露・土・印 旅日記
・10月6日(土) スィワス → トラブゾン 1ヶ月の給料分にあたる金を・・・忘れてきたぁ!?
12時間のはずの夜行バスは、7時半頃トラブゾンに着いてしまった。やはり、あまり眠れず。オトガルを出ると、成程、反対車線にタクシーっぽいドルムシュが停まっている。町中の広場へ。安宿街で目的のエルズルム・ホテルを見つけるも開いてない。向かいにあった、この辺では一番きれいなアヌル・ホテルというとこが、11ミリオンで朝食つき。部屋はシャワー、テレビつきとのことで、ここで掃除が終わるまでしばし待つ。ロビーでボーっとテレビ見てると、別の日本人が。ここでヴィザを取ってグルジアへ向うという。久々に学生じゃない日本人旅行者に会った。
部屋は黒海も見えて悪くない。ただし、この辺は場所柄ロシア人多く、やはり警戒してしまう。偏見も入っているかも知れないが、彼らは、まず観光等でここに訪れているわけではないだろう。ブツの仕込みとかその手の用事、ってことは、まあビジネスだから逆によからぬことはせんかなという解釈も成り立つが。町はやはりビラハネが多い。安宿街には売春宿まがいもあるらしいし。もっとも、田舎のロシア人女性のファッション、他の国に行けば、どう見ても娼婦スタイルだから、その辺で誤解を受けている可能性もって、前にも書いたかな?とまれ、まずは寝であります。
1時ちょいに起きてシャワーを浴び、ポロシャツ等を洗濯。ああスッキリ、さて荷物を確認、というとこで、アレアレないぞ、ドルをしこたま入れた靴底金隠しが。これはいわば金隠しの最終兵器。一見、単なる靴底ソールに見えて、実は中に金が入れられるようになっている。ロシアでも、ここに入れておけば絶対金は取られるまいと頼りにしていた。前回の旅で使ったものは、家で親に捨てられてしまい、今回出発直前に買ったのは、サイズが合わないSサイズ。サイズが小さいと、どうも足の感触悪く、今回の旅では、移動時以外は荷物の中に入れておくこともしばしばだった。しかし、それがない。シティバンクやらで苦労してチェックから両替したドル、計2200ドルの入ったソールがだ。ようやく思い出した。前の宿で、少し乾燥させるべく、窓際に乾しておいたのだ。そいつを忘れてきたってかぁぁぁぁぁ!?
さすがに焦りまくるが、ここは一つ冷静にと、気を落ち着かせる。とにかくは宿に電話だ。フロントの電話でスィワスのヤウズ・ホテルへ電話する。あそこの宿は英語が話せない人ばっかだったので、フロントに頼んで通訳を頼む。もっとも、こっちのフロントのおっさんも、そう英語が話せるわけではないが。何度目かの電話でのやり取りのうち、フロントのおっさんが身振りも交えて語るには、ヤウズ・ホテルの掃除のおっさん、らしきものを見つけたが、バッチイので捨てた、とのこととか。に、2200ドル入りソール捨てたですかあ(号泣)?
フロントのおっさんに事情を話すと、英語話すのが来るから少し待てという。来たのは、どうやらタクシーの運ちゃん。その人がもう一回宿に電話してくれたようだが、進展はなし。ただ、これだけ何度も電話してるのだから、只事ではないことは向こうもわかったろう。改めて部屋をチェックしたが、もう片付けた後とのことらしい。タクシー運ちゃん曰く、ツーリスト・ポリスに行ってみろという。こういう時、一人よりは文殊の知恵ということで、朝会った隣室の日本人にも意見を求める。彼もついていってくれるということで、ツーリスト・ポリスへ。しかし、同情はしてくれるも、管轄が違うということで、特に動きなし。では、本物の警察へということで行くと、英語を話せる女性警官が出てくる
警官が電話をすれば、さすがに向こうも事の重大さを認識すうだろうということで、その女性警官にヤウズホテルに電話をしてもらう。ただし、警察の電話では市街通話はダメとのことで、料金こちら持ちで公衆電話で。宿を経ったのは金曜の夜。トルコのゴミ収集は夜行われるようだけど、果たして週末の夜に収集してるか否か。もし集めていないなら、収集が来る前にゴミを出さないでくれと言いたいが、英語ではそこまで通じるわけがない。結局、警官からの電話でも埒はあかず、かくなる上は、日本語+トルコ語を話せる人を通じて、そういうニュアンスを伝えてもらわんと、アンカラの日本大使館へかける。しかし土曜の夕方ということもあり、日本語を話せるスタッフはおらず、今度はイスタンブールの領事館へ。日本人らしいのは出てきたが、アンカラの方へかけて欲しいとかタライまわし状態で、スタッフの携帯電話の番号を聞くも、通じず。
もう、この時点で9割方諦めてはいたのだが、同行の日本人の薦めもあり、ダメモトでスィワスまで戻ってみることにする。町中のオフィスをまわるが、スィワス行き切符を扱っているとこはないので、直オトガルへ行くとする。乾していた洗濯物も含め、荷物をまとめ、事情を話し、今日1泊分だけ払って、荷物を預かってもらうことにする。電話代等含め14ミリオンのところ、10ミリオンにまけてもらった。最低限の荷物だけ持ってオトガルへ。
オトガルのロカンタで夕食。なぜかチャイをサービスしてくれたのが、こんな時は尚更ウレシイ。10時発のバスは、あちこち経由で12時間かかるらしい。またチャイ飲みつ、テレビ見ながら時間つぶし。もう一回、大使館スタッフの携帯へ電話してみようかとも思うが、テレビで音楽番組が始まったので、ついついそちらに夢中になってしまう。奇跡を期待する気持は若干あるが、まずは可能性は少ない。かなり絶望的な旅路と言え、気は重い。結局、夜行で着いたトラブゾンは1泊もせぬまま、またスィワスへ。アア・・・
本日の出費:宿1000万L ドルムシュx2 80万L スィワス行きバス1800万L
電話代5100万L 夕食200万L チャイ80万L 水25万L トイレ20万L 計8305万L

・10月7日(日) 再びスィワス 2200ドルはゴミと共に去りぬ
やはりあまり眠れなかったが、最早そういういことを気にしている段階ではない。スィワス着は11時過ぎだった。オトガルから歩いてヤウズ・ホテルへ向うが、やはり遠かった。フロントの兄ちゃんは、この前バスを拾ってくれた兄ちゃんではなかったか。事情はわかっているらしく、部屋等を見せてくれるが最早あるわけがない。ようやく掃除のオヤジが見つかって聞くが、トラブゾンの宿のおっさんが言っていた通り、バッチイから捨てたとの弁。どこのゴミ箱へ捨てたか?と聞き、宿前のというので、無駄と知りつつも、少し漁ってはみる。生ゴミがいっぱいでたまらん。しかし、やはり金曜の夜に既に収集があったらしい。案の定、無駄足だ。でも、宿の人間は責められまい。そんな大金の入ったものを忘れる自分、これこそが主犯以外の何物でもない。ワハハハハハハハ、これは笑うしかないでしょ。ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・・・・・・・
まだ昼。何せヒマだし、一応、報告位はしておいた方がいいのかなと、宿隣の警察へ。しかし、英語を多少解せる警官に事情を話すと、隣の宿から兄ちゃんとおっさんを連れてきて、尋問を始めてしまった。そいうつもりではなかったのだけど。警官は“何で客の荷物捨てんだよ?”的なことを掃除のおっさんに言うが、おっさん“そんなん金入ってるなんてわかるわきゃないだろ!”的なことを言って反論。そりゃそうだよね。それだけ、靴底金隠しは効果的ではあったわけだ。一頻り騒ぎも収まり、警官に“国に帰る金はあるのか?”と聞かれ、“それは問題ない”ってことで、チャイを2杯程ご馳走になって、警察署を辞す。全ては終わりやした。名誉のために言っておくと、スィワスのヤウズ・ホテルはいい宿だった。設備も悪くないし清潔。宿の人間の対応も誠実だった。そういう意味では、今回の件でいらぬ迷惑をかけてしまったことを申し訳無く思う。
ここで整理しておくと、紛失金額はドルの現金2200ドル也。これは次の国に行った時用のつもりだったので、トルコ国内、もう3週間分位のリラはある。残った現金は38ドル、それに念の為残しておいた500ドルと200ポンドのトラヴェラーズ・チェック。それにシティバンクの口座に40万ちょい。というわけで、今すぐ旅を止めなくてはいけないとかいう事態ではない。ただ、日本円にして26万超、給料1ヶ月分の金額を失くしたわけで、旅費からすると3ヶ月分を失った計算だ。元々、1年旅しようというには少ない予算で、どっかでネットで株を売って旅費の足しにしたいとか思っていたのだけど、ご存知の通り株価は急落。とても売れる状態ではない。損を覚悟なら別だけど。これから行く国の状況によっては、押さえ用のチェックも現金化せざるを得ないだろう。
失った金はまた取り戻せる、と思う。また働くなりなんなりして。しかし、問題は失った自信の方だ。自分が人一倍ドジでマヌケで劣った人間であることは、30代になって遅れ馳せながら気づいてはきていた。10年勤めた会社を辞めた理由は色々あるけど、そんな自分に今更気づいたことも理由の一つと言えないことはない。それまでは、自分は優れた人間だと勘違いしていたんだから。優れているどころか、むしろ人一倍劣っているということを自覚した上で、自分の態度を改めて、人生やり直さないと、このままではいかんのではないか?そんな風に思えたのだ。旅ということで言えば、これまでも自分は、こういう旅をするには向かない人間なのではと思えたことは何度かあった。今回のはまさしくそれを決定的に自覚せざるを得ない出来事と言えるだろう。大金を失ったのは、盗まれたのでもなく、騙されたのでもなく、ほぼ99%自分の過失によるのだから。怖いのは盗人でも強盗でも詐欺師でもない。最も危険で最も注意すべきなのは、自分なのだ。
しかし、そのことがわかったから、逆にそれ程落ち込みは大きくない。めげるにはめげたけど、これが旅をやめる理由にはならないだろう。まだ日本に帰る気は毛頭ない。結局、有り金の範囲で旅を続けるのみだろう。ダメな奴はダメなりに、背伸びせずに自分の出来るレベルの旅をするよりなかろう。盗まれる程の金も無くなったので、逆に気は楽かも知れない。今回の夜行の旅が最小限の荷物で身軽だったようにだ。
さて、トラブゾンへ戻る夜行バスの時間まで何をして時間をつぶしたものか。前回行けなかった小魚温泉バルクル・カプルジャへ行くことも考えたが、遠出する程の元気はない。とりあえず昼食。鳥がまわってる店で、チキン1匹にピラフの豪華なランチ。一昨日も行ったネット・カフェへ。相変わらず画像の転送がどうしても出来ない。それに相変わらずカキコはなくメールも少ない。「噂の真相」とかどうでもいいサイトをしばし眺める。城砦のあるという丘へ行くが、さして見るものなし。チフテミナーレのとこでチャイ飲んで時間潰す。4時過ぎに、ウル・ジャミ近くにあったハマムへ。ここは入浴+アカスリで3ミリオンちょいの安さ。サウナがあり、自分で体を洗っている人が多い。これからは、僕もハマムは入浴だけで自分で体を洗うようにしようかと思う。アカスリの他は、マッサージっぽいのはほとんどなし。汗と垢と共に、自分の中のバカも一緒に出ていってしまってくれればと思う。
一昨日も行った妖しげなバーでビール2杯。男女が4人位でクルド風肩組んで踊るダンスをしている。早めにオトガルへ。オズ・ディヤルバクルなるマイナーな会社のトラブゾン行き切符を買う。開いてるのか閉まってるのかよくわかんないロカンタで、残り物の夕食。店員なのか何なのかよくわかんない若い連中が時話しかけてきて、しばし談笑。フットボールやら音楽やら。エルズルム出身の一人が、あそこはいいぞと薦めるので行ってもいいかなという気に。とにかくどこででもトルコ人は、人みしりせず気さくで、好奇心いっぱいだ。もっとも食事代はボリ気味の値段だったけど。マイナーな会社のバスは、またしてもホームではなく、駐車場の真中で停車。子供たちがやたら多く、泣き声も喧しい中、疲れのせいか、たやすく睡眠モードに入る。
本日の出費:昼食300万L ネット60万L チャイ25万L ハマム425万L バス35万L
トラブゾン行きバス1800万L ビールx2 300万L トイレ20+25+15万L 計3005万L

・10月8日(日) 再びトラブゾン 妖しげに夜は更けて
珍しく夜行バスでも、結構眠れた。トラブゾンに着いたのは8時ちょい。宿へ戻ると、さすがに騒ぎの主を覚えていて、“金はあったか?”と何人かに聞かれる。もう忘れるしかないっしょ。一昨日あった日本人は向いのエルズルム・ホテルへ移ったようだ。メモが残してあった。とりあえず、荷物の無事を確認して寝る。爆睡状態で起きたのは2時過ぎだった。シャワーに洗濯。ビールとポテトチップを買いに出て、また部屋へ。マルマラ・ビールを飲みつ、たまりたまった日記を書く。4時位から7時位まで。ほぼ半日は部屋にいた感じ。まあ観光は明日から気を取り直してってことで。
日記を書き終わって夕食に出ると、近くのロカンタで、一昨日会った日本人フジさんを見つけて、一応ご報告。しかし、トラブゾンと言えばハムスィ(鰯)。で、鰯を食べられる近くの店へ。例によって塩だけなのが残念。醤油があればなあと思う。値段は1.5ミリオン程度の安さだった。
ヤケ酒じゃないけど、飲み屋を捜す。薄暗いビラハネがあった位で、しばし捜した後、やや妖しげながら、宿裏にビラハネ数軒あり。面白そうなので、敢えてロシア人っぽいのがいる店へ。ま、多分その道の人らしいルースカヤも数人。ビールを飲んだ後、久々にラクを飲む。つまみにフルーツを頼んで、ご合い席でトルコ人爺さんくる。トルコ語は通じないのだけど、色々話しかけてくる。更に隣に若めのトルコ人。船乗りだそうで、英語も多少、ロシア語が時折交じる。経験豊富な彼は、ロシア、ウクライナ、イタリア等の話を。ルースカヤはクラシーバ(ビューティフル)という。もっとも、この辺にいるのはデブやおばちゃんばっかだけど。ビールを飲んだ後にラクを飲むのはよくないぞ、と親切にアドヴァイスしてくれる。別に邪な目的で近づいて来た奴ではなさそうだ。その辺はやっぱりトルコ。
和やかに飲んでいたのだけど、向かいのおじさん、船乗りが色々僕に話しているのが気にくわなかったらしく、少々小競り合い。彼としては、邪な気の奴がジャポンを騙そうとしてると思えたのか。いずれにせよ、双方悪気は無さそうだ。トルコ人は、あまり飲まないせいか、飲むと悪酔い気味の人がたまにいる。横のおっさんは椅子毎ひっくり返ったりしてたし、向いのおっさんも、横のルースカヤ・プロスティテュート系に何やら話しかけたりしていた。しかし、僕は学生っぽい風貌が幸い(災い?)してか、おば、お姉さん方からはお声はかからなかったけど。
ラク一杯飲んで辞すと10時半。ネットカフェに行ってなかったことを思いだし、マックの上にある店へ。何と日本語打ち可。久々にサイト更新。もっとも、大きな画像だけは、どうしても転送できなかったが。ニュースを見たら、ついにアメリカがアフガンへの攻撃を開始したそうだ。トルコにも旅行延期勧告が出され、旅行者のキャンセルが相次いでいるとか。いよいよきたか。パキスタンでは外国人は皆敵だ!状態になっているらしい。ますます遠のくか。来年ならと思ってはいるのだけど、やっぱヤバイかな、当分は。11時半になったところで閉店を告げられる。12時頃にはさっきのビラハネも閉店。お姉さん方は、拠点の宿へ帰っていったのかな。ま、とりあえず現滞在宿は、比較的健全なる宿みたい。もっとも、明日はもっと安い宿へ移るつもりではあるけど。
本日の出費:ドルムシュ35万L ビール47.5万L ポテチ35万L 夕食200万L 飲み375万L ネット75万L 計767.5万L
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