。明後日は、少し遅くしてもらって銀行に行かないと。コンビニでビールを買う。銘柄は当然、バイヨンだ。時間があるので、昨日に続き、バンコク・エアウエイのオフィスを捜す。やっとあったが、ヤンゴン行きはタイ航空じゃないと無いという。プノンペンで動いておくべきだったか。ともかく宿に戻ってシャワーを浴びてビール。「歩き方」よりは詳しいLPでワットの復習。7時半頃、食堂へ行くが、なぜかいっぱい。よりによって、こちらの無言日本人の隣に座らせられる。その彼も、白人勢ともども、テレビでやっている「ユー・ガット・メール」なぞ見てる。ここまで来て、そんなの見てんなっての。頼んだ料理もハズシ。明日は別のとこで食べよう。ネットカフェへ行こうとすると、日本語を話す宿の兄ちゃんが、“コンバン、ワタシトビールノミマセンカ”とか言ってくる。交流するのは吝かではないけど、ネットは見たいし、日記も溜まっているので、明日にしようと言って、昨日のネット・カフェへ。今日は火曜日だから、NFL最終週の結果が出ているのだ。やったぜラムズはかろうじてプレーオフ。しかし、第一戦の相手は、よりによってセインツ。しかも、QBワーナーは脳震盪とな。この試合見られるのかなあ?速度が遅いせいもあり、いつのまにか1時間やっていて、5ドルも取られる。ますます有り金やばし。それに、この調子では、サイト更新は、29日のバンコクまでお預けの可能性大。帰りのコンビニで、ヨーグルトと、今度はアンコール・ビール。カンボジアも意外にビールの選択肢は豊富なのだ。てなとこで、もう11時過ぎ。明日のために今日も寝るというわけで、画像の貼りつけ等はまた明日。宿の兄ちゃんと飲んでる暇なんかないなあ・・・  → シェムリアップ&アンコール・ワットの続き 
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