東南アジア旅日記
・11月19日(日) ノーン・カイ→ヴィエンチャン(ラオス) ピース+クワイエット

遥かなるメコン川や
そこそこよく眠れたみたいで9時起き。いつでもチェックアウトできるよう荷物をまとめて、朝食兼朝の散歩へ。ノーン・カイは暗くなってから着いたので訳わからなかったが、なかなか味のある町。宿の裏2ブロック位行くと市場があり、すぐ後ろがメコン川だった。川の見えるところで朝食といきたかったが、適当なところ見当たらず、結局、コンビニでドーナツとミロとジュースを買う。しかし、どうせなら川沿いの宿に泊まればよかったかなあ。部屋へ戻ってガイドを見ながらドーナツを頬張るが、結局のところ、ラオスのヴィザは橋でオッケーなのか、事前に取るべきなのか、今イチ釈然としない。何か、ガイドによれば、ヴィザ代だかバス代だかが、昼時になると追加料金を取られるとか何とか。だったら、12時前に行かなくてはと思うが、もう11時半なので難しそう。チェックアウトを済ませて、宿の前でトゥクを拾う。橋までは40Bということで。
しかし、意外に距離がある。ラオスのヴィザは持っていないと言うと、旅行代理店に寄ろうとするが、いいよいいよと言って、直、ミタハップ橋へ行かせる。記入には手間取ったが、出国はスムーズにいき、どうやらラオスのヴィザは入国時に取れるらしい。満員のバスに乗って、メコン川にかかる橋を渡る。料金的には、出国時に10B、バスに10B、ヴィザ申請に31ドル(この1ドルがエクストラなのかも)、入国時にまた10Bてな感じだった。入国したところでバスの時刻表があったので、バスを待とうとするが、トゥクやタクシーがうるさい。こういう時に限ってなぜか白人パッカーの姿が見当たらない。如何にも旅行者然としたのは僕くらい。誰にも聞きようがなくバスを待つが、通りかかった乗合タクシー(ジャンボ?)が、町中まで20Bと言うので、それに乗る。着いたのはモーニング・マーケットで、宿街よりは少し離れていたので、結局、もう10B払って、宿のあるところまで行ってもらう。効率が悪いなあ。
ロンリー・プラネットのライターも絶賛と言うヴァナシン・ゲストハウスヘ行く。いっぱいではないかと思いきや、シングルは空いていた。キップ、バーツ、ドル、どの支払いでもオーケーと言うので、バーツ(350)で払い、おつりをキップ(3000)でもらう。単純計算で言うと、キップはバーツの20倍だが、主にバーツが使えると言うので、敢えて、キップ両替はしていなかった。でも、宿のおば、お姉さんのアドヴァイスによると、やはり両替しておいた方がいいとのこと。親切に、複雑な3通貨の両替率を教えてくれる。ともあれ、これで現地通貨も入手できた。宿はシンプルながらゆったりしてクリーン。眺めも良いし静かそう。そも、ヴィエンチャンは異様にのどかである。荷物を置いて早速外出。
しかし、噂通り、これが1国の首都か?という田舎っぽさ。チェンマイよりもというか、タイのどの町よりも田舎。メイン通りみたいなのも、さしたる交通量ではない。初めてアジアで、安心して道を渡れる町に来た。とりあえず、昼食を取るべくマーケットへ戻るが、どうも、食べるところが見当たらない。貴金属だの電気製品だのの店ばっか。近くの観光案内所も日曜は休みのようだし。しかし、イサーンの涼しさに対し、ここは暑いのなんの。たまらず、市場の屋台でビアラオを頼む(6000k)。
大瓶しか無いみたいで、昼日中から早速酔っ払う。結局、何も食べずに、また歩くが、酔いも相俟ってご機嫌である。町のシンボル的な戦没者慰霊碑アーヌサーワリー(左画像)へ行く。ここは1000kで上に上れるが、さほど高くないので、町全体が見渡せるとまではいかない。慰霊碑と言うよりは、凱旋門系の建物であります。下に降りて、屋台のパイナップルで少し腹を満たす。早速、宿でもらったキップが役に立っている。あんまり暑いもんだから、あちこち歩く気はせず、チェック程度で済ます。黒い石作りの塔を過ぎて、夕方前だが、一旦、宿に戻る。部屋はシャワーつきだが、水のみ。ところが、こんな町では、水シャワーさえ温かく感じられるから不思議。ヴィエンチャン、もうスッカリお気に入りの様相であります(右画像は、遺跡?タット・ダム)。
何かここはプレッシャーのない町と言うか、何か観光しなきゃとか、どこか行かなきゃという義務感を感じない。ただ歩いてボーっとしてても、平和で心安らぐのだ。これですよ、求めていたのは。子供もこっち見てニカニカしてくるし、タイよりもこちらの方こそ“微笑みの国”にふさわしい。宿にランドリー・サービスはあるみたいだが、タップリ暇もあるので、Tシャツやら何やら、宿の石鹸で洗濯する。腹が減っていて、絞る腕にあまり力が入らないが。しばしの休息の後、短パンに履き替えて再び外出。陽は暮れたが、あまり明るいところがない。ビアガーデンに行きたいが、メコン川沿いの薄暗い屋台しか見当たらない。明るいところは、これが白人ばかりで、これも今ひとつ。結局、1周して戻ってきて、英語表示のあるラオ料理?食堂へ入る。向かいが、中国系の寺&広場でステージで何か始まりそうだったからだ。
焼きチキンとパパイヤ・サラダを頼み、ビアラオを飲んでいると、案の定、京劇のようなものが始まった。このところ、毎日ショウが見れて、結構なことでございます。ソムタム(は、タイ語だけど)は、スパイシーでないように頼んだが、それでも相当に辛い。チキンは、ああフツーのグリル・チキン。さすがにこれでは足りないので、焼き飯も頼むが、果たして、キップで支払えるかどうか。腹ポンポコになって、有りキップ21000kを出すと、オッケーと言う。逆にチェンジは無いわけ?これでキップが無くなってしまった。
お向かいに行って、しばし京劇を見物。中国系と言うのは、どこに言っても健在である。カオサンで、西洋風の店でバーガーやホットドッグを食べる西洋人を疎ましく思ったが、自らの文化や食生活に固執するという意味では、中華系は彼ら以上かも知れない。9時を過ぎ、この辺で無理をしてナイトライフする気もないので、じっくり日記を書くべく宿へ。途中、雑貨店でキーウイ・ジュースをバーツで買う。水分はもっと欲しいが、ビールはもう入らないし、この辺では、メコン・ウイスキーは見当たらない。そこで、久々に電熱器を取り出し、水道の水を沸騰させる。コンバーター通しではいつまでも温まらないので、直につなぐと、すぐに沸騰。ティーパックのお茶を飲む。水のせいか、カップのせいか、やけに鉄っぽい味。沸騰させたから腹は大丈夫だと思うが。それにしても、ピース+クワイエットである。こういうところなら、何は無くとも、しばし滞在してもよい。日記を書きながら、喉が乾いたので、近くの食堂へ飲み物を買いに行く。どうにかバーツOK。しかし、部屋に戻ってよく見ると、やたらに蟻が行列している。昼にドーナツをぶら下げていったら、しっかり、大群に分捕られたが、そのせいなのか、元々こうなのか。迂闊にバッグは開けておいておけない。廊下にはバッタやヤモリもいっぱい。自然に溢れてるっつーか。寝てる時に顔の上とか行列しないでね。

・11月20日(月) ヴィエンチャン2日目 極楽サウナと禁断の生野菜
またしても起きたのは9時。洗濯物はすっかり乾いている。シャワーを浴びて、フロントに連泊の旨告げる。宿代はドルで払う。さすがにキップのおつりは、もうくれなかった。とりいそぎ、しなくてはならないのは両替だが、ちとバーツも使わせてよという感じで、近くのベーカリーで朝食。コーヒーを頼んだつもりが、薄いお茶のようなものが出てくる。これがラオ・コーヒーってことはないでしょ?道側の席へ着こうとするが、どうも日差しが強いなあと迷っていると、隣のテーブルに座っていた若い女の子二人が、こっちに座りなさいよ、と隣の席を指し示してくれる。こういうとこが好きだよ、この国。照れながらも座らせてもらう。大学生位だろうか?言葉が通じないので、話は交わさないが、時折、目が合うと、お互い笑顔を交わす。いいっすね〜、こういうの。今日もいい天気。
最寄の銀行で、500B分をキップに替える。20000まではいかなかった。2日位はこれで大丈夫でせう。市場を目指して歩き、まずはすぐ近くのバス・ターミナルをチェック。ところが、ルアン・パバン行きのバスは、ここからではなく、イヴニング・マーケットから出るそうだ。自転車を借りるつもりなので、行ってみるとしよう。市場先の観光情報局によるが、あまりやる気がなさそうな雰囲気。地図をもらうが、手書きのコピーのもので、ほとんど役に立たない。ルアンパバン行きバスの時刻表をもらうが、ガイドブックには軒並み、所要12時間ですごい悪路とか書いてあるが、その表では所要8時間。ホンマかいな?それに、反政府ゲリラが出没するので、バスはやばいという風評について聞くと、窓口のお姉さんは、“ハア?”って感じで、てんで安全だし、道も問題無いと言う。この辺も日本での情報とかなり違う。いざとなったら飛行機でのつもりだったが、安く行けるにこしたことはないし、大体、ラオス航空の飛行機がまたヤバイと言われてるんだから・・・
すぐ近くに自転車を貸してくれる店があり、10000kとパスポートを預けて、MBを借りる。昨日の異様なのどかさは日曜日故だったようで、今日は、それなりの交通量だ。それでも、道を渡るのに往生する程ではない。早速、イヴニング・マーケットを目指すが、どう間違ったが、30分位走ったら、空港に着いてしまった!元の道に戻り、今度こそと走るが、アリャアリャ、昨日上ったローマ遺跡状のモニュメントに来てしまう。一体、どうなってるやら?こんな時こそコンパスの出番、と初めて使おうとするが、壊れていました、バカヤロー!結局、イヴニング・マーケット行きは諦めて、メイン・サブジェクトである、お寺の薬草サウナを目指すことにする。しかし、あまりに暑いので、涼もうと川沿いの屋台へ。ペプシ(当地ではコカよりペプシ優勢)を頼み、ちょっと暑いけど、ビーフンを頼む。それしか無かったみたいだから。具が一杯入っていて、アッサリ味でうまかった。
さて、目指すは、ワット・ソクパルアンというお寺。そこには、薬草サウナがあって、知る人ぞ知る名所らしい。川に沿ってしばし走った後、地図を見て、内側の道へ。地図っつても観光局のは役立たずなので、ちいちロンリー・プラネットを引っ張り出さにゃならんのが、めんどくさいこと夥しい。もうすぐか、というところで、何と、自転車の前のタイヤの空気が抜けているではないか!バカヤロー!こんな時に!一瞬、ブッダを恨みかけたが、どうやら自転車屋らしい店が。5000kで空気を入れてもらい、無事復活。あっちゃこっちゃで聞きまくり、どうにかこうにか2時半過ぎに寺に到着。お坊さんを捕まえて案内してもらう。成程、素朴な高床式の建物の側から煙が上がっている。チャッカリ、マッサージを受けている白人もいる。服を脱いで、腰布を借りてサウナへ。4,5人入れば一杯の狭さ。薬草のいい香りがするが、蒸気モウモウで、中の様子がよくわからない。最初、女性らしき人が入っていてビビッたが、男湯の方だけ営業?しているみたい。その先客は日本人で、昨日も来たと言う。一しきり汗をかいた後、お茶をもらってしばし休息。情報交換をする。その女性は、明日、タイのヴィザが取れ次第、ルアンパバンへの中間点、ヴァン・ヴィエンへ行くという。
成程、ルアン・パバン行きが別に危なくないなら、無理に移動で一日つぶすことはなく、途中の地に一泊というのもいいかも知れない。ヴァン・ヴィエン行きバスならモーニング・マーケットから出ているし。とまれ、3回位サウナに入ってタップリ汗をかいて、お茶もしこたまいただく。地元のおばちゃんたちも、結構、長々と浸かっていたっけ。ともあれ、サウナ好きのワタクシには、まさに極楽な場所でございました。ありがたや、ありがたや。夕方近くなり、自転車も返さなきゃいけないので、引き上げることにする。引き上げ際に、フランス人の団体観光客が来た程度に、結構有名みたい。寄付的に5000kを払う(右画像、素朴なサウナ小屋)。
しかし、アチャコチャ迷ってきたもんで、帰りの道もよくわからず、また色々迷う。ホント、今日は迷ってばかり。それでも、どうにか、川沿いに出られて、無事、時間までに自転車を返却。さて、宿に戻って、急ぎシャワーを浴びて、駆け足で再び川を目指す。メコン川に沈む夕陽を見ながらビールを飲むためだ。既に、沈みかかってはいたが、どうにか、川沿いの屋台へ辿り着き、ビアラオを頼む。氷入りのビールを飲みつ(結構、タイでもあった)、夕陽を眺める。中には、各国の夕陽を見るというテーマで旅してる人なんてのもいるが、たまには、こういうキザもよいでしょう。異国で見る夕陽の美しさは、旅の途中にある自分を、しっかり確認することが出来る。1時間位かけて、ゆっくりとビールを飲む。サウナといい、何かひたすら和みの一日であります。
暗くなったので夕食を取るべく店を捜す。今日は何としても、焼酎のラオ・ラオが飲みたくて、食堂で聞いてまわるが、どうも置いていないみたい。店頭で売っていたラオ・ラオは、確かにウォッカかジンロのような感じ。ラオ・ラオは諦め、普通の食事を取らんとするが、数少ない混んでいる店があったので、そこに入る。つくねの焼鳥のようなものが出ていたので、それを3本頼むと、一緒に、キュウリ等を刻んだものと、レタスと香草の山盛り。そして、ソーメンのようなものが出てくる。横を見ると、どうやらこの店は、シャブシャブみたいなのがメインらしく、鍋で肉を煮て食べている。一方、その野菜類だが、レタスに色々包んで、ピーナツらしき甘辛のタレをつけて食べているみたい。昼のビーフンの時もレタスは出てきたのだが、警戒して生野菜は食さず。しかし、ここは食べないわけにはいかんだろう。腹を決めて、サンチュ状のレタス巻を食べる。しかし、更によくよく見ると、何やら、白い皮のようなものも一緒についていた。そうか、それはライスペーパーか。つまり、ここは生春巻を食べさせる店だったのだ。ビアラオに焼鳥に生春巻というヘルシーなメニュー故、食がドンドン進む。レタスはともかく、香草みたいなのは、洗ってるんかいな状態の生のまんまだが、ボリボリ食べる。とうとうレタスは残らず食べた。これで、腹がどうなるかは、神のみぞ知るである。またしても腹ポンポンになって、20000k位払った。
腹ごなしにしばし散策。昨日、京劇をやっていた中華系広場の前は、また色々露天が出ている。何やら、瓶の王冠を並べられていて、こんなもん売ってんのかいな?と不思議そうに見ていると、少年がその王冠を吊り竿状のもので、吊り上げる。王冠の裏には番号が書いてあって、当たりが出ると何かもらえるという、金魚吊り状のゲームだったのだ。1000k払ってチャレンジ。はずれっつーか、ジュースを1本もらった。宿に帰る途中、日本語打ちこみオーケーのネット・カフェがあったことを思い出し、立ち寄る。また、掲示板に自分でカキコして、ニュース、株価、銀行口座、NFL等のサイトを次々に見る。生憎、ラムズvsレッドスキンズというマンデーナイト・ゲーム大一番の結果はまだ出てないみたい。ホットメールに届いていたメールに返事を送ったりして、1時間半位費やした。水を買って宿へ。アリさんは撤退済みで、やっぱ、アレはドーナツが原因だったみたい。今宵も宿は静か。また洗濯をして、日記をつける。明日こそは早起きして、電話つきの宿にチェックインしたい

ああ、メコン川に陽は沈みゆく・・・

・11月21日(火) ヴィエンチャン3日目 横っ面がはれる程の札束を入手・・・
8時半起床。昨日の夜は少々冷え込んだため、長袖を着て寝たが、また風邪っぽい。ホント、どういう体なのかね?バンコクでもらった薬も無くなっちゃいそう。今日は上級のホテルに移る予定なので、髭を剃り、ジーンズを履く。チェックアウト用の荷造りをして9時半に出る。まずは両替。考えた末に、98ドル分をキップに替え、200ドルのチェックをキャッシュにすることに。チェックの手数料が安いと言うBCEL銀行へ。チェックのキャッシュ化は、手数料1ドルだった。一方、キップだが、98ドルは、何と827,000kと、ものすごいことになり、ドバッと渡された札束の、あまりの厚さに途方に暮れる。これが万札だったらなあ、なんて言ってる場合ではない。これでは、腹ベルトや靴底には到底収まりきらない。宿に戻って、財布、ベルト、靴底に加え、小銭のないラオスで手持ち無沙汰だった小銭入れにも札をタップリ入れて、どうにか収納する。しかし、これって使い切れるんかいな?どういう計算で100ドル分近くも両替することになったか忘れたが。
次は、懸案の宿捜し。3軒程ホテルをあたるが、電話はあるものの、全てオペレーター経由とのこと。川沿いの高級ホテル、ルアン・シエンは、ビジネス・センターのようなものがあり、宿泊客なら電話回線だけでも使わせてくれるという。1泊20ドルとお手頃なので、喜び勇んで泊まろうとするが、何と、来週まで満室という。何かあるんすか?ここで。これでは通信が出来ないと絶望的な気分になる。ネット・カフェをあたるが、やはりダメ。結局、今の宿と同じ通りにある、おそらく、ヴィエンチャンで一番高級と思われるラオ・プラザ・ホテルへ行って聞くと、ここの電話はオペレーターなしで、ダイレクト・コールが出来ると言う。すわ、宿泊料は?と聞くと、最低でも100ドル。ダメだこりゃ、いくら何でも。しかし、宿泊客でなくても、ビジネス・センターを使わせてくれるという。行ってみると、回線だけ使用もオッケーという。こういうところのクレヴァーな従業員は話が早い。ファクス用の線を一本貸してくれるということになったが、問題はアクセスポイント。以前は、アイパスのローミング・サービスで、ヴィエンチャンにAPがあったはずだが、新規になってから、これがなくなっている。せっかくのチャンスなのにい。おまけに、いちいちパスワードを求められるアイパスに対し、パスの書いた手帳を宿に置いてきたので、取りに戻る。同じ道をやたら往復して大忙しであります。
何となくいけそうなので、宿はヴァナシンに連泊することを告げる。これで、とりあえず時間の制約はなくなった。チェックアウトの時間までに、諸々済ませようと焦っていたのだ。落ち着いて、接続に取り組む。結局、バンコクのAPに国際電話で繋ぐしか手が無いよう。国際電話は、1分91セントとか。この金額は、日本の金額と比してもあまり安くはない気がする。しかし、この際、背に腹は変えられない。しかし、何度かアクセスするも、失敗。ビジネス・センターのお姉さんに相談すると、国際電話は0066だという。アイパスのソフトの設定だと、1466になっているので、14を00に変えてトライ。すると、きましたきました、ついに接続!まずは、メールの受信、そしてHPのアップロードと、電話代がかかるので、焦って済ます。イヤ〜、スッキリ。料金は6分で5ドル強かかったが、めでたく便秘解消。ホテル・ラオ・プラザとビジネス・センターの女性に感謝感謝。この手があったのだ。とりあえず、その町の一番いいホテルに行って、ビジネスセンターを使わせてもらえるかどうか聞いてみるのだ。これがうまくいくなら、わざわざ、電話付の高い宿に泊まる必要も無い。チェンマイやバンコクでの例のように、いざ泊まったが、電話が使えなかったというリスクも避けられる。今後の接続環境に、大いなる希望を与えてくれる一件でした。
朝から、通信の為に駆けずり回っていて、朝食さえ取っていなかった。ホテル斜め向かいの店では、いわゆるセンウイッチ・ラオ、フランスパンのサンドイッチを作っている。そこで、朝昼兼用の食事。珍しくコカ・コーラもあった。パリパリに焼いたフランスパンに、サラダ、レタス、ネギ、ミート等が挟まっている。昨晩に続き、生野菜タップリだ。ままよ。ラオスは、結構、食にバラエティがあって楽しい。宿に戻って一休み。またしても少し洗濯をした後、2時半頃、ようやく外出。最早、ヴィエンチャンですることもないので、またワット・ソクパルアンのサウナに行くとする。トゥクは6000k。この日はジモティが次々やってきて混んでいる。意外に若い人が多く、女の子も4,5人やってくる。混浴状態なので、布を巻いただけの若い女性たちと、肌が触れ合うような状態なのだが、ナチュラルな雰囲気のせいか、妙な気分になったりはしない。お互い、多少は恥ずかしがりながらも、譲り合い、和やかに浸かる。昨日は、自転車の返却の時間に追われていたが、今日はそういう制約が無いので、存分にノンビリする。サウナのおじさんには、“お前、今日でここ来たの3回目だろ?”とか言われるが、ちゃいまんがな、まだ2回でんがな。1時間半位浸かったりお茶飲んだりして過ごし、5時近くなったところで引き上げる。ルアン・パバンにも、この手のサウナはいっぱいあるそうなので、楽しみ。そもそも、日本では、週に1回はサウナ入っていた人間ですからね、ワタクシ。帰りのトゥクは、4000k。行きはちとぼられたか。
朝市のところについて、またちと急ぐ。今日は、わが宿にて夕陽を見ながら、ビール&爪切りをせんと思って。缶ビアラオと、つまみのバナナ・チップを買って、急ぎ宿へ。すると、部屋の前のベンチには、毛唐女が座って本なぞ読んでいるではないか。“オレの場所だぞ、全く毛唐女はずうずうしい”とかブツブツ言っていたら、しめしめ、いなくなった。早速、ビールを開け、手足の爪をプチプチ切る。生憎、ベランダからは夕陽は見えなかったが、日暮れ時に、子供たちの遊ぶ声なぞ聞きつ、ゆったりするのは、いい気分だ。やはりベランダに座っている毛唐の話声と、なぜか流れてくるセリーヌ・ディオンの歌が聞こえなければ、パーフェクトだったのだが。日本で一所懸命働いている人たちから見れば、実に贅沢な時間の過ごし方だと思われるだろう。でも、前にも書いたけど、同じ事を日本でやっていると、“何かオレ、ダメな人間になっちゃいそう”みたいな罪悪感があって、今イチ、ゆったり出来ないのだが、旅先となると話は別だ。とりわけ、ここヴィエンチャンではオッケーという気がする。こういう時がいつまでも続く訳ではないことは、重々わかっちゃいるのだが。
さすがに蚊が出てきたので、線香を焚いて部屋の中へ。しかし、バンコクで買ったタイ製蚊取り線香は効いているのやら。平気で蚊がプンプン飛んでいるのだけど。やはり、この道では、日本の金鳥製がベストらしい。ちょっと早いけど日記を途中まで書いて、今日は遅めに夕食に行くとする。夜はちょっと涼しい今日この頃。日本は連日寒いそうだからなあ、やっぱ、日本を脱出してよかったなと思う。何せ、寒いのは大の苦手なのだ。7時半頃やっと外へ。そういえば、朝市はあまりよく見ていなかったので行ってみるが、当たり前だけど閉まっていた。どうも涼しいのでビールの気分ではなく、たまには、別のアルコールが飲みたい。途中で見かけた四川料理の店で、詔興酒でマーボー豆腐でも食べようと向かう。
しかし、その店、なぜかドリンクのメニューがなく、おまけにドリンクという言葉が通じなかったり、どうも調子が狂う。ちょっとアルコール度高そうな焼酎のような酒が8000kと安めだったのでもらうが、度数56%だった!マーボーを頼むが、なぜか切らしたという。おまけに、代わりに頼んだ坦々麺もだ。一体、どうなっとるんやとキレかけたが、気を取りなおして、青菜と豆腐のスープとホイコーローを頼む。どうせ、中華は量がガバーっと出てきて全部は食べられないだろうと思ったが、ホイコーローの小皿は、まあちょうどいい位の量だった。スープは多かったけど。すったもんだだったが、料理はうまかった。とてもじゃないが例の酒は飲みきれず、持ち帰る。寝酒によいでしょう。本当はメコン・ウイスキーかラオ・ラオがふさわしいのだけど。
宿のすぐ近くのネット・カフェへ寄って、株価やNFLをチェック。ラムズはレッドスキンズに負けたかぁ、マジ悔しいな。株価はまたも年初来安値更新。森が辞めなきゃダメでしょう、これは。円も久々に110円いっている。しかし、毎日暗いところで小さいパソコン画面に向かっているせいか、左目の調子が良くない。少し、目を休めないといかんのかも。旅を始めて、そろそろ1ヶ月。絶えず、どこか不調ではあるけれど、めでたく旅行期間の記録を更新した(過去では、アイルランド+ロンドンの3週間が最長)。どっかで密かにお祝いしたいと思っていたが、1ヶ月を超えたらにしときませう。それにしても、早いもんです。あまり長く旅しているという感じは、まだしません。何せ、先がまだまだ長いことだし。して、部屋に戻ると、点けっぱなしの蚊取線香の下に皿が。ウ〜ン、この宿、できる・・・
→ どんな田舎なんでしょ?ヴァン・ヴィエンへ
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