東南アジア旅日記
・1月7日(日) バンコク → シンガポール 大都会の孤独
目が覚めたら8時半。早速、フロントへ電話かけらんねーぞーと言いにいくと、今からオープンにするという。最初からやっとけっての。無事、接続できて、とりあえず、書き終えたテキスト・ファイルだけ更新。しかし、メール受信中に切れる。続きはまた後で。急いで、画像入れをやらなくては。1時間位で、かなり手抜きっぽく画像を入れる。最早、バガンの寺はどれがどこだか、画像を見てもよくわかんなくなっている。10時半に作業を終え、再び接続、更新。これが最後の旅先通信となるか。朝食も取ってなかったので、寺近くの屋台で12Bのビーフンをすする。ヤンゴンのソラミミストさんに教えてもらった雑貨屋で、次回の旅に備え、蚊帳を120Bで買う。更に、その隣のネット・カフェへ。自分のサイト・チェックに加え、NHK−BSの番組表を見る。明日から4夜連続で、NFLプレイオフの中継をやる。帰国の知らせがてら、メールで、親に録画を頼む。帰ってからの、せめてものお楽しみだ。ついでに、明後日やるらしいグラミー賞の録画も友人に頼む。何か、いきなり俗っぽくて?悲しいっすね。帰国へのカウントダウンが始まった感じ。
後は父親への土産用のハンモック。リタイア済みの御仁には、こういうくつろぎ系のものが適してるだろうと思って。宿の並びの店に良さそうなのがあったが、言い値が350Bと高い。ねぎって280位まで下がるが、せめて250にしたい。バーツもギリギリになってきたので。とりあえず、チェックアウトをして電話代がいくらかかっているかを確かめた後に、また来るとする。チェックアウト時には、またしても乱一世がフロントにいる。電話代は30B。500B札しかないので、それを出すと、ブツクサぬかす。でも無視していると、シブシブおつりをよこす。ざまあみろ、もう泊まってやんないからな。で、ハンモックは250Bで手打ち。もっと下がったかも知れないけど。タイ人よ、恨むなら僕ではなくヴェトナミーズを。
12時発のエアポート・バスで空港へ。出発の3時間前だが、フィン(ランド)エアのチェックインはすぐに出来て身軽になる。再び空港ウロウロ。まずは、ターミナル2のフード・コートで昼食。最後のタイメシか。25B也。更に、カフェオレ55B。どうも熱っぽく、昼酒はやめておく。有り金が中途半端だが、どうせなら、物価の安いここで土産を買ってしまいたい。出発カウンターに入ったところで、デューティ・フリーの店で、タイ製のウイスキー(つってもラム)の小瓶を1本買い、これを酒好きの人への土産とする。これでもーいーでせう。そんなこんなで3時。搭乗開始時刻だ。フィンエアは、結構アジア路線もあるが、東京=ヘルシンキ直行便もある。あの、酔っ払いカウリスマキ(因みに映画監督です。この男に“ユー・アー・ナッシング”なぞと無礼な事を言われた)なんかもこれで日本に来たのかな?割と空いているが、こういう意外な路線が、割と安く買えるのだろう。日本に戻ったら、飛行機の路線を、しばし研究すべし。
出発して落ちつくと、すぐに食事タイム。まだ腹は減ってないが、出されたものは、とりあえずいただく。シンガポール行きだけあって、中華系の乗客多く、何かとやかましい。食後に、タイの病院でもらった風邪薬を飲んでおく。わずか2時間弱で到着するが、時差ありで、時計を1時間進ませる。エアポート・バスは混んでいたが、どうにか乗れて、安宿街ベンクーレン通りを目指す。他の乗客が降りて、運転手が“ベンクーレンのどこに行くのだ”と聞くので、前回泊まったピオニー・マンションの名を言うが、顔をしかめて“ヘェア?”みたいな、如何にも中華系なリアクションをするのに苦笑。何で、この連中ってこうなんかね、疲れるだろうに。とまれ、降ろされたのは、ちょうど目指す宿の側だった。前にも泊まった安宿グリーン・カーテンズは、相変わらず、いっちゃってる系オヤジがフロントで寝ている。前はシャワー付きシングル30ドルだったのに35という。今は混んでいるからだという。ちと高いが、風邪っぽいのでドミはパスだし、オウナーのオヤジが僕を覚えていてくれたこともあり、ここにする。でも、やっぱ、如何にも安宿って部屋だなあ。シャワーはあるけど、トイレは別なのだった。
のびた髭を刈ったりした後、夜の町へ。軽く何か食べ、事実上の、道中最後の夜を締めなくては。とりあえず、明日のためにオーチャード・ロードで、映画の時間チェック。映画館があったのは、ベンクーレン通りから、地下鉄2駅分も離れたオーチャードの端っこだった。上映中の作品は、「グリンチ」、「シックス・デイ」、「アンブレイカブル」、それにアーロン・クオックと藤原紀香共演の「ストライク・フォース」等。久々のノリカちゃんもいいが、時間の関係で、やはり明日は「グリンチ」かな。
しかし、東京の銀座のようなオーチャード・ロードを一人で歩いていて、ひしひしと孤独を感じる。そもそも異国への一人旅は孤独なもので、今までだって、ある種の孤独感はつきまとっていたのだが、これは、今までとは違った孤独感だ。それは都会ならではの孤独感。東京にいる時に感じるのと、同じ種のものだ。思えば、そういう孤独感から逃れるために、僕は旅に出たのではという気さえする。都会というのは、夜が更けても眠らず、人々が闊歩している場所だ。そんな遅い時間に、一体、人々は何をやっているのか?都会というのは、よくわからない人間のいっぱいいるところだ。これが、例えば、ミャンマーとかラオスなら、夜はみんな寝ているし、外には誰もいない。出かける必要なんかないからだ。起きている人間がいたとしても、ツーリストという、ある種、明快な目的を持った人間たちだ。真の都会にに較べると、まだバンコクのカオサンなんか可愛く思える。あそこで夜毎騒いでいる白人連中は、旅の合間の暇つぶしをしているに過ぎない。少なくとも、何で、連中が夜遅くまで起きているのかは合点がいく。しかし、都会は、何をやっているのか得体の知れない連中がいっぱいいる。その不可解さ、複雑さこそが都会だ。隣は何をする人ぞか知る由もないし、知る気もない。これに較べれば、今まで旅して来たところは、実に明快な場所だった。都会でのえもいわれぬ孤独感。否が応でも帰国の時は近づいてきているのだ。
旅の締めには、ちと贅沢もしてみたい。シンガポールの夜と言えばこれ、あのラッフルズ・ホテルのバーで、シンガポール・スリングを飲むべく向かう。広い敷地内に、玉突き場が備えられたバーがあり、たぶんそこなのだろうと入る。日曜の夜ということもあってか、人はまばら。日本人と白人が半々位、数名いるだけ。さすがに一流の店の店員は、Tシャツ、短パンの僕に対しても丁寧。シンガポール・スリングは、確かラム・ベースのカクテル。トロピカルな装いながら、見た目ほどには甘くない。口当たりは良いが、後でカーっとくるのがラム酒の特徴。精一杯の贅沢だが、一杯でお開きとしておくのが無難だろう。18.29ドルと、さすがのお値段。“サンキュー・サー”とバーテンに送られ、ラッフルズのバーを後にした時は、もう深夜0時近くだった。
尚もコンビニで、ABCビールを買い求め、宿へ。ここは貧乏臭いながら、お湯はしっかり暑く、意外に静か。道中最後の明日、夜まで(というか明け方まで)は、タップリ時間がある。東京に極めて近い大都会、シンガポールでの半日を如何に過ごしたものか。

・1月8日(月) シンガポール 2日目 ノリカにアムロ、刻々と日本が近づく
シンガポールの安宿の朝は意外に静かだった。昨晩は日記や考え事をしていて(大したこたあ考えてないが)、寝たのは明け方4時近く。それでも、8時位には目が覚めるが、起きても仕方ないので10時半頃まで寝床でウダウダ。タイ製の強力風邪薬が効いたのか、調子は悪くない。ようやく起き出して荷物まとめ。便を済ませてシャワーを浴び、チェックアウトしたのは、またしても12時ギリギリ。宿の親父は、快く荷物を預かってくれる。まずは、昼食。毎度お馴染みコピティアムだが、初めてここのチキン・ライスを食べる。3.5ドルだが、あのヤンゴンの高い中華屋のものより、ずっとうまかったぞ。そして、汗もかかず疲れもせずに、快適に時間を潰せるところ、映画館へ向かう。久々の地下鉄に乗って。それにしても、シンガポールの若い女性達(主に華人系)は、ファッショナブルでお洒落なのに加え、やたら発育がよろしい。西洋風の食生活が、日本より早く浸透したせいだろうか。肩出しヘソ出しお姉さんが多くてドキドキしちゃう。しかも、1年中これでオッケーな気候だもんね。
映画は、金城武、ケリー・チャン再共演の「ラヴェンダー」にも惹かれたが、結局、久々の藤原紀香を見るため?香港製の「チャイナ・ストライク・フォース」にする。料金は6ドル(360円位)で、席は指定制。なかなか立派な劇場だったが、月曜の昼間とあって客はまばら。日本同様、約15分のCM,予告編あり。英語と北京語の字幕が出るので、話はよくわかる。因みに、ノリカ嬢は全編英語で、一応、自分でセリフ言っているみたい。アーロン・クォックらの香港警察が、ボスを差し置いて麻薬売買に走る子分を追う中で、日本の国際警察のノリカ(役名もノリカ)が絡んでくる。なぜか、あのラッパーのクーリオ(役名もクーリオ)が売人役で準主演。しかし、ノリカの登場の仕方が大いに笑わせる。いきなり、裸の背中のアップから、カメラが上へなめていく。とにかく彼女は全編セクシー衣装で、まさに峰不二子系の役を、楽しそうに演じている。アクションも一応、自分でこなしているみたいで、エンドのお決まりのNGでも、結構、痛そうな目に遭っていた。ワイヤー・アクションで、ワイヤーをCGで消していたみたい。アーロンは、ノリカに惹かれる純情青年で、なかなか好感。クーリオは地のままっぽくて、笑わせる。この映画意外に拾い物だったけど、日本で公開予定はあるのでせうか。スポーツ紙系の食いつきは、すごくよさそうな映画だけど。
ところが、映画館を出ると、いきなり大雨が降っている。シンガポールというのは、夕立が多いところだと言うのを忘れていた。やむまで、地下を渡ってショッピングセンター巡りをする。トラヴェルグッズなんかは、当然、日本より安いので食指をそそられるが、またしても資金がギリギリそうなので、踏み切れない。空港へはタクシーでと思ったが、いっそのこと市バスで行くか。それなら、1.5ドルで済むし。でもまだ、空港での飲み代や空港使用料を考えると、ギリギリか。シンガポールのSCでは、当たり前のように日本語の歌が流れ、安室奈美恵や中山美穂のポスターも目につく。そうこうするうち、1時間位で、ようやく雨が上がり、地下鉄で宿に近いドビ・ゴート駅へ。少し腹が減ったので、コピティアムで果物を食べることにする。日本では食べられない果物を、この機会に食べておくべく。ジャックフルーツにスターフルーツ、ヴィタミン補給のためのキーウイに、夏まで食べられないスイカ等を、むさぼり食う。これで3.5ドルだ。ところが、食べているところで、またしても雨が。しかも、今度のはとびきり強力で、雷もバンバン鳴っている。何も最後の日に、こんな雨降らんでもなあ。早くやまぬかと、ひたすら外を眺めるも、一向に降り止まない。宿まで数百メートルのところで足止め。本当は早めに空港に行って、やたらでかいチャンギ・エアポートを徹底探索しようと思ったのだが、雨に足止めされたまま6時を過ぎてしまう。まあ、別に急ぐ必要はないのだけど、空港探索に未練があり、雨足が弱まったところで宿へ。折り畳み傘を出して宿を後にする。いつも寝ていた変なおっさんが、爽やかに?送り出してくれた。
一段と重さを増した荷物を(計ったら18kg!)背負ってバス停へ。早速に空港行きバスが来るも、満員で乗れず。10分後に来たバスにはどうにか乗れる。20分も走ると乗客が減り、ようやく落ちついて座れる。空港までは約50分で到着。チャンギ空港には、トランジット・ホテルを始め、サウナ、プール、シャワー、インターネット・センター等など何でもありのところのはずだが、その設備の数々は、搭乗手続きを済ませた後のエリアらしく、デパーチャー・ホールには、設備も食事所も大したことはない。思わず、日本の団体さんを送り出したJTBの職員の人に確認する。情けないことに、こういう複雑なことを聞ける英語力が無いため。しかし、今の僕みたいに時間の有り余っている人間にこそ、設備の数々は必要なのであって、チェックインを済ませて、後数時間で搭乗しますって乗客には、プールやフィットネス・センターは不要なのではないか?あわよくばサウナに、という企みは潰え去る。
で、仕方なく入場可能領域内の施設で我慢。ただ、地下階の荷物預かり所は24時間オープンで、朝4時に取りに来ても、全くノープロブレムという。でかい荷物は、24時間以内の預かり料4.12ドルで、1日単位だと5.12。やはり、ここには1周間位荷物を預けることが可能だったのだ。その地下にはスーパーマーケットもあったが、今になって気づいたが、シンガポールにはチューインガムが売ってない!?ともあれ、荷物を預けて身軽になったところで夕食。フード・コートで、おかず選びご飯。シンガポールにもゴーヤがあり、椎茸等とあんかけ風に炒めたものと、スパイシーなオクラの炒め物等を食べる。で、今、横の24時間オープンのバーで、6.78ドルと比較的安い、久々の赤ワインを飲みながら、この日記を書いている。灯りが暗くて音楽がウルサイのがたまに傷だが、バーでワイングラスを傾けつつ、ラップトップ・パソコンに向かう人ってのも、何かかっこいいでしょ?本当は、この日の日記を空港から送信したかったけど、ビジネスセンターが開くのは6時過ぎらしいから無理だろう(6時発のフライト)。僕の飛行機は、なぜかボストン行きになっているけど、東京経由なのかね?まさか、いきなりスケジュール変わったりしてやせんだろうねえ。日本に着くまで安心は出来ませんなあ。
今、夜の11時。日本では深夜0時っすね。少しずつ、日本時間に近づいてきたわけだ。心配していた空港使用料だけど、エア・チケット代に含まれていたそうな。で、結局、シンガポール・ドルは30数ドル残ってしまった。誰かに土産でも買っていきたいが、ましな土産屋はチェックイン後のエリアなので、無理だろう。まだ離着陸便があるらしく、空港ロビーは明るく人も多い。でも、さすがに眠くなってきた。どこか静かで暗い場所をめっけて、睡眠を取るとしますかな。2ヶ月半の旅の最後の夜は雨だった。僕は雨が大嫌いだし、曇りの日もダメ、そして何より寒い日がダメ。でも、“晴〜れの日もあ〜るからぁ、雨の日もあるぅ”って歌(曲名あてた人にお土産を進呈?ヒントは12月31日の日記に)もあるように、雨や曇りや雪の日にも、それなりに生きていかなくてはならないのですわなあ。なーんて、何か、ここにきて、トートツに人生訓してしまいました。何はともあれ、明朝、無事、飛行機に乗れて、無事、日本に戻ることができたら、この続き&旅のまとめを書いて発信することとしよう。このPCを盗まれたりしないように、しっかり抱え込んで寝るとしよう(眠れたらだけど)。では、オヤスミナサイ。

・1月9日(火) シンガポール → 日本 スイカ食べた翌日は雪景色
普段はベンチなぞでは、まず眠れないのだが、この夜はさすがに眠かったらしく、結構ウツラウツラしていた。午前4時前に目を覚ますと、もうノースウエストのチェックインが始まっている。早速、荷物を取りに行き、ようやくチェックイン・エリアへ。勿論、ほとんどの店は開いてないが、何と、インターネット・センターは営業しているではないか。センターに加え、マルチメディア・ロビー?では、ノートPCがあれば、無料貸出のモデムカードで、ワイヤレスのネット接続が、これまた無料で利用できるという。何てこった、PCを預けなければ、これにトライできたのに。こういうことをやるのも、今回の旅のテーマの一つだったはずで、誠に残念。いっそ、モデムカードを購入してくれば家でもワイヤレス接続できたのかな?ともあれ、この設備を利用するために、是非、また近いうちに、この空港を訪れてみたいと思う。
ここは、パッカー的には、あまり面白みのないところだろうが、日本から小金を持って、彼女連れでちょいと遊びに来るにはいいところだと思う。日本よりは少し贅沢もできるし。いや、いっそのこと、シンガポール移住ってのはどうか。ここは、見るからに暮らしやすいところだし、都会の便利さの一方、多民族が共存する面白さもある。まあ国土的な限界はあるから、経済成長もいつかは頭打ちになるだろうが、タイガー・ビールがヴェトナム、カンボジアやミャンマーを席巻していたように、東南アジアそのものをマーケットとすれば、まだ可能性はあるかも知れない。何より、今までこの国が生き残ってきたように、知恵の限りを尽くせば、まだまだいけるかも。マジで考えようか?きれいでお洒落なお姉さんも多いことだしね。
さて、PCが無いので、ネットセンターでウエブを見る。自分のサイト・チェックとメール送信。英語(日本語打ちは不可だったので)で、親に帰国予定を知らせ、また掲示板に自分でカキコ。15分ちょっと超えたが、2シンガポール・ドルで済んだ。横の24時間オープン・フードコートで麺をすする。それでも、シンガポール・ドルは22ドル程余ってしまった。5時に搭乗開始。フライトは、東京、ミネアポリス経由で、ボストン行きだった。ミネアポリスにボストンとは、またお寒いとこへ行くことで。25度のとこから零下の世界ですか。隣の席はインド人ぽい若者。自己チュー民族らしく?場所はやたらとる。この時期となると、正直言って、あまりコミュニケーションを取ろうという気も起こらなず、ひたすら寝に徹するのみ。ちと過剰なばかりの機内食を2回合間に挟みつつも、そこそこ睡眠を取る。日本までは6時間余りと、結構長い。
機内にて、使った費用をチェックすると、2000ドルのTC+5万円は、400ドル程度が残った。ただ、カード使用分86000円相当と、往復のエア・チケット分8万円を足すと、総経費合計40万円。都合、道中で消費したキャッシュは、24万というところ。パッカーが2ヶ月半旅した費用にしては多すぎかも知れないが、何と言っても、かもられたスーツ代6万円と、ヴェトナムでの通信代12000円が大きい。いずれにせよ通信費はかなりかかっている。それと、両替スタンスにも問題はあった。後半は、ほとんどメール送信が出来なかったという技術上の問題も含め、克服、改善すべき課題は多い。勿論、次回のために、ですよ。宿の選択とか、持ち物についての反省は、また後日、まとめの際に。
飛行機は、日本時間午後1時ちょいに成田空港へ到着。道中、病気もしたので、一応、医師の質問も受ける。しかし、そのために少し遅くなり、成田エクスプレスの新宿行に間に合わず。次は横浜行だし、安い京成スカイライナーは上野着で、僕にとっては不便。それにしても、成田エクスで都内に行くと3千円強。日本を訪れたパッカーたちは、たかだか空港から市内へ出るだけで30ドル相当の負担を強いられ、日本の恐るべき物価の高さを、否が応でも知らされることになるわけだ。足代等のために、50ドル分のTCを日本円へ。いつのまにか、1ドルは115円を超えていて驚き。僕の家へ帰るには、池袋へ出るのが一番都合がいい。すると、リムジンバスは、僕が乗るべき東武東上線の池袋駅西口に近い、メトロポリタンホテルまで3千円で行くという。今まで使ったことがなかったが、重い荷物を持たずに、一発で行けるという点からも、このバスの利用が一番得なのではないか。この期に及ぶと18kgの荷物を背負って歩くのは、極力避けたいし。バスを待つ間、260円、タイ・バーツで言うなら100B!(うまいメシ食ってビールも飲める)のコーヒーを買い、機内で食べきれなかったサンドイッチを食べる。
3時発のバスに乗り、売店で買ったぴあを読む。ディランは来るわ、息子のウォールフラワーズは来るわ。日本での生活は、とにかく何かと金がかかる。それはともあれ、バスの車窓からは、雪が残っているところが、ところどころに。大理で買ったセーターが、今更役に立つとは。わが田舎では、昨日は大雪だったとか。ヤダヤダ。池袋に着いて、でかい荷物を背負ったまま、デパートでビールを2本買う。なぜかギネスは品切れだった代わりに、東南アジアではついぞ見かけなかったイギリスのエール、バスを買う。東上線に揺られ、茶髪、金髪のギャルが、携帯をグシグシ押してメールしてるのを久々に目にする。東南アジアの国の町中で見ると、奇妙にしか見えなかった日本語の看板が、当然ながら、街中にはあふれている。帰って来ちゃったんだねえ。家に戻って、ストーブをつけた部屋で、早速にNFLのプレーオフを見る。オークランド・レイダースの快勝!11時になると、CSのディスカヴァリー・チャンネルでは、2ヶ月前と変わらず、「ロンリー・プラネット」を放映している。今日は、コスタリカとニカラグア篇。お馴染みのテーマ音楽に、胸が踊る。やっぱ、行くな、また旅に。旅の間、何か考えていたようで、今後の事は何も考えなかったに等しい。でも、これだけは言える。きっと、また旅に出よう、近いうちに。てなわけで、東南アジア旅日記 これにて完結! → 旅の印象記、まとめへ
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