露・土・印 旅日記
・10月4日(木)カッパドキア → スィワス ジャミィだらけの健全なる町
寝つき今イチ。それでも、例によってドミでは一番早起きで朝食。さすがに客少なくて余るらしく、取り放題オープンビュッフェではなくなってしまった。同室のメガネ女性、ロシアやらブルガリアやら通り抜けても全く無傷。強運の持主なのでせう。カイセリ行きバスは11時だったので、時間つぶしに、またネット。カフェの兄ちゃん、何だかはしゃいでる。この女好きめ。なぜか
サイト更新できず。サイトの方の問題?
好意を示してくれたギョレメ・ツアーのオフィスへ。待ち時間の間に、しっかりケントの写真を撮っておく。久々の“行ってはいけない”だ!約束通り、カイセリ行きバスに無料で乗せてもらうが、何だか肩身が狭い。たかだか1時間ちょいなのに、水やらコロンヤ・サービスだのはあった。1時近くにカイセリに着いて、スィワスの名を冠したバス会社をあたると、出発1時。ランチもとらず乗り込む羽目に。しかも昼過ぎのバス故、昼食休憩も無い。昨日の残りのポテトチップと、途中で買ったせこいスナック菓子をつまんだのみ。因みにカイセリ→スィワスは6ミリオン。ギョレメ→カイセリは4ミリオンで、ダイレクトか否かの違いはあれど、そもそも、ケントの15ミリオンという値段はボリだったのではないか。ますます“行ってはいけない”だ!ギョレメ・ツアーのおっちゃんにも言われたけど、マジ、「歩き方」にも投稿してやる。
結局、4時過ぎにスィワス到着。セルヴィス・バスがあるというので、つい乗ってしまうが、かえって遠回りの道を行かれてしまった。町の中心のコナク広場で降りたが、目的の宿はそこからかなり歩いた。途中、3回位道聞いたもんね。いくつか並ぶ安宿の中でヤウズという宿にしたのは、警察の隣だったから。これならいくら何でも盗難はないでしょ。シャワー、テレビつきで12ミリオンのとこ、ねぎって10。部屋広いなあと思うが、ダブルの部屋のベッドを一個どけただけだった。まずまず清潔な方だが、ゴキブリはいるかも。フロントのおっちゃんは朴訥だが、人はいい。テレビをわざわざ音楽チャンネルにしていってくれたり。
とまれ町歩き。アンカラとまではいかないが、そこそこ交通量の多い町であります。市内の見所はジャミィ関係。ガイドに載っているウル・ジャミィ、神学校等をまわる。子供が挨拶してきて気持いいなあと思っていたら、神学校前にいたガキどもは、“マネー、マネー”と寄ってきた。金やってるバカな日本人でもいるのかな?町の中心に近いチフテミナーレは、ちと変なとこ。神学校の建物跡なのだが、中に入ると、全部土産物屋なのだ。トルコ人が買うのかね?ここでチャイ飲んで一休み。何か面白いものはないかとウロツクが、映画はつまらなそうなのばっかだし、酒飲める場所が見当たらない。ジャミィばかりで、健全エリアなのかな?こりゃあ長いは無用だ。
宿近くにメトロのオフィスがあり、トラブゾン行きを聞くと、夜行の20:30のみ。12時間要とのこと。こりゃ1泊で明日夜移動かな。念の為、切符は明日買うことに。昼も食べてなかったので、早めに夕食。評判のイシュケンデルの店へ行き、変わったのを頼もうと思ったが、要予約とか言われ、やはりイシュケンデルに。向いにあった酒屋でワインを買う。カッパドキアにあったブランド、トゥラサンはなく、薦められた銘柄を5ミリオンで買う。その向いに妖しげなバーあったが寄らず。この町は乾燥フルーツの店が多い。つまみ用にレーズンを買う。町の人々はなかなか愛想がいい。ネットカフェは5,6軒発見した。ここもやることは日記とネット位かな。ワインとレーズンをお供に。それとテレビが娯楽っす。
本日の出費:宿+朝食x2 1300万L スィワス行きバス600万L スナック15万L ネット75万L チャイ35万L 夕食400万L
ワイン500万L レーズン75万L ネット万L 計万L

・10月5日(金) スィワス(ディヴリィ) 2日目 思わずヤッホー!
フツーに起きて(つまり9時位)、宿に併設のロカンタでチョルバの朝食。昨日問い合わせたメトロのオフィスにトラブゾン行き切符を買いに行くと、なぜか無いと言われる。メトロはたまにこういうことがある。並びのショウというとこで、21時半発の夜行切符を買う。オトガルへのセルビスは早い時間に終わるので、自分でバスに乗って行くしかなさそうだ。とまれ、荷物をまとめフロントに頼むと、快く預かってくれた。

旧オトガルまで行くと、ディブリィ行きバスは11時だった。東南アジアの旅を彷彿とさせるギュウギュウ詰めのしんどい状態、しかも山道で2時間半の間バスに揺られる。山間の村ディブリィ着は1時半。腹も減ってるが、まずは世界遺産登録のウル・ジャミィへ。2時には中身が閉まるらしいので。ちょっと学校風の横に長い建物で、スィワスにあったウル・ジャミィと似た作り。ジャミィとして使用もされてはいるようだけど、どちらかと言うと、歴史的建造物として公開されているのがメインの感じ。ここの見所は、何と言っても門の装飾だが、中身もなかなかのもの。受付のおじさんに解説パンフレット風のものをもらうが、しっかり1ミリオン取られた。
さて、このウル・ジャミィをのみ見るために訪れたところ故、見てしまった後はすることがない。ところが、スィワスへ戻るバスは5時まで出ないという。否が応でも、もう3時間はこの村にいなくてはならない。とりあえず昼食。ピデが食べたかったが見当たらず、フツーの食堂。ケバブを皿で。サラダつき。皿で食べると満更でもない。例によって安く、店員の愛想もよかった。チャイでも飲むかと集落をウロウロ。すると、3人でいたおっちゃんたちが、飲んでけよと誘ってくれたので、ご相伴になる。カタコト・トルコ語も交えて世間話。トルコで、名前、年齢の次に必ず聞かれるのは“仕事”。最近はもう正直に“イスィシズ”(失業中)と正直に答えてしまう。“今、日本経済はこれだから”と、手で谷を描いてみせると、おっちゃんの一人が、“なら、トルコはこうだよ”と、手を地面すれすれにかざす(苦笑)。呑気にチャイ飲みつつも、皆、国の現状を嘆いているのは同じだね。おっちゃんの一人が“トラブゾンはグッド”と言ってたので期待しよう。チャイおごってもらってしまう。

3杯目のチャイは辞して、城砦のある丘に登る。城跡そのものは何てこたないんだが、その麓から見える山の風景の雄大なこと。ヤッホーもんで、実際にヤッホー言ってしまった。気分は「アルプスの少女ハイジ」であります。学校帰りの子供たちも登ってくる。こういうところが遊び場なんて羨ましいね。フットボール好きたちのご贔屓は、ここでもイスタンブールのガラタサライのようだ。トラブゾンが近いのにねえ。少年の一人に、なぜかウエットタオルをもらう。さて、城のある頂上にも、登ろうと思えば登れそうだったが、帰りが怖いのでやめておく。

ウル・ジャミィ近くであった学校帰りの少女に、写真をせがまれる。イスラムっぽい顔立ちの子は恥ずかしがって行ってしまったが、白人っぽいもう一人の子は、積極的にポーズを。女性画像が少ないとお嘆きの方もいるやも知れないので、せっかくだから、掲載しておきませう。なかなか美少女です。因みに僕にはロリ趣味は全くありませんが。とまれ、久々に少し早めに30分前位にオトガルへ行く。しかしそれでもスィワス行きバスはほぼ満員で、無理やり設けた補助席で窮屈な思いを存分に味わう。スィワスに向った2台は、ギュウギュウで山道にも拘らず、張り合って追い抜きっこを繰り返す。勘弁してくれよ。
途中、雷雨もあったが、スィワスに着いた頃には収まっていた。結局遅くなったので、ハマム等には行けず。町で唯一?見つけた妖しげなバーでビール一杯。若い男女がミラーボールの下で踊ったり。面白いのでもう少しいたかったが、時間が無いので出る。近くのロカンタでチキン・シシ。これまたサラダつきで豪華。しかも安価であります。この町ももう少し見所があれば、もう1日滞在してもよいのに。宿の居心地も悪くないしね。その宿へ荷物を取りに行き、オトガル行きバスはどこで乗れるか?と聞くと、宿の兄さん、宿前でバスを停めてくれた。
オトガルのバス会社のオフィスに行くと、発は22時とのこと。トカト・ティマットなる地方会社。1時間もあるので、ビュッフェでテレビ見ながらチャイ飲んで時間つぶす。あんましチャイ飲むと眠れなくなりそうだが、3杯飲んでしまった。しかしバスは10時過ぎても、まだ来ない。また偽切符かあとの思いが頭をよぎるが、しばらくするとバス会社のおっさんが、来いと、駐車場の真中へ連れて行く。ホームには来ないでここに停まるらしい。始発ではなく、スィワスは途中停車の地に過ぎないのだ。どうにかバスに乗りこむが、席順もテキトー。靴を脱いでいたら、よせと添乗員に注意される。この辺のバスのサービス等も、東部の方がやや粗くなってきている気がする。とまれ、トラブゾンまで12時間の道のりではある。
本日の出費:宿1000万L 朝食600万L トラブゾン行きバス1800万L ディブリィ行きバスx2 1000万L
昼食200万L ウル・ジャミィ・パンフ100万L ビール150万L 夕食325万L チャイ55万L
オトガル行きバス35万L トイレ20万L 計5285万L
→ またロシア人と遭遇?! トラブゾン へ
露・土・印 旅日記メニュー