東南アジア旅日記

 世界一周!の旅は、大幅にスケールを縮小して、とりあえず東南アジア2ヶ月半の旅となったけど、今まで最長の旅でアメリカ一ヶ月弱だから、僕にとっては一大事には違いない。前回、海外旅先通信の実験と銘打って行った韓国では、ウインドウズ不慣れが祟ってモノの見事にコケル結果となったけど、今回こそは満を持して成功させねばならない。ところが、これまた出発3日前にノートPCのHDがイカレルという大惨事に見舞われ、またもや旅先通信に暗雲が立ち込めた。どうにかこうにか修復作業を経て、いよいよ出発日。後は運を天にまかせるのみか・・・

 ・10月26日(木) 成田空港 → シンガポール 波乱の旅立ち

 前々日にライヴ見て飲んで終電こけて朝帰り。そういう無理が祟ってか体調イマイチ。何か微熱っぽくて、大事な日なのに意気上がらない。天気もハッキリしない。午後いち家を出て15時3分初の成田エクスプレスに乗る。風邪薬を飲むが、ますます熱っぽくなり食欲もあまりない。消沈気味の気分に拍車を賭けたのは、ここ数年のこの時期の最大の関心事であるNFLの影響でもある。圧倒的強さを誇ったセントルイス・ラムズがカンサスシティ・チーフスにまさかの敗退。しかも、昨年「ロッキー」顔負けの大サクセス・ストーリーの主人公となったQBカート・ワーナーが指を骨折して退場とな。我が希望の星にも陰りが。ウーン、緊張のせいもあるのかも知れないけど。更にまた荷物が異常に重い。背負っただけで息が詰まりそうな程。旅先通信のためとはいえ、先が思いやられる。

 てな状態のうちに成田に到着。チェックイン時にノースウエストのカウンターに表示された我がバッグの重量は何と13kgを表示していて愕然とする。これに手荷物を加えれば15k近いのではないか。通信機材によるところが大きいが、初の長期ツアーのため、あれもこれもと詰め込みすぎた嫌いもある。敢えてバッグパックではなく、長年使用している3ウエイバッグを持ってきたので、どっかで半持病の腰痛が、ぶり返す恐れが無きにしもあらず・・・さて、なぜか出発時間が20分も早まる。飛行機はノースウエスト。シンガポール往復で3ヶ月以上のオープンを持っていたため。従って、フライトそのものに期待する事は皆無で、ひたすら睡眠に勤しむとする。しかし、考えてみればPC持ち込んで、少しでも準備しておくべきだったか。結局、飛行機が出発したのは午後7時過ぎ。隣の巨漢日本人夫婦が空いている席に移ったので、シートは余裕。旅馴れた方の中には、アメリカ系エアの機内食はまずいからもらわず、コンビニのおにぎり等で済ます(同レベルだと思うぞ)という方もいるけど、貧乏性のワタクシめは、出されるものは、ほぼ残さずに頂戴する主義だ。カレーを選択したところ、思いっきり、日本の安食堂風の味だった。とりあえず腹が満たされたので寝の体制。後方の、やはり一人座席のマレー系らしきおじさんは、シートを全部使って寝そべっている。やっぱ、あれが一番楽なのだろうけど、どーも見栄が邪魔して出来ない。ま、旅するうち、こういう見栄は少しずつ無くなっていくものだろうけど。近年、歳のせいか寝つきが悪く、電車等でもほとんど熟睡したことはないが、機内でも、案の定、ウツラ程度であまり眠れなかった。7時間弱でアッサリとシンガポール到着。多少揺れたけど、実にあっけない始まりではある。

 チャンギ国際空港は折り紙つきの超近代的空港という。しかし、深夜の到着故人も少ないし空港内も薄暗く、その真価の程はあまり確認出来なかった。ただ、プールやフィットネス・センターに加え、乗り継ぎ待ちの客用にホテルがあるというので、そこに泊まれるんじゃないかなあとか考えて、特に宿の予約はしていなかった。しかし、それは甘かった。入国の際、帰りのチケットの確認があるとなると、僕のは3ヶ月後の日付なので、ビザは?ってことになったりするかと思い、スケジュール表を用意したりしていたが、チケット確認は無かった。職業欄も「無し」ってのは問題になったりせんかと思い、とりあえず「ライター」(何のライターなのだ?)なぞとしてみたが、これもノーチェック。ミャンマーあたりは、ライターなぞと書くとジャーナリストかと思われて引っかかったりしそうなので、何かいい職業はないでせうか?掲示板へのカキコをお待ちしております

 まずは両替。タイのビザ申請をするかも知れないし、どうせ帰りにまた戻ってくるから、1万円分換えてしまう。160.30シンガポール・ドル。一応、二つある窓口のレートの良い方で。で、宿だけど、荷物を受け取って出てしまうと戻れない。トランジット・ホテルの入り口はアライヴァル・ホールにはなく、どう行けばよいのかわからないし、おまけにその旨聞けるような係員も見当たらない。小銭で市内のYMCAにTELしてみたが、部屋はいっぱいだという(ホント?)。しばしウロウロした挙句、ま、空港で一晩ってのもいいかとか思って腹を決める。2階のデパーチャー・ホールには早い便を待つ人が結構寝ていたので仲間に入る。白人のおっさんでベンチ5つ位に横たわって鼾かいている猛者もいた。しかし、当方、やっぱりその状態では熟睡は出来ない。と言うかほとんど寝てないんじゃない?のうちに6時頃には賑やかさ故目が覚めてしまう。

 ・10月27日(金) シンガポール2日目 クリーン&グリーンな大都会

 クレジット・カードで電話がかけられるようなので、今度は少し郊外のメトロポリタンYMCAへTEL。何でY’sかと言うと、比較的リーズナブルながらフロ・トイレつきというのに加え、部屋に電話があるとのことから。最初位ゆっくり休みたいし、とりあえず通信を成功させないと。7時にはチェックイン可とのことで、いさんでタクシーを拾う。80ドルの宿にタクシーで行くのだから、パッカー失格ですなあ。ま、明日以降はチープにいくつもりなのでご勘弁の程。

 部屋はエアコン、テレビ、冷蔵庫つきのダブル。風呂はなくホットシャワー。宿に着いて早速出発!ではなく、勿論、睡眠。3時間程。昼頃ようやく出発。フロントでオーチャード・ロードへ行くバス乗り場を聞き、乗車は出来たが、シンガポールのバスはお釣りくれません。乗客が自分の行き先はいくらかを把握して、その金額をキッチリ払わねばならない。お陰で往復で1ドル分も(60円位だけど)損してしまった。天気は曇り気味だが、さすがに暑い!湿気混じりのジワっとした暑さだ。これは短パンにすべきだったか。シンガポールの市内中心部はこれでもかとビルとショッピング・センターばかり。それも至極アメリカ的なでかさで、更に、どのビルにもフード・コートがある。まるでシンガポーリアンてのは、日々、買い物と食事しかせんのか?と思える程。しかし、映画館は意外に少なく、シネコンが一つあっただけ。スタローンの新作とか、「シュリ」とか「悪いことしましょ」なんかを上映。観たかったキアヌ・リーブスのフットボール映画「リプレイスメンツ」は、深夜0時からの上映のみということで断念する。さて、目抜き通りにあるタイの大使館を除くが、当然ながらヴィザ申請は午前中のみ。大体、今日、ここで申請してしまうと土日が挟むので、シンガポールに来週まで滞在しなければならなくなる。アッサリ諦めて、ヴィザはクアラルンプールで取ることにする。

 まずは地下鉄に乗ってラッフルズ・プレイスを目指す。この駅からチャイナタウンまで歩いて、そこのホーカーズ・センターで昼食をという算段だ。しかし、我、僕の土地勘の悪さは定評があり(どこで?)、そう簡単には辿り着けないそうこうするうち、あ、これもホーカーズじゃんって場所を見つけ、簡単に妥協してそこで昼食にする。地図で確認したところ、一番外れのラウパサットというところだった。要は、似たようなとこがいくらでもあるのだ。早速、タイガーを買って昼ビール。いや、このジワッとした中じゃ飲まずにゃいられまへんよ、マジ。肝心の食事だが、とにかくシンガポールで食べたいのは、チキン・ライスとホッキン・ミーとフィッシュヘッド・カリー。しかし、らしきものがなかなかない。結局、レモンチキン・ライスという類似品で我慢。3ドル也。唐揚げ状の鳥にレモン味のソースと、タイ米、お新香程度の野菜。ま、ハズレとは言わないが、とりたてて美味でもなかった。
 
ラウパサットのホーカーズの様子

 腹が一杯になり、改めてチャイナタウンを目指す。しかし、シンガポールは、宿にしろ、バスにしろ、やたらエアコン付か否かの表示にこだわっているが、それも納得の蒸し暑さ。ホント、ショッピングセンターとか入るとホッとするもん。チャイナタウンは意外に大したことなく、今度は、ナイトライフの名所というボート・キーを目指す。成程、川沿いに様々なレストラン、バーが並んでいて楽しい。アイリッシュ・パブやメキシコ料理もあり、夜も元気なら来たいと思うが、欧米人向けで値段は高めの様子だった。次はやはり、ラッフルズ・ホテルでしょう。そう、先ほどのラッフルズ・プレイスにではなく、ホテルは、むしろ地下鉄のシティ・ホール駅近くにある。由緒ある場所なので高さは無いが、敷地は広い。さすがにこの辺に来ると、日本人率高し。ま、僕には、写真に撮ればそれで終わりという場所なんだけど。

これが、かのラッフルズ・ホテル正門

 で、私にふさわしい場所?安宿街のベンクーレン通りを目指すべく歩き出すと、途端に雷鳴が轟き、夕立に。スコールみたいなもんかと思いきや、意外に長引くので、小さなアーケード街のフード・コートで、ライム・ジュースを飲んで一休み。唯一、市井の人と(英語で)会話したのはここでだった。華人のビジネスマンらしき彼は、さかんに日本の経済や産業を誉め、自国を卑下していたが、むしろ僕の方は、今の日本をシンガポールが追い抜く日が近いのではないかと、街を歩いていて感じたのだが。雨も小降りになり、ベンクーレン通りを歩くが、やたら工事中のところが目立つ。「ロンリー・プラネット」に載っていたハワイ・ゲストハウスというところに行ってみる。ビルの3Fで、華人の経営。ファン付の部屋で20ドルだが、窓無しで狭く牢獄っぽい。同じ値段なら、釜ヶ崎の宿の方がマシ。結局、シンガポールというのは、ある程度の宿に泊まるのが正道なのではないか?ともあれ、明日の部屋を今日中に予約は無理とのことで、明日また来ることにする。更に、ベンクーレンを進むとリトル・インディアだ。公園ではフリー・マーケットをやっていたりもする(左画像、僕も何か売りたい)。僕の歩いたエリアは、あまりディープなゾーンではなかったが、食堂の中には、まんまインドっぽいとこもあってワクワク。

 シンガポールで一番面白いことは何かと言えば、華人、マレー人、インド人が何気に共存している点に尽きる。ランチタイムには、面を啜る中華系、ナシゴレンをぱくつくマレー人、バナナの葉っぱに包んだカレーを手で食べるインド人、ハンバーガーをかじる欧米人を同時に目にすることが出来る。言葉もそれぞれの表記があり、更に、英語、日本語もある。まさに多民族多言語国家なのだ。それにしても、タクシーの運ちゃんにしろ、お店のおばちゃんにしろ、ほぼ英語はオッケー。清潔で水や食べ物も心配無し。治安もほぼ日本並だしトイレも問題無し。街中にゴミは全く落ちていないわけではないが、これだけの都会でホームレスっぽい人がほとんどいないのはすごい。経済力あってこそ治安も良いのだろう。観光客目当てに声をかけてくる怪しい人さえいなくて、寂しい位。ま、面白みは少ないけれど、旅にはイージーなところだ。シンガポールを旅のトップに持ってきたのは、このためだ。香港以来のアジア訪問の僕にとっては、タイやベトナムもそこそこカルチャー・ショックが予想されるので、最初はお手柔らかなところでというわけだ。

 さて、オーチャード・ロードに戻ろうとしたところで、また雨。しかも今度のは、なかなかやまない。カッパを着て歩いていたがジーンズもビショビショになってきたので、またフードコートへ。実は、シンガポールにおける最もポピュラーな輸入ビールらしいギネスを一杯、とも思ったのだけど、まだ尚早かと2ドルのスターフルーツ・ジュースを飲む。雨はふりやまず、お陰でガイドブックはタップリ読めた。7時頃にオーチャードへ戻るが、まだ雨。ライヴ情報なぞ入手出来ぬかとタワー・レコードを探すが、あったはずなのに、なかなか見当たらない。そうこうするうち、また手頃そうなフード・コートに行き当たったので、夕食にする。雨に濡れたので麺にする。4ドルのミックス・ヌードルは、魚のボールやら肉やら野菜やら色々入って、量も多く味もいい。この手の店は多くあり過ぎて食べ較べるのは不可能だが、いっちばんウマイってとこで食べてみたいもんだ。とにかく、シンガポールにおいては、一人で飯を食うのには、全く困らない。バラエティも豊か。この点は大いに気に入った。

 腹ごなしにしばらく歩くと、タワーの代わりにHMVがあった。品揃えは圧倒的に華人系。フェイ・ウォンらの新譜が店頭を飾る。J−popも相当に場所を占めている一方、マレー系は寂しい限り。ディック・リーなんかも少しだけ。ロック系もやや手薄だった。京劇や仏教音楽のコーナーがあるのは面白い。しかし、さすがにシンガポールはCDばかりで、カセットは皆無。たまたま行き当たったFMラジオ主催の街頭ライヴで黄色い歓声を集めていたのも、華奢な女性ボーカルが跳ねる、華人ロック・バンドだった。要は、芸能系の志向は香港にほぼ近いのではないか。リトル・インディアあたりではインド・ポップのCDもあるだろう。24時間営業のフィットネス・センター横のスターバックスで一休み。睡眠不足の上、重い荷物を持って歩き詰で雨には濡れたし、通信もしなきゃということで、今晩はナイトライフは控えて宿に戻ることにする。と言ってももう9時。寝酒用のギネスを買うべくセブンイレブンに寄るとレジ打ちはインド人。やはり、シンガポール経済の中心は華人であって、インドやマレー系は、やや埒外気味の感。オーチャードで買い物に興じているのも、圧倒的に中華系、そして欧米人に日本人だ。多民族国家とはいえ、たぶん微妙な力関係が存在してはいるのだろう。

 さて初日の分にしては長過ぎ。もうこれで読むのがいやになった人もいるだろうから、明日からは短く簡潔に。宿に戻ってシャワーを浴びギネスを飲みながら通信にチャレンジ。最初ダイヤルしにいかなかったが、フロントに聞いたら、外線は、まず9をダイヤルしてとのことで、その通りやったら無事接続。明日は安宿で通信は無理だろうけど、またどこかで多少マシな宿に泊まって、HPの更新とメール送受信をしたい。ということで、本日はこれにて。

 ・10月28日(土) シンガポール3日目 野鳥公園見物の巻

 日本での悪い癖で、また7時位に目が覚める。昨晩、HP更新のため、寝たのが2時過ぎ。冗談じゃないぜとまた寝て、10時近くに朝食に降りる。Y’sは朝食つきなのだ。セルフだが割としょぼい。卵はゆで卵でパンは自分で焼く。コーヒー杯とシリアルとオレンジジュース、卵1個、クロワッサン一つで終える。部屋に戻ってまた寝る。どうも疲れが取れてないし、デイパックの食い込んだ肩が痛い。この調子では先が思いやられる。どうせ12時チェックアウトだからと寝ていたら、11時頃フロントからの電話で起こされてしまった。仕方なくちらばっていた荷物をガガガとまとめるが、その際に南京錠の合鍵を置いてきてしまったかも・・・とまれ11時半にチェックアウト。フロントでベンクーレン通りのバスの番号を確認する。やっぱ、バス乗らなきゃね。10分位でバスが来た。シンガポールのバスはほとんど待つことが無い。ちと離れたクイーン通りに着いたので100m位戻る。昨日、雨宿りしたコピティアムは、ベンクーレン沿いだったのだ。目指すは昨日、下見したハワイ・ゲストハウスではなく、ピオニー・マンション(左画像が外観)。ここはLPでもお墨付きだし。下のレストランに座っていたのが主人だった。ファンつきの部屋は切らしていて、エアコン・シャワー付で30ドル(右画像)。窓際は駐車場だから音は大丈夫だろう。Y’sは道路側でうるさかったのだ。ダブルベッドで比較的清潔。部屋の前のフロアのベッドで寝ている刺青男が気になったが、まいいでせう。シャワーを浴びて昼過ぎに出る。

 シンガポールの観光名所と言えば、動物園か野鳥公園。時間的に両方行くのは無理そうなので、どちらにするかと考えるが、行き易さということで、ジュロン・バード・パーク行きに決定。モバイ・ゴート駅から地下鉄に乗り、ラッフルズ・プレイスで乗り換え、西行きの路線の終点、ブーン・レイ駅まで30分余。そこからバスで5分位。着いたのは1時半くらい。12ドル・プラス・園内一周のモノレイルみたいなののチケット3ドルは、高いのかどうか。まずは腹ごしらえ。さすがにここにはフード・コートは無く、マックかレストラン。しかしマックは嫌いだし、レストランはやはり高い。で、レストラン横のスタンドのサンドイッチにする。スモーク・サーモンのサンド、ノルウエイジャンとオレンジ・ジュースで8ドル超はやはり高かったが。

 腹が膨れたので、早速乗り物に乗る。大きな人口滝のあるところまで行って、一旦降りて見物。後は自由に帰りの便に乗るという仕組み。戻ったところで、ちょうどバード・ショウの時間なので見物。1,2,3を英語、中国語、日本語で言える鳥がいたり、シンガポールは鳥までバイリンガルなのであった。とにかく園内は巨大な鳥篭状態で、ボルネオあたりの鳥は勿論、アマゾンの鳥やペンギン、フラミンゴ、ウッドペッカー、ワライカワセミ、ニワトリまでいた。さすがにここは日本人もそこそこいたみたい。3時間近くノンビリと鳥見物する。都会の喧騒を離れてリラックスしたと言いたいとこだが、考えてみれば仕事を離れて以来、3ヶ月もブラブラしていて、何かノンビリし続けている気がする。それでも結構疲れて帰りの電車は座っていく。考えてみれば、日本では、この旅に耐え得る体力を得るために、電車で立っていたり階段を上ったりしていたのだが、ここでは、むしろ疲労を抑えるために、極力休める時に休んだ方が良いのであった。しかし、朝の便も下り気味だったけど、何か公園にいる間、ピーピーまではいかないも、ちと腹具合がおかしかった。昼飯を食べる前からだから、原因は宿の朝食か?しかしなあ、シンガポールの食事で腹具合がおかしくなっては、タイやベトナムどーなるんじゃろ?一抹の不安。

バード・パーク画像、左はフラミンゴさんたち。中央、愉快なバード・ショウの様子。右なぜか猿みたいな連中がいておかしい

18時にモバイ・ゴート駅に戻って、お馴染みコピティアムでビール・タイム。夜の予定やこの先のプランを練る。一旦、宿に戻りシャワー。夜はリトル・インディア散策をするつもりだが、今日こそは海南チキン・ライスを食べるべく夕食は、大きなホーカーズがあるというブジス・センターを目指す。そのブジスの手前が、やはり昨日雨宿りしたところだが、なかなかの賑わい。沢木耕太郎なら、「おお、私の求めていたのは、この喧騒なのだ」とか書きそうな雰囲気のところだ。物売り屋台がたくさん出ていて、ドリアンの切り売りの店もいっぱい。食べてみたいが、まだ酒は飲むつもりだし(飲んでドリアン食べると、マジ死ぬそうです)・・この調子でドリアンにはずっとありつけなかったりして。ブジスの方は市場状態でウキウキしてくる賑やかさ。しかし呼び込みがウルサイここのホーカーズは、意外と大したことない。チキン・ライスもないし。むしろ元のエリアの方のフード・コートが、とてもチャイナタウンぽく、そこそこバッチクて雰囲気満点。ついにチキン・ライスの店を発見し、2ドル分頼むが、席が一杯。店のおばちゃんに指定された席は華人カップル2組と合い席でありました。しかし、期待のチキン・ライスは骨が多くてどうもイマイチ。うーん、ついにウマイチキン・ライスは味わえずかあ。空いている席でタイガー・ビールをもう一杯。地図を確認して、アラブ・ストリートを除いてみることにする。因みに、ブジスの先はパルコと西友。ここのフード・コートは、吉野家等日本食も豊富でありました。映画館も少しあり。

 さて、アラブ通りに着いたが、寂しいことこの上ない。イスラム系は真面目だから夜が早いのでありました。一軒だけチャイハナがありました。そそくさとリトル・インディアへ、向かう途中、クイーン通りにバス・ターミナルを発見。マレーシア行きはここから。21時台はまだジョホール・バル行きがあった。ブラブラするのも無駄ではない。リトル・インディアへ向かう道は結構寂しく人通りも少ない。他の国なら、ちとビビルとこだが、ここは全然平気。ただ、モスクがある辺りの通りに、どうやら立ちんぼっぽい女性がいた。インド系も数人いたが、欧米系らしい?でかいのが帰りに一人だけ残っていて不気味だった。この国では見つかったら厳しかろうになあ、と何か同情してしまう。さてリトル・インディアのホーカーズも先ほどのとこ同様、シンガポールにしては珍しくバッチめで、雰囲気タップリ。CD屋がやたら多かった中、プライヴェイト・ゲストハウスという比較的いいホテルっぽい宿の隣に、バック・アレイ・パブなる店があり、そこではサリー姿の女性がバンドをバックにマサラ・ポップを歌い、踊っている客が数人いて、外からしばし眺める。ああ、何かライヴが見たかったなあ。そういう情報はどこで入手出来たのでせう?因みに、11月2日より、今回の旅のため、日本では見れない「リヴァーダンス」の公演が当地であるそうな。見たいけど、それ見るためにずっといるわけにもいかんしなあ・・・

 濃いリトル・インディアを後にして、もう11時近く。明日こそは早起きしたいので、そろそろお休みの時間。寝酒のギネスだけ買おうと歩くが、ここらにはコンビニがない。ウロウロするうち、宿の裏手はお洒落目なカフェやバーがたまっていたことを知った。このベンクーレン近辺は何かと便利なとこ。宿の向かいは、24時間営業のインターネット・ショップ(カフェではない)だし、その手の店はもう2件位あった。レストランやカフェも豊富。何かようやくシンガポールに馴れて来たところで、去るのは勿体無い気も。ま、旅とはそういうもんでしょ。結局、まだ開いていたコピティアムでギネスを買う。ついでにソフトドリンクが飲みたくなり、ビタミン補給の為も含め、キーウイ・ジュースを買うべく並んでいたら、サウジ・アラビア出身という男がにこやかに日本の札を見せろとかシンガポールの10ドルを見せろとか寄ってくる。本当にリッチなサウジ・アラビア出身なんかいな?明らかに怪しいので笑いながら離れる。宿に帰って三たびシャワーを浴び、FMラジオのマサラ・ポップを聴きながらギネスを飲みつつ、これをやってたらもう12時半。なぜか部屋のコンセントに、サスコムが差し込めないので、仕方なくPCのバッテリーで起動させるが、内蔵電池では全く心もとない。しかし、この調子で文ばかり書いていたら、量が半端じゃなくなるし、寝る時間も減る。ちょっとペースを換えなくちゃ。さて、この日記をアップロード出来るのは、いつどこでだろうか・・・ → いよいよマレーシアへ移動
東南アジア旅日記メニュー