国別まとめ2・トルコ

滞在日数2001年8月23日〜11月9日(79日)
滞在都市イスタンブール24 チャナカレ2 ベルガマ2 クシャダス3 フェティエ3 オリンポス1 アンタルヤ3 パムッカレ3 ブルサ2 サフランボル2 アンカラ2 ボアズカレ2 ギョレメ5 スィワス3 トラブゾン4 エルズルム2 ドーバヤズット3 ワン4 ディヤルバクル2 キャフタ2 シャンルウルファ1 コンヤ2 *数字は滞在日数
ヴィザ
ノー・ヴィザっす
使った金TC+現金1905ドル カード295ドル 計2200ドル(ただし紛失!2200ドルあり)
 *1ドル=148万リラ(期間の平均値)としてドル換算
主な内訳宿泊費362ドル 移動費554ドル(インドへの飛行機代295ドル含む) 食費512ドル
観光費377ドル 交通費(市バス等)83ドル 通信費(主にネット)109ドル
娯楽費(コンサート、映画等)122ドル 雑費46ドル 土産代(CD等含む)35ドル
1日平均27.85ドル使用 上記と同様の方法でドル換算
物価
東南アジア等程ではないが、やはり安い。強いて言えば、観光地のツアー代と長距離バス等の移動費がやや高め。とは言っても、勿論、日本とは較ぶるまでもないけど
治安
全域に渡り、夜間も含め、至って安全。ただし、政情不安から、イスタンブール等の警察施設付近ではトラブルに巻き込まれる可能性も。クルディスタン・エリアは警戒は物々しいながら、現状問題無し。蛇足ながら、クルディスタンは、やや東洋人を馬鹿にする傾向あり
買ったお土産
ペア・チャイグラス付エルマ・チャユ、エザーン目覚まし時計、マトリョーシカ(ロシアで買えなかったので)
CD(「スルタンズ・オブ・ザ・ダンス」、グルジア、アゼルバイジャン音楽等)、カセットテープ多数
ポストカード(スィベル・ジャン他)、目玉キーホルダー、トロイの木馬キーホルダー、スターライフ!


 主な出来事

 ロシア・東欧に嫌気が差し、空路一発で訪れたトルコ・イスタンブールは天国のようだった。ヴィザ申請等の事務手続きも含め、市内の観光ポイントはあらかた訪問。イランのヴィザ待ちの間は西部・地中海沿いのギリシャ・ローマ系遺跡巡りへ。トロイエフェスパムッカレ等を満喫しビーチもそこそこ堪能。オリンポスの永遠の炎に感動する。アンタルヤではポップ・スター、セゼン・アクスのコンサートに遭遇、ブルサでは伝統楽器サズの味わい深さに感激する。しかし、再び訪れたイスタンブールではイランのバンド、カムカルラルのライヴを見るも、その前に、あの、テロが勃発。イラン・ヴィザは自らキャンセルし、中東ツアーを謳っていた今回の旅程を大幅に変更せざるを得なくなる。割り切ってトルコを徹底一周すべく東部へ。屈指の観光地にしては呑気な佇まいのカッパドキアで和んだのも束の間、秋を迎えた東部の町スィワスで大トラブル発生。寄りにも寄って現金2200ドルが入った虎の子を忘れたまま移動。夜行バスで取りに戻った時には既に遅し。給料1ヶ月分並の金はゴミと一緒に捨てられたとさ。しかし自分のミス故それ程めげず、トラブゾンでは魅惑のロシア人娼婦たちを横目で見つつ、いよいよクルディスタンへ突入。ドーバヤズットではアララット山が見られず、ワンではワッシーが見られなかったけど、アニ等の、西部とは違った個性的な遺跡を訪れる。イラン国境まで行って、やはりイランへ向うべくヴィザ再申請にトライするも果たせず。寒い季節を迎えたこともあり、やや気分も沈滞。さすがに飽きも感じ始める。最後の遺跡ネムルトを見た後、クルド人たちの茶化しにカチンと来つつも、再び西進し3たびイスタンブールへ。初めて泊まった日本人宿の奇妙な世界に戸惑いつつも結構和むが、やはり都会の楽しさ忘れられず、とうとう新市街へと拠点を移す。インド・ヴィザを待ちながら、コンサートやフォーク酒場に通う日々を大いに満喫、トルコ2ヶ月半の旅を締めくくったのでありました。

 国の印象

 何と滞在79日。こんなに長くいた国は、アメリカを抜き、祖国・日本以外になし。なぜかくも長きに渡ったのか?本文中にも何度か書いたけど、トルコは観光の国としては全てがある国だ。栄華を偲ばせる宮殿や王宮あり、ギリシャより見所の多いギリシャ・ローマ系遺跡、更にヒッタイトやアルメニアの遺跡まで有する。山や海にも恵まれ、大自然の作り上げた驚異も目の当たりにできる。ビーチでのんびりもできれば、険しい登山に挑戦することだって可能。何と豊かな見所に溢れた国か。誇ってもいいだけのものを数多く持ちながらも、国民が今一つ自国を誇れないのは、これ先立つものがないという点に尽きよう。

 とはいえ、あんまりエラソーにできないのが幸いしてか、トルコ、クルド双方、国民性は極めてオープン。旅人が道に迷えばどこからか声がかかり、進むべき方向や乗るべきバスを指し示してくれる。だからトルコでは強く求めさえすれば自分の行きたい場所へは必ず行ける。それは人々の寛容さに加え、交通インフラの充実によるところが大きい。その辺はアジア的なたるさやええ加減さも有しながらも、やはりヨーロッパに近いものを感じる点。その、アジアとヨーロッパを交わるところを実感できる場所と言えば、やはりイスタンブール。特に僕にとっては、トルコとは、アナトリアやクルディスタン以上に、何よりもイスタンブールだった。

 クルド人の問題は微妙だ。確かに国の人口の半分近くを占めながら、クルド語による音楽の放送は禁止され、監視にあたる警官は全てトルコ人。被征服民族の如き扱いではある。でも、彼ら、どうもトルコ人に較べクセがあり、茶化されがちな東洋人の一員としては心から共感は出来なかったりもする。

 世界三大料理に謳われるトルコ料理は果たしてその名にふさわしい豊富な食を持ち得ていたか?これには少々クエスチョンマークがつく。ケバブ一点張りとソースの貧しさがその要因。しかし文化や音楽はなかなか豊かだ。西欧風を謳うポップ・ソングもどこかやっぱりトルコ味。老いも若きも、新旧問わず自国の音楽や文化を愛している。

 3割以上とも言われる失業率で、日がなチャイばかり啜ってボーっとするおっさん、兄ちゃんも多い中、なぜか悲惨さを感じさせず、逆に味を感じさせてしまうのは、この国ならでは。旅人からしてみれば、いい国です。ちょっと旅するのが楽過ぎて、気が緩んじゃう位。“なんちゃってイスラム”の名の通り、イスラム文化を知るという点では物足りない国だけど、入門篇としては最適だろう。旅の初心者でも安心して旅ができる国。それだけでも充分価値があるんだから、経済ダメでお先真っ暗かも知んないけど、めげんと元気出してよっと応援したくなっちゃう国だ。もっとも、当のご本人たち、心の底からはめげてなさそうだけどね。

 最後に個人的な見所ベストを挙げれば、極めて月並みながら、1.イスタンブールの町全体、2.カッパドキア、3.パムッカレ、であります。遺跡ではエフェスよりアフロディシアスが上を行き、オリンポスの永遠の炎は見逃すことなかれ。正直言って、やはりトルコは西部。余裕のある人が東部を訪れればいいのでは。

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