[PR]背中ニキビケア:29日間でスベスベ背中の秘密

露・土・印 旅日記

 ・1月8日(火) ヴァラナシ 1日目 インド初の聖なる場所


ガンガーの夜明け

 ヴァラナシ着は、やはり7時位だった。またしてもバススタンドではなく、よくわからないガススタンドで降ろされる。バックサイドに一つだけだった僕の荷物は、かわいそうな位汚れまくっている。もうどうせリクシャで行くしかないので、覚悟を決めて、せめても地味そうな奴に声をかける。15Rsでガンガー近くのゴードウリヤ交差点へということで出発。ここの朝も寒いが、交通量はまだそれ程でもない。30分程かかって、どうやら交差点らしき場所へ。「インディアン」主演のサニー・デオルの肌着の看板が目印。リクシャは交差点から、更にガンガー近くまで行ってくれた。15Rs渡すと“50Rsだ”とか言ってきたけど、まあかわいいものってゆーか。1Rs余計に渡しただけでやり過ごす。別に追っては来なかった。

 今まさに、目の前にガンガーが流れている。目指す宿フレンズ・ゲストハウスへの道もわかったので、チェックイン前に、まずは荷物を背負ったまま、朝を迎えたガンガーを眺める。多少霧はかかっているが、乾季で干上がった向こう岸までが見渡せる。宿は一番メジャーなガート(沐浴場)、ダシャーシュワメード・ガートの近く。成程、インド人たちの沐浴光景が見られる。それ程期待していなかった身にとっても、なかなか感慨深い光景だ。確かに水はきれいではないが、異臭を放ったりって程ではない。ただし、岸辺や周囲の道はゴミや牛のクソがいっぱい。聖なるガンガーに並行して、インドで訪れた中でも最もゴミゴミしたバッチイ道が走る。“ボート乗らんか?”とか、例によっての訳わからない日本語使いに色々声をかけられつつも、30分位ひたすらガンガーを眺める。

 細い裏通りを、牛のクソを踏まないよう気をつけながら、ようやく宿へ。ドミは全員日本人。スタッフの対応も物腰穏やか。ヴァラナシ、思っていたよりは落ち着けそうなところだ。荷物を置いて、すぐさままたガンガーへ。岸を下流に向かって歩く。とにかく、まずここで一番最初に見るべきものを見るため。ダシャーシュワメード・ガートから1km弱、マニカルニカー・ガートがある。ここは火葬場。ヒンドゥ教徒の死体が焼かれ、その灰はそのままガンガーに流されていく。インドを語る上で欠かせない、あまりにも有名な場所だ。行くと早速見張り役みたいなのが寄ってくる。勿論、写真を撮る気なんて更々ないが、ひっつかれてガイド料なぞ請求されるのはウザイ。しかしその男、上に行けばもっとよく見えるとか、完全に見世物案内感覚。悪趣味というよりは、彼らにとっては最早当たり前、日常的な光景なんだろうな。しばらく見ていたけど、僕自身は死体が火にくべられるところは見なかったというか、見られなかった。たまに飛んできて衣服につく灰は、遺体を焼いた灰なのかねえ。

 ネパール寺を通過して通りに出るが、細い路地ばかりで訳がわからない。黄金寺院に行く道は人が溢れている。寺院そのものは異教徒は入れないが、入場者は警官がボディチェックをする物々しさだった。何でまた?大きな通りに出て、いきなり何ですが映画館チェック。2館見つけたが、メジャー作品ではなく、あまりそそられず。そのままガンガー上流方面へ沿って歩く。噂の日本人宿・久美子ハウスをチェックしておこうと思う。少し上流に行ったあたりの方が、旅行者にとっての便は良さそうなエリア。ネットカフェや日本食も含む旅行者向けレストランも色々。しかし久美子ハウスはわかりにくい場所にあり、見つけるのに苦労する。成程、外観からしてバッチイ。部屋だけでも見せてもらおうと思ったが、インド人のおじさん(久美子さんの夫だろう)に丁重に断られる。チラと主らしき方の姿も見かけたが、完全にインド人のおばさん風だったなあ。まあ元々冷やかしのつもりだったのでいーでせう。

 再びガンガー岸に戻り、もう少し上流に行く。さすがに水は幾分マシで、まあ沐浴できないこともないかなって感じ。何やら火を燃やしてるとこがあり覗くと、インド人に“ナイス・タイミング”なぞと声をかけられる。実は、こちらも小さいけど火葬場なのだった。こっちはヒンドゥだけでなく、異教徒も燃やすという。布に包まれて竹の担架に載せられた遺体が運ばれてくる。それをまずはガンガーの水に浸し、しばし岸に置いて乾かす。それで燃やすのかと思いきや、運び去ってしまった。あの火で燃やすわけではないのかな?まあその様子を見るためにずっといるのも何なので、しばらくして去る。宿に戻ってチェックインを済まし昼食に。近場のベンガリ・レストランというとこへ行くも、待たせるわうまくないわ。ヴァラナシの食堂はどこもこの調子らしい。値段は安いんだけどねえ。

 寝るつもりで宿へ。しかし3時に出発するという人と、しばし情報交換。バンコク通で、バンコクの面白い場所を色々知っている。話を聞いていると、僕はバンコクについて何も知らないなあと痛感。あそこももう少し情報を仕入れていけば、もっと楽しめるところみたい。タイ、いつか仕切り直しの旅に出たいもの。彼と、もう一人いた女性も、既に「K3G」を観てハマっているそうだ。リクシャで行く距離らしいが、ヴァラナシの映画館でも上映中だそう。いっそのことここで観るのもいいかなあ。バンコク通の人がカルカッタに向けて旅立って行き、ようやく寝ようと思ったが、今度は頭をスキンヘッドにした別の人が。で、また彼とロシアの話などする。何せ、日本人と日本語で話すのは1ヶ月ぶり位なもんで、やっぱりウレシイのだ。彼が出かけて、ようやっと1時間位横になる。

 夕刻、川岸ではプージャーと呼ばれる礼拝の儀式が行われるというので、それを見物に。ここでは毎日行われているらしい。朝と同じ場所でチャイを飲んでいると、また日本語使いに声をかけられる。“どこから来た?”と聞くから、“君たちゃトーキョー、オーサカしか知らんだろう”と言ったら、その男“ヨコハマ、センダイ、ヒロシマ、フクオカ・・”なぞとズラズラ地名をあげる。何だかやたらに語彙も豊富で得意げだ。この男、自分はテレビドラマ版の「深夜特急」に出演したんだという。そう言えば、カジュラーホーだかの情報ノートにそんなことが書かれていたっけ。ギャラは本当に8000Rsで、それを元手に土産物屋を始めたとか。その店に来いと言うが、プージャー見るんで忙しいと言って断る。プージャーそのものは6時頃かららしく、今、ガートに人だかりが出来てるのは、映画の撮影が行われているとか。それは見逃せないと僕も野次馬に加わると、隣のガートでプージャーらしいものがスタート。なかなか忙しい。

 宿手前のガートのプージャーは小規模な感じ。で、いよいよダシャーシュワメード・ガートでのプージャーが始まる。ハルモニウムタブラ、歌による演奏がスタートし、ぶら下げられた鐘が一斉に鳴らされる。川岸には5人の聖職者らしい青年が並び、お香や炎を掲げる。ヒンドゥーの儀式だけあり、厳かな一方でなかなかに騒々しい。ヴィジュアルも印象的だが、それ以上にこの儀式は“音”だという感じ。今日は映画撮影用に特別にイルミネーションが施されているようで、一際華やか。しかし、美しい中にも宗教儀式ならではのストイックさもあり、まさしく聖地にふさわしい光景だ。思えば今までのインド、ハッキリ言って俗な部分ばかりが印象に残っているが、こういう聖なるインドを目にするのは、ほぼ初めてではないかという気がする。流れ行くガンガーとこのホーリーな雰囲気、ヴァラナシが人気の理由は理解できる。


プージャーの様子(左)とイルミネーションが施された川岸のガート(右)
プージャーの音を聴く

 夕食は宿で取ることに。ターリーだそうだが、宿の本房へ行くと、家族が団欒中。僕はと言うと、台所の床に座らされる。子供達がキャピキャピする中、お母さんがチャパティを焼いてくれる。おかずはアルー・マタル(ジャガイモ+グリーンピース)のサブジーとトマト、タマネギのサラダ。味は悪くないけど、ターリーとしてはちと寂しい。台所で食べるのは、気分は使用人って感じ。明日からはやっぱ外で食べた方が無難かな。ヴァラナシで夜間外出は危ないってことなので、早めに部屋に戻って日記。と、行きたいところだけど、久々に日本人たちと一緒なので、会話に忙しく日記の方は一向に進まず。まあ、宿の居心地も良さそうだし、ヴァラナシ、多少はいてもいいところなので、明日の日中にでもノンビリ書くとしよう。
本日の出費:昼食50Rs チャイx2 6Rs サムズアップ15Rs リクシャ16Rs パパル1Rs 夕食30Rs 計118Rs


 ・1月9日(水) ヴァラナシ 2日目 ここでもやっぱり映画と音楽

 朝7時には、まず隣の元気のいい人がチェックアウト。カルカッタへ向かうそうだ。反対側のスキンヘッドの青年イワタさんも、今日デリーへ向けて出発。電車待ちの時間まで「K3G」を観るというので、僕も同行することに。近くの店でイドリー、パコーラー、チャイの朝食で13Rs。10時に出てリクシャを拾う。「K3G」を上映中の映画館は鉄道駅近くで3,4kmの距離。二人で20Rs。それにしても、サイクルリクシャってのは運動量の割には合わない稼業だよなあ。必死でペダルを漕ぐリクシャの背中を見ていると、つい同情して、多少ぼられてもしゃーないかなーなんて、一瞬思う。でも、そこを心を鬼にして?ねぎるんだけど。

 ちょいと地味めな映画館だが、場内は広くキャパもそこそこ。僕は奮発して40Rsのバルコニーの券を買うが、まだ11時前なのに開映してるではないか。僕は映画は最初から最後までキッチリ観ないと気が済まない人間。インドはただでさえエンド・クレジットをぶっちぎるんだから、オープニング位ちゃんと見せろよ〜。まあとにもかくにも、待望の「K3G」(念の為書くと、今年のインド映画最大の話題作「カビ・クシ・カビ・ガム」)である。話はいきなり10年前にとぶ。事業家らしいアミタブ・バッチャン一家の豪邸でのホーム・パーチー場面。長男シャア・ルク・カーンはヘリに乗って颯爽と登場。次男は食いしん坊のおデブさん。この幸せな一家が、長男の結婚問題を機に分裂していくという展開。前半だけでミュージカル場面が5つという、さすがのゴージャスさだが、何と言ってもアミタブおじ様が華麗に踊る“シャバ・シャバ”がクライマックス。

 父の事業を継ぐことを託されたシャア・ルクが、結婚相手に選んだのは下町娘風のカジョル。これがアミタブ・ダディ、気に入らなかったらしくシャア・ルクは勘当状態となる。インド、まだまだ家父長の権威が強い世界らしい。後半は、次男を中心に話が展開。おデブちゃんがいきなりカッコよくなってしまい(インドではコカコーラのCMでお馴染みのリティク・ロシャン)、兄が住んでいるらしいロンドンへ飛ぶ。シャア・ルク一家はロンドンでの事業でも成功を収めたらしく、何不自由なく暮らしている。そこに居候しているのがカリーナ・カプール。「アショカ」同様、もー笑うしかない、話の展開を無視したセクシー踊りで派手に登場。個人的には、この人今イチなんだけど(“カルーセル麻紀に似てる”フジカワ嬢談)。で、カリーナがリティクに惹かれ、彼もシャア・ルクの家に居候することに。勿論、シャア・ルク夫妻は、彼が弟だとは気づいていない。リティクは、密かに兄と父の中を取り持とうと画策する。

 前半がアミタブを中心としたハリウッド風ミュージカルなら、後半は若いリティク、カリーナを中心としたイケイケ系。プロム?の“ユー・アー・マイ・ソニア”がクライマックス。老若男女を全て引き込もうとという戦略なんだろうな。それにしても、前半終盤のシリアスさから、学園青春ものへと、あまりにも急転直下な展開であります。終盤は、当然、家族の再会の物語になっていく。リティクは密かに母と連絡を取り合っていて、シャア・ルクがロンドンにいることを知らないアミタブを呼び出す。以下、セリフがヒンディなもんで細かいニュアンスはよくわからず。ストーリー的に言うと、今まで観た中で一番よくわからなかったけど、まあかなり古典的な内容であることには間違いない。

 最後は当然、アミタブとシャア・ルクのしゃっこうの、涙、涙の場面になるわけだけど、インド人たち、お構いなく何やら騒いでいる。下のストールは勿論、少しお上品なはずのバルコニーでさえ、女学生たちでかしましい。インド人の、こういう無神経さがどうしても好きになれんなあ。言葉のわからない僕でさえシンミリきてるというのに。彼らは繊細さとか深さとかは全然持ち合わせていないのか?そのクライマックスも終わりきらぬうちに場内は明かりがつけられ、帰り出す客も。何だかなあ、映写状態も悪かったし、途中2回中断したし。やっぱり、ここで観たのは失敗。まあハッキリ言って内容の深い映画では、全然なかった。やはり、スター共演のゴージャスさを単純に楽しむべき映画だろう。家族の再生の物語という、この数年ハリウッドでも流行りのお話に、学園青春ものの要素も混じる。なぜアレとコレが共存し得るんだ?という、インドのわからなさを凝縮したような映画でもあった。でもやっぱり、オープニング・タイトルを観るために、カルカッタでもう1回観るようかなあ。

 リクシャを拾って駅へ。3時半の列車に乗るイワタさんを見送った後、歩いてバススタンドへ。ボドガヤ行きは6時半とか書いてあったようだが、念の為窓口で聞くと、直行はないという。後で宿で聞いたら、毎日7時半発という。どれが本当なの?仏教の聖地サールナート行きバスが駅前から出ていた。それにしてもヴァラナシ、道が狭い分、ゴチャゴチャ度はすごい。サイクルリクシャが多いので、全体進むのがとろく、夕方近くなると道が混雑して大変。まさしくインドといった光景が見られる(右画像)。明後日あたり行ってみるとしよう。今日3度目のリクシャでゴードウリヤへ戻る。今のとこトラブルはなし。部屋でしばし日記だが、誰かいると、結局お話してしまい、一向に進まない。紅一点のフジカワさんと、夜のコンサートを見に行くことにする。昨日に続き、鐘がガンガン鳴り出したので、今日は音を録るために、再度プージャー見物へ。見終って、近くの比較的こ綺麗な“ファストフード”の店で夕食。しかし、ターリーが出てくるのに30分近く。味はまずまずだったけども。

 ヴァラナシは、細い路地裏に、ミュージック・アシュラム(道場)というのがいくつかある。楽器の販売、指導に加え、週2位でミニ・コンサートを催しているところがある。フジカワさんが声楽を習っているという、インターナショナル・ミュージック・シュラムというとこが宿から一番近い。そこは毎週・水土に演奏が行われている。入口には“イン・ラヴィング・メモリー・オブ・ジョージ・ハリスン”なぞと掲げられていて、ちとツーリスティックではあるけど。40Rs也を払って、畳16畳程度の広間へ。純粋な観客は僕らを含め10人程度の小規模なものだ。

 まずはフルート+タブラ。ステージが狭く、共鳴用シタールはテープ?が代用。ハリプラサド・チャウラシアとまではいかないが、豊かな音色のフルート演奏。約40分位で1セット終了し休憩。チャイの無料サービスが嬉しい。昔は屋台でも使用されていたという陶器の茶碗。何だか日本酒が飲みたくなったり。後半はシタール+タブラ(左画像)。若いシタール奏者がなかなかのテクニシャン。ムンバイで見るものは見てしまったので、古典音楽はもういいやと思っていたのだけど、この位間近で見られるとなると、また格別。コンサートは、一応10時位には終わるよう配慮されているらしい。メインの通りならこの時間でも大丈夫そうだから、こうなったら、ここでも毎日音楽三昧してやろうかという気になってきた。

 宿に戻ると、ネパール帰りの二人が、ネパール製ウイスキーをふるまってくれる。僕もカジュラーホーで買ったラム酒を。ネパールは日本人が多いようで、ここでの再会を喜び合う人たちが多い。行きたいけどねえ、でも寒いし、マオイストやばいし。やっぱ次回だわなあ。ネパールなら仕事の合間の休みでも行けそうだし。日記に取り組むも、やっぱり途中までしか書けずに就寝。
本日の出費:朝食13Rs リクシャ10+20+5Rs 映画40Rs ネスカフェ8Rs
トマト10Rs コンサート40Rs チャイ5Rs 夕食35Rs 計186Rs



 ・1月10日(木) ヴァラナシ 3日目 日本人のマニアック力、健在なり

 ヴァラナシは、やっぱり朝のガンガーが見物ってことで、同室の人たちも、パッカーにしては珍しく朝が早かったりする。ネパール自転車横断の青年も、朝日を見に行くと言って早々と出ていった。僕はといえば、とっくに日の昇った9時過ぎに起きて、10時頃ノタノタと朝の散歩へ。ガンガーは相変わらずのどかである。屋台のパパルーを買って食べていると野犬が寄って来て落ち着かない。で、久美子ハウス側のレストランで久々にトーストなぞ食べる。久美子ハウスはガンガー側から行くと、でかでかと文字が書かれていてわかりやすい。朝の散歩の目的は、昨晩で味をしめた音楽アシュラム捜し。久美子ハウス付近に何軒かあり、ほぼ毎日コンサートが見られる感じ。こうなったら、ここでも音楽三昧といくべし。メインのベンガリ何とか通りなら、夜でも大丈夫であろうってこことで。土曜日までに、一通りのアシュラムのコンサートを体験したら、次に移動ということにしよう。

 戻ってひたすら日記である。同室の人や宿のスタッフが入れ替わり立ち代わり来る度に、僕はリブレットに向かって何やらパチャパチャやっているという寸法。昼を過ぎて空腹を感じてきたところで、フジカワさんがコロッケのような揚物を差入れてくれて感謝感激。インド人は繊細さに欠けるよねって話で意見が一致する。会社を辞めての旅らしいけど、とてもマジメな感じの人である。一方、今日のガンガーは少し曇り気味の上に霧もまだ晴れない。時折ボーっと眺めていたら、カワイルカらしいのが何度か水面に顔を出すのが見れた。何だかとっても得した気分。いや〜和むね〜。

 1時過ぎにサウンド・ファイルまで入れて、やっと完成。昼食へ出る。どうも周辺にはいい食堂が見当たらない。ダシャーシュワメード通りの商店街の地下にレストランあり。入ると、白いテーブルクロスがかかった妙に高級そうな作り。お値段も多少張る。まあいいかとジャガイモ+カリフラワーのカレー。15分程度で出てきて、味の方も悪くない。チャパティ3枚と合わせて54Rs也。サイト更新をすべくネットカフェを捜すが、ここらはフロッピーXのとこばっか。OKのとこも、たまたまサーバーに問題があったりして、どうもタイミングがよくない。宿から一番近いところで、苦労の末、概ね更新。NFL等の結果もやっとチェック。少しスッキリ。

 宿に戻った時はもう夕方。昨日から少し年配の人が加わっている。インドは13年振りに訪れたとか。その人と、明日一緒にサールナートへ行くことになった。年季の入った旅行者の話が聴けるかも。今日はプージャーは部屋で音だけ聴く。ここらの食堂は、注文してから食事が出てくるのに異様に時間がかかるので、腹はあまり減ってないけど早めに夕食へ。今日もアシュラムのミニ・コンサートを見るので、そのアシュラムの下にあるババ・レストランというとこで食べるとする。しかし、そこへ行く路地が電気がついてなくて真っ暗。一旦、宿へ戻り、懐中電灯と護身用?ナイフを持って出直す。ババでは、早く済むようフライド・ライスを頼むが、レモンジュースの方がなかなか出てこなかった。 店員は、“コンサートはまだ始まらないからノー・プロブレム”と言うが・・・

 そのババの2階がトリヴェニ・ミュージック・アシュラムというとこで、畳10畳程度のとこ。如何にもハマってますというスタイルの日本人数名と、下でメシを食べていた白人7,8名。コンサートがスタートだが、いきなり、日本人二人によるシタール、タブラの演奏。おいおい、40Rs払わせて、それはないんじゃないかあと最初は思ったが。シタールのノビィさんとタブラのマサさん、20代らしい二人は、ここで2年位学んでいるという。いわば門下生による前座ってことで、それに続いて、白髪の彼らの師匠がシタールを持って登場。そしてタブラ奏者は、何と下の食堂の兄ちゃんであった。シタールの師匠はまずまずながら、タブラの兄ちゃんは、かなりの腕前。何でウエイターやってんだ?

 1セット終わって休憩。無料チャイを飲みながら、ノビィ、マサの二人から話を聞く。特に誰の影響というわけではなく、弦楽器のルーツを辿ったらシタールに辿り着いたという。日本とヴァラナシを往復しながら修行を積み、師匠にも認められ、時折コンサートに登場するようになったという。前にも書いたけど、やっぱり日本人の“マニアック力”侮れず、である。ヴァラナシでは白人たちもたくさん楽器を習っているけど、2年とか継続してここまでやれる連中は少ないのではないか。何せ、ラヴィ・シャンカールパンディットのバックを務めていた外国人は、いずれも日本人だったのだから。未だに白人コンプレックスを抱えたインディアンたちも、このジャパーニーたちの熱心さを、もっともっと認めて欲しいよね。2セットめはフルート。10時ちょいで終了。若き音楽師たちは久美子ハウスに滞在だそうな。エールを贈りつ別れる。

 宿では酒盛り中。ネパール製ウイスキー、マウント・エベレストを分けてもらい、僕のラム酒もふるまって、日本人たちと語る。ネパールにチベットかあ、いいとこではあるんだろうなあ。寒くない時期なら行きたいね、是非。ヴァラナシでのこのダラダラ生活、すっかり心地よくなってきてしまったすね。
本日の出費:朝食17+5Rs 昼食54Rs ネット30Rs コーク15Rs 夕食40Rs コンサート40Rs カセットテープ38Rs 計239Rs

→ もうちょいいますかな ヴァラナシ 続き

露・土・印 旅日記メニュー
[PR]生年月日で2010年占い鑑定:初回無料!貴女の運命運勢を占う