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露・土・印 旅日記

 ・10月18日(水) エルズルム → ワン もーヴィザなんて、イラン!

 7時ちょいに起きる。天気も体調もよくないが、2日ぶりにシャワーを浴びる。ロシアの古傷からまた出血。朝食も取らず、即バスに乗る。オトガル行きバスはツーリスト・インフォメーション前を通ったので。ところがこの辺一通らしく、行きとは別のコースを行く。で、オトガルで降りて市中行きバスに乗りなおす。インフォメでイラン領事館に無理やり電話させてアドレスを確かめる。そう遠くはないようだけど、一刻を争うのでタクシーを拾う。リビア出身だという運ちゃん、お調子者で大丈夫かいなと思ったが、しっかり領事館に着いた。窓口の対応はそう悪くない。10日かかると言われたが、構へん構へん。書類と写真を出して、しばし待つと、別の職員が出てきてレファレンシーが何やらという。たまたまいた白人?訳して曰く、大使館の添状がいる。ガーン!聞いてないよ〜!試しにシリア用にもらったのを出してみるが当然ダメ。唖然ボー然。これからアンカラに行って大使館でレターをもらい、アンカラのイラン領事館で申請てなことをやってたら、もろラマザンになってしまう。もうダメだ。かくしてイラン・ヴィザ・ゲットの希望は敢無く絶たれたのだった・・・

 それにしてもなあ、何て失敗の多い旅だろう。前回の東南アジアの際は、すったもんだはあったものの、特に大きな失敗とかはなかった気がする(バンコクでスーツを買わされた程度)。今回の場合、いくつかの不運(ウラジオストクでの台風遭遇、警官トラブル、そしてテロ勃発)もあったものの、特にトルコに来てからは自分自身のボケ、判断ミスの何と多いことか。イスタンブールでイラン・ヴィザをキャンセルしていなければ、今頃は入国出来ていたことだろう。コース組みに関しても、シリアやらエジプトはラマザン前に行けているはずだったし、寒くなる前に暖かい地へ抜けていたはずだったのに。色々考えてコースを組んだつもりでも、今になってみると何も考えてなかったかのようだ。我ながら、日常の行動も須らくそうだ。考えてるようで、実は何も考えてない。とりわけて、例のドル紛失以来、何かと不調だ。寒いし天気は良くないし体調も悪い。いたずらに金が減っていくばかりで、観光しても何かこのところ虚しい。こんな挫折感を背負ったまま、日本には断じて帰りたくない。旅にあまり多くを期待してもとは思うけど、前回のアジアの旅は、少なくとも自分の考え方に一定の変化をもたらした。でも今回は何を得られているだろう?自分がバカだなあってことを改めて痛感した位か。

 とにかくトルコはそろそろ去り時なのだろう。いい国だけど何か物足りない。同じ国に2ヶ月というのも、ちと長過ぎた。同じイスラムの国にしても、本来はもっと強固な戒律の国を訪ねてみたかった。トルコだけでは、イスラムの国に行ってきたとは言えないだろう。状況がそれを許さないとはいえ、未練が残る。とにかくそろそろ変化が必要だ。このままじゃ“世界一周”じゃなくて、“トルコ一周”ホームページになっちゃう。また違った文化圏で気分を一新させたい。となると、やはりインドか。トルコは残るワン、ディヤルバクル、マラテヤ(ネムルト)、コンヤを早めにまわり、来月には新たな地を目指すとしよう。

 吐く息が白い曇り空の下、領事館から宿への道をトボトボ歩く。歩いても行けない距離ではなかった。途中、英語を話せた同宿の宿泊客と会う。実は彼はパキスタン人で、彼もイラン・ヴィザ待ちでここに滞在しているという。帰った後でなのか、いずれは北キプロスで働くのだという。彼はイランのヴィザが得られないと故郷に戻れないわけで、単に好奇心で行ってみたい僕よりも、事情は深刻だろう。宿に戻って荷物をまとめ、いずれにせよ向うつもりだったワンへと行くことにする。バナナを買って朝食にする。バスは午後1時発。オトガルのロカンタで早めのランチを済まし、間食用にビスケットを買う。到着は夜になるだろう。

 熱っぽいのは相変わらずで、少し寒気もする。久々の大型バスで、チャイ・サービスもあり。2時間近くウトウトして少し体が温まる。何だかラジオドラマか何かが大きな音で流れていると思ったら、映画をやっていたのだった。「ハムナプトラ」である。そういえば、エジプトを舞台にした映画だなあ、と、また今回は行けそうも無い地のことを思い出させる。乗車して5時間を過ぎたところで、ようやくワン湖らしい湖が見えてきた。一日中、雨は降ったり止んだりの天気で、この分ではワンも雨だろう。6時半到着。セルビスのバスに乗って市中へ。

 案の定、メイン通りのバス会社オフィス前で降ろされた。目的の宿はここから1km位離れている。すぐ側にホテルがあるが、やや高めだし、豪華な建前はどうも自分には不似合いだ。歩いていくかと思うも、また雨がぱらついてきたので、結局、そのホテル、バイラムに1泊することにする。少しねぎって12ミリオン。ここは今までトルコで泊まった中で一番いい宿では?洋式トイレ、シャワー、タオル、テレビ付き、部屋も広い。併設のレストランもビジネスマンや家族連れが多い。雨は勢いを増して、道は洪水状態。出かける気にはとてもなれず、併設のレストランで夕食。豆スープにトマト・ケバブ。ケバブに焼いたトマトがついてくるだけだったけど。後はテレビ見る位しかすることがない。明日も雨だったら最悪。観光が出来ないという以上に、この高いホテルで足止めを食らうことになるからだ。足止め食らうなら、ますます安い宿じゃないと。ま、今日一晩はちとばかり豪華な気分で寝るとするか。  
本日の出費:バスx3 150万L タクシー250万L バナナ150万L チャイ10+50万L 昼食290万L
便所x2 40万L ワン行きバス代1000万L 夕食365万L 計2305万L




 ・10月19日(金) ワン 2日目 ワッシーを捜して?

 悪夢のような土砂降りから一夜明けて、いい天気。いい宿に泊まっているうちにってことで、シャワーを浴び、モロモロ洗濯する。因みに、このバイラム・ホテルには洗濯サービスあり。シャワー後、素っ裸で部屋をウロウロしてたら、向いの建物から外を眺めてる連中がいっぱいいる。どうやら学校らしい。見られたかしらん?朝食は、昨日夕食を取った2階のレストランにて。トルコ風朝食。チェックアウトは12時だというので、チャート番組見ながら、のんびり荷物まとめ。10時半頃出る。がんばって荷物背負って1km弱を歩く。アーンソイ・ホテルは市役所の裏の方。6ミリオンながら、トイレ・シャワー、机、椅子、タオル付き。狭めながらシンプルにまとまっていて申し分なし。テレビがあれば完璧なのにねえ。

 11時ちょいに出て、ドルムシュでワン城に向う。町中から5、6kmで歩けない距離ではない。降り立つと、早速、噂のガキのパラパラ(金、金)攻撃。ウルセーからパラパラ踊ってやったぞ。どうしてここは特にこれが目立つのかね?ビンボーなのか躾が悪いのか。別のガキんちょが、登り口はこっちだと案内。ジャミィの横を通って金網の隙間を抜けて登る。正規の入口とは思えないが、そのガキんちょは、ちとガイドもしてくれる。こいつも金かと思い、もーいいからという素振りをすると、サイナラと去っていった。単に親切だったみたい。この辺が難しいとこだね。しかし、その登り口では先に行けないし険し過ぎ。もう少し先にちゃんとした入口があるのだろうと、一旦降りて進むと入口らしいのがあり、入場料1ミリオンを取られる。

 近くにいた、また別のガキんちょが案内を買って出て、彼について登る。たぶん金目当てだろうとは思ったが、わかりにくいのでついて行くのが得策と思って。ただ、彼はあそこに見えるのがケルヴァンサライだの教会だのと、割ときちんとガイドもしてくれるので、多少は金やってもいいいかなと。一番上に登ったとこで降りようとするので、オレはもう少し残るからと別れようとする。持っていたバナナを一本やってすっとぼけようかと思ったが、やはり、“マネー”と言う。“ネカダル(いくら?)”と聞くと、2ミリオンという。それはいくら何でも高いので50万Lだけ渡して“じゃあね”と言うと、“メシ食いたいよお”的な事を情けない顔つきでもらしていたが、諦めて去っていった。あいつ、ホントにメシ食う金なかったのかね?

 空腹はこちらも同様。城跡のてっぺんでワン湖を眺めながら、残りのバナナを食べる。見下ろすと、崖を降りれば湖の辺に続く道がある。また草原には遺跡もちばっている。降りたいが、とてもじゃないが急で無理。どうしてトルコはこういうおっかないとこにばっか遺跡とかがあるのかねえ。いつも高いとこでxxxxが縮む思いをさせられる。道に沿って降りていくと駐車場等のあるところに。ジモティ観光客が多少あり。眼下の草原に出るには、ぐるっとまわって行かねばならないらしい。で、一昨日の残りのビスケットやレーズンをつまみながら、ドルムシュで来た道を戻って行くと、先程のジャミィのとこで小さい女の子が3人。女の子だからと、ついつい手を振ったら、バーっと駆け寄ってきて、手にしていた袋を奪おうとする。バナナの皮が見えたらしい。皮だっつってんのにわかるわけなく、獲って行く。更にほんの少ししか残ってないレーズンの袋も。くれてやったら諦めたのか追ってこなくなったけど。この辺の連中、飢えてるの?

 公園のようなとこがあり、閉まってるみたいだけど、扉の隙間から入れた。そこを突っ切って行くと、さっき頂上から見えた湖に続く道に出た。しかし何にもないとこすね。農家みたいな家が数軒並ぶのみ。草原を横に見ながら進んで行く。古いジャミィが二つ並ぶ。一本道をひたすら2km位歩いたか。牛の群れを通りぬけて、ようやく湖畔に辿り着く。しかし、ゴミだらけ。村からの生活用水も流れ込んでいて臭い。水面もきれいとは言えず、かなりガッカリ。とはいえ、ここはネス湖のネッシーみたいな巨大生物がひそむと噂されているところ(左画像:湖は絵的にはつまらない)。怪獣らしい物陰は見えぬかと、しばし立ちつくして湖を眺める。まあ、他の何たら城があるとこは、もう少し観光化されているのだろうけど、この辺の何もなさたるや。ネッシーならぬワッシー・グッズでもあったら即購入するのにねえ。

 再びただひたすら歩いて戻る。途中、ハローと声をかけてきた少年あり。そのバックにクルド人村特有のウンコ・ピラミッドがあったので写真を撮ろうとすると、少年も画面に収まる(右画像)。お礼のつもりか、家に寄って何か食べてけ的なそぶり。空腹だったのでお言葉に甘えそうだったけど、辞して城の下に広がる草原へ向う。廃墟が点在する中、少年たちがフットボール練習していたり、ジモティらしきヒマ人が数名ウロウロしている。こりゃあ確かに夕方は不気味だろうな。昨日の大雨のせいで、あちこちが湿原状態。でこぼこの草原を進むうち、先程の公園に辿り着く。金網ありだが穴もあり。突っ切ってドルムシュで来た道へ。しかし行きはよいよい、帰りは全然車が来ない。いつか来るかなあと思いつつ、既に数km歩いている。いくら何でもこら遠いわと、空腹もあいまってヘコタレかけていた時、プロクター&ギャンブルのトラックが停まって乗せてくれた。あな、ウレシ。スーツ姿の若い兄ちゃんは、“日本とトルコはカダシ(多分、友達の意)、アメリカはヨク(ダメ)”てなことを言いつ、町中近くまで乗せてくれた。もう少し乗っけてってくれたら、尚ありがたかったのにねえ。

 しばし迷って宿近くへ。パスタネシで甘いもんでも食べるかと思っていたら、焼栗売り発見。1袋2ミリオンと高かったけど、つまみながら宿へ。フロントでチャイでももらえぬかと期待するが、何やら若手の団体さんで混んでいたので、部屋で自分で湯を沸かして茶を入れる。体調は完璧ならずも回復傾向。まずはワン観光、それなりに快調であります。

 6時頃出て、数日ぶりにビール復帰を果たすべく、ビラハネを捜す。地下1階の店は煙がモウモウとたちこめる。どういうわけか、このエリアだけ停電らしく、真っ暗。まあ目立たなくていいけど。エフェス1杯1ミリオンだった。ハマムやらカセット屋やらをチェックの後、夕食。人気店らしいアルティン・シシなるレストランへ。ヴァリ・ケバブというのを頼むと、数種のケバブが数種のピデに挟まっているという、滅茶苦茶ボリュームある一品。これにパンもしっかりくるし、サラダはお代わりまでくる。かなりがんばったけど、下敷きのピデまでは食べきれず。最後のほうは拷問のようだったな。チャイは無料みたい。 4ミリオンの値段も納得。

 ネットカフェへ。速度はかなり遅い。転送がときどきとぎれ、またぞろ表紙ファイルが送れず。また一時不調状態になってしまった。10時近くになったので諦めて宿へ。寒いっす。息が白いもんね。部屋の毛布は1枚だけなので着込んで寝ないと風邪がぶり返しそうだ。

本日の出費:宿代1200万L ドルムシュ30万L ワン城100万L ガイド?50万L
ポテトチップ10万L 焼栗200万L 夕食400万L ネット110万L計万L


 → なぜか気に入ってしまった ワン 続き

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